このウェブログが、200000アクセスを超えました。
アクセスが日曜日からきゅうに増えて、
いつもの2倍くらいなのですが、こちらからリンクされたからです。
(かなり読者の多いウェブログのようだ...)
わたしのブログ、コメント欄と、トラックバックが、
すごいことになっているんだけど、これは「絨毯爆撃」だそうです。
(爆撃機の写真まで載せている...)
それから、わたしは、「タンポポ」ではなくて、
「たんぽぽ」ですので、おまちがえのないようお願いいたします。
2008年06月30日
この記事へのトラックバック
サイトのアクセスが1279180
Excerpt: すごいですぅー。 とネット殺人鬼タンポポ風にはしゃいでみるwww (コメントをいただいた方、全部に返事できなくて、すみません。読んでます。考えています) ジャバ風に悩んでいますwww さて本題..
Weblog: 反米嫌日戦線「狼」(醜敵殲滅)
Tracked: 2008-07-01 04:56
ずるいと言われようとも
Excerpt: どんなに反目してもいい。 どんなにやりあってもいい。 でも、 「あのときはやっぱり言い過ぎたよ、ゴメン!」 「いや、こっちも言い方が...
Weblog: 乗りかかった小舟
Tracked: 2008-07-03 23:24
くだらない記事とくだらないコメント
Excerpt: http://anarchist.seesaa.net/article/101785725.html これは、日本を爆撃し、原爆まで投下したB29です。 B52はベトナム戦争ですね。 タンポポからの..
Weblog: PledgeCrewの日記
Tracked: 2008-07-05 16:28
あのブログは、「きっこの日記(ブログ)」、「世に倦む日日」とともに「三大左派ブログ」だとか言われているそうですが、これを見ると、それほどのものななのかなあと思っちゃいます。
http://ja.webscouter.net/info.phtml?u=http%3A%2F%2Fanarchist.seesaa.net%2F
ま、でも、何百件もブログのアクセス数を押し上げるんだからすごいパワーではありますね。
そのページの右側に「月間 人気ページランキング」があるのですが、29位までにたんぽぽさん関連のページが3件入ってます。
それは200000アクセスも超えようというものです。
なるほどねえ...
「三大左派ブログ」と言われているとは、知らなかったです。
(でも、「きっこ」、「テッサロニケ」とくらべると、
肩を並べているとは言えない気も、たしかにするけど...)
きり番は、やっぱりだめでしたのね。
temaさま、コメントどうもです。
右のサイドバーは見ましたよ。
3つとも、入っていますねー。
(なんだか知らないけど、あちらから注目されているのね...)
「光るナス」とか、「居酒屋談義」隊とか、
よそから来る人が、アクセスしているのかもしれないです。
コメントどうもです。
スカウター このサイトはつかえますね♪
タンポポ さま
いつもコメントありがとうございます。
こんどは、核攻撃しようかな♪
タンポポさま
いちいち、アクセス数を喜ぶなんて「バカ」だと思われますよっていうか思われてますよ♪
(一週間前の日曜日に比べて85増えただけ、月曜日には元に戻りました)
コメント承認制にしているからでしょうか。でも、たんぽぽさんのところが増えたのも別の理由があるかもしれませんね。
伝言板で「水伝などに対するたんぽぽさんの姿勢には共感を覚えています。」と書きましたが、撤回させてください。
実は水伝に関するエントリーをまじめに読んでなくて、何が起こっているかを知ったのはつい2日前でした。
しかし、あまりにも多くのブログで様々な意見が出されているので、全部フォローしきれません。従って、一番最初のぷいっちゃんの「水伝」に関するブログと、それを紹介したたんぽぽさんのブログについて書きたいと思います。これで十分だと私は思います。
結論から言いますが、あなたが100%悪いと思います。
まずあなたは「疑似科学」が何であるかをまるっきり解っていません。「疑似科学」は科学的に間違った記述のことではないのです。もしそうだったらそこら中「疑似科学」だらけになってしまいます。
「疑似科学」とは、ウィキペディアによると、「学問、学説、理論、知識、研究等のうち、その主唱者や研究者が科学であると主張したり科学であるように見せかけたりしていながら、科学の要件として広く認められている条件(科学的方法)を十分に満たしていないものを言う。」とあります。
ぷいっちゃんの記述のどこに「科学であると主張したり科学であるように見せかけたり」したものがあるのでしょうか。それどころかちゃんと「科学的には証明はされていないということらしいですが」と付け加えてあるのです。ぷいっちゃんの記述は「科学的には間違いがあるけれども、疑似科学では断じて無い」と言えます。
もし、ぷいっちゃんの記述に「波動」がナンタラカンタラとか、「これは実験により科学的に証明されている」とか書いてあったらこれは「疑似科学」です。また、もし、ぷいっちゃんが学校の先生で、生徒にこの話をしたりとか、この話で他人を騙して一儲けしようと企んでいるのなら、それは多いに非難されるべきでしょう。しかし、それに当てはまるような記述はいっさい見られません。
つぎに、ぷいっちゃんに対して、「水伝」は科学的に間違ってますよ、と言うことはできても、「水伝」を信じていることを非難する権利はあなたにはありません。なぜなら、「水伝」に限らず何かをを信じるということは宗教にも近い思想・信条だからです。
例えば私は「北枕」を縁起が悪いと信じていて絶対にしません。しかし、この私の信条が科学的根拠にまるっきり基づいていないことも承知しています。あなたが「北枕」を信じているかどうか知りませんが、似たようなことは誰にでもあるのではないでしょうか。
つまり、ぷいっちゃんが非科学的だと承知しながら、水にありがとうと言ってその水を飲んでハッピーになれるぶんには、なんの支障もないのです。
あなたは、ぷいっちゃんの記述が「疑似科学」であると言いがかりをつけ、ぷいっちゃんの思想・信条の自由を侵そうとしたのです。
ぷいっちゃんの記述には間違いはあるだろうけれども、悪いところは一つも見受けられません。従って、悪いのはあなたです。
誰かを批判するエントリーをあげたくらいで、その人の思想信条の自由を侵すことなど出来はしない。
わたしは、「タンポポ」じゃなくて、「たんぽぽ」です。
まちがえないでくださいね。
jabberwockさま
85は、ユニークアクセスですか?
わたしのところも、ユニークだと、増えたのは250くらいなので、
エントリの数に比例した、ということになるけれど...
>ものすごく基本的なことなのだが。
>誰かを批判するエントリーをあげたくらいで、その人の思想信>条の自由を侵すことなど出来はしない。
しかし侵そうとすることはできる。
申し訳ありません。
「ぶいっちゃん」が正しいです。
人間は誰だって間違える、批判者だって無謬の存在ではないだろう、謝った批判に対して、すべてそのような対応をするのかな?
「ぶいっちゃん」は批判にどう応えた? そのことを不問にしてなにを言い出すんだ?
ただし、どれくらいアクセスしてくれるかは、どういう文脈でリンクを張ったかによりますね。
この間、ある極右零細ブログにネガティブなリンクの張り方をしたところ、そちらへのアクセスがほとんど増えなくて、コメント欄で喜八に嫌味を言われました(笑)。
http://newthrees.blog18.fc2.com/blog-entry-256.html
リンクを張った「きまぐれな日々」の記事は下記。
http://caprice.blog63.fc2.com/blog-entry-665.html
ま、卑劣漢・喜八の慇懃無礼というかいやらしい書き方は今に始まったことではありませんが、およそリンク先に飛ぼうという気も起きないリンクの張り方がある一方、リンク先を読みたくて仕方なくなるようなリンクの張り方があるわけで、やつらだ兄さんのリンクは後者だったんでしょうね。
でも、それを勘案しても、やつらだ兄さんのブログのアクセス数は相当なものだろうとは思います。
>85は、ユニークアクセスですか?<
ライブドアではただ「訪問者数」となっています(詳しいことはよくわからない)。日曜日はけっこう、たんぽぽさんのところで更新ボタンを押したので、私がアクセス数をふやしてしまったかもしれませんね。
「水からの伝言」は、実験で結晶がこうなったと言って、写真を載せています。
科学でないのに、科学と主張していますから、にせ科学に当てはまります。
ぶいっちゃんは、にせ科学である、「水からの伝言」の内容を
信用して、つぎのように書いていますよ。
「水でさえそういうことがある」と書いていて、どう読んでも、
くだんのにせ科学を、信じているとしか思えないです。
========
色んな言葉を発せられた水の結晶を見た事がある。
汚い言葉をかけつづけた水の結晶はひどいものだった。
「ありがとう」等の愛のある言葉は
ダイヤモンドのようにきれいな結晶になります。
水でさえそういうことがあるのですから
人間では尚更というのは言うまでも無いでしょう。
========
>それどころかちゃんと「科学的には証明はされていない
>ということらしいですが」と付け加えてあるのです。
「水からの伝言」は、「科学的に証明されていない」ではなく、
「あきらかにまちがい」です。
その付け加えた部分は、科学的にまちがったことを書いています。
>ぷいっちゃんが学校の先生で、生徒にこの話をしたりとか、
>この話で他人を騙して一儲けしようと企んでいるのなら、
>それは多いに非難されるべきでしょう。
ぶいっちゃん氏は、公開された、だれにでも読めるブログで、
「水からの伝言」を好意的に紹介しています。
読んだかたを、信用させてしまうことになるでしょう。
しかも、社会をよりよく変えていくためと言って、
たくさんの人たちに、自分の主張を広めることを目的としていますから、
積極的に信用する人を、増やそうとしていることにもなります。
まちがったことを信じる人を、増やそうというのですから、
これはとうぜん非難されることです。
いや、まちがったことを信じる人を、これ以上増やさないために、
積極的に批判することでさえあると思います。
ぶいっちゃんが、じつは「水からの伝言」を
信じていないのに、『言葉の結晶』というエントリを書いたのなら、
根拠にもとづかないで、自分の主張を正当化したことになります。
これも科学的に、まちがったことをしていることになります。
また、自分でも「でまかせ」とわかっているのに、
「水からの伝言は、いいお話ですよ」などと言っているのなら、
模造品の宝石を、「本物ですよ、いいものですよ」と言って、
売るようなもので、詐欺的であり、偽善的であることになります。
これは、もちろん強く批判されることでしょう。
やすさまというかたは、こちらでも投稿していますよ。
9.11だから、「水からの伝言」と関係ないし、
もうご覧になったかもしれないけど、ご紹介しておきますね。
http://www1.rocketbbs.com/110/lacrima.html
kojitakenさま
わたしのブログは、エントリのトピックの中心ですから、
リンク先を見るかたは、多かったと思いますよ。
なので、単純にエントリの数に、比例するとしても、
そんなに誤差はないかも?と、考えたしだいです、はい。
jabberwockさま
リンクの貼りかたから考えて、アクセスは多そうですから、
85はユニークユーザの数でしょうね...
わたしのところは、月曜も火曜も多かったですから、
日曜にカウンタが上がったのは、jabberwockさまおひとり、
ということはないと思います。
どうやら、ぶいっちゃんの記述が疑似科学ではないことだけは解っていただいたみたいですが、「科学的に間違った記述をしているから、そしてそれをウェブで広めようとしているから非難に値する。」と言う考えがぶいっちゃんの場合あてはまらないことは私の前のコメントで説明したのですがご理解いただけなかったようです。
まず「科学的に間違った記述がすべて悪い訳ではない。」のです。ただし、疑似科学は(より正確に言うと江本勝が提唱する「水伝」のように「明らかな」疑似科学は)いついかなるときにも悪いので、この限りではありません。科学的に間違っているのを知りながら信じてしまうことの例として、「北枕」をあげました。これを信じることで誰かに迷惑がかかったり、社会を混乱させたりすることは考えられないので、一応「悪くない」と言っていいでしょう。ぶいっちゃんの場合も、水に「ありがとう」と言おうが、人に「ありがとう」と言おうが、それをブログに書いてみんなに広めようが、科学的根拠に基づいているのではないことを自覚している限り、誰かに迷惑がかかったり、社会を混乱させたりすることは考えられません。むしろ良くなるようにも思えます。
反対に「科学的に間違った記述」で悪い例を挙げると、不幸の手紙なんかがそうでしょう。誰もが不幸の手紙に科学的根拠が無いのは知っていますが、もらった人はいい気持ちがしません。
とにかく、「科学的に間違った記述」は世の中に溢れているので、そのすべてが悪いことになると、大変なことになります。
たとえば、「宗教」です。まあ、宗教にもいろいろあって、聖書を文字通りに信じたり、最近では疑似科学を使った宗教なんかも出てきましたが、ここで話題にしたいのは、ふつうの宗教です。
キリスト教を例にとると、知性があるふつうの敬虔なキリスト教徒は、聖書が科学的に間違っていることなんて百も承知です。しかし、彼らは聖書を「信じて」いるのです。これは私の「北枕」の例に似ています。(「北枕」も宗教に関係あると言えばそうですが。)つまり、世の中に害のない宗教ならば、科学的に間違った記述は悪いとはいえません。ですから、これをネットで広げても問題はありません。現に聖書はネットで読むことができます。
逆に「科学的に正確であるが悪い」場合を考えると、犯罪の助けになるような情報(爆弾の作り方とか、毒ガスの発生のさせ方とか)をウェブで広めるような行為があげられるでしょう。
つまり、科学的に正確であるかどうかだけでは善悪の判断をくだすことはできないのです。
たんぽぽさんは、ぶいっちゃんの記述について、
>模造品の宝石を、「本物ですよ、いいものですよ」と言って、
>売るようなもので、詐欺的であり、偽善的であることになります。
と言っていますが、これは言い過ぎではないでしょうか。
ぶいっちゃんの記述のどこに「本物ですよ」にあたる部分があるのでしょうか。また、「売るようなもの」と書いてありますが、ぶいっちゃんが何かブログのことで金銭的に報酬を得たような事実があるのでしょうか。「詐欺的」とは「詐欺同等の犯罪行為」と言う意味ですか。
私にはぶいっちゃんの記述が悪い影響を及ぼすとは到底思えません。現実にどのような被害を想定されているのでしょうか。何回も書きましたが、「間違ったことを信じる人が増え」ても、それだけでは悪いことにはならないのです。
私は別にたんぽぽさんが嫌いでコメントを書いてる訳ではないのです。
それどころか、たんぽぽさんの正義感の強さと、嫌なコメントにもきちんと回答する誠実さに感心しています。そして、うちゃさんのような親身になって味方になってくれるすばらしいお友達がいらっしゃることをうらやましく思います。
ただ、疑似科学がどうして悪いのか、どれが疑似科学でどれがそうでないのかを深く考えていただきたいと思ったのです。そうすれば、ぶいっちゃんが、あなたの本当の敵ではないことがわかると思ったのです。
紹介してくださった、『新三ログ』のかた、気分を害している感じですよ。
「極右零細ブログ」は、さすがに失礼だったのでは...?
http://newthrees.blog18.fc2.com/blog-entry-262.html
喜八氏や新三氏は、特定の政治家(城内実氏)にコミットしていてブログで宣伝しているわけですから、城内氏を支持しない私は、当然批判の対象とします。
ただ、アクセス数の少ない『新三ログ』は、どんな手段でも良いからブログの名前を売り、アクセス数を増やしたいと思っているんでしょう。だから、初回のTBは通しましたが、二度目は削除しました。最初にもらったTBも削除するかな。
失礼な表現は事実ですが、そのような表現は用いる側にもリスクがあることは十分承知しています。
>どうやら、ぶいっちゃんの記述が疑似科学ではないことだけは
>解っていただいたみたいですが、
ちがいます。
「ぶいっちゃんの記述は疑似科学である」ということを、
あなたが、理解できていないんです。
>「科学的に間違った記述」は世の中に溢れているので、
>そのすべてが悪いことになると、大変なことになります。
そんなことは、言っていないです。
記述の正誤はあくまで「正誤」であって、「善悪」ではないです。
>ぶいっちゃんの記述のどこに「本物ですよ」にあたる部分があるのでしょうか。
「水でさえそういうことがある」と書いているって、言ったでしょ?
(おなじこと、言わせないでほしいな...)
>また、「売るようなもの」と書いてありますが、
>ぶいっちゃんが何かブログのことで
>金銭的に報酬を得たような事実があるのでしょうか。
わたしは、「売るようなもの」と、アナロジーで言ったんです。
実際に「売っている」などと言ったのではないです。
(勝手に内容をすりかえて、言ってもいないことを、
言ったことにしないでくださいね。)
>失礼な表現は事実ですが、そのような表現は用いる側にも
>リスクがあることは十分承知しています。
おお、そうでした。
それがあなたが、もともとのスタンスだったのでした。
(差し出がましくなっちゃって、ごめんなさいね...)
「ぶいっちゃんの場合も、水に「ありがとう」と言おうが、人に「ありがとう」と言おうが、それをブログに書いてみんなに広めようが、科学的根拠に基づいているのではないことを自覚している限り、誰かに迷惑がかかったり、社会を混乱させたりすることは考えられません。むしろ良くなるようにも思えます。」
大前提の「科学的根拠に基づいているのではないことを自覚している限り」という部分が偽なので、やすさんの主張全体も偽となります。
ぶいっちゃん氏と愉快な仲間たちに何よりも欠けているのが「自覚」です。
(思考も責任感も潔さも何もかも絶望的に不足してますが)
最近の記事では「考えずに感じろ」とか言ってますし、ぶいっちゃん氏はほとんど何も考えず「受けのいい」記事、具体的には「お気楽で無責任な御政道批判」「通俗的な『いい話』(水伝紹介とか)」「お友達との毛繕いコミュニケーション」を書き散らしているだけです。
「ぶいっちゃん氏に自覚があればいいな」と空想するのは勝手ですが、空想をもとに論を組み立てても現実に裏切られます。私が「ロト6で3億円当たれば人生設計は万全だ」と空想するようなものです。
上の「お湯伝」にも書いたように、たぶん、ぶいっちゃんは、
「水からの伝言」を、まともに信じていたんでしょう。
「水からの伝言」を批判しているページを、
見つけてはいたそうだけれど、「科学的根拠がない」ことが、
どういうことを意味するのか、わかってなかったのかもしれないです。
(さしずめ、「科学的根拠がなくても、自分がいい話だと思ったら
信じていいんだ」くらいの認識ではないかと思います。)
それで、「根拠がないそうだけれど、私的にはどちらでもいい」
などと、書いたのかもしれないです。
やすさま
>科学的根拠に基づいているのではないことを自覚している限り、
>誰かに迷惑がかかったり、社会を混乱させたりすることは考えられません。
>むしろ良くなるようにも思えます。
「よくなるように思えること」とは、なんでしょうか?
具体的になんなのか、理由も合わせて、おっしゃっていただきたいです。
玄倉川さん、ご指摘ありがとうございます。
たしかに、「自覚」という言葉を使ったのは、誤解を招くことになりかねませんね。
下記の様に訂正させていただきます。申し訳ありませんでした。
誤「科学的根拠に基づいているのではないことを自覚している限り」
正「科学的信憑性についてどうでもいいと思っている限り」
たんぽぽさん、回答ありがとうございます。
>「よくなるように思えること」とは、なんでしょうか?
>具体的になんなのか、理由も合わせて、おっしゃっていただきたいです。
そうですね。とりあえず言葉遣いの丁寧な人が増えて人間関係が円滑になると思いますよ。保証はできませんが、道徳の時間に使われたぐらいですから効果は期待できるかもしれません。人を傷つけたいときも「バカヤロー」と言うだけでいいので、殺傷事件が減るかもしれませんね。保証できませんけど。
>「ぶいっちゃんの記述は疑似科学である」ということを、
>あなたが、理解できていないんです。
理解できませんね。
何かを主張するときには必ずその根拠をあげてください。
ぶいっちゃんは、水伝は「科学的に証明されていない」といい、さらにそれは「どうでもいいこと」と言っています。つまり、自分の主張に科学は関係ないと言っているのです。これはぶいっちゃんによる、自分の記述の「非科学(科学でないこと)」宣言です。自ら非科学宣言をする疑似科学はこの世にありません。なぜなら疑似科学は科学であることを「見せかけ」なければならないからです(SFなど特殊な場合を除く)。非科学宣言をした時点で疑似科学は疑似科学でなくなり、「ただの非科学」になります。
「ただの非科学」とは「疑似科学でない非科学」を指します。そして「ただの非科学」であること自体には何の問題もありません。
「ただの非科学」が悪いかどうかは、個別に検証する必要があります。
>そんなことは、言っていないです。
>記述の正誤はあくまで「正誤」であって、「善悪」ではないです。
しかし、あなたの記述を見ると、「記述の誤り」=「悪」ととれる箇所があります。
>まちがったことを信じる人を、増やそうというのですから、
>これはとうぜん非難されることです。」
その他にも
>「水からの伝言」は、「科学的に証明されていない」ではなく、
>「あきらかにまちがい」です。
>その付け加えた部分は、科学的にまちがったことを書いています。
>ぶいっちゃんが、じつは「水からの伝言」を
>信じていないのに、『言葉の結晶』というエントリを書いたのなら、
>根拠にもとづかないで、自分の主張を正当化したことになります。
>これも科学的に、まちがったことをしていることになります。
など、科学的間違いを指摘する箇所はありますが、それがなぜ「悪い」のかについては一言もありません。これはあなたが私に指摘されるまで「正誤」と「善悪」の関係について気がついていなかったことの証拠です。
それでは、ぶいっちゃんが「間違っている」ということではなく、「悪い」と言うことを示してください。アナロジーでなく、具体的に考えられる被害について書いてください。
言っておきますが、「まちがったことを信じる」のが「悪」とは必ずしも言えないのですから、「まちがったことを信じる人を増やそうとする」ことが「悪」であるとも必ずしも言えません。
(続きます)
>「水からの伝言」は、「科学的に証明されていない」ではなく、
>「あきらかにまちがい」です。
>その付け加えた部分は、科学的にまちがったことを書いています。
は、疑似科学者、あるいは科学者に向けての非難の言葉として言うにはいいですが、ぶいっちゃんにはあてはまりません。水伝が「明らかな間違い」であることを指摘できるのは、「間違いであることを論理的に証明できる科学的考察力がある」か、「間違いであると言う情報がある」かのどちらかの場合に限られます。つまり、(疑似)科学者であれば「水伝が明らかな間違いであること」は当然知っているので、「科学的に証明されていない」と書くのは、はその知識を隠蔽したことになるので糾弾されるべきなのです。しかし、一般人のぶいっちゃんは、その科学的考察力も情報もなかったでしょうから「科学的に証明されていないそうです」と伝聞で書くのが精一杯だったのではないでしょうか。たしかに科学者から見れば「まちがい」なのかもしれませんが、別に悪いことではありません。
もちろん、非難の言葉としてではなく、ぶいっちゃんに科学的知識を教える意図があり、上記の表現を使う場合は問題ありません。
>「水でさえそういうことがある」と書いているって、言ったでしょ?
>(おなじこと、言わせないでほしいな...)
「水でさえそういうことがある」がなぜ「本物ですよ」にあたるかは、あなたと私のやりとりを見た限りでは分りません。なぜなら、あなたの主張の中で、「水でさえそういうことがある」は、ぶいっちゃん自身が水伝を信じていることの証拠として引用されているだけだからです。
ではなぜ「水でさえそういうことがある」が 「私は信じています」ではなく「本物ですよ」になるのかお答えください。
言っておきますが「信じている」=「本物」にならないことは前回指摘した通りです。
>わたしは、「売るようなもの」と、アナロジーで言ったんです。
>実際に「売っている」などと言ったのではないです。
>(勝手に内容をすりかえて、言ってもいないことを、
>言ったことにしないでくださいね。)
アナロジーであることは分っています。だから私も「金銭的に報酬を得た「ような」事実があるのでしょうか。」と質問しています。私はあなたが、「実際に「売っている」などと言った」とは一言も書いてません。あなたが分けのわからない「アナロジー」を使うから質問したまでです。「勝手に内容をすりかえて、言ってもいないことを、
言ったことにし」たのはあなたです。
それでは、その「売るようなもの」と言うのは具体的に何のアナロジーなのかを示してください。
また、前回の私の質問「「詐欺的」とは「詐欺同等の犯罪行為」と言う意味ですか。」にもお答えください。
ついでに「偽善的」についてもその具体的内容を示してください。
なんの答えにもなっていない曖昧な言葉でごまかす人に、
はたして相手に対して「その根拠をあげてください」とか
「具体的内容を示してください」などと迫る権利があるのでしょうか。
じつに不思議です。
たんぽぽさんの最初の「水からの伝言」記事で「ずばり、「水からの伝言」を、信じていらっしゃるエントリですよ」の部分は、おかしいと感じませんでしたか?
最初の部分−「ずばり、「水からの伝言」を、信じていらっしゃるエントリですよ」の所は、書いた時点での「事実」としてもおかしく、(というか、事実として定かでない状態なのに「ずばり」なんて表現を使っている)そして、相手に信じているか、どうかなんて尋ねないと分からないことなのに「信じていらっしゃる」と決めています。(二年前の記事に対して)
彼はただの嘘つきか詐欺師同然だということになります。
明らかにただのネタや冗談だという場合は別ですが、
人が書いてあることをそのまま素直に受け取るのは、
きわめて礼儀にかなったことではないでしょうか。
「よくなる」ほうは別に曖昧でもいいんですよ。だって「よくならなくても悪くならなければいい」のですから。
「具体的内容と理由」はきちんと書いたつもりですけどね。
可能性として「よくなる」「変わらない」「悪くなる」の3つが考えられる訳で「よくなる」を加えましたが、今考えると蛇足だったかもしれません。「よくなる」を証明する必要は全くないのですから。
でも「悪い方」は議論の都合上検討する必要性がある訳ですから具体的に書いていただかないと困ります。
つまり、「よくなる」ほうは、たとえそれが認められないものであっても議論には全く影響しないと言うことです。
人が書いてある → 人が書いている
ようするに、この人は自分が信じてもいない話を取り上げるような、
平気で嘘をつくような人だと決め付けるよりは、
自分の信じていることをそのまま書く正直な人と受け取った方が
人としての礼儀にもかなうのではないかということです。
疑似科学の弊害は「科学的裏付けがある」と信用してしまうことですから「科学的裏付け」を否定しているぶいっちゃんには「疑似科学を信じている」罪を着せる訳にはいきません。
あとは、「宗教みたいなものとして信じている」ことにどの程度弊害が考えられるか、ということでしょう。
返答、ありがとうございます。そして、申し分けないですが、なるべく宛名を付けてもらえたら。
私の上の文は、「彼」がどうかの話ではないです。たんぽぽさん文の「事実」ことです。
>「水伝」の話を自分は信じてもいないのに、取り上げたのだとしたら、
>彼はただの嘘つきか詐欺師同然だということになります。
私は、「水伝」の話と限らず、二年前の記事に対して相手に尋ねず、「ずばり〜信じていらっしゃる」と書くこと自体−「事実」に反することになると考えています。かつさんとは、この辺りを共有できると思っていましたが、残念です。
>きわめて礼儀にかなったことではないでしょうか。
「ずばり〜信じていらっしゃる」を、かつさんは、容認するいうことですね。「きわめて礼儀にかなったこと」と言うことは。私の感覚では、他者に向かって「「ずばり〜信じていらっしゃる」なんて書けない文だと考えていましたが、そうではないようです。(相手に尋ねることなしに)
ひとを批判する為に、わざわざ書き込みに来ている割には、自分の言っている事の矛盾に気付いていないとは…、痛い御方だね。
上にも書いていますが、相手−「彼」は関係ない話です。「彼」が、仮に、正直者でも嘘つきでも、相手に尋ねてから「ずばり〜」と書きます。「彼」が、仮に”嘘つき”だからと言って、たんぽぽさんが、事実の反することを書いていいとは、ならないでしょう。(たんぽぽさんが、相手の心が読める超能力者なら別ですが)
「ずばり、小泉元総理は新自由主義者ですよ」
と言いたくなったら、さきに小泉元総理に今も新自由主義者かどうかを尋ねなきゃいけないってわけですね。
「ずばり〜」は「ずばり〜信じていらっしゃる」の省略です。
二年前の記事だけで「ずばり〜信じていらっしゃる」と書けるのは、テレパシー の持ち主か、覚(さとり)※@でしょう。(尋ねずに書くのは)
※@覚(さとり) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%9A
「ずばり」という言葉についてですが、
2007年12月17日
9.11テロ自作自演説
2007年12月20日
田中宇の国際情勢解説
2007年12月23日
9.11テロ自作自演説(2)
2007年12月26日
あっ、UFOだ!
2007年12月29日
水からの伝言
このブログの「疑似科学」カテゴリーを見てみると、このように並んでいます。
この時期のたんぽぽさんはかなり頻繁に各種疑似科学を扱っていて、その流れで最近の疑似科学の代表例と呼べそうな「水からの伝言」について触れたブログを取り上げるにあたり、「今回はずばり」という意味合いで「ずばり」という語を使ったと私は判断します。つまり「信じていらっしゃる」にはかかっていない言葉だと私は思います。
論理もどきの横行,大変ですな,こりゃ(^o^)/
> ありゃりゃ,またVちゃん並みの低俗レベルの議論に戻ってしまいましたね.
「Vの喜劇」ですね、こりゃ。
長文を書くエネルギーには感心しますが、内容(というか「無」内容)については「アホか」という感想しか持てません。
ぐら虫氏の「ずばり」論もまさに枝葉末節、「アホか」ですね。
ご本人にお尋ねすることなく「そんなことにこだわるのはアホである」とずばり断言します。
元気になられたようなので良かったです。「元気があれば何でもできる! 」(byアントニオ猪木)
>ご本人にお尋ねすることなく「そんなことにこだわるのはアホである」とずばり断言します。
玄倉川さんには、たんぽぽさんに尋ねても、なんの説明もしてくない下記の文の解釈をお願いします。
[玄倉川の岸辺] 【幻の謝罪要求(3)あるいはネアンデルタール人の子孫】コメント欄より
http://blog.goo.ne.jp/kurokuragawa/e/eda7d349fd4fbc695c921bc19484161b
=====
Unknown (たんぽぽ) 2008-05-25 09:37:58
(前略・改行変更)
新しい事実の発見、ありがとうございます。わたしも、すっかり忘れていました。(うーむ...)
|おわびするよう、説得してはいかがかな...?
この言い回しは微妙で、「謝罪要求の要求」で、直接の要求じゃないですね。(「発言意図」を言うと、本気であやまってくれるとも、あやまるよう説得してくれるとも、思ってなかったけど...)
喜八氏は「身内」ですから、説得に応じたとしても、「批判側からの要求ではない」と言うこともできるけど。
=====
上の文の解釈を参考に、玄倉川さんには、早く「幻の謝罪要求(4)」を書いてもらいたいですね。それでは、また。
>「今回はずばり」という意味合いで「ずばり」という語を使ったと私は判断します。
「今回はずばり」だと「今回はずばり(書きます)」「今回はずばり(と書きます)」など動詞を省略する形になっているのでは、と考えます。たんぽぽさんの原文は、以下。
=====
『水からの伝言』(2007年12月29日)
こんなのを見つけました。
ずばり、「水からの伝言」を、信じていらっしゃるエントリですよ。
======
河馬さんは、上の文が「今回は」を省略していると、判断しているのですね。たんぽぽさんが、「今回は」を省略しているか、どうかの判断は、(私には)できかねます。私は、上の文の「ずばり」を「信じていらっしゃるエントリ」にかかるとしました。
>下記の様に訂正させていただきます。申し訳ありませんでした。
>誤「科学的根拠に基づいているのではないことを自覚している限り」
>正「科学的信憑性についてどうでもいいと思っている限り」
そう言い換えて、なにがどう変わるのか、わからないです。
本質的に変化のない言い換えで、訂正したつもりにならないでくださいね。
>ぶいっちゃんは、水伝は「科学的に証明されていない」といい、
>さらにそれは「どうでもいいこと」と言っています。
>つまり、自分の主張に科学は関係ないと言っているのです。
どうでもいいというのは、科学的根拠を無視してよい、ということです。
しいて言えば、科学と関係あることなのに、
勝手に関係ないことにしている、ということです。
>科学的間違いを指摘する箇所はありますが、
>それがなぜ「悪い」のかについては一言もありません。
根拠がないと、自分でもわかっていることを根拠にして
なにかを主張するのは、あきらかに「悪い」ことです。
あなただって、そう思ったから、「何かを主張するときには
必ずその根拠をあげてください」と訊いてきたんでしょう...?
このほかに、わたしは、最初のエントリで、
科学に道徳を求めるのは、まちがった科学観を持つもとになることと、
科学を使って、特定イデオロギーの強制につながるという、
ふたつの「悪い」ことを書いていますよ。
あきらかに、「疑似科学」であり、「悪い」ことを指摘しているのに、
「疑似科学でない」「悪いとは言ってない」と、
あなたは、わたしに対して、言いがかりをつけました。
したがって、↓つぎの理由で、やすさまは、わたし、たんぽぽの、
思想、信条の自由を、侵そうとしていることになります。
>あなたは、ぷいっちゃんの記述が「疑似科学」であると言いがかりをつけ、
>ぷいっちゃんの思想・信条の自由を侵そうとしたのです。
[2008年07月01日 21:42]
コメント、ありがとうございます。
お返事が遅くなりまして、ごめんなさいね...
そうそう、去年の暮れごろは、いろんな疑似科学を話題にしていまして、
ご指摘のもののほかにも、「林道義の進化論」とか
「サブリミナル効果」なんてのも、書いていたのでした。
http://taraxacum.hp.infoseek.co.jp/teardrops/pseudo/evolution/evolution.html
http://taraxacum.hp.infoseek.co.jp/teardrops/pseudo/tbs731/subliminal.html
わたしのところだけでなく、ほかのウェブログでも
にせ科学の蔓延が、立て続けえに話題になっていました。
つぎのエントリに、いくつか紹介されています。
http://d.hatena.ne.jp/north-pole/20080710/1215669493
そういうとこへ、「あの」水からの伝言を見つけたのでして...
「ずばり」というのは、「水からの伝言」にかかるつもりでした。
気分的には、「水伝きたーーーーーーーーーーーー!」という感じです。
リンクしたページにも、自分の学校にも「水伝きたーーーー!!」なんて、
書いているけれど、たぶんおなじ気持ちだと思います。
http://homepage3.nifty.com/iromono/diary/200706B.html#17
あと、過去ログ、ご覧になってくださって、ありがとうです。
kojitakenさま、玄倉川さま、コメントありがとうございます。
そうなんですよー。
なんだか知らないけど、「また来たの?」って感じ...
やすさまというのは、伝言板のほうにも現われていますよ。
(もうご覧になったかもしれないけど。)
http://www1.rocketbbs.com/110/lacrima.html
「9.11陰謀論」の議論なんだけど、「機内電話を使ったのであって、
携帯電話ではない」という、だれでも知っていそうなことさえも、
ろくすっぽ知らなくて、人にソースを聞いているくらい
「わかってない」人が、公式発表のまちがいがわかると
息巻いているんだから、身の程知らずぶりに失笑してしまいます。
ぐら虫さまは、こちらはもっとご存知と思いますが、
つぎのコメント欄で、執拗に質問を続けていたかたですね。
http://taraxacum.seesaa.net/article/99378630.html#comment
このかたは、にせ科学批判をやっている人たちと、
ちょっと近しいみたいなんで、poohさんやapjさんとやりあった、
わたしに対して、反発を感じているんでしょうかねえ...
>本人にお尋ねすることもなく、この人は自分で信じてもいないことを根拠に、
>持論を展開するデタラメな人だ。ということがわかる方が、ずばりスゴイ人と思う。
ご存知のように、これを最初に指摘したのは、玄倉川さまでして...
↑で書いた「詐欺師」うんぬんも、玄倉川さまからの借用だったりします。
http://blog.goo.ne.jp/kurokuragawa/e/7957449b130ac5b9d28bf7afe3d80357
あと、「お湯伝」でくださったコメントは、
これもふまえたのもある、というのも、わかったのでした...
>相手に信じているか、どうかなんて尋ねないと分からないことなのに
>「信じていらっしゃる」と決めています。(二年前の記事に対して)
わたしは、はじめのエントリで、2006年3月現在ことだと書いていますよ。
2007年12月のことだとは、言っていないです。
http://taraxacum.seesaa.net/article/75373760.html
========
これはもう、ずいぶん議論されて、このエントリが書かれた
06年3月には、もう収拾がついていたかと、わたしは思っていました。
========
>「ずばり〜」は「ずばり〜信じていらっしゃる」の省略です。
「ずばり」は、「水からの伝言」にかかります。
(上の河馬さまのレスにも書いたけれど。)
勝手に「信じている」に、かけないでくださいね。
06年3月のことだと、お断わりしているのに、
07年12月現在のことだと決め込んだり、「ずばり」を勝手に
「信じている」にかけるとするのは、恣意的な曲解だと思います。
(なにか、わたしに対して悪意でもあるのかな...?)
>>玄倉川さん 別の所では、書きすぎたので、すいません。
どこまでが引用なのか、わかりにくいです。
わかりやすい書きかたを、していただきたいです。
>>ご本人にお尋ねすることなく
>「そんなことにこだわるのはアホである」とずばり断言します。
>玄倉川さんには、たんぽぽさんに尋ねても、
>なんの説明もしてくない下記の文の解釈をお願いします。
質問で返すのではなく、「自分のこだわりがアホである」と、
言われたことに対して、釈明をなさってはいかがでしょう...?
(あなたがどう思っているのか、わたしも、聞きたい。)
さらに言えば、ご自分になされた批判を顧みることなく、
長ながと書いて質問返しをして、さらには「早く「幻の謝罪要求(4)」を
書いてもらいたいですね。」と要求めいたことまで言うのは、
本当に「別の所では、書きすぎたので、すいません」と思っているのか、
とても疑わしく思います、とも付け加えておきますね。
お答えする前に質問があります。
>やすさまは、わたし、たんぽぽの、
>思想、信条の自由を、侵そうとしていることになります。
と書かれていますが、私が侵そうとしたあなたの思想、信条とは具体的になんでしょうか。もし上記に引用したような事実があればそれは撤回したいと思います。
私の文章、
>あなたは、ぷいっちゃんの記述が「疑似科学」であると言いがかりをつけ、
>ぷいっちゃんの思想・信条の自由を侵そうとしたのです。
は、あなたのした悪いことを2つ、まとめとしてあげただけで、その理由はそれぞれ本文に書いてあります。つまり「ぷいっちゃんの記述が「疑似科学」であると言いがかりをつけ」ただけでは「ぷいっちゃんの思想・信条の自由を侵そうとした」理由にはならないんですよ。ねんのため、おことわり。
>「ずばり」は、「水からの伝言」にかかります。
あともう一つ教えていただきたいのですが、わたしの知る限り、「ずばり」は副詞であって、体言である「水からの伝言」を修飾することはできないと思うんですけれど、「かかる」という言葉は、この場合どのような意味で使っていらっしゃるのでしょうか。
たんぽぽさん宛でもないのに反応、ありがとうございます。
>わたしは、はじめのエントリで、2006年3月現在ことだと書いていますよ。
>2007年12月のことだとは、言っていないです。》
それでも、同じです。たんぽぽさんは、相手の記事から(相手の)心を読んで「信じていらっしゃる」と書いたわけでしょう。『らんきーブログ』[言葉の結晶](2006.03.09 12:52 )の下記の引用文を根拠に。根拠が弱すぎます。
「信じていらっしゃる」と書くなら、相手に聞いて書くか(これが確実)。又は、相手が積極的、肯定的に何度も水伝を取り上げている記事を探す、などがいるでしょう。(これでも「信じて」となると難しいですが)
=======
色んな言葉を発せられた水の結晶を見た事がある。
汚い言葉をかけつづけた水の結晶はひどいものだった。
「ありがとう」等の愛のある言葉は
ダイヤモンドのようにきれいな結晶になります。
水でさえそういうことがあるのですから
人間では尚更というのは言うまでも無いでしょう。
========
さすがに、上の引用文を根拠に「信じていらっしゃる」とするのは、書き過ぎ。本来なら、最初に、正確な日付を書き、「二年前の記事ですが」と、ことわりを入れてから「水伝を肯定的に取り上げています」くらいにすべきでしょう。今からでも、訂正した方がいい。
>勝手に「信じている」に、かけないでくださいね。
>「信じている」にかけるとするのは、恣意的な曲解だと思います。》
勝手にかけて「恣意的な曲解」で、すいません。たんぽぽさんの普遍的な読み、そして、”たんぽぽ普遍文法”を失念していました。 【続く】
>(なにか、わたしに対して悪意でもあるのかな...?)》
「悪意」なんてないですよ。元から、「悪意」なんて持ちようがありません。去年の10月に初めて、やりとりした頃のことを考えると、今は非常に残念な気持ちです。引き時、止め時を見失っています。
>どこまでが引用なのか、わかりにくいです。
>わかりやすい書きかたを、していただきたいです。》
これは、すいません。精進します。たんぽぽさんの記事『居酒屋談義その後』などを参考にさせてもらいます。
>質問で返すのではなく、「自分のこだわりがアホである」と、
>言われたことに対して、釈明をなさってはいかがでしょう...?
>(あなたがどう思っているのか、わたしも、聞きたい。)》
「たんぽぽさんの方が釈明することがある...」と言いたい気持ちをこらえて、「自分のこだわりがアホである」に別に、私は釈明することなどないですよ。「釈明すること」がある人なら...。
>さらに言えば、ご自分になされた批判を顧みることなく、》
どんな批判か書いてください。
>長ながと書いて質問返しをして、さらには「早く「幻の謝罪要求(4)」を》
私の質問は、『幻の謝罪要求』に関係することです。それも、根幹の「している・していない」に。そして、たんぽぽさんの文です。★誰かの説明を待たず、たんぽぽさんが先に、自らの文の説明をすべきでしょう。
>書いてもらいたいですね。」と要求めいたことまで言うのは、》
「もらいたい」ですから「要求」ではないでしょう。「わたしの批判をしている時間があったら『幻の謝罪要求』を書いてはいかがかな...? 」の方が良かったですか?
>本当に「別の所では、書きすぎたので、すいません」と思っているのか、
>とても疑わしく思います、とも付け加えておきますね。》
apjさんの旧ブログに書いて以降、『玄倉川の岸辺』に書いていないし、直接、玄倉川さんにも書いていませんよ。前にした質問もここではしていません。
たんぽぽさん自身、書きすぎた感覚はないのでしょうか?自らの文を読み返した時に。読み返してしない?だから、「わたしも、すっかり忘れていました。(うーむ...)」なんて、文を書くはめになります。
いま、一度、『騒動が再燃した(4)』『騒動が再燃した(7)』のコメント欄を含めた読み返しを勧めます。
★の部分には、必ず、反応してください。
>私が侵そうとしたあなたの思想、信条とは具体的になんでしょうか。
前のわたしのコメント[2008年07月12日 15:42]に、書いたでしょう?
あなたは、直前のレスの内容も、理解できないんですか...?
>あなたのした悪いことを2つ、まとめとしてあげただけで、
>その理由はそれぞれ本文に書いてあります。
その「悪いことを2つ」が、まちがっているのであり、
そして、あなたは自分の理由が反論されたのに、なにも言っていないです。
よって、ご自分でおっしゃった理由で、あなたは、
「たんぽぽの思想、信条の自由を侵害した」ことになります。
>とりあえず言葉遣いの丁寧な人が増えて人間関係が円滑になると思いますよ。
>保証はできませんが、道徳の時間に使われたぐらいですから
>効果は期待できるかもしれません。
ちがいますよ。
ことばというのは、かならず使われる文脈があります。
「ありがとう」が、文脈によっては、悪い意味のこともあるし、
「ばかやろう」も、よい意味のこともあるでしょう。
(そういえば、だれかさんの「アンガト」と聞くと、
気分が悪くなる、なんておっしゃるかたもいたけれど。(笑))
文脈を無視して、ことばの意味やニュアンスを決めてしまうので、
ご指摘のことは、「水からの伝言」の、悪いことのひとつとされています。
http://d.hatena.ne.jp/dlit/20070902/1188722164
これくらいのことは、「水からの伝言」批判に、
かかわったことがあるかたでしたら、だれでも知っていることです。
あなたは、上のほうで、「疑似科学批判は無理です」とか、
「さっさと水伝騒動から身を引いて」なんて言っているけど、
こんなこともご存知でないのに、じつにおこがましいもの言いだと思います。
さっさと身を引くのは、あなたのほうです。
>★の部分には、必ず、反応してください。
いやです。
理由:「書きすぎた、すいません」という自覚がちっともなく、
「こだわるのがアホ」なことを、いっぱい訊いてくるかたに、
律儀にお答えするような、奇特な趣味は、たんぽぽにはないから。
>去年の10月に初めて、やりとりした頃のことを考えると、
>今は非常に残念な気持ちです。
あなたが、「こだわるのがアホなことを、書き過ぎていることが、
ぜんぜんわからない」か、「わかっていてわざと書く悪意のあるかた」の
どちらかであるとわかって、わたしも、ものすごく残念です。
(kojitakenさまのところを、追い出されたときは、
じつは別人!?と一瞬だけ思った、ほんの一瞬だけど、ね...)
これで、一旦、ここでは、終わりにします。「返答」ありがとうございました。
やっと、「いやです。」の「返答」。そして、しつこくこだわって、すいませんね。
短めにします。
いや、もっと早く、何かしらの意志表示をしてくれたら、良かったです。「いやです。」でも何でも。(理由付で、ですよ)
「理由」に関しても批判する点がいくつかありますが、一つだけ。たんぽぽさんが書いた文の説明を、たんぽぽさんが出来なければ誰にもできない、と言うことです。(いや、たんぽぽさんの周りは、多くの「解釈する人」がいたような。だから、あの文限定の話です)「騒動が再燃した(1)〜(22)」の根幹−「たんぽぽさんが謝罪要求していた・していなかった」に関係することなのにです。「騒動が再燃した(1)〜(22)」の再読を勧めます。
それでは、また。いまは、『たんぽぽブログ現象』として興味をもっています。
「ぶぶ漬け」じゃだめなのね。(笑)
>たんぽぽさんが書いた文の説明を、
わかってないの、ぐら虫さまだけだと思いますよ。
こんにちは。
>たんぽぽさんは、相手の記事から(相手の)心を読んで「信じていらっしゃる」と書いたわけでしょう。<
についてですが、「信じる」という言葉は、信仰するという意味もあれば、信用する、信頼する、もありますね。
ぶいっちゃんさんは、自分で実験したわけではないようですが「水の結晶を見た」と書き、「水でさえそういうことがある」と断定していたわけです。おそらく水伝写真の本かサイトを見たのでしょう。そして、それが事実だと信用した、ということではないでしょうか。
それを「信じていらっしゃる」と表現するのは、それほどおかしな間違いなのでしょうか?
らんきーblogの記述は、「水伝」を崇め奉って毎日拝んで信仰している…かどうかはわかりませんが、「水伝」を信用したであろうことは伺える記述ではなかろうかと思います。
> 227000、ゲット〜!(^O^)!
次のキリ番記事は25万なのか30万なのかが気になるところです。
kirikoさん、
> 「水でさえそういうことがある」
水「でさえ」っていうのが笑えますよね。「いわんや人間をや」を補って読むべきなんでしょうけど...(爆)
「一旦、ここでは、終わりにします。」としましたが、宛名付で書いてもらったので返答させてもらいます。書いてきてくれた人には、極力、返答する主義なもので。
ついでにですが。
>「ぶぶ漬け」じゃだめなのね。(笑)】
すいません。書いてある文から、たんぽぽさんの「心」が読めなかったです。読めるように精進します。
>わかってないの、ぐら虫さまだけだと思いますよ。】
そうでしょう。分かっているからこそ、誰も反応出来ないのです。「わたしも、すっかり忘れていました。(うーむ...)」には、多くの人が、ビックリしたと思います。私が、もし、「たんぽぽさんは、謝罪要求していない」と書いていたら、「何を書いてるんや、○○○○は」となるでしょう。
>このかたは、にせ科学批判をやっている人たちと、ちょっと近しいみたいなんで、poohさんやapjさんとやりあったわたしに対して、反発を感じているんでしょうかねえ...】
この部分は、見逃していました。返答します。poohさんやapjさんの所にコメントし始めたのは、五月からです。それに、apjさんのブログは、前から知っていましたが、poohさんのブログを知ったのは、五月以降です。「poohさん」という名前は、見ていましたが。「にせ科学批判」をほとんどしていない私(ぐら虫)が「ちょっと近しい」もなにも、そんなわけないでしょう。
「近しい」といえば、たんぽぽさんの方です。去年の10月からブログを見だしたので、コメントし始めたのも同じ頃です。たんぽぽさんは、知っているでしょう。ここに初めて書いたのは、以下。
『ここはどこ?(このウェブログの主旨)』http://taraxacum.seesaa.net/article/9604175.html のコメント欄(Posted by ぐら虫 at 2007年10月21日 17:08)です。
それに他でも。『本多勝一研究会』http://taraxacum.seesaa.net/article/70955014.html
最初の『水からの伝言』にもコメントしています。
=======
色んな言葉を発せられた水の結晶を見た事がある。
汚い言葉をかけつづけた水の結晶はひどいものだった。
「ありがとう」等の愛のある言葉は
ダイヤモンドのようにきれいな結晶になります。
水でさえそういうことがあるのですから
人間では尚更というのは言うまでも無いでしょう。
========
>それを「信じていらっしゃる」と表現するのは、それほどおかしな間違いなのでしょうか?
私は、最初に読んだ時に、おかしいと思いました。さすがに引用の六行から「信じていらっしゃる」とするのは、書き過ぎでしょう。kirikoさん自身も上の文で、「断定していたわけです」と書いていますが、ぶいっちゃんさんが「信じている(信じていた)」とは、書いていないでしょう。「おそらく〜でしょう。」や「ということではないでしょうか」・「信用したであろう」「なかろうかと思います」としています。
二年前の記事の六行程の文から「信じていらっしゃる」と書くのは、よほどの「根拠」がなければ書けません。それに「信じて」など使わなくても、「書いている」「取り上げている」でも十分です。なぜ、「信じて」と書いたか、に疑問を持っています。kirikoさん自身が、昔に書いた記事やコメントから、「ずばり〜信じて」と書かれた場合、おかしいと思いませんか、私(kirikoさん)の心の中を読んだのか、となるでしょう。特に、その「信じて」と書かれたことが、社会的に否定的な評価を与えられている時は。
最初の記事(水からの伝言)自体、よく読めば、「水伝」の間違いを第三者に紹介するためというより、「水伝」に対する否定的な評価を『らんきーブログ』に与えるの主眼でしょう。二年前の記事なのに正確な日付も付けていません。『らんきーブログ』側の反応によって最初の記事のおかしさが打ち消された形になっています。
一つ質問させてもらいます。『ずばり、「水からの伝言」を、信じていらっしゃるエントリですよ。』のことです。「ずばり」が何に係るか、について。
@「ずばり」は「水からの伝言」にかかる。
A「ずばり」は「信じていらっしゃるエントリです」にかかる。
Bその他
★@ABのどれでしょう?
>「わたしも、すっかり忘れていました。(うーむ...)」には、
>多くの人が、ビックリしたと思います。
コメント欄を見てみたけれど、びっくりしてないようですよ。
玄倉川さまにいたっては、「そうだろうと思いました。
むしろ覚えてたら驚いてしまいます。」[2008-05-25 18:54:50]と、
おっしゃっています。
覚えていたら、そっちのほうがびっくりだそうですよ。
http://blog.goo.ne.jp/kurokuragawa/e/eda7d349fd4fbc695c921bc19484161b
>私が、もし、「たんぽぽさんは、謝罪要求していない」と書いていたら、
>「何を書いてるんや、○○○○は」となるでしょう。
「たんぽぽは、やはり謝罪要求してなかった」という主旨のコメントは、
いくつも見られるけれど、「なにを書いているのだ」とは言われてないですね。
むしろ、執拗にこだわる、ぐら虫さまのほうが、
「重箱の隅つつきだ、こだわる必要ない」と、反論されていますね。
このあと、ぐら虫さまは、玄倉川さまに、
「そのお話はもういい、よそでやってくれ」と、追い出されています。
つぎに、kojitakenさまのブログで、同じ話題をやって、
「なんでそんな質問をするのか?」と言われて、アクセス禁止になります。
これは、ぐら虫さまの質問が、おふたりに歓迎されなかったことであり、
それだけくだらない話題なのだ、ということになります。
また、玄倉川さまと、kojitakenさまの措置に、
意義を唱えるものはなく、ぐら虫さまは、くだらないことをやっていると、
多くのかたに思われたと、考えられます。
つまり、ほとんどのかたは、「たんぽぽは、謝罪要求しなかった」で、
納得しているのであり、疑いをはさむ余地はなく、こだわるのはくだらないから
いい加減やめてくれと、思われているのだと思います。
そして、ぐら虫さまだけが、それが理解できずに、
しつこく聞き続けている、ということだと思いますよ。
(前のコメントで、「わかってないの、ぐら虫さまだけ」と
言ったのは、こういうことです。)
>「断定していたわけです」と書いていますが、
>ぶいっちゃんさんが「信じている(信じていた)」とは、書いていないでしょう。
信じているから、断定したのではないのですか?
それとも、信じていないのに、断定することがあるんですか?
疑いが残っているなら、ぶいっちゃんこそ、
「水でさえそういうことがある」ではなく、
「おそらく水でさえそういうことがあるでしょう」とか、
「水でさえそういうことがあるのではなかろうかと思います」とか、
書くのではないですか?
>二年前の記事なのに正確な日付も付けていません。
記事が書かれたのは、06年3月と、わたしは書いています。
また記事にリンクしているのですから、正確な日付けは簡単に確かめられますよ。
ちょっと意地悪なことを言いますが、「むしろ覚えてたら驚いてしまいます。」というのは「仮に覚えていたとしても、たんぽぽさんは覚えていたとは言わないだろう」という意味も含んでいます。
仮に私が過去の行いに疑いをもたれていたら、わざわざ自分の不利になることは言いませんから。
だからといって私がたんぽぽさんの弁明(というのも変ですが)を疑っているわけではありません、念のため。
もともとあの記事では「たんぽぽさんの発言を周囲はどのように受け止めたのか」に注目していますから、極論すると「たんぽぽさんの意図」自体はどうでもいいのです。
>私は、最初に読んだ時に、おかしいと思いました。<
そうですか。私は特におかしいと思いません。
ぶいっちゃんは「水伝」が事実であると思った、その話を信用したのだから、「信じていらっしゃる」とした。
ということだと思っていますので。
>kirikoさん自身が、昔に書いた記事やコメントから、「ずばり〜信じて」と書かれた場合、おかしいと思いませんか、私(kirikoさん)の心の中を読んだのか、となるでしょう。<
なりません。「信じて」等の書き方にこだわるよりも、私が断定的に書いた事項の是非のほうが問題ですから。間違ったことを書いていたことが明らかなら、自分の記事を訂正します。
誤認の指摘の仕方がどうであるか、より、そっちのほうが私は大事です。
> kojitakenさまのブログで、同じ話題をやって、
「なんでそんな質問をするのか?」と言われて、アクセス禁止になります。
あの時には腹が立ったのでアクセス禁止にしましたが、そのちょっとあとに解除しています。で、解除後にもらったぐら虫さんのコメントには私は答えませんでしたが、基本的にコメント欄での質問には答えないようにしているので、「ねんのため、おことわりね」ってとこです。
逆にいうと、私がコメント欄での質問に答えるのは、よほど腹が立った場合か、よほど面白いと思った場合、それに、これは絶対答えなければならないと思った場合に限りますが、この三者のうち後二者の場合は、新たなエントリを立てるのが通例です。だってコメント欄の読者なんてほとんどいないもの。ここのコメント欄は、一部の粘着さんが約一名必死に見張ってるみたいですけど。たぶん、「たんぽぽさん命」なんでしょうね(笑)。
>227000、ゲット〜!(^O^)!
中途半端なきり番(矛盾した表現...(笑))、おめでとうです!
kojitakenさま
>次のキリ番記事は25万なのか30万なのかが気になるところです。
30万を予定しています。
(予定は「未定」だけど。(笑))
>解除後にもらったぐら虫さんのコメントには私は答えませんでしたが、
>基本的にコメント欄での質問には答えないようにしているので、
いえいえ、いいですよ。
いったんは、質問自体を歓迎しなかったのは、たしかでしょうから。
一度アクセス禁止になったら、すぐ解除されても、気が引けるのが相場ですが、
ぐら虫さんは、そんなことは、すこしもないようで...(笑)
>ここのコメント欄は、一部の粘着さんが約一名必死に見張ってるみたいですけど。
>たぶん、「たんぽぽさん命」なんでしょうね(笑)。
そういう粘着くんに、好かれてもねえ...(笑)
>ちょっと意地悪なことを言いますが、
いえいえ、いいですよ。(苦笑)
わたしが忘れていたことに、驚かなかったことに、変わりないですからね。
それより、「「わたしも、すっかり忘れていました。(うーむ...)」
には、多くの人が、ビックリしたと思います。」という、
ぐら虫さまの認識に、わたしは、びっくりしていますよ。(笑)
ぐら虫さまの言うように、多くの人がおどろいたのなら、
それを表明する人が、ひとり、ふたりは出て来て、コメント欄は、
動揺した雰囲気になっていそうなのに、そんな様子はぜんぜんないですからね...
多くのかたたちは、「そりゃあ、本人でも忘れているだろうなあ」で、
納得したんだと思います。
http://blog.goo.ne.jp/kurokuragawa/e/eda7d349fd4fbc695c921bc19484161b
このコメント欄は、ぐら虫さまもいたのですから、
この人は、まわりがぜんぜん見えていないんだなと、思いましたよ。
(このくらい鈍感なら、相手の気持ちにおかまいなしに、
自分の質問に答えて当然という態度も、無理もないかもしれないですね。
「ぶぶ漬け」なんて、絶対わからないでしょうね...)
>だからといって私がたんぽぽさんの弁明(というのも変ですが)を
>疑っているわけではありません、念のため。
わたしも、意地悪もあった種明かしをされたかたといって、
玄倉川さまを疑ったのではないですので、こちらも、ねんのため、ね。
>もともとあの記事では「たんぽぽさんの発言を周囲は
>どのように受け止めたのか」に注目していますから、
わたしも、自分の意図より、そちらのほうが大事だと思いましたよ。
コメント、ありがとうございます。
ご指摘の通り、ぶいっちゃんは、「水からの伝言」を、
信用したでしょうから、それを「信じている」と言い表わしても、
なんらさしつかえないと思います。
ぐら虫さまも自分で言っているように(笑)、疑いが残っているなら、
たとえば、「おそらく水でさえそういうことがあるでしょう」
という書きかたになるはずですからね....
「水でさえそういうことがある」と断定するのは、
信じていたから、ということになると思います。
それにしても、ぐら虫さまの「断定しているけれど、
『信じた』と書いていないから、『信じた』というのはおかしい」
というのは、どういう認識なんだと、思ってしまいましたよ。
(こういうのは、「あらゆる詭弁をろうして、自分は正しいと
言いつのろうとする」とは、思わないのかな...?)
>なりません。「信じて」等の書き方にこだわるよりも、
>私が断定的に書いた事項の是非のほうが問題ですから。
「批判の書きかたが悪い」なんて、クレームをつける人は、
批判されたこと自体が、受け入れられないんだと思います。
だから、どんなに配慮した書きかたをしても、
かならず、「書きかたが悪い」と、文句を言うんだろうと思いますよ。
どうやっても、受け入れらないなら、配慮するだけ損ですから、
すこしばかり手厳しくやってもかまわない、
(いや積極的に手厳しくやるべきだ)という考えもあるけれど...
(まじめなお話、ここまでしつこく「批判のしかたが悪い」と
言われ続けるなら、「ずばり」なんて手加減しないで、
もっとどきつく酷評しておけばよかったと、後悔の念、なきにしもあらずです。)
>そうですか。私は特におかしいと思いません。
kirikoさんの「私は特におかしいと思いません」というのは、理解しました。二年前の記事に対して、「信じていらっしゃるエントリです」と書くことに違和感を感じないというのが、分かりました。「ずばり〜信じて」という表現自体、余程の根拠がなければ、嘘になり、相手が「信じていない」と言えば、間違ったことになる可能性があると、考えていましたが、そのように考えない人もいるというのは、勉強になりました。
>「信じて」等の書き方にこだわるよりも、私が断定的に書いた事項の是非のほうが問題ですから。
私は、別に「信じて」自体ににこだわっているわけではないです。(根拠との関係にこだわっています)根拠(理由)との関係において「信じて」なる表現を使う場合は、余程の根拠−相手に尋ねる、又は、肯定的に取り上げ、他者に信じるように書いているなどがいると考えています。(最初の「水伝」記事の場合、たんぽぽさんが書く時点での相手が、いまも信じているのか、どうかも重要でしょう、「信じていらっしゃる」と書くなら。)
最初の「水からの伝言」記事を読んだ時、「ずばり〜信じて」に疑問を持ちましたが、相手から何かされた(いやな事などを書かれた)ために、「ずばり〜信じて」なる表現を使って、相手に否定的な評価を与えようとしているのかなくらいに思っていました。この時は、相手に非があるのだろうと。『らんきーブログ』自体を読んだ事がなかったので状況が良く分からなかったためです。『らんきーブログ』や他のブログを読むうちに疑念が強くなり、それ以降、ここでのコメントを控えました。強く引っ掛かったのは、『水からの伝言(3)』・『水からの伝言(4)』のコメント欄です。
わたしのコメントにお返事がないけど、どうなりました?
「わたしも、すっかり忘れていました」言ったこと、
↓を見たところ、だれもおどろいていないようです。
あなたはなぜ、「多くの人がびっくりした」と思ったのでしょうか?
http://blog.goo.ne.jp/kurokuragawa/e/eda7d349fd4fbc695c921bc19484161b
あと、わたしは、06年3月の記事であるとことわっているし、
リンクを貼って、正確な日付けも参照できるようにしていますよ。
「日付けを書いていない」などと言ったのは、なぜでしょうか?
>「ずばり〜信じて」という表現自体、余程の根拠がなければ、嘘になり、
>相手が「信じていない」と言えば、間違ったことになる可能性があると、
>考えていましたが、
あなたが、ご自分でおっしゃったように、疑いが残っているなら、
「おそらく水でさえそういうことがあるでしょう」とか、
「水でさえそういうことがあるのではなかろうかと思います」とか、
ぶいっちゃんは、書いていたはずです。
「水でさえそういうことがある」と、書いているのですから、
信じていると考えるのが、いちばん自然な受け取りかたとなります。
>二年前の記事に対して、「信じていらっしゃるエントリです」と
>書くことに違和感を感じないというのが、
二年前の記事でも、「信じている」と書いたのは、
考えが変わったという「根拠」が、どこにもないからです。
わたしは、ぶいっちゃんの心の中は、読めないですし、
よっぽどの根拠がないかぎり、「考えが変わった」などと
決めてかかったら、まちがったことになる可能性があります。
それで、06年3月の記事であると、おことわりした上で、
「信じている」と書いたしだいです。
>私は、別に「信じて」自体ににこだわっているわけではないです。
>(根拠との関係にこだわっています)
根拠との関係によって、「信じて」などの書きかたが
問題になるというのですから、あなたは、「「信じて」等の
書き方にこだわっている」ことになります。
(まさしく「詭弁をろうして、自分が正しいと言いつのる」ですね。)
それから、kirikoさまのレスを引用したところの後半の
「私が断定的に書いた事項の是非のほうが問題ですから」に
全然お返事がないのですが、これはどうなりました...?
あなたは、だれかに批判された場合、自分のまちがいを正すよりも、
相手の批判のしかたのほうを、ずっと大きく問題にするかただと、
考えてよろしいのでしょうか...?
「ぐら虫さんがたんぽぽ批判にこだわっている根拠は何ですか」
「それでは納得できません、たんぽぽさん本人の意図を確認し尊重すべきです」
「根拠を説明してください、根拠を。私を完全に納得させてください」
これを10回くらいくりかえせば、ぐら虫氏も自分のやってることの無意味さに気付くのかな。
誰が誰をどんな理由で批判するのも勝手ですが、人のブログのコメント欄で延々と質問を繰り返すのは無駄です。そろそろ「相手は自分の求めるような答えを返してくれない人だ」と気付いてもいい頃です。
すいませんね。「ぶぶ漬け」と「いやです」と書いた後に、そんなに一生懸命、書いてくれなくても。
>わたしのコメントにお返事がないけど、どうなりました?
相変わらず、自分は返答せずに、相手に返答を求めるのですね。「いやです」なんて書いていながら。「たんぽぽブログ現象」として納得した部分もあるので、次に書くときは、返答します。
>玄倉川さん
かなり、元気になってきた感じです。喜ばしい。早く「幻の謝罪要求(4)」を書いてください。待ってます。「たんぽぽ = 20%」からどうなるのか、楽しみにしています。
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幻の謝罪要求(3) あるいはネアンデルタール人の子孫
http://blog.goo.ne.jp/kurokuragawa/e/eda7d349fd4fbc695c921bc19484161b
たんぽぽ発言を前提として「幻の謝罪要求」が生まれた原因を考えると、私の判断はこうなる(敬称略)。
ぶいっちゃん = 40%
水葉 = 40%
たんぽぽ = 20%
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>相変わらず、自分は返答せずに、相手に返答を求めるのですね。
訊かれたことに極力お答えするのが、あなたの主義なのでしょう?
>かなり、元気になってきた感じです。喜ばしい。
ほかのかたにレスなさるときは、ぜんぜん関係ないことではなく、
内容に即したことをレスなさるのが、礼儀だと思います。
玄倉川さま
>「ぐら虫式」批判術をご本人に向けてみたい。
いいんじゃないかな、やっちゃって。
効果のほどはわからないですが、ぐら虫さまのレスを見たかぎりでは、
必要な措置であるような気がしています。
「ぐら虫式批判術」
何とかの一つ覚えの質問攻めはめんどくさいし時間の無駄なのでやりません。ごめんなさい。
いえいえ。
もちろん、強制ではないですので、気になさらないで結構ですよ。
(でも、ちょっと残念だったり...(笑))