2009年01月04日

toujyouka016.jpg 自己責任と相対主義

こんなのを見つけましたよ。
いまどきはやり(?)の、「自己責任」と「相対主義」の悪用批判です。
わたしは、こういうのを、ネットで見るようになったので、
ネットにありがちなことなのかと、思っていたのでした。
そうではなくて、90年代のはやりものだったみたいです。
「90年代的思想」
http://iskwsig.blog58.fc2.com/blog-entry-357.html

これらが、90年代にはやったのは、たぶんこういう理由でしょう。
「自己責任」のほうは、80年代の末に、55年体制が崩壊して、
国民が邁進する目標が、だれからも与えられなくなりました。
自分の生きかたを、自分で考えなければならなくなり、
それによって、自分の言動は、自分で責任を持つことが、
大切になってきたのでしょう。

「相対主義」のほうは、世界のグローバル化によって、
さまざまな人たちと触れ合い、また意識する必要が出てきました。
これによって、それまで均一と思われたいた中にも、
多様性が見い出されるようになり、特定の価値観を有利にせず、
等価に扱うことが必要となったのでしょう。

 
問題なのは、「自己責任」と「相対主義」が、
しばしば、「利己主義」と「快楽主義」の正当化に使われることです。
「自己責任」は、性犯罪の二次加害について述べられた、
エントリがリンクされていますが、安直な「自己責任」論は、
セクハラやモラハラの二次加害を引き起こすことにもなります。
http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20081127/1227754629

そういえば、むかしのことですが、とある選択別姓反対派が、
「別姓を選択して、他人から攻撃されるのは、
そういう選択をした人の『自己責任』ですよ」と、
勝ち誇ったように言ったというのを、聞いたことがあります。
典型的な「二次加害」ですが、くだんの別姓反対派は、
なにがまちがっているのか、わからなかっただろうと思います。


「相対主義」は、「人の意見を「個人の自由」と言えば
頭から聞かずに済むと考えている所」がイカンとあります。
これは、事実の正誤が問題になっているときに、
感じかたや好き嫌いにすりかえる人に、ありがちだと思います。
http://taraxacum.seesaa.net/article/87093257.html

こうした人は、「なにが正しいとか、まともかなんて、
だれにも決められない、カチカンはみな相対的であり、
あなたにとっておかしくても、私にとってはまともです」などと言って、
批判封殺の免罪符にするのは、ひとつの典型だと思います。
この議論のうまいところは、自分を批判する相手を
「不寛容」と印象づけやすいところにあります。

「多様なカチカンの尊重」が、好きな人も同様ですね。
ネットの選択別姓の市民活動家たちなんて、
まさしく「俺には赤い円が見える、君には緑の三角が見える、
これは価値観の違いだ」という、考えかたの人たちでした。
http://taraxacum.hp.infoseek.co.jp/teardrops/hinekure/diverse.html

posted by たんぽぽ at 22:45 | Comment(4) | TrackBack(1) | ウェブサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
たんぽぽさん、遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。TBありがとうございます。

リンク先でたんぽぽさんがおっしゃっているとおり、多様な価値観を尊重すること自体は何も間違っていないけれど「多様」という名の「俺様」の価値観を尊重しろと押し付けたらあかんというのは、むつかしいことと思いますけどぼちぼち気ぃ長く、できることなら楽しく議論や討論を続けられたらええな(←ありえない?)と思います。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
Posted by とらこ at 2009年01月05日 21:14
とらこさま
新年あけましておめでとうございます。
ことしもよろしくお願いしますね。

>「多様」という名の「俺様」の価値観

リンクしたページ、ご覧くださってありがとうございます。

どんな崇高なお題目でも、使う人が自己中心的だと、
独善的な使われかたを、されてしまうみたいです。(悲)
(だから、こればっかりは、どうしようもないんだけど...)

>できることなら楽しく議論や討論を続けられたらええな

「相手」と「結果」によっては、楽しくなるんじゃないかな...?(笑)
Posted by たんぽぽ at 2009年01月05日 23:48
 こんにちは。遅ればせながらあけましておめでとうございます。

 「自己責任」という言葉は、しばしば被害者(的な立場の人)を責めるのに使われがちですね。イラク人質事件の時もそうでしたし、性犯罪の被害者や、昨今では派遣切りに合った人達など。
 本来、自己責任っていうのは、自分に対して言う言葉なんじゃないか、と思うんですよ。それが他者に使われる時は、本来の意味と変わってしまって、責任転嫁に使われているようにしばしば感じます。
「そうなったのはお前の責任だろう、オレのせいじゃない」
みたいな。

 
Posted by イカフライ at 2009年01月11日 10:21
イカフライさま
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたしますね。

>昨今では派遣切りに合った人達など。

政界や財界のおエライさんにも、ひどいことを言う人が、
ちらほら見られるけれど、派遣切りに遭った人の状況が、
そもそもよくわかってないのかもしれないです。


>自己責任っていうのは、自分に対して言う言葉なんじゃないか、
>と思うんですよ。

どうもそういう感じ、なきにしもあらずですね。
「自己責任」ということばが使われた経緯が、
わたしが、エントリで書いているような事情であれば、
本来は、自分を律するためのものだろうと思います。

それがいつのまにか、「強者の理屈」を正当化するのに
使われている、そんな感じです。
Posted by たんぽぽ at 2009年01月11日 14:11

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