2009年03月15日

toujyouka016.jpg 禁欲的なフェミ?

2月26日エントリでご紹介の「男はフェミニストたりうるか?」で、
「東大女子はこむずかしい議論」うんぬんとありましたが、
このかたにかぎらず、どことなく、フェミニズムに、
禁欲的なイメージをお持ちのかたは、すくなくないのでは?とも思います。

あるいは、つぎのエントリにあるような、
フェミニズム的なことと、おしゃれと両方を求めると、
「いいとこ取り」なんて言う人は、もっと直接的だと思います。
http://blog.livedoor.jp/nanae_ll/archives/51066625.html
|「女体の非効率性は不満だけれど、着飾ることを放棄するのは嫌」
|という趣旨の話をしたら「いいとこ取りだよね、それ」
|と言われてしまったことがある。

これをご覧のみなさんも、「女性の権利」といったことには、
敏感なかたが多いと思いますが、それと禁欲主義が
交換条件になるのは、抵抗があるかたも多いのでは?と思います。
http://blog.goo.ne.jp/ikafurai007/e/7a4eb77e3985b3a9b01aa1d186141c98

 
「フェミっぽいことを言うなら、禁欲的でないといけない」
という発想をする人のフェミニズム観は、ウーマン・リブ時代の、
急進的なイメージが強いのかもしれないです。

リブの時代は、女性の権利がせまく、風当たりが強かったですし、
「女も男なみに」を要求することが、大事だったと思います。
女性も男性とおなじことができるのを、しめすために、
「女性的なもの」をあえて忌避する必要もあったのでしょう。
偏見が強いのもあって、肯定する余裕もなかったのかもしれないです。

前にも触れましたが、現世代のフェミニズムは、
「自分らしさ」とか「多様性」を、もっと重視しています。
男性社会からの「女らしさ」の押し付けは当然嫌うけれど、
「フェミニスト女性たるものかくあるべき」という考えかたも、
「押し付け」だと反発することがあります。
http://www.macska.org/emerging/01-whatis.html

「自分らしさ」とか「多様性」を追求できるようになったのは、
「女性的なもの」が受け入れられるようになったのであり、
社会の認知がそれだけ進んだ、ということだろうと思います。
それでも、前時代的なフェミ観のかたが多いのは、
フェミニズムの最近の成果とか、意識の変化が、
ほとんど知られていないこともありそうです。


それはともかく、「レストランの席がどうの」なんて、
重箱の隅をつつくように、「差別反対!」なんて言う人より、
「自分らしさ」とか「多様性」を、求める人のほうが、
ひとりの人としておつき合いしやすいと、わたしは思うのですが、
前時代的なフェミ観のかたは、そうは考えないのでしょうか?

それとも、前時代的なフェミ観をお持ちのかたは、
「フェミ=自分とはかかわらない、別世界の人たち」
という感覚なのでしょうか...?

ついでながら、(女性運動ではないですが)、
かかる禁欲的考えを極端にしたのが、あの「連合赤軍」だと思います。
お化粧しているだけで、「革命」への熱意を疑われ、
あわよくば「粛正」までされる、というものですね。

posted by たんぽぽ at 22:58 | Comment(6) | TrackBack(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
同感です。

以前、社民党の福島さんが、小沢さんや志位さんにバレンタインのチョコを送ったら、「福島はフェミニストなのに自己矛盾だ」インターネットのネオコンの方々が盛り上がっていました。

ばかばかしい批判だと思いましたね。別に本人が自発的に、そうしたいならそうさせればいいじゃん、と思います。(別に福島さんは外から固定的な役割分業を強制されるわけはないんだからチョコを贈りたければおくりゃあ、いいじゃないかと。贈りたくなければおくらなければいいじゃんと)。
Posted by さとうしゅういち at 2009年03月16日 19:03
さとうしゅういちさま、こんにちは。
コメントありがとうございます。

>社民党の福島さんが、小沢さんや志位さんにバレンタインのチョコを送ったら、

あら、そんなことがあったんだ。
(そのニュース、見てなかったな...)

それはともかく、だれかに強制されているのではないのだし、
なんら問題はないことですよね...
(「男の人がチョコをあげたいのを否定する」とか、
「チョコをあげるのを、女の人に強制する」とかでしたら、
批判の対象になることだけど。)


>「福島はフェミニストなのに自己矛盾だ」
>インターネットのネオコンの方々が盛り上がっていました。

ネットネオコンたちは、リブより過激なフェミニズムなんですね〜。(笑)

冗談はともかく、それで揚げ足を取ったつもりでいるのは、
「フェミ=女性的なものに禁欲的」とか、「フェミ=あらゆる性差を否定する」、
(どういうわけか、ジェンダーとセックスの両方)、
という思い込みは、かなり強いみたいですね。
Posted by たんぽぽ at 2009年03月16日 23:13
こんにちは。

>リブの時代は、女性の権利がせまく、風当たりが強かったですし、
「女も男なみに」を要求することが、大事だったと思います。
女性も男性とおなじことができるのを、しめすために、
「女性的なもの」をあえて忌避する必要もあったのでしょう。
偏見が強いのもあって、肯定する余裕もなかったのかもしれないです。

この解釈はまったく逆でしょう。リブというのは、「女も男なみに」という思想を否定し、社会そのものを変革しようという動きでした。社会がおしつける「女性的なもの」といわれるもの自体を疑い返しつつ、「女であること」自体を肯定的に捉えようという思想です。「男なみにあること」という価値観にまっこうから対抗した思想であり、実践がリブだったと思います。
Posted by yamtom at 2009年03月17日 05:24
yamtomさま、いらっしゃいませ。

コメントありがとうございます。
ウェブログをすこし拝見しましたが、ご専門のかたのようですね。

>この解釈はまったく逆でしょう。

ご指摘ありがとうございます。

わたしは、つぎのコンテンツから、判断したのですが、
これがちがっている、ということになるのでしょうか?
(長いのでまんなかのところだけ引用)
http://www.ne.jp/asahi/hyo/tadaon/michilyn/shufu-lynx.html
========
確かに、彼らのような、制度的・慣習的な状況が悪い時代から
「男の世界」だった職業の場に乗り込んで
行った人たちがいてくれたからこそ、
制度的な問題はここまで改善されたのだと思いますし、
私自身そうした彼らの業績を尊敬し、感謝もしています。

また、周囲のほとんどが「敵」であるような状況を
突破しながら生きていくため、自らの考えや行動を
強く肯定しなければならなかった事情も、想像はできます。
========
Posted by たんぽぽ at 2009年03月17日 23:32
はじめまして。横&遅レスすみません。
80年代当時フェミニズム運動に魅かれつつも飛び込まなかった
ものです。たんぽぽさんのこのブログは
安倍晋三ネタの頃からときどき見させてもらってます。

で、
http://www.ne.jp/asahi/hyo/tadaon/michilyn/shufu-lynx.html
のコンテンツ、引用部分まで読みましたが
引用部分がリブ運動のことを指しているとは
思えませんでした。

思うにたんぽぽさんとyamtomさんは
それぞれ違う国のリブ運動のことを
おしゃってるんじゃないですか?

アメリカ(ヨーロッパ?)ではたんぽぽさんが
おっしゃるような運動だったという話を
以前どっかで聞いたような記憶があります。
いっぽう自分の知る限り、日本の70年代リブ運動は
yamtomさんがおっしゃってたとおり
中絶の自由を!とか、子供を産みたいと思える社会を!とか
そういう運動だったはずです。

80年代後半の日本フェミニズムが経済的自立と
「女も男なみに(男社会への同化)」を説いていたのは
覚えてます。
たんぽぽさんが引用なさった部分はその頃のことを
いってるとも読めましたがどうでしょう?

日本フェミニズム界隈で多様化の尊重みたいなことが
言われ出したのは90年代以降のいつ頃からかじゃ
ありませんでしたっけ。
90年代初期、集会で参加者が「『女性は女性の裸など
見たくない』という決めつけはおかしいと思う」と発言して
会場中が困惑した、という話を居合わせた知人から
聞いたことがあります。

たんぽぽさんがおっしゃる、日本フェミ運動における
自分らしさや多様性の重視は、クイア理論が輸入された前後から
広まったように記憶してるんですがちがいましたでしょうか?

反動に歯切れよく反論できないことは全部リブがやったことに
しちゃえみたいな由々しき風潮が
はびこってるわけじゃないことを希望します…。
Posted by あやさか at 2009年03月29日 05:00
あやさかさま、はじめまして。
コメントどうもありがとうございます。
お返事が遅くなりまして、もうしわけないです。

>たんぽぽさんのこのブログは
>安倍晋三ネタの頃からときどき見させてもらってます。

わたしのブログを、ずいぶんむかしから、
ご覧くださって、まことにありがとうございます。


>80年代後半の日本フェミニズムが経済的自立と
>「女も男なみに(男社会への同化)」を説いていたのは覚えてます。
>たんぽぽさんが引用なさった部分はその頃のことを
>いってるとも読めましたがどうでしょう?

ご指摘くださって、まことにありがとうございます。
リブ運動は、本家のアメリカでは70年代だけれど、
日本では80年代なのだと、わたしは、思っていたのでした。
それでリンクしたページが、日本のリブなのかと思ったしだいです。
http://www.ne.jp/asahi/hyo/tadaon/michilyn/shufu-lynx.html

yamtomさまのおっしゃっているのは、
いつの時代のどこの国のことなのかは、わからないのですが、
70年代の日本、ということなのかもしれないですね。


>日本フェミニズム界隈で多様化の尊重みたいなことが
>言われ出したのは90年代以降のいつ頃からかじゃありませんでしたっけ。

90年代は、グローバル化が進んで(発祥はアメリカだそうですが)、
世界全体が「多様性の尊重」を唱える方向に向かったと思います。
フェミニズムも、その影響を受けたであろうことは、予想がつきますが。

>たんぽぽさんがおっしゃる、日本フェミ運動における
>自分らしさや多様性の重視は、クイア理論が輸入された前後から
>広まったように記憶してるんですがちがいましたでしょうか?

ぜんぜんわからないです。(ごめんなさい。)


>反動に歯切れよく反論できないことは全部リブがやったことに
>しちゃえみたいな由々しき風潮が
>はびこってるわけじゃないことを希望します…。

モンダイは、実際がどうであるかとか、わたしがどう思うかではなく、
世間一般ではどう思われているか、だけど...
Posted by たんぽぽ at 2009年04月01日 00:16

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