6月28日の日経新聞の社説に、婚外子差別のことが出ています。
コメント欄で教えてくださった、どうしたものかさま、ありがとうございます。
「日本の「結婚」は今のままでいいのか チェンジ!少子化」
こちらのエントリでも、社説のことが取り上げられています。
「6/28日経の社説 婚外子差別放置と日本の「結婚」(チェンジ少子化)」
内容ですが、民法の相続差別(嫡出子の半分)をはじめ、
「法律婚主義」にこだわって、法改正が進まない日本国内の状況や、
諸外国では婚外子差別がなく、婚外子の比率が高いことなど、
国際的な事情も紹介されていて、わりあいスタンダードなことが
書かれていると思います。
ところでこの社説、少子化対策と結び付けたいようで、
ちょっと無理な感じが、なきにしもあらずだったりします。
さすがに社説でも、「婚外子の割合が増えたからといって、
出生率が高まるとは必ずしも言えない」と断わってはいるのですが。
フランスとスウェーデンの出生率が高いことが、紹介されていますが、
これらの国ぐにでは、子どもを産み育てやすい環境が整っていたり、
ライフスタイルの多様性が、容認されているからだと思います。
そうした中のひとつに、婚外子差別がないことがあるのでしょう。
また「結婚観」という文脈で書かれてもいるので、
シングルマザーのことが出て来ない、というご指摘もあります。
少子化対策について述べるなら、結婚にこだわらない
出産や生きかたについても、触れてよさそうに思います。
フランスとスウェーデンの両国は、事実婚だけでなく、
ひとり親の生活支援も整っていて、これも出生率を上げることに、
寄与しているであろうことは、想像にがたくないでしょう。
それでも、社説の最後のほうで、日本・東京商工会議所が、
「伝統的な法律婚以外に事実婚や婚外子が受け入れられる
社会のあり方について検討すべき」と訴えたことが出て来ます。
商工会議所が、ライフスタイルの多様性を主張しているのは、
利害とあまり関係なさそうで(失礼かな?)、いささか意外の感もあります。
時代がよい方向に変わっていると、思わせるものがあり、
これを載せたのはよかったかもしれないです。



夫は結婚していても、おかまいなしによそで子どもが作れました。
戦前に私生児が多いのは、このためです。
戦後になって法律婚主義が採られたのは、
「夫はいくら浮気してもいいが、妻の浮気はいっさいだめ」という
ダブルスタンダードをなくすためでもありました。
pulinさまのコメントを見たところ、アメリカのせいで戦後の日本に、
差別が持ち込まれたという印象を、お持ちのように思えるのですが、
じつは戦前の日本は、もっとひどく差別的だったのでした。
...ということを、ねんのためおことわりしておきますね。
少子化と多様な結婚のあり方・・少々飽き飽きしてきましたね。
商工会議所が事実婚等に言及しているのは、少子化対策が結果として経済対策となるから、なのではないかな、と思ったのですが、どうなんでしょう。
少子化って本当に克服しないとならないものなのか?と私は懐疑的ではありますが。
姦通罪というのが、既婚女性の浮気に関して適用になっていた事実を考えるに、戦前の方が女性差別はあからさまであったとは言えます。が、特に農村などに残っていた夜這いなどのフリーセックスを考えると、キリスト教的道徳観が入ってくる前は、今より性は解放的だったのではないかと思います。まあ明治時代というのは過渡期であったわけで、このころの評価ってなかなか難しいなと思います。
>少子化と多様な結婚のあり方・・少々飽き飽きしてきましたね。
たしかに食傷気味ですね、というか、とっくに解決して、
話題にならなくなっていいはずのものですよね。
>少子化って本当に克服しないとならないものなのか?
わたしの個人的見解を言えば、「少子化」自体を目的とするなら、
むしろ「克服」などするものではないと思いますね。
政策によって出生率を操作するのは、個人のライフスタイルへの干渉であり、
政治が本来やることではないと考えるからだけど。
それでも、「少子化」は、生きやすさとか、社会の多様性の
「目安」には、なっていると思います。
ライフスタイルの多様性の基盤を整えるためなら、
そうした政策は必要だし、その結果としての「少子化の解消」を、
指標のひとつとして見るなら、よいと思います。
>夜這いなどのフリーセックスを考えると、
夜這いのことは、あまりよくわからないけれど、
明治民法との折り合いはどうなっていたのかな...?
夜這いは結婚前だから、結婚後のありかたを規定する法律とは、
抵触しなかったのかな...?