2010年10月27日

toujyouka016.jpg 人間は愛する葦である

10月25日エントリでご紹介した、某脳科学者による
「同棲するな」ですが、べつ方向の意見として、
つぎのようなものもありました。

http://twitter.com/kmnkst/status/27973813735
========
どうも同棲・結婚が繁殖の側面から
良否を判断されるのには拒否感ありますね。
========

わたしも、子どもを作ることを前提にして、
結婚や恋愛が語られることに違和感があります。
おなじような違和感や拒否感を持ったかたも、
結構いらっしゃるのではないかと思います。

 
これについては、つぎのエントリが
お答えになっているだろうと、わたしは思います。

「ヒトを好きになることは尊重されて良いと思うんだ」

生殖の不可能な同性愛と、生殖可能でも遺伝病のリスクが高く、
法的に禁じられている近親婚を例にあげていますが、
子どもを作らないことを前提にした
恋愛や結婚が人間にはできる、というお話です。


無性愛者がいるのかどうか、わたしはわからないです。
しかしおそらくは、ほとんどすべての人に、
恋愛感情なるものはあるように思います。
結婚しない人もいますが、諸事情でそうなっただけで、
恋愛感情自体がないのではないようです。

人間はなにかの事情で、子どもを作れなくなっても、
他者を愛する心は持っているのでしょう。
また人間は自分の意思で、愛する人との子どもを作らない
選択もできるようになっています。

「生物の個体は、遺伝子が自己複製するための乗り物」
なんて言った生物学者がいます。
ところが人間は、「遺伝子の乗り物」という立場と無関係に、
他者を愛することができると言えるでしょう。


繁殖のともなわない恋愛や結婚を認める、
あるいは恋愛や結婚はしても、子どもを作るか作らないかを
みずからの意思で決められる、というのは、
多分に人間らしい特権なのかもしれないですよ。

http://d.hatena.ne.jp/doramao/20101012/1286864396
========
子どもを作らない自由というのは
とっても人間らしい自由だと思います。
恋愛対象が近親者だったり、ネコ*1だったり・・・
それは遺伝子の乗り物であることを放棄できる
自由を手にした人間ならではの特権かもしれません。
========

「人間は考える葦である」のとおなじように、
「人間は愛する葦である」とも言えるように、
わたしは思うのですが、いかがでしょうか?

posted by たんぽぽ at 22:53 | Comment(20) | TrackBack(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
ご紹介ありがとう御座います。
書いているとき考えていた事をしっかり拾い上げて下さっている事にちょっとびっくりしました。
とても嬉しいです。
Posted by どらねこ at 2010年10月28日 07:59
時代・社会・文化によって許容されたりされなかったりする愛の形があって、
現代日本では、同性愛は認められている(おおぴっらに主張できないとしても)、近親相姦は微妙、少年愛・少女愛は行えない、というところですね。
Posted by pulin at 2010年10月28日 13:33
どらねこさま、いらっしゃいませ。
わたしのブログにお越し下さり、まことにありがとうございます。

わたし、前にも似たことを考えたことが
ちょっとだけあったのでした。
それで、どらねこさまのエントリを見て、
おなじようなことを考えていらっしゃるかたがいる!と、
とてもうれしくなったしだいです。

「人は遺伝子の乗り物という立場を離れて、他者を愛せる」
という考えがもっと浸透すれば、
「女は子どもを産んで一人前」のような
圧力もなくなるでしょうし、かなりいろいろな差別が、
解消されるのではないかと思います。

(愛の力ってやっぱりすごいのかも、なんて思ったり。)
Posted by たんぽぽ at 2010年10月28日 19:33
pulinさま、コメントありがとうです。

近親婚は「相姦」しなければ、愛し合っていいはず、
というのがリンクしたエントリの主旨ですね。

少年愛・少女愛は、多くの場合、
相手の少年、少女の尊厳を侵害するから
イカンのではないかと思います。
相手の立場をかえりみないのは、
「愛」ではなく、「独善」でしょうしね。
Posted by たんぽぽ at 2010年10月28日 19:34
こんばんわ,パピヨンです。面白そうな話題ですね。ちょっと入れて下さいな。

同棲結構,生殖とは独立して愛を営む,これまた大いに結構です。無論,同性のカップルもこの中に含まれます。自己愛だって結構でしょう。そして低脳な脳科学者のいうことなど論外で無視しておきます。近親愛など微妙な問題もここでは省きます。

さて,この種の議論の中でいつも一つだけ欠けているものがあると思うのです。それは生まれてくる赤ちゃんの視点です。

皆さんはどのようにお考えなのか,ぜひ教えて戴きたいことがありまして,仮の状況を設定しました。以下のような場合,どのように考えたらよいのでしょうか?

====状況設定====
「あるカップルは生殖とは独立して愛を営んでいたのですが,避妊に十分注意したにも拘らず妊娠してしまいました。しかし,子どもは人生設計上,またはポリシー上,少なくとも今は欲しくはありません。
このような時に,身ごもった子を,要らないとして中絶する自由がそのカップルにはあるのでしょうか?という質問です。どのように考えたらよいでしょうか?」
===========
字数制限のため続きます。
Posted by アルバイシンの丘 at 2010年10月28日 22:17
もちろん,この状況は同棲カップルに限らず,法律婚カップルでも同じことです。ついでに不倫カップルも含めましょうか。また身ごもった子の性別,障害の有無は検査でわかるものとします。ただし,議論が複雑化しないため,障害は無いという条件とします。(この条件付加に他意はありません。)

やり取りの手間を省くために先に書いておきます。この質問をなした動機は,「自由」がキーワードとなっているみたいなので,その「自由」はどこまで認められるのだろうか?という探究心です。
パピヨン自身は答は自明のような気がしておりまして,馬鹿な質問だ(答が当たり前すぎて)と思われるのを危惧しています。

余計な議論を避けるために,パピヨンの基本的な態度を書いておきます。

まだ長すぎたようです。すみません。
Posted by アルバイシンの丘 at 2010年10月28日 22:19
「犯罪等による望まない妊娠(レ イ プなど)をしてしまった場合,その妊娠に対する処置はその女性(またはカップル)が完全なる自己決定権を有する。要するに中絶をするかしないか等のすべての決定権は完全にその女性(またはカップル)が保有する。」と思っております。
パピヨンはこれを至極当然と考えていますが,中には宗教的な観点から疑問を呈する方もおられるかもしれないので,念のためです。

でも,ここにふさわしくない話題でしたら撤回しますが。

長すぎて大変失礼しました。禁止ワードに引っ掛かったようです。
Posted by アルバイシンの丘 at 2010年10月28日 22:22
私を含め私の周りには
実子に拘らず子育てをしたいと思う女性が結構居ます。
ただ、今の日本では自分で産む方が子を持ちやすいので
「子どもを産みたい」になりがちなのですよね。
もっと養子が一般的になれば良いのに、と思います。
Posted by さくら at 2010年10月29日 09:25
アルバイシンの丘さま、コメントどうもです。

このエントリの趣旨ですが、「人間のからだは
遺伝子の乗り物だから、恋愛、結婚は生殖のためで
なくてはならない」という生物の宿命があるけれど、
これに反して、自分の意思で「遺伝子の乗り物」を拒否して
恋愛や結婚ができる、というものです。

なので、中絶の是非について語っているのではないのでした...
(どらねこさまのエントリの趣旨も、たぶんそうだと思います。)

でも、せっかくコメントをたくさんくださったので、
撤回なさる前にちょっとだけ引き止めます。
中絶については以下の記事に、わたしは賛同と共感をします。
http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-146c.html
http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-542b.html
http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-7b14.html


>禁止ワードに引っ掛かったようです

なにが禁止ワードとしてはねられたのか、わかりますよ。(苦笑)
もしかして、投稿に支障が出たでしょうか?
そうでしたら、わたしのせいではないけれど、ごめんなさいね。
Posted by たんぽぽ at 2010年10月29日 21:56
さくらさま、コメントありがとうです。

>実子に拘らず子育てをしたいと思う女性が結構居ます

なるほど。
一般的には、実子でないよその子を育てるのには
抵抗にあるかたが多いのでは?と思っていたんだけど、
そうでもないのかな?

結婚はしなくていいけれど、子どもはほしい、
という女性は結構いる、という印象はあるけれど。

>もっと養子が一般的になれば良いのに、と思います

養子の国と言うと、わたしが思いつくのは、
アメリカ合衆国ですよ。
「子どもは社会が責任を持って育てる」という観念が強いので、
親のない子がいると、「じゃあ、うちで育てる」と考える、
ということだそうだけど。
Posted by たんぽぽ at 2010年10月29日 21:59
大変良い記事を紹介していただきありがとうございます。れ い ぷ でなくても妊娠という事実は大変重いものであることがよくわかります。
ただ,少女のあやまちとか男が逃げて途方に暮れる,といった極限状況と成年者が気軽に同棲するということのギャップは非常に大きいです。
もちろん,ここで”気軽に”と表現したことには異論がいろいろありましょう。そういう印象をパピヨンが持ったことは隠しませんが,すべての愛は重いはず(当たり前か!)ですから第三者は何も言うべきではありませんね。それだけのリスクは当然覚悟しているわけでしょう。それが確認できればもう結構です。お騒がせして済みませんでした。

ただ,もし世に”気軽な同棲”が多いと仮にすれば以下のように言えると思います。

>自分の意思で「遺伝子の乗り物」を拒否して恋愛や結婚ができる
というきわめて人間的な(非動物的)営み・行為が,もし中絶を必然的に伴うものであれば,きわめて動物的な(欲望に任せた)営みとなる。

(ここでの議論がそうだというのではないことは念のため強く申し上げます。)
Posted by アルバイシンの丘 at 2010年10月29日 23:30
すみません。やはり発言した手前,正確に伝えたいのでもう少しお許しください。
上に書いたことは,性行為そのものを言ってるのではないことは理解してもらえるでしょうか。従って,中絶を伴うことのない同性愛などは,何の問題もないです。中絶は赤ちゃんという別の命に関係するからです。
たからもし世に”気軽な同棲”というものがもしあるとすれば,そこで生じた中絶と,少女のあやまちとか男が逃げて途方に暮れるといった極限状況での中絶とはいっしょくたにできない,という趣旨にすぎません。それだけのことを言いたいだけです。
当たり前じゃん,と言われれば嬉しく引き下がるだけです。
Posted by アルバイシンの丘 at 2010年10月30日 00:09
やっぱり気になって起きて来ました。これを最後にします。

>赤ちゃんという別の命に関係する

なんて書きましたが,こういう言い方は,たとえば れ い ぷなどの被害女性の自己決定に(悪)影響を与えかねないことは十分にわかっています。従って,こういう言葉を声高に口にすべきではないのですが,ここでの議論のために今回はやむをえず口にしました。念のために申し添えておきます。
これで眠れます。
Posted by アルバイシンの丘 at 2010年10月30日 00:54
愛情は、多少独善的なくらいでないと相手に伝わらない、うったえかけられない側面もありますね。
もじもじしていれば、実るものも実らなかったり。
Posted by pulin at 2010年10月30日 10:02
アルバイシンの丘さま

またまたコメントをたくさんくださって、まことに恐縮です。
わたしもよくわからないけれど、気軽に同棲する人たちは、
「子どもを作らない」ときっぱり決めているとは、
かぎらないように思います。

むしろなにも考えていないのでは?と思います。
そのあたりの決心が定まっていないと、
「遺伝子の乗り物を放棄する」とは
言えないのではないかと、わたしは思います。

>大変良い記事を紹介していただきありがとうございます

それから、わたしが紹介したエントリを、
ご覧くださってありがとうございます。
かなり重苦しい気持ちにさせてしまったようで、
わたしこそ恐縮ですよ。(そこまで意識していなかった。)

同棲をするくらいの成人男女でしたら、
高校生よりは生活力があるはずですから、
少々なら無理して育てるのではないかと思います。


それとあと、このエントリは、
一般的に「恋愛や結婚が生殖を前提として語られる」
ことに対して、反対意見を述べたものです。
前の同棲のエントリとはべつの話題として書いています。
(同棲の記事に対するツイートを受けての
エントリではありますが。)

もとのどらねこさまの記事は、「遺伝子の乗り物」がさきで、
「同棲」のお話があとですね。
なので、ふたつのエントリは独立しているはずです。

>これで眠れます

どうか、やすらかにお眠りくださいね。
Posted by たんぽぽ at 2010年10月30日 22:23
pulinさま

>愛情は、多少独善的なくらいでないと相手に伝わらない、
>うったえかけられない側面もありますね。

「あたってくだけろ」なんてのは、いいのではないかと思いますよ。
(もちろんくだけないで、うまくいけばもっといいけれど。)

相手がいやがっているとわかっているのに、
いつまでもつきまとうとか、相手の気持ちを確かめないうちに、
ふたりの関係が成立したつもりでいる、
なんてやったら、「独善」なんだと思います。



さくらさま(もうひとつ)

そういえば、わたしがリンクした記事に、
望まない妊娠でできた赤ちゃんを、養子として引き取ってもらう、
というのがあったけれど、養子が一般的になったら、
中絶ももうすこし減るかもしれないですね。
http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-542b.html
Posted by たんぽぽ at 2010年10月30日 22:25
はじめまして。

海外から興味深く拝見させていただいています。
同棲して長く続くカップルもあれば、結婚してすぐに別れることになるカップルもいて、人それぞれなのに、どうして一方的で画一的価値観が横行するのかなあと思います。

日本の現状ではたいへん?な気がしますが、養子はもっと一般的であっていいと思います。育てたい人がいて、親のない子供がいたら、なんとかならないかと思うのが人間ではありませんか。

ただ、望まない妊娠を防ぐのは、ピルの普及だと思います。妊娠してからでは遅いのです。日本でも錠剤タイプではない、もう少し楽なピルが認可されればと思います。

Posted by Bellotina at 2010年11月08日 08:41
開発中らしい男性用避妊薬が広く普及すると微妙な問題も出てくるかもしれませんね。
これについては、男は常に発情中で抑えられない論と変わらなくなるので深く言及はしません。
Posted by pulin at 2010年11月08日 12:25
Bellotinaさま、いらっしゃいませ。

わたしのつたないブログをご覧くださり、
ありがとうございます。
これからも、ごひいきにしていただけたらうれしいです。

>どうして一方的で画一的価値観が横行するのかなあと思います

やっかいなことに、ある種の人たちは、
どこのおたくも自分の信奉する「理想の家族」だと、
国家のために望ましいと信じてるみたいです。

イルカとか動物を引き合いに出す人もいるけど、
さまざまな愛があるほうこそ、むしろ人間らしいですよね。


>育てたい人がいて、親のない子供がいたら、

どちらも結構いらっしゃるみたいですね。
もっと養子がさかんになされてもよさそうなのに、
基盤はありながら、なぜあまりなされないのか、
このあたりは気になります。

>望まない妊娠を防ぐのは、ピルの普及だと思います

これも変なイデオロギーを信奉する人が
狭量な反対をしたりして、やっかいなことになってますね。
Posted by たんぽぽ at 2010年11月08日 22:11
pulinさま

>開発中らしい男性用避妊薬

これかな。
http://rocketnews24.com/?p=18211

実際に認可されるとなると、たしかにいろいろと物議をかもしそうだ。
Posted by たんぽぽ at 2010年11月08日 22:13
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