2010年12月04日

toujyouka016.jpg 神社と夫婦別姓

神社は選択別姓反対の有力な組織と
見られていることは、よくご存知のことだと思います。
実際に反対している神社が、どういうところで
どれだけあるのか、また神道の教義と別姓反対とが、
どう関係があるのかが気になるところです。

 
つぎのエントリで、結婚式の神前式を行なうかどうか、
いろいろな神社のところへ行って調べています。
選択別姓に反対なら、別姓夫婦の神前式など、
お断わりしそうに思うからです。

「寛容な神社に初詣」

ところが聞いてみると、ほとんどの神社で、
別姓夫婦でも神前式は行なうとのことです。
(貴重な収入源なので、断りたくないということも
あるのでしょうけれど。)
あきらかに好意的な神社もありますし、神道は宗教的に
夫婦別姓に反対と決まってはいなさそうです。

もっとも八幡神社にかぎっては、
夫婦別姓に対して、不快感を呈するらしいです。
神前式を断わらないにしても、こころよくは思わなさそうです。
(八幡神社は戦いの神さまので、
そのあたりと関係があるのでしょうか?)


そもそも、夫婦別姓に反対というのが、神道の教義の
どこにあるのか、宗教的な理由がわからなかったりします。

「夫婦別姓」

たとえば、キリスト教の聖書は、同性愛を禁止しています。
それで、同性愛差別に反論するには、
「いまどき聖書を一字一句忠実に守ったりしない」
のような議論を、展開することになります
こうした教義のかたちで、苗字のことが
神道で定められているのか、はっきりしないわけです。


9月4日にご紹介した、こちらのエントリを見ると、
神社の宮司さんの反対意見が出ています。
選択別姓に反対する神社の、一般的な意見と見てよいでしょう。

「憤懣本舗「死ぬまでに夫婦別姓を」」

前半の「夫が妻をしっかりと守るべき」というのは、
神道の教義にかかわるのかもしれないですが、
「解釈」がなければ、同性強制のことまでは、
出てこないのではないかと思います。

後半の「夫婦同姓で幸せな家族」は、
おそらく反対論者に見られる一般的な家族思想でしょう。
神道固有のものではないだろうと思います。


結局どういうことのか、わたしにはわからないです。
(敗戦後の政教分離政策で、国家神道を継承した、
神社本庁の影響下にあるところが、
夫婦別姓に反対するのではないかと思いますが。)

もともと神道には教典がないですし、
夫婦別姓に反対する教義があるのではなく、
すべての神社が反対しているのでもなく、
一部の神社が、そのように「解釈」して
別姓に反対しているのではないかと、わたしは思います。

posted by たんぽぽ at 12:28 | Comment(13) | TrackBack(1) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はてなブックマーク - 神社と夫婦別姓 web拍手
この記事へのコメント
おお!私も神道の教義と神社本庁の「反対」を表明する姿勢との関わりがものすごく気になっています。…過去、記紀(日本書紀、古事記)全部一通り(読み飛ばしたりはしましたが)読んだことはありますが、関連のある内容は無かったような気がします。

宗教が明確に違う側から見ると、「んー…根拠がわかんないな」というのが感想です…とりあえず音沙汰したくないとか現状維持以外考えられないだけなのかって印象を持っていますが。

でも、その「国家神道」ってもう封じられてますよね…かわいそうだけど。
Posted by mmm at 2010年12月04日 15:27
こんばんわ。

興味深いテーマですが,氏子という概念が神道にはありますので,神道と夫婦別姓婚とは原理的に相容れないものだと思うのです。

というのは,神道にとって結婚とは嫁入りとか婿入りとかすることであって,それは必然的に婚家の氏神さまの氏子になることを意味すると考えられるからです。
夫婦別姓婚だと,この「嫁入り」,「婿入り」という意味が存在しないわけですから。

しかし,それが建前であっても,商売上,運用は適当にやっているのが「真相」ではないでしょうかネ。
Posted by アルバイシンの丘 at 2010年12月04日 23:10
神道は「場所の哲学」だから保守的というよりもその時その場の大勢や体制に合わせた形をとって現れるので、神道そのものから何か絶対にこうすべきであるというものが出てくるわけでもありません。
Posted by pulin at 2010年12月05日 07:54
mmmさま、アルバイシンの丘さま、pulinさま、
コメントありがとうございます。
(わたしのお返事が遅くなって、もうしわけないです。)

>記紀(日本書紀、古事記)全部一通り(読み飛ばしたりはしましたが)
>読んだことはありますが、関連のある内容は無かったような気がします

ああ、やっぱり、それらしき記述はないのですね。

>氏子という概念が神道にはありますので

氏神さまは、わたしも考えたんだけど、
(もともとは「一族の神さま」ではあったけど)、
氏神さまのいる地域に住んでいる人全部を「氏子」というでしょ?
血族でもなんでもない人がふくまれるので、
氏子の概念と、同姓強制は関係ないと思います。


夫婦同姓とか夫婦別姓というのは、
苗字概念が現在のようになった、近代以降のことだと思います。
なので、夫婦別姓に反対する神道というのは、
近代以降に現れた宗派ではないかと思います。

現在、夫婦別姓に反対している神社は、
おもに神社本庁の影響下にあるところけれど、
この神社本庁は、戦後の政教分離政策によって、
国家神道の思想を継承しています。

国家神道は明治以降の(近代)天皇制イデオロギーのために
作られましたから、ここから同性強制の思想が
現れたと考えるのは妥当だと思います。
夫婦同姓の強制は、国家神道に由来するものであり、
近代天皇制と関係するのだと、おそらくは思います。


近代天皇制における家族制度というのは、
男性が家長となるイエ制度です。
そしてこのイエによって、統治者たる天皇は
臣民全体を把握するというものでした。
そして、日本の家族における夫婦同姓も、
イエ制度からはじまっています。

よって神社関係者で夫婦別姓に反対する人たちは、
こないだアルバイシンの丘さまがおっしゃっていた、
「一本一草の天皇制」を守ろうとする
もっとも忠実な人たちではないかと、
わたしは憶測するのでした。
Posted by たんぽぽ at 2010年12月06日 22:45
>氏子の概念と、同姓強制は関係ないと思います

ああ,なるほど,よく考えてみたら,昔の氏子さんは姓を持ってないんでしたね。庶民は明治以降ですからね。
ということは同姓婚を強要するも何もないわけですネ。
すみません(^o^)/
神社と同姓婚を結び付けたのはやはり近代天皇制に都合がよかったからなんでしょうね。
浅はかな推論でした(^o^)/
Posted by アルバイシンの丘 at 2010年12月06日 23:27
>たんぽぽさん
>アルバイシンの丘さん
そうそう、そういった都合であるならば、今で言う士族の「住民票」を扱っていたお寺さんが夫婦別姓に反対するならばむしろ納得がいくのですよね。仏教徒はある種現実的だから「現世」には興味が無い…のかも?リアル仏教徒に聞いてみたいけど貴重な仏教徒なリア友は小乗仏教からキリスト教に乗り換えてしまいました。ううむ、仏教徒にこういう話題の感想を聞いてみたい…。

神道はもしかしたら、「教えを明確にしない」その姿勢によって、それぞれの考え方の違い、つまり宗派なり教派なりの存在をまったく無視しているのかも…神道は大きな間口を持っていると思いきや、実は「内部において」排他的に分裂しているような…気がしないでもありません。いや、外部の人間から見た印象ですけれども。
Posted by mmm at 2010年12月07日 21:05
こういう話は好きなので,またまた浅はかな推論をお許しください。

>「教えを明確にしない」その姿勢(mmmさん)

これで思い浮かんだのが,神道とは元々,宗教というよりは習俗という面が強かったと思うんですね。
起源は恐らく素朴な自然崇拝だったのではないでしょうか。そうすると,大事なのは形式(儀式など)であって,教義などはありそうもないなあ,と思いました。(なあんてホントかなぁ?自信はありませんが)
Posted by アルバイシンの丘 at 2010年12月08日 00:22
おお、議論が活発になってる。
どうもありがとうです。

アルバイシンの丘さま

>神社と同姓婚を結び付けたのは

ああ、いえいえ。
こちらこそ、アルバイシンの丘さまの、
おかぶを取っちゃったみたいで恐縮です。

ちょっと調べたのですが、平安時代にはすでに、
氏神が一族の神から拡張されて、地域の神になっていたみたいです。
(武士が興ったのと関係あるのかもしれないです。)



mmmさま

>神道は大きな間口を持っていると思いきや、
>実は「内部において」排他的に分裂しているような

これもちょっと調べた程度だけど、
神社本庁(その前進の国家神道はなおさらだけど)は、
中央集権的な組織を前提にしているようですね。
門口が広いように見えて排他的、というのは、
この組織体系にあるのかもしれないです。
Posted by たんぽぽ at 2010年12月09日 06:13
神道とは、世の中が円満にいくように栄えるようにと祈願して祭りを行うことであり、その世の中も永遠普遍のものを指すのではなく、その場その時の共同体のことなので、だからその共同体における少数者や「ヨソモノ」と認識される者は何となく排除する傾向に行きます。
これが「場の哲学」なのです。
Posted by pulin at 2010年12月09日 06:29
>アルバイシンの丘さん
あ、どっかで「日本人は現世(にあるもの)を愛している」というどこぞの西洋人が書いた文章を目にしたことがあります。その推測は当たってるかも…

>たんぽぽさん
習俗によってのみとらえて「宗教」と呼ぶことにちょっと抵抗があるのですが、ひとつの村においてひとつの神社を祀っている様子を見るに、「それぞれの神社でひとつの宗教」と考えてもいいのではないかと思ったりもします。たぶん、だからこそ神道の形容「ヤオヨロズ」が「神の集合体」として見られないのだろうと思います(それぞれの神社がすべての「神」の窓口となっていない)。

例えば…「海神」を特に信仰する村あり、「山の神」を特に信仰する村あり、そしてまた「土地神」の存在を認めている…私から見るとそれぞれをひとつずつの宗教と見なす根拠として充分成り立ちそう…とか思ったりします。

神道のみを信仰する人といまだかつてこういったことについて語り合ったことはないのですが、「神道」をひとつの宗教として見なすのは、もしかしたら的を外しているかもしれません。宗教の「集合体」であり、それらは「和」ではないかも。

私も推測すいません^^;
Posted by mmm at 2010年12月09日 20:49
pulinさま、mmmさま、コメントありがとうです。

こんなエントリを書いてくださって
いただけたので、ご紹介しておきますね。
(神前式も神道本来ではなく、キリスト教の影響らしいとか。)
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101209/1291899124
Posted by たんぽぽ at 2010年12月10日 07:50
まあ…天皇家を信仰対象に含んでいる方からお叱りを受けそうですが、実際天皇家(…に限らず、皇族方や彼らの関係者)には少なからずカトリックと聖公会の信徒さんが多いですから、その影響はかなり大きかったのかもしれませんね(宗教のバッティング問題は発生しません。両教派は「習俗」としての行事参加に賛成しています; プロテではルター派以降の分派はそれらを全く認めない方向のようです)。

興味深い記事をありがとうございます!へえー面白い♪
Posted by mmm at 2010年12月10日 17:07
>http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101209/1291899124

日本のほぼ全部の神社が、神社本庁の組織下にある、
というのは調べてわかっていたんだけど、
ほとんど影響のない神社も結構あるみたいなので、
「神社本庁の影響下」ってエントリで書いたのね。
(神社本庁は、全部の神社が組織下だと言っているけど、
影響が形骸化しているのかと思った。)

リンクした記事を見たら、神社本庁は医師会のような
学会みたいなもので、統制力のようなものはなく、
反動的な政治活動も、一部の積極会員がせっせと
やっていることみたいです、というのを読んで、
このあたりの事情が納得できたんだけど。


>実際天皇家(…に限らず、皇族方や彼らの関係者)には
>少なからずカトリックと聖公会の信徒さんが多いですから

なるほどねえ...(これはイミシンかも。)

神社本庁は、伊勢神宮が頂点にあって、
各都道府県に下部組織があり、さらにその下に
各神社があって、氏神さまがいるけれど、
ちょうどローマ教皇がトップにいて、
司教、司祭がその下にいて、各司祭が教区を持っているという
カトリックの組織に似ているなと思ってます。


というのは、神社本庁の前身の国家神道を、
明治に作ったとき、わざと組織をカトリックに
似せたのではないかと、わたしは憶測しているんだけど。

自然崇拝が基調で明確な教典がないと、原始宗教みたいで、
当時としては、前時代的に思えたんじゃないかな?
それで、西欧の主要な宗派の教会組織に、
神社組織を似せれば、神道を「近代的」に見せられるという
判断が入ったんじゃないか、なんて思ったりしています。

おっしゃるように、皇室の関係者にカトリックの
信徒のかたが多いことや、「神前式」がキリスト教の
輸入であることが状況証拠でもあるんだけど。


>興味深い記事をありがとうございます!へえー面白い♪

ああ、いえいえ。
書いてくださったのは、sumita-mさまですので
お礼はそちらになさるのがよいかと。
Posted by たんぽぽ at 2010年12月11日 07:44
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

万邦無比の国家(2)読後感と謎の設定
Excerpt:  昨日は初の忘年会だったので今日は基本的にぼーっとして,あったかーい寝床で過ごした。そして,読みかけの小路田泰直著:『「邪馬台国」と日本人』を一気に最後まで読了した。  読後感は,まさに「拾ってきた..
Weblog: アルバイシンの丘
Tracked: 2010-12-04 22:11