11月27日エントリで、pulinさまから、
こんなコメントをいただきました。
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「政治主導」とは手段なのか目的なのか。
民主党があまり「政治主導」を指向すると
それによって足をすくわれるかもしれません。
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「政治主導」の対義語は「官僚主導」ですが、
なぜ政治主導でなければならないのか、官僚主導はなぜ
批判されるのかを、pulinさまへのお返事をかねて、
この機会にお話することにします。
議会制民主主義国においては、選挙によって選ばれた議員が
構成する議会が法律を作り、議会の多数派から
構成された政府が、政治を執行します。
しかし、議会も官邸も人数は限られていますから、
彼らはおもに、基本的な方針や政策の決定を行ない、
より専門的な部分はシンクタンクを置いて、
技術的なサポートをあおぐことになります。
このサポートをするシンクタンクが「官僚」になります。
議会と官邸が政策の決定と執行を主導し、
官僚が技術的な補佐をする状態を、「政治主導」と呼んでいます。
政治主導とは、議会制民主主義のシステムが、
正常に機能している状態のことを言います。
ところが、国会議員に政策を作る能力が
じゅうぶんないと、政策決定の基礎的な部分まで、
専門知識を持つ官僚に、まかせることになります。
議会制民主主義の仕組みを持ちながら、
官僚が主体となったシステムを「官僚主導」と呼んでいます。
あるいは、「デモクラシー(政治主導)」に対して
「テクノクラシー(官僚主導)」と言うこともあります。
議会や官邸から政策の「方向付け」がされず、
官僚が主体となって、政策決定を行なうようになると、
いずれ官僚は自分たち個人や、所属する省庁の
利益のために有利な政策を作るようになります。
たとえば、「天下り」に代表される、
公務員に有利な雇用システムや、
お役所の権力維持を優先する予算配分などです。
こうした状況においては、官僚が利益を捻出できない
政策であれば、国民の生活や権利にかかわることでも、
なかなか実行されないことになります。
さらには、官僚の利益のために、国民の利益と反する政策が、
行なわれる事態も出てきます。
政治主導が正常に機能している場合、
いかなる政権であっても、国民が選んだ以上、
官僚機構はそのもとで、忠実に任務をこなすという、
「行政の中立性」が守られます。
官僚システムはいっさいの党派性を持たないわけです。
ところが官僚主導になると、官僚機構の気に入らない
政権ができたとき、その方針に従わないなど、
政権の妨害をすることも出てきます。
これによって、政治は麻痺することになり、
国民生活は大きく損失を被ることになります。
またこれは国民の選んだ政権を否定するのですから、
議会制民主主義をおびやかすことでもあります。
国会議員は、選挙で選ばれますから、
国民のために働かないと思ったら、
つぎの選挙で議員を入れ替えることができます。
政府も議会の多数派で構成されますから、
選挙で間接的に入れ替えることができます。
官僚は選挙で選ばれるものではないですから、
国民のために働かないとわかっても、
選挙で人材を入れ替えることができません。
それゆえ、ひとたび官僚機構が、
自己目的のために働くようになると、
歯止めが効かなくなっていくことになります。
官僚主導は、おそらく議会制民主主義の黎明期、
議会制度なるものは定着したが、
運用がふじゅうぶんなころ、政策は作れないが
人気取りだけはじょうずな人物が、選挙で当選するような時代に
現れたのではないかと思います。
この時代(19-20世紀のはじめ)は、科学と技術が
大きく進歩し、これによって国の経済が発展したのでした。
政治にこうした専門知識が多数必要になったので、
官僚(テクノクラート)の力が増す素地もあったのでした。
よくご存知のように、行政の仕事は
議会と裁判所以外の残りすべての国の仕事です。
20世紀の後半になって、日本やヨーロッパの民主主義国で
大きな政府主義が進むと、行政がどんどん肥大化して、
それを担う官僚が権力を増大させることになります。
大きな政府主義は簡単にはやめられないですし、
また官僚は専門知識を持った集団です。
したがって、テクノクラートの弊害というのは、
じつはヨーロッパの民主主義国の多くで、
対処がやっかいな難物となるのが現状です。
参考資料:
「テクノクラシー」
「テクノクラシーと技術官僚の支配体制」
2010年12月05日
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はてさて、でも番号制導入は大歓迎
Excerpt: 今季はねじれ国会もあって、なかなか法案は通らなかったらしい。 野党も与党もマスコミも、些細な失敗をちまちま責めていたからなあ・・・。 ともあれ閣議で『納税者共通番号の導入』を来年の秋に提出する..
Weblog: 早乙女乱子とSPIRITのありふれた日常
Tracked: 2010-12-06 21:30
『よい政治主導』とは?
Excerpt: 民主党政権の迷走のためか、『政治主導』そのものに疑問を呈する声が、あらたにすなどの投稿で出ている。 『官僚主導』でよかったものと。 だが、本当にそうだろうか。 僕は違うと思う。 行政組織のト..
Weblog: 早乙女乱子とSPIRITのありふれた日常
Tracked: 2011-01-12 00:57
民主党にせよ自民党にせよ、「政党」にもう国民は飽きはじめているのではないか、その中での政治主導とはどうあるべきなのかと、私は考えたりしたもので。
アメリカでも、共和党や民主党などの政党とは違うティーパーティーのような形の政治運動も現れたりしているので。
官僚主義の弊害について,市民は驚くほど鈍感ですね。
官僚組織は油断すると自己増殖を始めますから。元々,そういうことができる立場にあるわけです。
左翼も最も警戒すべきは経営者の労働搾取ではなくて,官僚による税金収奪であることにいい加減気がつくべきだと思うんですけどね。
市民・住民・国民がやっかみ半分で叩く対象の公務員は(暢気に仕事をしているような)地方公務員であって、国家の中央官僚(キャリア組)はしょせん雲の上の人だから、これをどうこうしたいという考えは特になく、この中央官僚と対決しようとした民主党の方針は、市民レベルでは積極的に支持されているわけでもないな、と私は思いました。
>タイムリーな記事,よかったですよ
どうもありがとうございます。
というか、完全に時期をはずしているつもりでした。(苦笑)
>官僚主義の弊害について,市民は驚くほど鈍感ですね
うーむ...事業仕分けの人気ぶりを見ると、
まんざらでもないと思ったんだけど。
(でも「天下り」くらいは把握しているんじゃないかな?)
たしかに、見えにくいのはありますね。
国民生活の広範にわたって、すこしずつ浸食するのであって、
官僚の横暴のせいで、きゅうに貧困層が増えた、みたいな、
わかりやすい事態が起きるのではないですし。
>左翼も最も警戒すべきは
左の人たちの、テクノクラシーに対する鈍感さも、
いかんともしがたいのがありますね。
(なので、参院選の結果の適切な分析ができなくて、
みんなの党の躍進や、共産党の凋落の原因も、
ちゃんと把握できていない。)
このあたりの原因の一端は、共産党が官僚批判を、
あまりやらないことにあると思います。
その論調に引きずられて、なんとなく
「けしからん公務員叩き」くらいのイメージしか
持てないのではないかと思います。
お役所の窓口で事務手続きをする人たちは、
事務官僚(ビューロクラート)と言って、
このエントリで問題にしている、
技術官僚(テクノクラート)とは区別されますね。
ビューロクラートの生活が安定しているのは、
テクノクラートが作った既得権益の「おこぼれ」が
回ってくるようなものだと思いますが、
庶民的にはやっかみの対象としてじゅうぶんかもしれないです。
テクノクラート批判に国民の関心がいかないのは、
やはりわかりにくさが原因ではないかと思います。
マスコミもあまり報道しないですしね。
それと最初の、政治主導は目的か手段か、だけど、
実現するまでは「目的」、実現してからは「手段」ですね。
官僚操縦術が絶妙だとされた田中角栄が一転没落していったのも、有力な閨閥関係を持っていなかったからだと言われています。
お返事が遅くなってもうしわけないです。
ここにちょっとだけ書いてありますね。
官僚の出身者が閨閥に入ることが、
政界に入るもっとも短いコースだったと。
http://lacrima09.web.fc2.com/figs/hereditary.html
従来の支配者層や既得権益層がいる状況で、
国民全員に門戸を開く方法として、
もっとも効率的な方法だったのでしょう。
導入したころは「開かれていた」のだと思います。
テクノクラートと政界が密着するのは、
日本の場合、かなり宿命付けられていたのでしょうね。