2011年01月24日

toujyouka016.jpg ミニスカートは売春婦?(2)

前のエントリでお話した、梶川ゆきこ県議の
「ミニスカートは売春婦」発言は、ようは彼女にとって、
そうしたいでたちが不快だ、ということなのかもしれないです。

http://twitter.com/yukiko_kajikawa/status/21594064470155264
========
イタリアの地方でミニスカートが禁止された背景には、
町中で売春婦が目立って不快な気分を
人々に与えたのかもしれません。
========

 
快・不快というだけでしたら、カチカンの問題、
ということでよいと言えるのかもしれないです。
ところが、そこにとどまらない(「売春婦」と表現することで、
差別意識が現れていることのほかにも)大きな問題が
あるのではないか?、という指摘があります。

「性的人間?」
「ハイヒールで否認して」
「ぜう/じゃう」


というのは、女性のファッションに「性的な意味」があると、
読み取っていることが考えられる、ということです。
これはそこに「性的な意味」を読み取る人がいるから、
そうした働きをするのであり、もともとはファッションに
「性的な意味」など通常はない、ということです。

すなわち「ファッションはセクシュアルな意味を
(誰かによって)読み取られることによってのみ、
セクシュアルなサインとして機能する」わけです。

そして、既成道徳的な人たち(エントリでは、
「マッチョな男権主義者」と表現されている)は、
そうして読み取った「性的な意味」を、
「不道徳なもの」として、抑圧しようとするべく、
女性のファッションに禁欲的になるわけです。

梶川氏の場合、「売春婦」という性風俗産業を
「レッテル」として貼付けた上で、
ミニスカートを好ましくないものとしています。
よって、ミニスカートに「性的な意味」を読み取り
それを抑圧する考えの痕跡があるかもしれない、
という可能性は、ありえないことではないわけです。


さらには、ある特定のフェミニストにも
(「思考の構造が単純な」とかっこつきで限定している)、
女性のファッションに「性的な意味」を、
読み取る人たちがいたらしいのです。

そうした人たちは、女性のファッショナブルないでたちを、
男性や男社会へこびているとして、
抑圧にかかったこともあったようです。
ここへ来て、前述の「マッチョな男権主義者」と、
「(思考の構造が単純な)フェミニスト」の方向性が
皮肉にも重なることになります。

--------
付記:
このくだりについて、つぎのご意見をいただきました。
「(思考の構造が単純な)フェミニスト」に関する箇所は、
注意をうながしておきたいと思います。
([2011年01月26日 00:05]の、わたしのコメントも参照。)
http://twitter.com/Lily_victoria/status/29557674060292096
http://twitter.com/Lily_victoria/status/29559392076562432
http://twitter.com/Lily_victoria/status/29562930785685505
http://twitter.com/Lily_victoria/status/29566636981751808
http://twitter.com/Lily_victoria/status/29567893179994112
--------


男のかたにはぴんとこないみたいなのですが、
おしゃれをするとか着飾るというのは、
自分がやって楽しいとか、自分のためだったりするのですね。
男性の眼を意識してとか、男性の気をひこう、
というわけでは、べつだんなかったりします。

したがって、女性のファッションに対して、
禁欲を要求するのは、本来そこにない
「性的な意味」を読み取って、女性の自由を
拘束することになるのだと思います。
(実際、女性の衣服に自由度がある社会のほうが、
女性が解放されているように、わたしは思います。)

梶川氏がツイートで引き合いに出していた、
イタリアの地方都市でのミニスカート規制法案は、
もちろん、女性の市議たちからの反対はあって、
やはり「女性の自由を束縛する」と猛反発です。

posted by たんぽぽ at 23:14 | Comment(18) | TrackBack(1) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はてなブックマーク - ミニスカートは売春婦?(2) web拍手
この記事へのコメント
 こんにちは。
 性暴力の被害者女性に対しても、「そんな滑降しているから」とか、「そんな格好であんな場所に行くから」などと言う言葉が平然と投げつけられますね。
 それなら、海水浴場は大変な暴力の巷になるはずですが。
 「誘うような格好をする女のほうが悪い」と言うのは、完全に、男の方の理屈ですね。
 私だって、ミニスカートから伸びる、きれいな足を見たら、むらむらするけど、だからすぐに性暴力、というわけではないです物。
Posted by ジャッカル at 2011年01月25日 12:46
うーん、性暴力の被害に遭っている人を周囲で見るに…大人しい格好してる人の方が多いような気がします。実体験でもそうですがね。そういったこともあって、一人でどこかに行く時はたいていキツい感じの格好をしています…反撃されたくない男が攻撃的な印象(もっちろん中身も)のギャルファッションを身に着けたコたちを狙うだろうか?いやまさか。

まあ、ファッションの根本は女同士の戦いだってことを男が理解できなかったり女自身がそれを忘れてたりすれば「規制まっしぐら」だろうなぁと思います。女のメンタリティを持つ(または知る)男も最近見かけるので性別にかかわらず彼らにはそこら辺理解されていそうです。
Posted by mmm at 2011年01月25日 17:36
このエントリ、およびエントリでリンクした記事に関して、
つぎのご意見をいただきました。

http://twitter.com/Lily_victoria/status/29557674060292096
http://twitter.com/Lily_victoria/status/29559392076562432
http://twitter.com/Lily_victoria/status/29562930785685505
http://twitter.com/Lily_victoria/status/29566636981751808
http://twitter.com/Lily_victoria/status/29567893179994112

これに対しては、またいろいろとご意見もあるかと思いますが、
このエントリの最後から4-5番目の段落、
「(思考の構造が単純な)フェミニスト」に関する箇所は、
注意をうながしておきたいと思います。


(長くなるので、わたしに直接返信のツイートだけ引用。)
========
その記事ですが、はっきり言ってイダさんに対する
誤解か偏見が含まれていると思われます。
ビーチバレーについてのwikipediaの記事を
試しにご覧になって下さい。
特に男子選手の写真と女子選手の写真を見比べて下さい。
明らかに服装コードが性別で違います。
========
========
これで皆様はビーチバレーについての
基本的な情報を御存知でしょう。
wikipediaの記事もどれもがひどいというわけではないのです。
まあ、日本語版の質は英語版の質に劣りますが。
そしてこれが件の何かの勘違いな記事です。 
http://htn.to/zmJmBK
========

ウィキペディアの「ビーチバレー」の項目。
http://bit.ly/eCLSwC
Posted by たんぽぽ at 2011年01月26日 00:05
ジャッカルさま、コメントありがとうございます。

>性暴力の被害者女性に対しても

残念ながら、加害者の「言いわけ」の定番になっていますね。
かつては、警察や裁判などの場でも、あたりまえのように
女性の「落ち度」をしつこく調査して、
それによって加害者の罪状が軽減されたりしたものです。

セクハラの加害は、「性的魅力があったから」
というのは、まったくの思い込みで、
「相手の女性を辱めたり、抑圧したりしたい」
というのが本当の動機だったりします。
http://taraxacum.seesaa.net/article/170322648.html

最近になって、こういう「加害者の理屈」が
まちがっていることが、ようやく認識され始めた、
というところだと思います。
Posted by たんぽぽ at 2011年01月26日 00:07
mmmさま、こちらにもコメントありがとうです。

>性暴力の被害に遭っている人を周囲で見るに

そうですねえ...
セクシャルないでたちだったから被害にあう、
というわけでは、かならずしもないでしょうね。

たとえばこれを見ても、すっぴんでジャージという
格好の女性が狙われるとあります。
(この記事、最後が「被害者落ち度論」なので、
物議をかもしちゃったんだけど。)
http://www.men-joy.jp/archives/5056

でもよく言われますよね。性的な被害にあうのは、
「魅力的ないでたちだったから」と。
性的魅力があると思ったのだとしたら、
それを読み取った側に原因があるのであり、
この観点からも加害者の責任であって、
「被害者落ち度論」の誤りが言えるだろうと思います。


あと、このお話、このエントリで指摘されることと
関係があると思います。
http://d.hatena.ne.jp/white_cake/20091212/1260608149

「被害者落ち度論」は、女性が性的ないでたちを
することで「合意があった」と思いたいという
男性の思考の現れ、というものだけど。
Posted by たんぽぽ at 2011年01月26日 00:08
ファッションも一つの自己顕示ですからね。

日本の社会人男性(サラリーマン)は背広・スーツという没個性的ファッションを強制されてその機会を奪われてたり、若者の奇抜なファッションを嘆くご婦人がそれはそれで独特のファッションをしていたり、服装にまつわる心理も根が深そうです。

話はそれますが、中国の昔の人民服などは、服装にまつわる「階級差」だとか「男女の違い」だとかを一切消し皆が同じ服(違うのはサイズのみ)を着ることで「差」の無い社会を作るアピールだったらしいですが、そんな制服強制は人間性に反するのでやがて廃れました。
この点では男性サラリーマンのみ背広という「人民服」が適用されているとも言えます。
Posted by pulin at 2011年01月26日 07:05
pulinさま、こちらにもコメントどうもです。

男性のファッションにバリエーションがないのは、
もともと男性は着飾ることに興味を持たなかった、
という要素が大きいと思います。

過激なファッションに性的魅力を読み取って、
それをいましめる、というのは、
男性に対しては、ほとんどなされなかったでしょう。
いちおう、女性とはべつのヒエラルキーで
考えたほうがいいだろうと思います。


>そんな制服強制は

制服を着せると多かれすくなかれ、
団体の意図を、各個人に押し付けることになりますね。
中国のことは、わたしはくわしくないけれど、
ご指摘の事態は、おそらく平等意識の評価よりも、
個性を押し殺されることへの反発が
強かったんだろうと、わたしも想像します。

制服に関しては、以下になかなかおもしろいことが
書かれているので、ご覧になるといいと思います。
http://kinshati.exblog.jp/12685116
http://kinshati.exblog.jp/12726617
http://kinshati.exblog.jp/12760831/
Posted by たんぽぽ at 2011年01月27日 00:07
おはようございます。トラバは送りましたが、わざわざ言及してくれて、ありがとうございます。

他人さまのカッコに本気で言いがかりをつけるのは無粋だね、と僕は思うのです。
Posted by キンシャチ at 2011年01月27日 07:53
キンチャチさま
こちらまでお越しくださり、ありがとうございます。

ちょうどコメント欄で制服のお話が出て来たので、
貴ブログのエントリと関係してくると思ったのでした。

服飾が言論と同様という考えは、とても興味深いですね。
ごく一部に法に触れたり、マナーやモラルに
いちじるしく反するものもあるけれど、
大半は当人の自由なのは、たしかに同じですからね。
Posted by たんぽぽ at 2011年01月27日 23:25
>過激なファッションに性的魅力を読み取って、
>それをいましめる、というのは、
>男性に対しては、ほとんどなされなかったでしょう。

男でもロックミュージシャン・芸能人とかが、何だそのワイセツな格好は! と非難されたり、前にもコメントに書いたかもしれないですが裸祭で男の裸体がセクハラと言われたりはなくもなかったですが、日常レベルではあまり無いでしょうね。
Posted by pulin at 2011年01月28日 09:55
魅力的ないでたちだったら襲っちゃうんでしょうか…口説きが足りてませんねぇ…動物的というかなんというか、幼いというか。

男女ともに、臆病にならずはっきりと口に出せるようにならないとこのテの問題は解決できないでしょうね(汗)。それ以前に、自分の望みをはっきり言えないのは、信頼関係ができていない証だと思います。挙げていただいたはてなの記事「暗号ゲーム」をプレイしている、というのは目の前の人間を自分の一部として扱う、甘えとも言える態度、と私は書いてしまいます。もちろん、両方について。別々の人間であることを忘れています…
Posted by mmm at 2011年01月28日 15:33
pulinさま

リンクした記事に、服装の自由は、表現の自由と
類似しているとあるけれど、とくに女性の衣服は
自己決定権にかかわることを、無意識のうちに
思われていたのではないか、なんてなことを、
わたしは思っています。

そうだとすると、男性より女性のほうが、
ずっとファッションについてやかましく言われるのも、
女性の自己決定権のほうが否定されやすいことと、
関係することになりそうです。
Posted by たんぽぽ at 2011年01月28日 23:04
mmmさま

>「暗号ゲーム」

性暴力の正当化の言いわけとして、
「被害者が魅力的ないでたちだったから」というのは、
女性の服装に、そこにないはずの性的な魅力を
読み取るから、というのもあると思うのですよね。

もちろん通常、女性のいでたちに性的な意味合いは
ないのでして、この方面からも「被害者落ち度論」を
批判できるなと、思ったしだいです。

>目の前の人間を自分の一部として扱う

わたしが想像するに、とくに男の人は、
相手の女性の気持ちを理解しようとしないで、
自分の中で「きっとこうだ」と決めちゃうところは
なきにしもあらず、かもしれないです。
どうしても、自分の都合中心に考えやすい、
とでも言うのかな。
Posted by たんぽぽ at 2011年01月28日 23:06
ある女性が同じ服を着ても、性的かどうかってその人を見ている相手の育った環境によるところが大きいでしょうね。それに気づければ、男も女も自分の思い込みで暴走することもないかも。

例えば、私なんかは日本人から見てセクシーでないストレートのジーンズを穿いたらイタリアやスペイン出身のクラスメイトから「(お尻が)セクシーだね」と言われたり、逆に東洋人としてはセクシーな範囲に入るキャミソールを着たら「ちょっとやんちゃな感じも似合うね」と。「セクシー」が「やんちゃ」になってしまうのには大笑いするしかありませんでした…

もうね、女がセクシーでないようにするには目しか出ないようにブルカをかぶるしかないと思いますよ。(動きづらそうで機能的でない辺り、私は嫌ですけど)。自分もちょっと書いてみました(http://mmmthinking.blog.shinobi.jp/Entry/25/)
Posted by mmm at 2011年01月31日 11:40
>http://mmmthinking.blog.shinobi.jp/Entry/25/

言及ありがとうございます。
エントリ、拝読しました。

おしゃれとかお化粧は、自分が楽しいからやる、
という女性が多いんでしょうけれど、
男性のかたは、それをあまりご存知ないみたいなんですよね。
女の人がおしゃれするのは、男目をひくためとか、
なんかそんなふうに思っているみたいです。

それで、セクシーないでたちで来たりすると、
「もしかして、自分にからだを許すつもりなのかも」
なんて考えちゃうのもあるのかもしれないです。


環境による性的意識のちがいと言えば、
洋の東西とか外国を持ち出さなくても、
わたしの個人的な感覚でも、ジーンズは体のラインが
はっきりするので、セクシーだと思うことありますよ。

スカートのほうがラインを隠しやすく、
ラインが出るのに抵抗があるかたには、
かえって安心だったりするのでは?という気もしています。

>ブルカをかぶるしかない

それは、男の人は、かえって猛烈に抵抗しそうです。(笑)
Posted by たんぽぽ at 2011年01月31日 23:26
>>ブルカをかぶるしかない
>それは、男の人は、かえって猛烈に抵抗しそうです。(笑)
そうかもしれませんね(爆)。
男女って難しい★
Posted by mmm at 2011年02月02日 11:02
ただいまー、用事があったもので行ってきました。

>環境による性的意識のちがいと言えば、
>洋の東西とか外国を持ち出さなくても、
>わたしの個人的な感覚でも、ジーンズは体のラインが
>はっきりするので、セクシーだと思うことありますよ。
そうですね。これは個人の感覚の問題ですが、わかりやすい例を出してみました(笑)。肌を露出するものとラインを露出するものの二種類の「セクシー」が世にはあるってことですね。ただこの二つを全部隠すとなるとマジでブルカかルームウェア、しかないという結論に行き当たりますね…あはは。
Posted by mmm at 2011年02月02日 14:50
>ただいまー、用事があったもので行ってきました

わーい、おかえりなさいませー。

>わかりやすい例を出してみました(笑)

ああ、もちろん、国による文化の違いの影響が、
効いているのはあると思いますよ。

(前のエントリ、わたしの個人的感覚を
みょうに強調した書きかたになってますね。
そんなにこだわっているつもりはなかったのだ...)


>ただこの二つを全部隠すとなるとマジで

男の人に訊いてみるといいかもしれないですね。
「女の人が被害にあうのを、女性のいでたちのせいにしていると、
それこそブルカかルームウェアだけど、
町中の女性がみんなそうなってもいいのか?」って。
Posted by たんぽぽ at 2011年02月02日 23:05
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

服は人なり (3)
Excerpt: 清水義範は「世界衣装盛衰史(よのなかはきぬぎぬのうつろい)」(角川文庫)のクリスチャン・ディオールの項で、こう書いています。 「私は、ファッションには実用的と芸術的の区別はないと思います」 「..
Weblog: 夢の博物誌
Tracked: 2011-01-26 07:23