2011年03月07日

toujyouka016.jpg 多文化主義失敗の原因

イギリスのキャメロン首相が、現代のヨーロッパで
広く行なわれている「多文化主義」が、
なぜ失敗したのか分析しているので、ご紹介します。

「英首相 「英国での多文化主義は失敗」」


ヨーロッパでは、異文化と積極的に共存しよう、
ということで、イスラム系をはじめ、
さまざまな移民を受け入れてきたのでした。
それが、最近になって失敗してきている、というものです。

 
========
「多文化主義国家のドクトリンは、様々な文化が
お互いに干渉せず、主流文化からも距離をおいて
存在することを推奨してきました。
そうした、いわば隔離されたコミュニティが我々の価値観と
正反対の行動をとることすら許容してきました」

異なる価値観を無批判に受け入れる
「受動的な寛容社会」ではなく、民主主義や平等、
言論の自由、信教の自由といった自由主義的価値観を
積極的に推進する「真のリベラル社会」を目指すべきだ
========

民主主義や、基本的人権の尊重は、現代社会において、
すべての人たちが安心して暮らすための、最低限の「基盤」です。
移民たちがこの「基盤」に反しても、
「異文化への寛容」のもとに無批判だったみたいです。
それで、イスラム系移民が過激思想に走るなど、
「多文化主義」が破綻してきたのでした。


ヨーロッパの移民受け入れが失敗、というのが、
どういうことかと、わたしはずっと思っていたのですよ。
ようは「異なるカチカンを認めないカチカン」も
尊重しようなどという、自己矛盾的なことだったわけです。

これは破綻して当然だと納得しましたよ。
他者に不寛容な人たちは、こちらがいくら寛容に接しても、
決して寛容にならず、そのまま不寛容な態度で、
こちらをむしばんでくるからです。

「不寛容にも寛容であるべき」というやりかたは、
うまくいかないのでして、人びとが安心して暮らすための、
最低限の「基盤」はすべての人が守り、
その上での他者の尊重でなければならなかったのでした。

「「多様な価値観の尊重」が苦手」
「カチカンの多様性の濫用」
「「価値観の多様性」 と批判への不寛容」


ヨーロッパの多文化主義の失敗を取り上げて、
日本での移民受け入れに反対する意見があります。
しかし、これはどうやら当たらないと、言えそうです。
移民が「基盤」を共有しないことが問題なのであり、
移民の存在自体が原因ではないからです。

そして、この民主主義、基本的人権という「基盤」を
移民にも浸透させるのは、日本で移民受け入れに
反対する人たちには、おもしろくないだろうと思います。
排外主義というのは、この「基盤」に反しているからです。


ドイツでも、多文化主義の失敗は痛感されているようです。
ここでメルケル首相は、移民もドイツ語を話し、
ドイツの教育を受けるべきと、同化が必要だとしています。
「「多文化主義は完全に失敗」 メルケル独首相が発言」

これに対して、多文化主義が破綻したのは、
移民がそのような表面的な同化をしていないからではない、
という反論として、キャメロン首相は
最初の記事のような主張をしたのでした。

posted by たんぽぽ at 23:10 | Comment(20) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はてなブックマーク - 多文化主義失敗の原因 web拍手
この記事へのコメント
何も語られず、何も理解されないまま「受け入れ」られても、同居はできないでしょうね…日本もある種「無関心」や「ラベリング(または差別とも言える考え方)」という手段で陸の孤島のような多文化を維持しているので他人事ではないかもしれませんね。

「出る杭は打たれる」「目立てばよいことはない」「知りたくても政治と宗教の話はしてはいけない」…このタブーを先に取り除かないと、日本の中の「違う人たち」との将来は敵対か支配被支配しかないと思います。語り合いもせずに「みんななかよく」は無理ですよね。
Posted by mmm at 2011年03月08日 20:53
異なる価値観の尊重という価値相対主義は、
1990年ごろのアメリカからはやり始めたみたいです。

日本でも「リベラル」な人たちが標榜していました。
ところがおうおうにして、「異なるカチカンを
認めないカチカンを尊重する」という
自己矛盾におちいって、自滅することがあったりします。

日本の「リベラル」がやるならいざしらず、
ヨーロッパがそういう失敗をした、というのが
わたしには結構意外だったです。


>何も語られず、何も理解されないまま「受け入れ」られても

ヨーロッパと日本の違いは、相互理解をしないまま、
受け入れたか受け入れないかの違いかもしれないです。

>語り合いもせずに「みんななかよく」は無理ですよね

考えてみれば、「みんななかよく」って
実行するのは、かなりむずかしいことになりますね。
Posted by たんぽぽ at 2011年03月10日 06:14
米国には、たとえば、白人、黒人、インディアン、などの人種や民族ごとに国土を分割して相互不可侵不干渉でやっていこう、とする考えが、過激な白人運動にも黒人運動にもあるようですね。
アメリカぐらい国土が広ければそれもあながち非現実的とも言えないかもしれませんが、狭い国土や都市レベルでは、そんな溶け合わない形での多文化主義は無理でしょう。
Posted by pulin at 2011年03月10日 07:07
pulinさま

>人種や民族ごとに国土を分割して相互不可侵不干渉でやっていこう

それは、わたしは、寡聞にして初耳でした。

察するに、積極的にそれを主張しているのは、
非差別マイノリティの側で、彼らが多数派から
「身を守る」ために関わりを断とう、ということになるのかな?

ヨーロッパでいったら、イスラム系移民の側が、
周辺と接触を断つことを要求することに、相当するのでしょうね。
Posted by たんぽぽ at 2011年03月11日 22:27
こんにちは。何年か前に日比婚外子国籍裁判について書き込みをした者です。その前にイタリアのマザコン男性について書いたような気もします。ご無沙汰しています。お元気ですか。

多文化主義ですが、国連では「西洋的価値観の押しつけはしないよ、ただし人権問題は人類共通の課題だから、たとえそれがどんなに伝統のあるものでも人権侵害については口を出すよ」という姿勢をとっています。

具体的な例を挙げると、ヒンズー教の教えや慣習に文句は言わないけど、ヒンズーの教えと結びついて強化されてきた低位カーストをへの差別や弾圧については、改善するよう積極的に口を出すよというところです。グレーゾーンの多い事柄なので、実践するのは難しいんですが、文化・慣習のちがいを受け入れつつ折りあいをつけて行くにはこれしかないんじゃないかと思います。

そういう意味で、今回のキャメロンやその前のメルケルの多文化主義自体が失敗であるかのような発言は、基本的な理解に欠けているように見えます。脅迫と暗殺で言論を封じるようなやり方にも寛容なのが多文化主義ということではないはずです。「不寛容にも寛容」では、ネオナチもドイツで合法ということになってしまいます。

あと、アメリカでの分離主義ですが、これは1960年代の公民権運動のマルコムXやブラックパンサー以来の動きなので、けっこう長い歴史があります。白人との協力を拒否して自分たちのことは自分たちでという自治の精神が根底にありますが、人種間の隔離がすすむ一因にもなっていてあまりうまくいってるようには見えません。以前、「人種のるつぼ」は、アメリカの枕詞でしたが、1990年代あたりからは、分離がすすんだためにつかわれなくなくなりました。

では。
Posted by box96 at 2011年03月12日 02:04
ようするにかつての南アフリカの「アパルトヘイト」と同じ志向だと思われます。
黒人の立場なら、過激なアンチ白人ならその方が良いのでしょう。
Posted by pulin at 2011年03月12日 13:03
box96さま、いらっしゃいませ。
ていねいなコメントをくださり、ありがとうございます。

>その前にイタリアのマザコン男性について書いたような気もします。

このお話は覚えています。
当時あった、伝言板にいただいたメッセージだと思います。


>多文化主義ですが、国連では

多文化主義というのは、もともとそういうことだったのですね。
この考えは、わたしはまったく賛成です。
文化や慣習の違いを受け入れつつ共存するには、
これしかないだろう、というのも同意見です。

あと、キャメロン首相の主張は、国連的な意味での
多文化主義でなければうまくいかない、というものですね。
魚拓がなぜか消えているので、
写しのあるこちらにリンクを張っておきます
http://m.anond.hatelabo.jp/20110206140541

それと、キャメロン首相は、メルケル首相の主張する
表面的な同化に対する反論でもあります。
メルケル発言の記事も魚拓が消えているので、写しにリンクします。
http://anond.hatelabo.jp/20101019222600


>あと、アメリカでの分離主義ですが

こちらも解説ありがとうございます。
「人種のるつぼ」とは言わなくなっている、
というのを聞いたことがあるのですが、
どういう事情によるのか、ちょっとわかりました。
Posted by たんぽぽ at 2011年03月13日 16:26
pulinさま

差別を受ける側である、黒人からだから
主張できるのだと思います。

差別する側である白人の立場からこれを言うのは、
あきらかに意味合いが異なるでしょう。
Posted by たんぽぽ at 2011年03月13日 16:28
はじめましてドイツ在住のFondriestと申します。水伝騒動のころからブログを読ませていただいておりますが、この記事についていくつか疑問がありますので質問させていただきます。

たんぽぽさんの議論の前提になっているのは、ドイツにおける移民政策の「失敗」が「異なる価値観を無批判に受け入れる 」相対主義によるものであるということですが、そのような主張をする主要な政党、団体について聞いた事がありません。いったいどのような根拠でそう判断されているのでしょうか。また、そうと主張はしていなくても実質的には無責任な相対主義に陥っていると主張されるならどのような事例に基づいてそう判断されているのでしょうか。

正直に言って、キャメロン首相の主張は保守派の典型的な多文化主義バッシングにしか見えません。最初から「我々」と「彼ら」の間の相違を本質主義的に前提とした上で、同化を迫るというのは国連主義的な意味での多文化主義とも呼べないでしょう。

box96さんも指摘されている通り、歴史修正主義、レイシズムについて「不寛容にも寛容」であることはまず考えられません。移民政策の「失敗」については多文化主義の行き過ぎどころか、そもそも多文化主義など存在せず彼らを排除してきたことにあるというリベラルの議論もあります(私の実感もそれに近いです)。
Posted by Fondriest at 2011年04月14日 08:33
Fondriestさま、はじめまして。
わたしのブログを以前からご覧くださったことは、
お礼をもうしあげたいと思います。

>ドイツにおける移民政策の「失敗」が
>「異なる価値観を無批判に受け入れる 」相対主義に
>よるものであるということですが

これは、つぎの『News i』の報道に
紹介されているキャメロン首相の講演です。
http://megalodon.jp/2011-0207-0117-17/news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4643357.html

この中で、キャメロンはつぎのように述べたとあります。
これを見ると、ヨーロッパでは「相対主義の濫用」が
「多文化主義」と思われて、普及していた、
ということになると思います。
=========
「多文化主義国家のドクトリンは、様々な文化がお互いに干渉せず、
主流文化からも距離をおいて存在することを推奨してきました。
そうした、いわば隔離されたコミュニティが
我々の価値観と正反対の行動をとることすら許容してきました」
========


>キャメロン首相の主張は保守派の典型的な多文化主義バッシングにしか見えません。

これはなんのことか、わからないです。

『News i』の報道によると、キャメロン首相は、
つぎのような考えをしめしています。
これは、box96さまのコメントにあるように、
民主主義と基本的人権の尊重に基礎をおく、
国連的な考えかたであって、「保守派の典型的な
多文化主義バッシング」とは対極にあると思います。
========
民主主義や平等、言論の自由、信教の自由といった
自由主義的価値観を積極的に推進する「真のリベラル社会」を
目指すべきだとの考え方を示しました。
========

保守派的バッシングは、メルケル首相の考えに
近いのではないかと思いますよ。
『CNN』の報道に、つぎの見解がしめされています。
http://megalodon.jp/2010-1223-0945-51/www.cnn.co.jp/world/30000585.html
========
「今や誰もが、移民は我が国の構成員であると理解している。
(しかし)彼らは同じ言語を話し、ドイツで教育を受けるべきだ」
と答えていた。
========

キャメロン首相の講演は、ドイツにおいてなので、
たぶんドイツが、多文化主義批判として、保守派的バッシングに
向かおうとしているので、それは方向性が違うとして、
自分の考え(国連的な考え)を、しめしたものと思います。
Posted by たんぽぽ at 2011年04月15日 22:35
どうも私の質問が誤解されてしまったようです。私がお尋ねしているのは、ドイツにおいてたんぽぽさんの言うような極端な相対主義的主張をする政党、団体が(私の知る限りですが)存在しないにも拘らず、キャメロン首相の主張を正当だと判断される根拠は何かということです。当然、彼の発言を引かれても根拠にはなりえません。

あと、たんぽぽさんの解釈ではキャメロン首相は、基本的人権の尊重に基礎を置く国連的な多文化主義を代表しているということですが、それならばなぜ彼が「多文化主義は失敗した」と述べたのでしょうか。

>「多文化主義国家のドクトリンは、様々な文化がお互いに干渉せず、主流文化からも距離をおいて存在することを推奨してきました。そうした、いわば隔離されたコミュニティが我々の価値観と正反対の行動をとることすら許容してきました」(イギリス キャメロン首相)

ここで彼は「多文化主義」に何の限定も付加しておりません。普通に考えて彼の多文化主義一般に対する考えを述べたものと考えられます。

box96さんも「今回のキャメロンやその前のメルケルの多文化主義自体が失敗であるかのような発言は、基本的な理解に欠けているように見えます。」と述べられておられるように、この二人の思想に本質的な違いを認められておりません。それに私も同意します。
Posted by Fondriest at 2011年04月16日 07:07
>極端な相対主義的主張をする政党、団体が
>(私の知る限りですが)存在しないにも拘らず、

これは、わたしが前のコメントで、
「相対主義の濫用」と言ったことですか?
キャメロンの言に「多文化主義国家のドクトリンは...」と
ありますから、おそらくヨーロッパでは、多文化主義とは
「このようなもの」と認識されていたと考えられます。

メルケルも、「『さあ、多文化社会を推進し、
共存、共栄しよう』と唱えるやり方は完全に失敗した」と
述べているのですから、やはりドイツでも
多文化主義を同様に捕えられていたと思われます。

このような多文化主義に対する「認識」を、
政党や団体が、公式見解として主張しているところが
あるのかを、わたしは知らないです。
社会のカチカンとか思想として、広く普及している、
というだけなのかもしれないです。


>それならばなぜ彼が「多文化主義は失敗した」と述べたのでしょうか。
>ここで彼は「多文化主義」に何の限定も付加しておりません

これは「これまで信じられてきた多文化主義」とか、
「多文化主義と誤解されていた相対主義の濫用」とでも
表現するのが正確なんだろうと思います。

実際にそんな言いかたをしたら、
ごちゃごちゃしてかえってわかりにくくなるし、
言わなくても文脈であきらかので、
あえて限定を付加しなかっただけではないかな?
...と、わたしは考えております。
Posted by たんぽぽ at 2011年04月18日 23:18
ご返事ありがとうございます。

それを読む限りたんぽぽさんは、彼らの発言以外の特別な根拠はなく、それらを事実であると判断したということになるかと思います。しかし、それはナイーブに過ぎると言わざるを得ません。例えば、夫婦別姓問題において安倍元首相なりの意見を無批判に事実として受け取ることに、たんぽぽさんは同意できるのでしょうか。少なくともメルケルは政治家として安倍よりははるかにましな人物であるとは思いますが、それは彼女の発言を無批判に受容してよい理由とはなりません。日本の保守派が夫婦別姓を家族の破壊を企む陰謀とみなすように、欧州の保守にとって多文化主義を無節操な相対主義として非難することは彼らの典型的なレトリックです。

また、たんぽぽさんはキャメロンの方をメルケルよりリベラルな立場とみなされているようですが、私はむしろ彼の方が欺瞞に満ちた問題的なものであると考えます。彼が前提としているのは、外からの介入がなければ、イスラム系移民が自然に原理主義へ接近するという本質主義です。「彼ら」には自ら自由主義的価値を実現する能力がなくそれゆえに「我々」が管理しなければならないというのは、植民地主義的パターナリズムに他なりません。しかし、原理主義は彼らの文化、宗教からの必然的帰結ではなく、むしろヨーロッパとの接触から生み出されるものです。例えば、ドイツから9.11に参加したテロリストは、イスラムしか知らない無知な若者ではなく、工科大学の学生でした。また、彼らに自分で政治的自由を獲得する能力があるということは、最近の中東情勢を見れば明らかです。キャメロンの言説は、原理主義を生み出すものとしてのヨーロッパにおける移民に対する偏見、差別構造を隠蔽し、自らを免責するものです。表面的にリベラルな装いを纏っていても、それこそがまさに「移民問題」を引き起こす差別であると私は考えます。

現に存在する差別構造を無視して、問題のありかをマイノリティの側に押し付けるのは日本の在日朝鮮人差別にも共通するものです。キャメロンの発言が、朝鮮人学校無償化を拒否する日本政府の態度と呼応していることに気づかれないのでしょうか?

私の経験から言わせてもらえば、多くのドイツ人にとって多文化主義などというものは、「昨日中華を食べて今日はスシだよ。」といった程度のものです。その実態は相も変わらずのエキゾティズムとオリエンタリズムの枠を出るものではありません。それは今回の日本の震災についての報道の中にも嫌と言うほど現れています。

この記事は、事実認識の問題だけではなく価値判断においても、これまでのたんぽぽさんの活動とは本来相容れないもののはずで、これまで納得して読ませていただいた者として非常に残念に思います。
Posted by Fondriest at 2011年04月21日 13:55
Fondriestさま
コメントを何度か繰り返し読みましたが、言いたいことがわからないです。

お話は簡単なことで、「相対主義の濫用」の軌道修正として、
「移民にも滞在国のことばで教育」のような「表面的な同化」か、
民主主義と人権に基礎をおく「国連的な共生」か、ということです。
望ましい方向は「国連的な共生」で、メルケルは「表面的な同化」を考え、
キャメロンは「国連的な共生」を考えていた、ということです。

わたしの情報源は、リンクした『News I』と『CNN』です。
これらから読み取れること以外は、なにも読み取っていません。
http://megalodon.jp/2011-0207-0117-17/news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4643357.html
http://megalodon.jp/2010-1223-0945-51/www.cnn.co.jp/world/30000585.html

>夫婦別姓問題において安倍元首相なりの意見を無批判に事実として受け取ることに

それがどう関係があるのかわかりません。

>それは彼女の発言を無批判に受容してよい理由とはなりません

「表面的な同化」を主張するメルケルには、わたしは批判的ですが?

>キャメロンの方をメルケルよりリベラルな立場とみなされているようです

キャメロンとメルケルの政治的立ち位置を、わたしは知らないし、
ここでのお話に関しては、問題にしていません。
この件にかぎって、ふたりがなにを言ったかで、
それだけを判断してキャメロンが妥当としているだけです。


あなたは、「キャメロンの言説」を、欺瞞に満ちたとか、
原理主義を産み出すとか、しきりに批判していますが、
それは具体的にどれを指すのでしょうか?

「CNN」の記事ですが、前段は「失敗した」としているし、
後段は国連的な共存共生ですから、なんら問題ないと思いますが?
========
「多文化主義国家のドクトリンは、様々な文化が
お互いに干渉せず、主流文化からも距離をおいて
存在することを推奨してきました。
そうした、いわば隔離されたコミュニティが我々の価値観と
正反対の行動をとることすら許容してきました」

異なる価値観を無批判に受け入れる
「受動的な寛容社会」ではなく、民主主義や平等、
言論の自由、信教の自由といった自由主義的価値観を
積極的に推進する「真のリベラル社会」を目指すべきだ
========

あるいは、キャメロンが心にもないことを言っているとか、
事情通ならわかる裏の意図が、上記引用の発言には
隠されているとか、おっしゃるのでしょうか?
もしそうでしたら、あきらかにここにはない情報なので、
具体的に情報ソース(あなたのコメントだけでなく、
ウェブの資料をリンクする)を示していただきたいです。


>キャメロンの発言が、朝鮮人学校無償化を拒否する
>日本政府の態度と呼応していることに気づかれないのでしょうか?

上記引用の「自由主義的価値観を積極的に推進」という
スタンスは、朝鮮学校無償化の拒否と、
まっこうから対立していると思いますよ?

>これまでのたんぽぽさんの活動とは本来相容れないもののはずで、

わたしは、「活動」しているつもりはないです。
あくまで「発言」だけしているつもりです。
それはともかく、「民主主義や平等、言論の自由、
信教の自由といった自由主義的価値観を積極的に推進」というのは、
これまでのわたしの発言と一致していますが?
Posted by たんぽぽ at 2011年04月24日 21:42
いま少し忙しいので、とりあえず一点だけ確認しておきたいと思います。

>わたしの情報源は、リンクした『News I』と『CNN』です。
これらから読み取れること以外は、なにも読み取っていません。

このお答えは、全くピントはずれです。前にも書きましたように私が問題にしているのは、彼らの「多文化主義が失敗した」という認識と現実との関係であり、たんぽぽさんのエントリーと彼らの発言の間の齟齬ではありません。そしてたんぽぽさんの私への2番目のコメントを読む限り、たんぽぽさんは彼らの発言が正しい認識に基づいているという客観的根拠は何も持っておられないとしか判断できません。別の言い方をするなら、たんぽぽさんは彼らの発言にしか基づかないのだから正しいと考えておられるのに対して、私は彼らの発言しか考慮しないことが問題であると考えているということです。

ソースをということですが、私のはてなブックマークに参考になりそうなものは挙げておきました。
Posted by Fondriest at 2011年04月27日 20:29
>このお答えは、全くピントはずれです

それはあなたの最初のコメントだと思います。

リンクした「News I」と「CNN」が根拠なのは、
わたしのエントリを見れば、あきらかだと思います。
このふたつの情報で判断するのは、問題含みだと言うのなら、
「それだけで判断するのは危ないですよ」と言って、
それがわかる情報ソースを、示せばいいだけのことだと思います。


このエントリの趣旨は、引用した発言内容自体の是非です。
だから、それ以外の発言は参照しないし、
だれが言ったかも問題にしていません。
キャメロン、メルケル以外のだれがおなじことを言っても、
わたしの結論はおなじになります。

キャメロン、メルケルが、ふだんなにを考えている人なのかは、
ここでの興味ではないし、この際関係ないことです。
わたしが「なにを言ったか」を問題にしているのに、
あなたがあくまで、「だれが言ったか」にこだわるのなら、
これ以上コメントを続けてもすれ違うだけだと思います。
Posted by たんぽぽ at 2011年04月30日 22:42
> >このお答えは、全くピントはずれです

それはあなたの最初のコメントだと思います。

私の最初のコメントは、あなたがどんな根拠でもって判断しているかについての質問でしたが、これは質問するな、ということですか。


>リンクした「News I」と「CNN」が根拠なのは、
わたしのエントリを見れば、あきらかだと思います。
このふたつの情報で判断するのは、問題含みだと言うのなら、
「それだけで判断するのは危ないですよ」と言って、
それがわかる情報ソースを、示せばいいだけのことだと思います。

勿論そのつもりですが?その前にあなたがどんな根拠でもって主張しているのかを知らなければ、何を提示するべきか分からず包括的な議論をせざるを得なくなります。それは非効率的です。


>このエントリの趣旨は、引用した発言内容自体の是非です。
だから、それ以外の発言は参照しないし、だれが言ったかも問題にしていません。

「発言内容自体の是非」という表現で何を考えられてます?「是非」というのが発言の正否、適切/不適切を表すのなら、それを判断するのに他の発言、事実を参照するのは当然かつ必要なことです。「だから」の意味が全く不明です。そのような追加情報を遮断して話者が誰かということも問題にしないなら、できることは発言内部の論理的関係を明らかにするか、文体について議論するかぐらいですが。たんぽぽさんにとって「発言自体の是非」というものが、外部への参照なしに可能であるようなものなら、そもそも上で言われているような「情報ソース」の意味は何なのですか。


>キャメロン、メルケル以外のだれがおなじことを言っても、
わたしの結論はおなじになります。

キャメロン、メルケルが、ふだんなにを考えている人なのかは、
ここでの興味ではないし、この際関係ないことです。

そんなことは私も問題にしてませんが。彼らの言っていることだから間違いだというような属人的な議論はしていません。ただ、それと彼らが置かれている状況、発言の背景に関する知識を判断の材料にすることは別のことです。あなたはこの両者を混同しています。


>わたしが「なにを言ったか」を問題にしているのに、
あなたがあくまで、「だれが言ったか」にこだわるのなら、
これ以上コメントを続けてもすれ違うだけだと思います。

私が「だれが言ったか」にこだわっているというのは、上述した様に間違いです。もう一度私の最初のコメントをお読み下さい。最初の問いのひとつは、相対主義的多文化主義を推進するような政党、団体の存在についての疑念です。また、キャメロンを評価しない理由は、彼の発言の含意を解釈した上のことで、そういう意味で彼の「発言自体」から導き出せるものです。(その正否はひとまず措くとして)

前のコメントに書いたように、「たんぽぽさんは彼らの発言にしか基づかないの だから正しいと考えておられるのに対して、私は彼らの発言しか考慮しないことが問題であると考えているということです。」 これはすれ違いではありません。あなたがするべきなのは、発言自体のみを考慮するという立場を、普遍的規則として、もしくはこの問題の特別な事情下において正当化する議論です。

加えて、たんぽぽさんは発言自体のみを考慮していると主張されていますが、キャメロンが国連的な多文化主義を擁護しているということを、彼の発言から導き出すことはリテラルには不可能です。彼が失敗した多文化主義に対置しているのは、「積極的で力強い自由主義」 であり、あるべき多文化主義ではありません。あなたはこれについて、

>実際にそんな言いかたをしたら、
ごちゃごちゃしてかえってわかりにくくなるし、
言わなくても文脈であきらかので、
あえて限定を付加しなかっただけではないかな?
...と、わたしは考えております。

と、述べられてますが、私が検索した範囲では彼を(あるべき)多文化主義の擁護者として論じているものは皆無でした。もし彼が本当に多文化主義を擁護するつもりなら、たんぽぽさんが想定しているような省略によって、彼は多文化主義一般が失敗であるという全く正反対のメッセージを発したことになります。それは政治家としてあまりにもお粗末な発言といわざるを得ません。また、その後彼がそのような「誤解」を訂正する発言をしたという記事もありません。たんぽぽさんが自らの解釈を根拠付けるには、彼が他の機会に多文化主義を擁護する発言をしたというソースを提示する必要があると思いますが、どうお考えになりますか。

なお、私の側のソースですが、とりあえず誰が相対主義的多文化主義を推進しているのかという件については、主要政党では最もリベラル(キャメロン的な意味ではなく)と考えられるブンドニス90/緑の党ですら、そのような相対主義から一線を画しています。

http://www.gruene.de/einzelansicht/artikel/integration-durch-eine-kultur-der-anerkennung.html

「基本的権利、民主主義、他者の自由を認めることについては文化的な「割引」はあり得ない」

イスラム法の支配も認めていません。

http://www.gruene-partei.de/cms/default/dok/359/359242.religioese_toleranz_ja_scharia_nein.htm

これまで政権を担当してきた二大政党であるキリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)については言わずもがなです。つまり、そのような相対主義を推進する主体など在りはせず、失敗したとされる相対主義的、楽観的多文化主義は藁人形でしかありません。

http://www.sueddeutsche.de/politik/integration-sarrazin-und-die-folgen-multikulti-verteufelt-tot-erst-am-anfang-1.1021745

「以前の(多文化主義の)擁護者と多くのその後の研究を読んだ者であれば、誰一人として恣意やイスラム法を推進したりせず、差異の共和国的な統合を要求していたことを知っている。」

「(多文化主義者の)批判と提案が向けられていたのは、ヘルムート・コールの党と同じく移民に敵対的なSPDの一部であった。彼らこそがコールの後継者であるメルケルが今日「多文化主義」の責任としているものを実行したのだ。すなわち、母語による教育、トルコからのイスラム法の教師、不安定な雇用と拒否された市民権、「そんな風に隣り合って生活しよう」−なぜなら、移民労働者はすぐに故郷に帰るだろうし、募集停止を行えば家族をドイツに連れてくることもないだろうと、思い込んでいたからなのだ。それは幻想だった。」

とりあえず、このあたりで。なお、念のためですがこれに対して、たんぽぽさんが「メルケルには批判的です」と主張することは無意味です。なぜなら、あなたが批判しているのはメルケルの対処策についてですが、メルケル、キャメロンに共通する多文化主義が失敗したという認識についてではありません。私がまずここで問題にしているのは彼らの現状認識の当否です。
Posted by Fondriest at 2011年05月02日 10:26
>私の最初のコメントは、あなたがどんな根拠でもって
>判断しているかについての質問でしたが

そう思ったから、わたしは、「それは「News i」の
つぎの箇所です」と、自分の根拠をお答えしたのですよ。
わたしのお答えは、あなたのご質問に
即したものになっているのではありませんか?

|これは、つぎの『News i』の報道に
|紹介されているキャメロン首相の講演です。
|http://megalodon.jp/2011-0207-0117-17/news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4643357.html


>これは質問するな、ということですか。

いいえ。
エントリを見ればわかることを、わざわざ質問するのは
ピントがはずれているのではないか?ということです。

>その前にあなたがどんな根拠でもって主張しているのかを

それはエントリを見ればあきらかですよと、
前のコメントでもうしあげましたが?

>「発言内容自体の是非」という表現で何を考えられてます?

「相対主義の濫用」からの転換として、「表面的な同化」か、
「人権と民主主義に基礎を置く国連的な考え」の
いずれを採るか、ということです。
これもエントリとコメントでお話していることですが?


わたしは、そこにあるものだけ読んで、
そこにないものは読んでいない、というだけです。
そしてこの議論には、そこにあるものだけでは足りなくて、
そこにない情報が必要だと言うなら、
はじめにその情報を示せばよい、ということです。

ご紹介いただいたリンクは、わたしの後学のために、
時間を見つけて拝読したいと思います。
Posted by たんぽぽ at 2011年05月04日 22:57
>いいえ。
 エントリを見ればわかることを、わざわざ質問するのは
 ピントがはずれているのではないか?ということです。

 >その前にあなたがどんな根拠でもって主張しているのかを

 それはエントリを見ればあきらかですよと、
 前のコメントでもうしあげましたが?

まあ、見知らぬ人間からの一番最初のコメントを誤解するのは分からなくもないと思いますが、私が尋ねている根拠は彼らの発言と現実の間であって、彼らが何を発言したかではないと何度も言ってますよね。いまだに懲りずに発言のリンクを挙げるというのはどういうことでしょう?私の最初のコメントからでも私がリンク先の彼らの発言を読んでいる事は明らかですが。先のコメントの属人的議論といいこちらをなめてかかっているとしか思えませんが?

>>「発言内容自体の是非」という表現で何を考えられてます?

 「相対主義の濫用」からの転換として、「表面的な同化」か、
 「人権と民主主義に基礎を置く国連的な考え」の
 いずれを採るか、ということです。
 これもエントリとコメントでお話していることですが?

また都合のいい「誤読」ですか。前のコメントから引用します。

>>このエントリの趣旨は、引用した発言内容自体の是非です。
  だから、それ以外の発言は参照しないし、だれが言ったかも問題にしていません。

 「発言内容自体の是非」という表現で何を考えられてます?「是非」というのが発言の正否、適切  
 不適切を表すのなら、それを判断するのに他の発言、事実を参照するのは当然かつ必要なこ
 とです。「だから」の意味が全く不明です。そのような追加情報を遮断して話者が誰かということも
 問題にしないなら、できることは発言内部の論理的関係を明らかにするか、文体について議論  
 するかぐらいですが。たんぽぽさんにとって「発言自体の是非」というものが、外部への参照なし 
 に可能であるようなものなら、そもそも上で言われているような「情報ソース」の意味は何なのです
 か。

私が問題にしてるのは「発言内容」ではありませんね。その「是非」をどうやって判断するのかという問題です。他の発言を参照せずに決定できる「是非」とは何ですかということです。勿論、全ての関連情報を参照することは不可能なのは当然ですが、あなたの主張は「だから」で繋いでいるように積極的に参照しないことにコミットしている点でそのような原理的な不完全性とは異なる主張です。

>わたしは、そこにあるものだけ読んで、
 そこにないものは読んでいない、というだけです。

いいえ、あなたはそこにないものを読み込んでしまっているということを指摘しましたが、理解できませんか?また前のコメントからの引用ですが、

>キャメロンが国連的な多文化主義を擁護しているということを、彼の発言から導き出すことはリテラ
 ルには不可能です。彼が失敗した多文化主義に対置しているのは、「積極的で力強い自由主
 義」 であり、あるべき多文化主義ではありません。

あなたが自分の解釈を正当化するには、前述したように彼の発言にとどまるのではなく、他の発言を参照せざるを得ないということです。いずれにせよあなたの主張に変更が必要になると思われますが、これについて明確なお答えをお願いします。

>ご紹介いただいたリンクは、わたしの後学のために、
 時間を見つけて拝読したいと思います。

そもそも何のためにそれらのリンクを紹介したか理解できてますか。それこそあなたが考慮していない情報であり、メルケル、キャメロンが「多文化主義の失敗」というスローガンのもとで実態とはかけ離れた移民バッシングを行っているという証拠です。それに対して「後学のため」とはどういうことでしょうか?私は「今」あなたが彼らの発言を盲目的に信じていることを批判しているのですが?私の翻訳が信用できないとお思いなら、ご自分で読むなり、誰かに聞くなどゆっくりとどうぞ。

なおキャメロンの藁人形たたきについては、

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2010/mar/22/multiculturalism-blame-culture-segregation?INTCMP=SRCH

をどうぞ。
Posted by Fondriest at 2011年05月12日 08:48
>見知らぬ人間からの一番最初のコメントを誤解するのは
>分からなくもないと思いますが

そんなことはないですよ。
わたしがこれまで、たくさんのかたから、
はじめてのコメントをいただいていますが、
深刻な誤解をしたことはほとんどなく、
たいていのはじめてのかたと、会話が成り立っています。
あなたは、あきらかに特例です。

>こちらをなめてかかっているとしか思えませんが?

んん?
わたし、たんぽぽのほうが、見下されているくらいかと思ってましたよ。
「私がせっかく正しいことを教えてやっているのに、
たんぽぽはちっとも言うことを聞こうとしない」と、
いうような雰囲気ですしね。


>前述したように彼の発言にとどまるのではなく、
>他の発言を参照せざるを得ないということです。

>そもそも何のためにそれらのリンクを紹介したか理解できてますか。
>それこそあなたが考慮していない情報であり、

それはやはり、「そこにないもの(エントリでリンクした
以外の情報)」が必要、ということじゃないですか。

「いいえ、あなたはそこにないものを読み込んで
しまっているということを指摘しましたが」とおっしゃるけど、
情報不足で判断している(ことになる)わたしは、
「そこにないものを読み込んで」はいないはずですよ。


>それに対して「後学のため」とはどういうことでしょうか?

後日、時間があったときゆっくりお勉強する、
ということに決まっていると思いますけど?
Posted by たんぽぽ at 2011年05月14日 22:58
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