2006年07月31日

mar0006.gif皇族の人権(2)

わたしも、さらにくわしく、調べたくなったので、
『週刊新潮』2月23日号を、図書館へ行ってコピーして、
(残念ながら、職場のゴミ捨て場にはなかった。(笑))
見てみることにしました。

太田氏の発言は、つぎのようだったそうです。
========
多くの人が、皇族の方々には自分たちと
同じような人権があると勘違いしている。
しかし、そもそも出生をされた時から、どのような生活をして、
どのような任務をされるのかが、決まっている方々だ。
基本的な人権を保証された我々とは
違うと踏まえて議論しなければならない。
========

これを『週刊新潮』は、「皇族に人権はない」と言っていると、
受け止めたようで、「レイプは元気」以来の、
のっぴきならない放言だとばかりに、記事にしたみたいです。
(見出しには「『皇族に人権なし』と発言した『太田誠一代議士』」とある。)
 
 
『不条理日記』の作者のように、「皇族に人権はない」とまで、
言ってしまうかたも、ときどき見受けられるようです。
でも、人間であれば、かならず人権は保証されると、
理解されていますから、皇族たちの人権も、
やはり認められるのだと、わたしは思います。
しかし、世襲制なので、それからくる制限はあると言えるでしょう。

百地章教授のコメントが、『週刊新潮』には、引用されていますが、
これも、「人権はあるが、世襲ゆえの制限はある」という、
解釈ではないかと思います。
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確かに、皇族は参政権や信教の自由、職業選択の自由などで、
人権に制限を受けています。 しかし、一切適用されないわけでなく、
人間の尊厳や個人として尊重されることなどは保証されている。
========

太田氏がどういうつもりだったかは、わからないけれど、
引用のところを見ていると、世襲ゆえの制限のことを、
言いたかったのだとも、考えられなくもないです。
(レイプ発言のオヤジ議員を、かばうつもりなど、ちっともありませんが。)


現在の憲法には、14条で定めた平等原則があります。
(このあたりは、人によって、解釈がちがうのかもしれないですが。)
これを最大限尊重するならば、皇族に対しても、
憲法2条で定められた、世襲にまつわること以外は、
できるかぎり、この原則を守ることになるでしょう。
つまり、世襲と関係ないことは、一般国民と異なる、
制限的扱いや特権的扱いは、極力しないことがのぞましいとなります。

たとえば、戸籍や選挙権がないことも、
憲法で定めた制限として妥当か、見直す余地はあるでしょうし、
皇位継承と関係ない皇族であれば、養子を取ってもいいと思います。
また、相続税は、納めていただくべきだし、
国事行為と関係なければ、刑事的、民事的責任も負うことになるでしょう。

皇室典範の規定をはじめ、実際の皇族の扱われかたは、
必要以上に広い範囲にわたって、制限や特権があるのだ思います。
(『不条理日記』の作者のかた、「皇族に人権はない」は、
もしかすると、憲法による要請がどうの、というお話ではなく、
こうした実際のありようのことを、言っているのかな?)

それはともかく、「皇族たちの特別扱い」というと、
一般国民と違って、自由が制限されてかわいそうという、
側面が目立つ(?)けれど、じつは、特権が多いことのほうが、
ずっと問題だと、わたしは思いますよ。


参考文献:
『憲法と天皇制』(横田耕一著、岩波新書、28-31ページ)

posted by たんぽぽ at 23:12 | Comment(3) | TrackBack(0) | ウェブサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
憲法学説上、「皇族に人権はない」とするのは、特に間違いではありません。

>天皇の私的な生活の自由は尊重されるべきものであるが、天皇は、公的にも私的にも、政治の外にある超然たる存在でなければならない。
>そのことから、天皇の活動には特別の制約が存在する。
>が、天皇は憲法第三章の保障する基本的人権の享有主体ではないと考えられるので、そのような制約が第三章に違反するかどうかの問題は生じないと解される。
 〔佐藤幸治『憲法』青林書院 223頁〕

つまり、人権の枠外の存在であると。そうでも考えなければ、憲法を一貫した矛盾なき法典と考えづらい。天皇を人権の享有主体と考えると、論理必然的に憲法14条違反(社会的身分による差別)になっちゃうわけで。
逆に言えば、人権の享有主体でないので、あらゆる人権の制限が憲法に反することなく認められる、という見様によっては、かなりえげつない話になります。

ただし、皇室に自由・人権がまるっきり存在しないかといえば、もちろんさにあらず。内心の自由は当然ありますし、私的生活における自由も、政治性を帯びるものでなければOK(厳しい制限付)。
逆に、その地位に基づく法的特例として皇室典範による世襲制度、刑事法上、天皇及び皇室の不訴追特例(訴訟できない&されない)などがあります。ちなみに、皇室の名誉に関する告訴は、内閣総理大臣が行うようになってます(刑法232条A)。

本来、平等であるはずの制度にそぐわない「天皇制」というモノを無理矢理捻じ込んだため、こういう不自然な扱いになってしまうわけで。ちなみに、こういうある意味不公正な扱いも、「主権の在する日本国民の総意に基づく(憲1条)」からなのでして。
Posted by gallery at 2006年08月04日 22:44
別に大田某を擁護するわけではありませんが、百地章氏の言うように「(人権が)一切適用されない」とか「人間の尊厳や個人として尊重されること」がないとかいう趣旨の発言ではないと思います。「(完全に)人権がない」と断言してるわけでもないし。
新潮の過剰反応というか、言葉尻を捕らえたかなり無理矢理な皇室擁護というか。

ちなみに、百地章(日本会議常任理事)を持ってくるのが如何にも新潮らしい(笑)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E5%9C%B0%E7%AB%A0

よくアチラの方々が、保守的論陣から引き合いに出す憲法学者が、百地章や小林節などですが、憲法学上、これらの方々の学説は極めて少数説に入ります。どのくらい少数説なのかというと、南京虐殺論争における東中野修道くらい(笑)。
あ、八木秀次も一応、憲法学者なのか(笑)
Posted by gallery at 2006年08月04日 22:58
galleryさま、コメント、どうもありがとうございます。
(すごい参考になりましたよ。)

>憲法学説上、「皇族に人権はない」とするのは、特に間違いではありません。

やはりというか、そういう解釈をなさるかたも、いらっしゃるのね。
(そちらのほうが、メジャーなのね...)

「世襲による皇族は、平等原則の例外だから、
皇室問題は、包括的に人権と関係ないと考えてよい。」
あるいは、もっと露骨(?)に、「憲法の定める『国民』に、
皇族はふくまれないから、憲法の保証する人権もない」のように、
解釈されることもあるみたいだけれど。

横田耕一氏の、『憲法と天皇制』という本は、
不必要な区別は、できるかぎりしない
(世襲以外の制限や特権は、憲法の要請ではない)、
という立場なので、↑エントリで書いたみたいになるんだけど。

それでも、2条と14条の矛盾は、どうしようもないみたいで、
「避けることのできない身分差別が存在する。」
「憲法解釈的には14条の平等原則の例外と言うしかない」と、
233ページでも、書いてありますね。


『週刊新潮』は過剰反応だと、わたしも思いますよ。
(太田某を叩きたかったのか、皇室問題に過敏なのか、
それはわからないけれど...)
太田某をかばうつもりは、わたしもぜんぜんないので、
そういう意味では、どうでもいいんだけど。(笑)

くだんの太田発言は、旧堀内派の総会の席で、
皇室典範改正が、話題になっていたとき出たんだけど、
「太田代議士の突飛な発言に、その場は一瞬、凍りついたという」
のだそうです。(『週刊新潮』にあるのを、信用すればだけど。)


それと、百地章というセンセイのこと、ありがとうございます。
(そういう人だったのね...ぜーんぜん知らなかった。(笑))

『憲法と天皇制』の、横田耕一氏とは、
背景にある考えは、ちがっていそうですね。
(いっしょくたにしたみたいで、失礼だったかな? 横田氏に。(笑))
たとえば、男子しか皇位継承できないのは女性差別だと、
横田氏は、はっきり書いています。(231ページ)

『憲法と天皇制』は、ちょっと見ればわかるけど、
昭和天皇が亡くなったとき、マスコミや世論が、
天皇さま一辺倒だったので、それを危惧して書かれたものなのだ...
Posted by たんぽぽ at 2006年08月05日 01:56

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