2011年07月31日

mar0006.gifノルウェー連続テロ

すでに1週間以上たっていますが、7月22日に、
ノルウェーの首都オスロとウトヤ島で、連続テロ事件が起きました。

はじめにオスロ中心部の首相府で、爆発事件が起きています。
その1~2時間後に、オスロ郊外のウトヤ島で乱射事件です。
ウトヤ島では、与党・労働党の青年部集会が開かれ、
この参加者を狙ったものと思われます。
乱射事件では、90人程度の死者が出ています。

 
「ノルウェー爆弾・銃乱射テロで92人死亡、戦後最悪の事件に」
「極右キリスト教徒の犯行=連続テロの死者92人にーノルウェー」
「ノルウェー・オスロ同時テロ 写真特集」

「容疑者供述「自分は国粋主義者」…ノルウェー連続テロ」
「ノルウェーテロ:「寛容な社会」憎悪か」
「狙われた「平和の象徴」移民排斥の声強く」(1/2)
「狙われた「平和の象徴」移民排斥の声強く」(2/2)

「ブレイビク容疑者、乱射認めるが無罪主張 「将来の党員殺害」」
「テロ容疑者、王室も標的か=ノルウェー」
「ノルウェーのテロ犯「女性が従順な韓国・日本が理想的な国」」

(すごいいっぱい記事を集めていたな。)


連続テロの動機は「寛容な社会」の憎悪です。
「多文化社会」の否定であり、イスラム系移民の流入に対する反発です。
テロ容疑者はみずからを「国粋主義者」と称していて、
「イスラム教徒の侵略からノルウェーと西欧を守るため」
犯行におよんだと説明しています。

労働党は移民政策に積極的なので、テロ容疑者は労働党を、
自分が敵視する多文化社会を推進していると見ています。
狙われたのは労働党の集会で、イスラム系住民ではないですが、
「将来の党員募集を阻害するため」に
ウトヤ島の集会の参加者を殺したと述べています。

ノルウェーは、テロや国際紛争とは縁がなく、
「外交上の懸案は商業捕鯨だけ」と言われる国でした。
そう考えると、この第二次世界大戦後最悪と言われた
この連続テロは、とても衝撃的と言えるでしょう。

しかし、ヨーロッパでは、どこの国でも
多文化社会への反発や、イスラム系移民の排斥が強まるという、
排外・国粋主義の動きが顕在化しています。
そう考えると、このテロはたまたまノルウェーで
起きたというだけで、ヨーロッパ中どこで起きても
ふしぎはなかったとも言えます。


ところで、連続テロの実行犯は、なんと日本と韓国を
理想の国としてモデルと考えているのです。
その理由もなんと、日韓両国は、移民を受け付けず、
多文化社会に排他的なことと、家父長制を維持している、
反フェミニズムの国ある、というところです。

「ノルウェーテロ:「寛容な社会」憎悪か」
日本と韓国について「多文化主義を拒否している国」と言及。
日本などを反移民、非多文化社会の模範のようにたたえていた

「ノルウェーのテロ犯「女性が従順な韓国・日本が理想的な国」」

フェミニズムに対する嫌悪感を表明し、家父長制の回復を強調したが、
その代案として「日本や韓国がモデル」と主張した

「欧州が日本や韓国のようになるのが見たい」
「韓国と日本は保守主義や民族主義に近く、
両国の女性が従順だ」などと付け加えた

これは、日本が外国からどう見えるのか、
そしてどういう人たちにとって、「理想的」なのかを、
端的に表わしていると言えるでしょう。
日本国民として、情けないやらもうしわけないやらなのですが、
国際社会に対して、日本はなにか釈明する
必要があるのではないかと、わたしは思います。

これらは日本国内で、もっと問題視されてよいと思うのですが、
あまり取りざたはされていないようです。
とくに「家父長制がモデル」の記事
中央日報という韓国のメディアで、日本のメディアで
これを取り上げたものはないようです。


ところで、ヨーロッパでイスラム系移民を
嫌う人たちというのは、イスラムの人権水準が低いことを
嫌悪している、というのが一般的らしいです。
ジェンダーに関しても、移民によって女性差別を
持ち込まれてはかなわん、というのでしょう。

たとえば、産経の記事によると、ノルウェー第2党の進歩党は、
「ノルウェーは男女平等の国だが、異なる考えを持つ
移民を受け入れることはできない」と主張しています。

ところが、連続テロ実行犯のアンネシュ・ブレイビクは、
ジェンダーについても差別的な考えだったようです。
この点に関しては、一般的な移民排斥派とは
一線を画しているみたいです。


おまけ:
日本の「国士さま」や「ネトウヨ」と言われる人たちは、
外国のテロリストに「理想の国」と言われたことを
どのように受け止めているのでしょうか?

posted by たんぽぽ at 22:01 | Comment(23) | TrackBack(3) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
日本の国粋主義・国家主義・保守派の人々にとって、この質問はかなり挑戦的なものです。

なぜなら、この3つの主義の立場に立って世界を見回すと
イスラム教過激派や
キリスト教保守派、
ユダヤ教徒、
この3つのカテゴリーと「ほとんど同じ内容」を推し進めているからです。
ラベルが違うけど中身が一緒。
根本が違うかもしれないけど、理想が一緒。
「戒律」。

たったひとつ違うのは、爆薬を使わず、政治家を利用したり政治家になって「思想の意のままにしている」ことくらいです。これは、イラクが陥落するまでの女性に対する政治と同じであったりもします。男女の感覚の違いだけで、こんなにも政治家の男女比が男だけに傾くでしょうか。

ご自分が「右側」であると意識している方々は、これらと同じように見られていることを少し知った方がいいかもしれません。たぶん、知らないままで外国人に触れるとショックが大きすぎるでしょうから…

実際キリスト教保守派やイスラム教保守派である方は「普通の日本人」と呼ばれる日本人の暮らしを「理想的」と思っていますよ。…私は痛いほどそれを知っていますが、詳しくは触れません。失礼ながら、実は、既にそんな風に見られていることは常識だと思っていました。なぜなら、ユダヤ教徒やイスラム教徒、キリスト教徒の全保守派が強く掲げる戒律のうち「人間関係」「夫婦関係」については同じだからです。

キリスト「罪は消えないが、すべての人間は罪人であることを知るべし。隣人を愛し、許し合え。神は私の犠牲の元に許して下さる。」
旧約聖書の神(と書いた方がわかりやすいかな)「罪人には石を投げて殺せ。律法・戒律を愛せ」
日本は、どちらを選ぶんでしょう。律法を冒して自分が罪をかぶってでも相手を愛するか(大事にするか)を考える機会を乗り越えないと、キリスト教が押し広めてきた「人道」という活動を日本は根本的には理解できないかもしれません。例えば、マザーテレサはカトリック教徒で、カトリックの中で聖人に数えられていることは有名だと思います。しかし、同じ神を信じていない人は天国へ入ることはできないという話も聖書に載っていますから「他宗教の人間を含めて助けるとは何事だ」と言っている人もいます。こういった人は「人道」より「戒律」を愛していて、人道を根本的には理解できていない、ということです。

長くなっちゃいましたね、理解しづらい部分はあると思いますが、あればツッコミよろしくお願いします。
Posted by mmm at 2011年08月01日 21:42
mmmさん,新約聖書に言うキリスト,つまりイエスがなぜキリストと宣言できるかというとそれは旧約聖書があるからですよ.それは旧約聖書によって正統(正当)づけられているのです.
旧約聖書の一か所たりとも否定したらイエスがキリストである根拠は崩壊するのです.
そこに良心的なキリスト教のジレンマがあるのです.
Posted by アルバイシンの丘 at 2011年08月02日 01:39
>アルバイシンの丘さん
「詩編(旧約聖書に入ります)をイエス様が成就したから神の子」という根拠だとよくご理解いただけているようで…(これだけのやり取りでは他の人がわからないかもしれないので、そんな方は詳細は私のブログ記事をどうぞ…http://mmmthinking.blog.shinobi.jp/Entry/46/)

詩編と新約聖書を併せてお読みになっていたんですね!嬉しいです。

>旧約聖書の一か所たりとも否定したらイエスがキリストである根拠は崩壊するのです.
>そこに良心的なキリスト教のジレンマがあるのです.
ジレンマ、ですか?私はそこにジレンマがあるとは思えません。もしよろしければもう少し言葉を付け足して、お喋りにお付き合いいただければ助かります。

…もしかして、「誰かのために自分が罪をかぶってでもルールを変える」という点でしょうか?今までのルールを絶対に変えない方が、本当にいいことでしょうか。こちらの話は個人の心に深くかかわることですから、ここまでにしておきます。

本題に戻ります。もしお手元に新約聖書があれば、マタイによる福音書5章17〜20節をお読みください。イエス様は何も否定していないんです。「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである…(中略)…律法の文字から一点一画も消え去ることはない…」と仰っていました。律法は完全なものです。ただ、人間は不完全であるので律法を守る(完全になる)ことができませんから、それを「愛とゆるし」、「悔い改め」によって埋め合わせをするといったものです。イエス様は姦淫の罪を犯した女性に「あなたは許された、もう罪を犯さないように」と答えました。これが悔い改めです。
Posted by mmm at 2011年08月02日 12:10
たんぽぽ様

自分は昨年だったかに、以下の本を読んだからかもしれませんが。

アベンジャー型犯罪―秋葉原事件は警告する (文春新書) [新書]
岡田尊司 (著)

私は、この事件は政治的テロと言うよりは、秋葉原事件や米国などで時折発生する学校内無差別発砲殺傷事件に近い、と言う印象を受けています。
詳しく知りたい方には、上記書籍をお勧めしますが、かいつまんで言えば

・幼い頃などに自分が充分に親に愛されたと言う感情が欠乏しており、
・一方で、本来、幼少期に手放すべき自己の万能感を手放すことが出来ていないばかりか、それが大人になってますます膨らんでおり、
・そうした「万能な(優秀な)自分」を正当に評価しない社会を憎み、
・自分以外の人間を大量に殺すことで、自己の優越感を満足させつつ、社会に対する復讐を果たす。

と言うような心理だそうです。

つまり、「何らかの政治思想を、恐怖をもって社会に浸透させる」ことが目的と言うより、「自己の優越感をより多く味わい、社会に対する復讐をより大きく果たすための、可能な限りの大量殺人」こそが目的である、と言うことですね。

とにかく、徹底した動機解明を望みたいです。
Posted by ニャオ樹・ワタナベ at 2011年08月02日 13:07
mmmさま、
このエントリにコメント、ありがとうございます。

>ラベルが違うけど中身が一緒。
>根本が違うかもしれないけど、理想が一緒

自民党の山谷えりことか、キリスト教徒なのに、
なんで神道の政治団体から支持を受けるんだ、
なんて言われることがあるけれどね。
もともと一致できる中身や理想あって、
それで一致しているのであって、無理はないのですよね。

>ご自分が「右側」であると意識している方々は、
>これらと同じように見られていることを少し知った方がいいかもしれません

「右側」に属する人たちは、そういう自分の客観視を
したがらないように思います。
内心思っていることはあるのかもしれないけれど、
彼らがなにかコメントしているのを見かけないですし。


>実際キリスト教保守派やイスラム教保守派である方は
>「普通の日本人」と呼ばれる日本人の暮らしを
>「理想的」と思っていますよ

たぶんそこまで、ご存知ないかたが多いと思います。
(わたしも、お恥ずかしながら知らなかったです。)
ただ、「理想的と思われている」と聞いても、
「さもありなん」「ああ、やっぱりそうなのか」と思って、
意外性は示さないと思います。

>理解しづらい部分はあると思いますが、

ちょっとむずかしかったです。(苦笑)
Posted by たんぽぽ at 2011年08月02日 22:18
mmmさん,お返事どうもありがとう.

ジレンマ,とは論理学的な意味においてですよ.もし旧約聖書のどこか一か所でも破れたら,旧約聖書は神の聖霊によって書かれたものではなくなるからです.だって,全知全能の神なら1か所たりとも間違うはずがないですから.
すると,預言が神によって為された,ということが成立しなくなります.
そうすると,預言によって正当づけられているすべてのものが怪しい,となります.イエスが十字架に架けられた意味も崩壊してしまいます.

旧約聖書の神は,mmmさんが例に挙げた
>旧約聖書の神(と書いた方がわかりやすいかな)「罪人には石を投げて殺せ。律法・戒律を愛せ」

とか,カナン人を皆殺しにすることを命じる神です.

そういう神と新約聖書の「優しい神」とは異なるとする処から旧約聖書が破れてしまうのです.

マタイのご紹介の箇所はこの件には関係ないのでスルーします.

新約と旧約では思想が180度違っているので,イエスの信奉者は旧約がホントは邪魔なはずです.しかし,そうするとイエスを正当化できなくなるので痛し痒しなのだと思いますよ.
だから,旧約の敵を皆殺しにするところなんかはスルーして,イエスの正当化に役立つ部分だけを利用する,というスタンスの人が多いのではないですかね.
Posted by アルバイシンの丘 at 2011年08月02日 22:43
アルバイシンの丘さま、コメントどうもです。

わ、わたしにはわからないです。
お話についていけなくて、ごめんなさいです。
Posted by たんぽぽ at 2011年08月02日 22:56
ニャオ樹・ワタナベさま、コメントどうもです。

>「自己の優越感をより多く味わい、社会に対する復讐を
>より大きく果たすための、可能な限りの大量殺人」こそが目的である、

テロ実行犯は、精神鑑定にかけられていますね。
たぶんどこか「??」なところがあったのでしょう。

いまのところはなんとも言えないけれど、
結果がどうなるかを、待ちたいところですね。
Posted by たんぽぽ at 2011年08月02日 22:58
この犯人の世界観の底には、キリスト教の保守思想でなく、北方人種の古代神話があったとの話も出ているので、色濃くオカルトがかっているのは確かのようです。
反体制・反社会の立場の者が、右も左もオカルトを志向するのは、もはや世界的な傾向のようです。
Posted by Pulin at 2011年08月03日 05:19
>たんぽぽさん
苦労かけました(汗)。でも、日本も他人事ではないと思います。タブーを犯した人をどう扱うかというような。

>アルバイシンの丘さん
うーん、倫理は理論だけで扱うものではありませんからね。

たとえば、親が厳しかったり優しかったりするのは一貫性に欠けるからという理由で「批判されるべき行動」でしょうか、という感じですかね。宗教は「人を躾ける」ものでもありますから、人類の親というように見てみてはいかがでしょうか。親だって人間です、「成人しても」躾けられなくてはならない部分もありましょう。
Posted by mmm at 2011年08月03日 13:08
よいしょ、ちょっとキーボードが調子悪かったので途切れちゃいました。続きを。
>アルバイシンの丘さん
>>旧約聖書の神は,mmmさんが例に挙げた
>>>旧約聖書の神(と書いた方がわかりやすいかな)「罪人には石を投げて殺せ。律法・戒律を愛せ」
>>とか,カナン人を皆殺しにすることを命じる神です.
ええと、ちょっとノンクリスチャンにはわかりづらい話に入っていくのですが、もし「理解してられねーや」とお手上げしても、大丈夫です。一般人の信仰と歴史的視点による評価は違ったものであることはよく知っていますので…

さて、「主の祈り(The LORD's Player)」という歌にもなっている歌・祈り・聖書の一部の記述をご存知でしょうか?短い歌ですので、「御心(神の『ご計画』)が天で行われるようにこの地上でも行われますように」という一文が入っています。私は歴史家というにはとても程遠く答えきれませんが、すべて何事も意味あることだという信仰を持っています。

旧約聖書内の歴史的事件が人間が完全でないこと(罪)から出ているか、それとも神のご意思によるものかは私が答えるべきことではありません。ここまでが、人間である私の答えられる範囲です。色んなことにお詳しい人はいると思いますが、不可知論の方も多いので、「悩むのが人間の仕事」という答えもありますよ;-)
Posted by mmm at 2011年08月03日 13:30
mmmさん

LORD's Player は LORD's Prayer ですね.

>一般人の信仰と歴史的視点による評価は違ったものである

このあたり理解できませんが,まあ,それはともかく,大丈夫ですよ.いろんな矛盾やジレンマをすべて呑み込んで自己内で正当化するのが信仰ですから.

ただ,最初に”良心的な”信者と書きましたが,自己内で正当化する時に悩む人もいるのです.そして第三者(世の非信者たち)に自分が信じたものを普遍的なものとして伝えようとすると,世の論理で判断されることになります.
それだけを言いたかったのでした.
Posted by アルバイシンの丘 at 2011年08月03日 21:44
Pulinさま

>この犯人の世界観の底には、キリスト教の保守思想でなく、
>北方人種の古代神話があったとの話も出ているので、
>色濃くオカルトがかっているのは確かのようです

おや、そんなこともあるんだ。

>反体制・反社会の立場の者が、右も左もオカルトを志向するのは

とんでもないものにはまる人が多い、というのは、
それだけ偏った政治思想だから、かもしれないです。
Posted by たんぽぽ at 2011年08月03日 22:11
mmmさま

>苦労かけました(汗)

ああ、いえいえ。

mmmさまとアルバイシンの丘さまとの会話は、
一生懸命読んでみて、すこしわかってきました。
(でもお話に参加できるには、いたってないんだけれど。)

>日本も他人事ではないと思います。タブーを犯した人をどう扱うかというような。

そうですね、
特定宗教にかぎらず、どんな社会にでもある問題だと思います。
Posted by たんぽぽ at 2011年08月03日 22:12
こちらにもちょっとすみません.

私は

>反体制・反社会の立場の者が、右も左もオカルトを志向する

このように今回の事件を見るのは賛成できません.ヒットラーだって精神鑑定すればきっと”正常でない”判定となるでしょう.

オウムの麻原彰晃事件は格好の例です.
”イっちゃった人の起こした特殊事件”という取り扱いになって何にも教訓は引き出せませんでした.
そして”松本智津夫”の狂気として処理されましたが,”麻原彰晃”としての罪と正面から闘う必要があったと思うのです.
この点で弁護団は麻原の人権を最も踏みにじった人たちというべきです.

ノルウェー事件も,犯人の思想そのものと対決する姿勢が必要と強く思います.
Posted by アルバイシンの丘 at 2011年08月03日 23:00
>アルバイシンの丘さん
お付き合いいただいてありがとうございます。
タイプミスもありましたね、子どもがちょろちょろしてるとなかなか落ち着かないもんで…

>>一般人の信仰と歴史的視点による評価は違ったものである
>このあたり理解できませんが
うーん、例えば、信仰していても、歴史教育を受けていない地域の人々を思い出してみてください。彼らは歴史のために信じているのではなくて、そこに希望があると感じて信仰しているのです。たぶん、「信仰を強めた(始めた)きっかけは何ですか」と日本にいて信仰を持つ人に聞いたら、何かしら失望や絶望といった単語が出てくると思います。

あと、一般人の信仰(主観)と歴史的視点(客観)の違いについて、いい例えを発見しました♪「国語」(日本語を母語とする人々への教育)と「日本語」(外国語を母語とする人々への日本語教育)の教育方法が違っているところです。五段活用を思い出せますか?国語で「連用形」と呼ばれる動詞は日本語ではそれより細かく分類されています。宗教とは違った話になりますが、実はこういった話でいまだに国語学者と日本語学者の間で喧嘩しているらしいですよ。畑が違うってことで落ち着いてきてるようですが…。こんな感じで、主観と客観(または相手の視点)が違うのは前提にしなくてはなりませんね。

>たんぽぽさん
人道的・倫理的罪と、社会的・法律的罪がいっしょくたになっている日本では、死刑を廃止するのはとても難しいことかもしれません。死刑を廃止したところは、倫理的罪(罪悪感)を背負うのはその本人だと考えているだろうことは私にも言えます。死刑廃止は「優しい」からではなくて、「その人を突き放している」んですよね…

>pulinさん
初期報道でそんな話もありましたねえ。北欧神話はほとんど知らないので少し調べてみようかなと思います。カトリック時代(今はルター派に転向したところが多いらしい)は北欧神話と相当喧嘩したみたいですね。

とりあえずこの辺で〜。
Posted by mmm at 2011年08月04日 09:55
>畑が違うってことで落ち着いてきてる
>主観と客観(または相手の視点)が違うのは前提にしなくてはなりませんね

五段活用はどうか知りませんが,どんな問題でも同じことを違った分野から見ると切り口が違うってことはよくあることですよ.これは分野ごとの”文化”の違いがあるからです.普段分野間の交流がないことが多いのでそういうことが起こりやすいのでしょう.
でもここではそんなことを論じているのではありませんよ.

私の言いたいことは,旧約の神と新約の神が矛盾していること,それは信仰がどうであろうと(信者であるかどうかに関係なく)聖書を読めばわかること,あなた自身もそれを自ら証明しておられること(新旧の神を二つ並べていずれを採るの?というように設定しておられるから),などなどにすぎません.

特に個人の信仰についてとやかく言っているのではない,ましてやあなたの信仰が間違っているなんて全く思ってもいません.ただ,信仰から外の世界に出た場合は世の論理で吟味されることは仕方のないことです.(このことを主観と客観は違うと仰ってるのかな?それはもちろん,その通りですよ.)

宗教的観点からの切り口もある重要な面を照らすかも知れず,もちろん有意義な場合もあるでしょう.
Posted by アルバイシンの丘 at 2011年08月04日 21:42
アルバイシンの丘さま

はじめに、テロ容疑者が精神鑑定を受けている、
というのは、実際になされていることです。
わたしが、あたまの中で考えたことではありません。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201107/2011073000280
========
同容疑者は現在、精神鑑定を受けており、本格的な裁判は来年になる可能性がある。
========


オカルトに傾倒しているからといって、
精神鑑定で「正常でない」とは、わたしは言っていないです。
さきのPulinさま宛ての、わたしのレスは、
精神鑑定の結果、「正常」「正常でない」の
いずれであっても、成り立つお話です。

それはもちろん、精神鑑定で「正常」であっても、
オカルトに傾倒している人はいくらでもいるからです。
(ヒトラーが、精神鑑定を受けたとして、
どういう結果になるかは、わたしはわからないです。)

逆に、精神鑑定で「正常でない」がゆえに、
オカルトに傾倒した、ということはあると思います。
この判断は、精神鑑定の結果を見るまで、なんとも言えないことです。


今回の連続テロは、精神鑑定の結果「正常」であっても、
現代のヨーロッパに蔓延する排外主義の雰囲気を考えれば、
起こしうる人はいくらでもいると思います。
「いっちゃった人の特殊事件」とは、わたしは考えていません。

そして、エントリに書いたように、たまたまノルウェーで
起きたのであって、ヨーロッパのどこで起きても
おかしくない事件だったと思います。
わたしのこの結論は、テロ実行犯が精神鑑定によって
「正常」「正常でない」のいずれになっても、変わらないことです。

>ノルウェー事件も,犯人の思想そのものと対決する姿勢が必要と強く思います

強烈な事件が起きると、いろいろとエキセントリックな
動機を考えがちになるのは、好ましくないと思います。
おっしゃるとおり、こうしたことはつつしみたいと思います。
Posted by たんぽぽ at 2011年08月04日 22:33
mmmさま

>子どもがちょろちょろしてるとなかなか落ち着かないもんで

たいへんですね。

>人道的・倫理的罪と、社会的・法律的罪がいっしょくたになっている日本では

なるほど。
日本で死刑廃止が進まない理由には、そんなこともあるのですね。
Posted by たんぽぽ at 2011年08月04日 22:34
たんぽぽさん,

いえ,別に精神鑑定してはいかんと言ってるわけではないのでして.
実はずっと以前の記事で犯罪と弁護のことをしつこく考えたことがありまして.犯人(容疑者)の責任能力を問えない場合でも,事実関係を明らかにすることは,裁判官,検事側,弁護側,すべての責任であるということなんです.たとえ無罪となるにしても事実関係が明らかになることで,犠牲者や遺族や社会への責任を果たしてもらうわけです.

>ヨーロッパのどこで起きてもおかしくない事件だったと思います

まったく仰る通りです.だからこそ「犯人の思想そのものと対決する姿勢が必要」にもなるわけですね.
Posted by アルバイシンの丘 at 2011年08月04日 23:19
>アルバイシンの丘さん
ああ、いえいえ、もちろん特定宗教を否定か肯定かなど話題にはしません。

むしろ、その「矛盾」そのものが人類の課題じゃないかなって話で。ルールを重視しすぎれば人間の心の自由は奪われ、自由だけを重視すれば社会が成り立たない。律法か愛か、どちらかでしかない社会は成り立たないと思いますよ。

「考える葦」って表現がありますよね。まさにソレです。

ではではこの辺で。
Posted by mmm at 2011年08月05日 10:57
>アルバイシンの丘さん
その辺りの話題が犬養道子さん(故犬養元首相のお孫さん)の著書でたびたび取り上げられています。彼女には会ったことがありまして、色々教えてもらったことがあります。彼女はカトリックですが、「この矛盾をどうキリスト教徒は頭の中で処理しているのか」が気になるようでしたらどうぞご覧ください。

アルバイシンの丘さんのように、客観で見るのも素敵だと思いますよ。ぜひ多くを見てください!
Posted by mmm at 2011年08月05日 11:01
アルバイシンの丘さま、お返事どうもありがとうです。

>いえ,別に精神鑑定してはいかんと言ってるわけではないのでして

「オカルトに走るのは、精神鑑定で「正常でない」から」とか、
「こうした凶悪な事件を起こすのは、精神か思想が
「いっている」から」という、論調に対する批判かと思ったです。

>たとえ無罪となるにしても事実関係が明らかになることで,
>犠牲者や遺族や社会への責任を果たしてもらうわけです

なるほど。
たしかに、事実関係を明らかにすることが、
犠牲者や社会に対する、事件関係者の責任になりそうですね。

さらに言えば、事件に対してできるかぎり正確な
理解をすることが、わたしたち「一般の人たち」の
責任なのかもしれないです。
Posted by たんぽぽ at 2011年08月05日 22:27
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