2012年03月31日

toujyouka016.jpg 夫婦別姓・未来予想図

2月11日エントリのコメント欄で、ニャオ樹・ワタナベさまから
ご紹介をいただいたのですが、産経新聞の安藤慶太氏が、
「未来予想図 選択的夫婦別姓」という記事を書いています。

「【未来予想図 選択的夫婦別姓】(上)」
「【未来予想図 選択的夫婦別姓】(中)」
「【未来予想図 選択的夫婦別姓を問う】(下)」

2010年の3月ごろなので、いまからおよそ2年前、
ちょうど夫婦別姓の議論が盛んだったころですね。
(ネット配信のみで、紙面版には出ていないようです。)
今回はこの記事について、検討をしてみたいと思います。
はじめは「上」から
 
この記事では「未来予想図」と称して、
選択別姓が導入されたとききっと起こるだろうと、
この作者(安藤慶太)が考える創作ストーリーが描かれています。
お話はすべて作者が考えたフィクションであり、
よくありがちな、もとになった実話があるという
お話ではないらしいことを、お断わりしておきます。


>最初の段

最初の段では、夫婦別姓を選んだため、
子どもの苗字をどうするかでもめる夫婦のお話が出て来ます。
反対派はよく持ち出すのですが、こうしたお話は
現在事実婚などにしているご夫婦を見ても、ほとんど聞かないです。

反対派が考えるほど頻繁にあることなら、
夫婦別姓の掲示板で「どうしたらいいでしょう」と
相談しているかたがいらっしゃったと思います。
ところがわたしは、ついぞそういうお話を聞いたことがなかったです。

どうしてめったに起きないのかというと、
わたしの想像ですが、現在の日本社会において、
夫婦別姓を選択するというのは、それなりに考えがあってのことです。
それでたがいに結婚相手に対する配慮もあるからでしょう、
子どもの苗字くらいは、熟考しているのだろうと思われます。

ところで、結婚するとき夫婦どちらの苗字にするかで、
もめるというお話は、現実にいくつもあります。
問題にするべきは、むしろこちらでしょう。
現在起きている問題よりも、あるのかないのかわからない問題を
誇大視するのは、いかにも反対派らしいと思います。


最初の段の最後につぎのことが書かれています。
《選択的夫婦別姓法案の最大の問題点。
それは、夫婦別姓が親子別姓だということだ。
何人子供がいても子供の姓は皆どちらかひとつに統一される。
いったん決めてしまえば、後で後悔しても同姓に戻すことは許されない》

親子別姓が悪いことのように書いていますね。
それなら、結婚改姓したら自分の親と別姓になることや、
再婚して改姓すると、子どもと別姓になることがある
ということを、問題にする必要があるでしょう。

それから、子どもの苗字が統一されることが、問題だそうです。
法務省の案では、子どもの苗字は統一されますが、
民主党の案では、出生ごとに決めることになっていて、
成人するときに、再度子ども自身で選択できるようにもなっています。
子どもの苗字が統一されることがイカンというのなら、
法務省案ではなく、民主党案を支持するのがよいでしょう。


>2番目の段

2番目の段は、両親が別姓夫婦で子どもが違和感を持つ、というお話です。
これも反対派は大好きなのですが、現在夫婦別姓の家族の
子どもを見ても、そういうことは現実には起きていないです。
つぎのように、現役の別姓夫婦の子どもが、
「なんら不自由しない」と反論する例があるくらいです。

「朝日の投書」
「子どもがかわいそう?」

なぜ不自由しないのかというと、物心ついたときから、
親が別姓という状況にあるので、そういうものだ、
それであたりまえだと、思うだけだからだと思います。
このあたりは、反対派が自分の偏見に対して
無自覚になっている様子が現れていると思います。

2番目の段の後半には、「離婚したのに同居している」とか、
「家庭内別居だ」とか、別姓家族の子どもが
いじめられるというお話が出て来ます。
とうぜんですが、いじめはいじめるほうが悪いです。
いじめられるほうが悪いように書くのは、
「被害者落ち度論」にほからならないでしょう。

そもそも、いじめるような「同級生」が出て来るのは、
記事作者(安藤慶太)のように夫婦別姓に偏見を持った人物が、
子どもにその偏見を吹き込んだ結果と考えられます。
悪いのは反対派なのに、夫婦別姓が悪いかのように書くのは、
反対派の身勝手さをしめしていると思います。


>3番目の段

最後の段は、夫に「隠し子」がいて、その母親といっしょに
とつぜん財産相続の要求をしてきた、というお話です。
これがまたいかにも、婚外子の相続差別撤廃に
反対する人が考えそうなことだったりします。

隠し子が相続の要求をしてきたことで、
「自分も死にたい」と思い詰める妻でしたら、
現行民法で定められた、嫡出子の半分の相続額であっても、
じゅうぶんショックを受けると思いますよ。
「多少の遺産を渡すのはやむを得ない」とは
考えないのではないかと思います。
(半額の相続額でも、株や持ち家を売る必要がありそうだし。)

それはともかく、このようなケースでは
だれが悪いのかと言えば、隠し子を作った夫ですね。
「あの女性は「恨むなら、法律と国を恨みなさい」と言った」と
記事にはあるのですが、これはお門違いでしょう。
「血も涙もない」と恨むべきは、自分の夫だと思います。
相続させる会社があるのに、よその女と子どもを作るのですから。

それから、わたしが想像するに、隠し子の母親が
「法律と国を恨みなさい」と言うとは思えないです。
くだんの夫に遊ばれたあげく捨てられ、子どもだけ残された、
という経緯が予想されますし、彼女の批判対象は、
子どもの父親に向いていると思いますよ。


>最後

最後のところに、「日本社会は結婚すると、
夫婦が同姓となり支え合いながら生きていく」とあります。
結婚改姓によって犠牲になる女性がすくなからずいるのに
「同性となり支え合いながら」というのは、
独善的なものを感じました。


謝辞:
「未来予想図」の記事をご紹介してくださった、
ニャオ樹・ワタナベさま、まことにありがとうございます。
記事をコピー&ペーストしたエントリを、
よくぞ見つけてきてくださりました。

posted by たんぽぽ at 17:22 | Comment(11) | TrackBack(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
もう2年も前ですか・・・。今、あらためて読み返すと、声のデカイ反対派の屁理屈事例集、といった趣ですね。各々の「お話」に対する分析は、たんぽぽ様にお任せしたいと思います。

あえて私が言いたいのは、「何で新聞が、取材しないでフィクションを書くんですか?」ってことですね。2年前にも言ったような気がするが。
事実婚夫婦や事実婚親子が、そのことをどのように感じているか、真実を知りたければ直接取材すれば良いでしょう。子供の苗字の決め方だったら、聞きに来れば我が家の話を教えてやるっつうのに。
「真実を伝える」と言う報道の大原則を最初から放棄し、ネットのみとは言え、紙上で記者の思い込みonlyのネガキャンを展開するような新聞が、一般紙ヅラしていること自体、許し難いものがあります。

ま、それが産経新聞だと言うことを、遅まきながら私はこの件で確信した次第です。
Posted by ニャオ樹・ワタナベ at 2012年04月03日 12:50
>ニャオ樹さん
>>、「何で新聞が、取材しないでフィクションを書くんですか?」
本当にそうですね。ここでは書かないのですが、色々あって新聞記者にガッカリし続けています。産経さんとこ以外もそういうことをやってますよ。何かしら広く読ませるために書くんなら、当の本人たちにしっかり取材してほしいものです…よほどのことがなければ拒否などしませんよね。やっていることが捏造に近いと、私は思います。
Posted by mmm at 2012年04月03日 22:19
確かに、根拠の無い妄想を記事にしてもね。

うちは子供の姓を決めるときは揉めませんでしたが、結局、子供姓が自分の通称になってしまうんで、よく考えないといけないな、と後から思うし、ただ、どちらにしても、夫婦にとっては子供姓のチョイスは二者択一なのでスッキリすることはないんだな〜と。
まあ揉める事実婚夫婦がいてもおかしくないです。
だからこそ、夫婦の入り口である同姓はもっと揉めるでしょうよ、まあ揉めなくてもどんだけ我慢を強いてるんだよ、と思うわけですが。
Posted by うがんざき at 2012年04月05日 09:09
ニャオ樹・ワタナベさま、
このエントリにコメントありがとうございます。

>「何で新聞が、取材しないでフィクションを書くんですか?」

まったくおっしゃる通りです。
わたしは高校生のころ、部活で新聞を書いていたのですが、
「記事はあたまで書くな、足で書け」と言われたものです。
ようするに、足で歩いて取材しろ、という意味です。
くだんの産経の記事は、あたまで書いた典型だろうと思います。

さらに問題なのは、産経の記事を転載しているエントリで、
「良い記事を転載されていました」なんて書いていることですね。
取材にもとづかない虚構の産物を信用する人が
一定の数いるということですね。
彼らのリテラシーも問題があると言えるでしょう。

また、そういうリテラシーの人たちが、一定の数いるから、
取材もせず、彼ら読者のあたまの中に入って行きやすい虚構を
書く記者が出て来る、というのもあるのかもしれないです。
Posted by たんぽぽ at 2012年04月05日 23:23
mmmさま、
このエントリにコメントありがとうございます。

>やっていることが捏造に近いと、私は思います

そう言われちゃっても、無理もないとも思います、はい。
あたまの中で作り上げた虚構を、あたかも現実に
起こりうることとして書いているのですからね。

記事を書いた人はおそらく、「このお話はまったくの
フィクションであり、実話にもとづいているのではない」と言って、
取材していないことを正当化するのかもしれないけれど、
それなら取材にもとづかない虚構を書く意義はなんなのか、
という疑問がとうぜん出て来ますしね。
Posted by たんぽぽ at 2012年04月05日 23:25
うがんざきさま、
このエントリにコメントありがとうございます。

>確かに、根拠の無い妄想を記事にしてもね

それでも、産経の記事を転載したエントリなんて、
「良い記事を転載されていました」と書いているのですよね。
根拠のない妄想でも、信用させて広めたものの勝ち、
みたいなところはあるんだと思います。

>子供姓が自分の通称になってしまうんで、
>よく考えないといけないな、と後から思うし、

なるほど、そういうこともあるのですね。
子どもの苗字が自分の通称になりうるということを
考える人って、そういえばいないように思います。
これはちょっとした死角かもしれないです。


>夫婦にとっては子供姓のチョイスは二者択一なのでスッキリすることはないんだ

選択があるかぎり、原理的に権利の抵触があるのはやむを得ないですね。

>だからこそ、夫婦の入り口である同姓はもっと揉めるでしょうよ、

まったくです。
そういうことは取材しないのかと思います。
Posted by たんぽぽ at 2012年04月05日 23:26
話がそれていくかもしれませんが。

子供の苗字が自分の通称になりうる、というのは、地域に密着しているほど強く感じることです。
子供の学校、スポーツ少年団等、かつて自分が考えてもなかった世界で生きてみると、だんだんウンザリしてきます。
◯◯ちゃんママ、いまとなってはまだ良い響きです、子供姓で呼ばれるより。
仲良くなってくるとファーストネームで呼ばれるようになりますけどね。

考えると呼称というのは人間関係を表すものなんだなあと思います。

あだ名や私の本名そしてハンドル(笑)で呼んでくれる人間関係が、なんて心地のいいことか。
一方で夫姓で呼ばれる人間関係は緊張をしいられて、義務感で動き、堅苦しいものと思うことがある。
それは結婚改姓していても、そう思う人がいるかもしれない。

例えば老後、地域に根差して生きていくことになって、私が依然として、夫姓で呼ばれることが多いのか、と想像すると、それは嫌だなあと思います。夫、子供の関係ない人間関係を構築していけたらいいなあと思います。

事実婚にも苦悩はつづく。

と書きながら、うちを取材してくれよと思いました(笑)
Posted by うがんざき at 2012年04月06日 09:17

うがんざき様

なるほど、大変参考になりました。ありがとうございます。
ウチはまだ子供(事実婚夫すなわち私の姓)がまだ小さいので、○○ちゃんパパ、ママで通っていますが、例えば自治会なんかでは、カミさんも私の姓になっています。
「まぁ本人は適当に割り切っているんだろうな。」と、たかをくくっていた面は、正直、ありますね(苦笑)。以降、もう少し気にするようにしてみます。

たんぽぽ様

>それなら取材にもとづかない虚構を書く意義はなんなのか、
>根拠のない妄想でも、信用させて広めたものの勝ち、

楽に販売部数を伸ばせる、とか思っているんでしょうね。きっと。
しかし、そうした安直な手法に頼ることを善しとするような会社は、いずれ手痛いしっぺ返しを喰らうはずだと、私は思います&願います。
Posted by ニャオ樹・ワタナベ at 2012年04月06日 12:49
ニャオ樹・ワタナベさま

コメントありがとうございます〜。
割り切ってしまえばどってことはないし、自分の主体はいつも地域コミュニティ以外にあると思えば、それだけでも事実婚にしてよかったと思えます。

うまく言えませんが、名前だけの問題じゃ無いんですね。
例えば昨年より子供が入ったスポーツ少年団は専業主婦たちの保守的な世界で、同調圧力も強い。指導者へのお茶出し、弁当作りもある。これまでの親付き合いと違って、ここに父親が入る余地が無い。女なら仕事をしてようとちゃんとやれ、と。この歳になってジェンダーに抑圧されながら、次から次へとくる一斉メールに私は旦那姓で返信しなければならない。この負と負のミックス感がだめなんです、多分。
結婚して子供持つことはチャレンジだなあ、と思ってます。
きっとニャオ樹・ワタナベさんの奥さんも同様のことがあるかもしれないし、全然タフかもしれないです。
夫は何も出来ることはないけれど、私の八つ当たりに耐えてます(笑)

関係ない話になってしまいすいません。



Posted by うがんざき at 2012年04月06日 13:48
うがんざきさま
またまたコメントありがとうございます。

>呼称というのは人間関係を表すものなんだなあと思います

うーむ...
子どもや夫を経由した人間関係だと、相手からの視点は、
どうしても子どもや夫を介在することになりますからね。
呼称にそのような「視点」が入ってくるのは、
ある程度はやむを得ないのかもしれないです。

>それは結婚改姓していても、そう思う人がいるかもしれない

結婚改姓しているかたは、旧姓を再び名乗ることに、
堅苦しさから解放される活路を見い出しているかもしれないです。
事実婚にして、結婚改姓しなくても、
同様の悩みはある、ということなのでしょうけれど。


>関係ない話になってしまいすいません

ああ、いえいえ。
話題がそれるのは、ちっともかまわないですので、
遠慮なくコメントをいただけたらと思います。
Posted by たんぽぽ at 2012年04月07日 23:13
ニャオ樹・ワタナベさま、
またまたコメントありがとうです。

>以降、もう少し気にするようにしてみます

ぜひ気を配ってみてくださいね。

>楽に販売部数を伸ばせる、とか思っているんでしょうね。きっと。

実際、「良い記事を転載されていました」なんて
よろこんで引用している人もいますからね。
読者がこういうリテラシーだから、受けをねらって
ああいう記事を書くということでもあるのでしょう。
Posted by たんぽぽ at 2012年04月07日 23:15
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