2012年10月10日

toujyouka016.jpg 自民のリテラシーの劣化

このところ、自民党の議員の情報リテラシーが劣化している
ということを感じることが、たくさんあると思います。
たとえば、つぎのように、です。

 
>石原伸晃

石原伸晃幹事長は、9月11日の「報道ステーション」で、
社会保障について問われて、「ナマポ」「尊厳死」発言をしています。
いちおう解説しておくと、「ナマポ」は「生活保護」の蔑称です。

「この文脈で何がどう「誤解」なのか?」
「【ナマポ 尊厳死発言】自民総裁選出馬表明して
すぐに問題発言!!どうなる石原伸晃氏?!」


「生活保護なんて簡単に取ることができる」とか、
「社会保障削減のために、老人と病人は尊厳死」という認識が
偏見にまみれているのが、まずすさまじいことです。
それに加えて、「ナマポ」などという、「2ちゃんねる」で
使われている差別的な呼称を、公共のメディアで
ふつうに使える感性も、すさまじいと思います。


それだけではないです。
石原伸晃氏は、福島第一原子力発電所のことを、
なんと「第一サティアン」などと呼んでいたりするのです。
(これも公共のメディアでふつうに使っている。)

「石原幹事長:「汚染土は福島原発の第1サティアンへ」」

「サティアン」と言われて、思い浮かべるのはオウム真理教です。
いったいどういう感性なのかと思いますが、
福島第一原発を「サティアン」などと言うのも、
「2ちゃんねる」で、言い回されていることだそうです。

しかも、昨年の6月に放送された、「テレビタックル」でも、
石原伸晃は福島第一原子力発電所のことを
「サティアン」などと言っていたのです。
(このときは総裁選も関係なかったし、話題にならなかった。)

「福島原発「サティアン」発言の石原伸晃 TVタックルなどで昨年から連発!」

こうした状況から考えて、石原伸晃氏は、
かねてから「2ちゃんねる」をしょっちゅう見ていて、
それが情報収集源になっているものと思います。
そして、そこで使われているスラングや言い回しを
ふつうに使うことが、当たり前の感性になっているのでしょう。


>片山さつき

片山さつきも、かねてから排外主義的な主張を展開しています。
その内容は、無知と偏見をあらわにしたものとなっていて、
片山ご自身がネトウヨと言ってよいレベルです。

たとえば、大津のいじめ事件の学校でハングルの授業があった、
などと言ったり、北朝鮮の「主体思想」のことを
「チェジュ思想」と言ったり、生活保護のことで
自分がバッシングした、河本準一氏に対して、
在日が擁護しているとか、「朝鮮学校の弁護士」がついた、
などと言ったりしています。

「大津皇子山中学いじめ自殺事件、義家議員とお話し、中学の校内報も入手。
もはや警察しかない、と言っていたら今晩、、。」

「片山さつき氏による見下げ果てた煽動」
「片山さつき議員による弁護士活動の自由に対する挑戦」
「片山さつき先生のRTが、尋常じゃない件 2012/05/26」

じつは片山さつきは、ツイッターをはじめたころ、
ほかの人たちから批判にあったのですが、
それで少々へこんでいたところへ、ネトウヨからの賛同があり、
そのままネトウヨの「仲間」となっていったのでした。
(わたしはこの過程を、断片的ながらリアルタイムで見ていた。)

人はだれしも自分と意見の合う人たちと
交流するようになると言ってしまえばそれまでです。
とはいえ、行き着いたさきが「ネトウヨ」というのは、
本人のリテラシーが疑われるというものです。


>自民党の劣化

ほかにも自民党の議員や関係者が、たとえば「ミンス」なんて
ネットのスラングをふつうに使っているのを見たりします。
情報リテラシーの劣化は、石原伸晃や片山さつきに限らず、
自民党全般に見られる傾向なのだろうと思います。

このような劣化が目立つようになったのは、
2009年の総選挙のすこし前からではないかと、わたしは思います。
(それ以前から、萌芽はあったのでしょうが。)
「日本の未来が、危ない」なんて、ネトウヨのアジびらと
見間違えそうな記事を、自民党が正規の政治活動として
刊行したときからではないかと思います。

「自民党哀歌」

自民党は「政治家城下町」とでも呼べる、公共事業をばらまく
利権構造を築くことで、権力を維持してきた政党です。
これは、与党の座についているかぎり意義があるのですが、
政権から離れると、その意義が失われるものです。

そこで野党になる直前あたりから、きゅうに慣れない
「政策」や「討論」をはじめるようになったのかもしれないです。
それで、じゅうぶんな情報リテラシーを持たないまま、
ネットのいかがわしい情報に手を出すようになった...
さしずめそんなところなのかもしれないです。



posted by たんぽぽ at 07:09 | Comment(3) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
私は尊厳死発言単体には賛成です。ただし、たんぽぽさんがおっしゃるように、社会保障費削減のために尊厳死、と受け止められてしまうようで、中途半端な発言になってしまっていることに対し残念に感じています。

石原さんの問題にしているのは、回復の望めない患者に対し、胃瘻などの人工栄養を入れてただ生かしているケースのことだと思います。こういう安易な延命に対しては日本老年医学会が延命の中止のガイドラインを発表しました。私も、回復の見込みのない方への胃瘻での延命は、多大な社会保障費をかけているのに、逆に本人を苦しめるものであり、このように政治家が批判をおそれず安易な延命反対の声を上げ続けてもらえればと思っています。
歳をとって衰えて、食べられなくなるのは死に対する準備です。栄養が必要なのに食べ物が得られない餓死とは異なります。食べられなくなって、余計な栄養を与えられず老衰で亡くなる患者さんは、静かに弱っていって、本当に眠るように亡くなります。逆に、死が近づいているのに胃瘻やIVHで栄養を与えられ続けて亡くなる患者さんは、最期まで熱を出したり呼吸が苦しかったりと、苦しそうに亡くなるように見えます(老衰で亡くなるのを許さず、感染症等で亡くなるからでしょうが)。寝たきりでオムツになると、多くの方が皮膚障害を抱えますし、褥瘡ができる場合が多いです。また胃瘻の方は誤嚥性肺炎を繰り返すことが多いですし、胃瘻のチューブは半年ごとに交換するのですが、普段反応のない方も、交換のときは痛みでたいてい悲鳴をあげていますよ。チューブを抜いて、棒のようなものを麻酔なしで突っ込まれるわけですから。

ただしサティアン発言は許されることではありませんが。

Posted by しまあじ at 2012年10月11日 17:20
ちょっとネチネチ書きすぎてしまい、角が立つかなと思い反省しました。
書き方がすこし悪かったかもしれません。
Posted by しまあじ at 2012年10月11日 18:23
このエントリにコメント、ありがとうございます。

>石原さんの問題にしているのは、

石原伸晃の考えていることは、そのような高齢者の現場に
即したようなことではないのではないかと、
おそらくわたしは思うのですよね。
「年寄りは働けないし、生かしておいても
負担ばっかりかかるから、さっさと死んでもらったほうがいい」
くらいの考えではないかと、さしずめ思います。

「ナマポ」「サティアン」なんてはばかりなく言う人が、
現実を適切に理解しているとは、ちょっと思えないのですよね...
(そうではなくて、ちゃんと理解した上での発言だ、
というのでしたら、「これは大変失礼しました」だけど。)


>ちょっとネチネチ書きすぎてしまい、角が立つかなと思い反省しました

ああ、いえいえ。
高齢の患者さんたちの置かれている現状をお話いただけた、
という点で、お役に立ったことと思います。
Posted by たんぽぽ at 2012年10月12日 07:10
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