2013年03月29日

toujyouka016.jpg 大学受験資格にTOEFL?

自民党の教育再生実行本部が、大学受験の受験資格に
英語の能力試験のTOEFLを課すなどと言っています。
夏の参院選の選挙公約にも入れる予定です。
またしても「国際化時代なので英語をやりましょう」ですね。
ついに自民党が直々にそれを言うようになったかと思います。

「大学受験資格にTOEFL 国内全大学対象 自民教育再生本部、1次報告へ」
(はてなブックマーク)
「大学受験にもTOEFL 自民教育改革 提言案」
(はてなブックマーク)

 
日本人は本当に、「国際化」とか「グローバル」と称して
英語をやる、もしくはやらせるのが好きだと、わたしは思います。
大学生全員が留学するわけではないのに、
数ある英語能力試験のうち留学用のTOEFLを選ぶあたり
「国際社会で活躍する日本人」が好きなのだろうと思います。

外国語コンプレックスが強いのもあるかもしれないです。
外国語に対して警戒する必要がぜんぜんないのであり、
ある意味しあわせなことだとは言えそうです。

受験生には負担以外の何者でもないだろうと思います。
TOEFL導入と引き換えに、いままでの英語の試験をなくしてくれるなら
考えてもいいかと思いますが、たぶんそうではないのでしょう。


前にもお話しましたが、国際化とかグローバルというのは、
国際的な知識や常識、感覚を身につけることであって、
英語ができることではないだろうと、わたしは思います。

「グローバルと英語」

そして、世界基準とかグローバルスタンダードと
呼ばれるものをつねに意識し、これを率先することだと思います。
「日本の常識は世界の非常識」とよく言われますが、
こんなことが「常識」のうちは、ぜんぜんだめということです。

具体的には、国連の条約をぜんぜん履行しないことが
常態化していて、人権委員会や女子差別撤廃委員会などから
毎回おなじ勧告を受ける、というのは「世界の非常識」でしょう。
AKB48の峯岸みなみの丸刈りと、女子柔道の暴力
立て続けに話題になりましたが、こんなことで世界から
異常に見られるのもだめと言えます。

また、日本人が外国人に対して、開かれる存在になる必要があると思います。
移民の受け入れを検討しないとか、外国人の地方参政権を認めないとか、
あるいは朝鮮学校の無償化を停止するという、
排外主義がまかり通るようでは、まだまだだめということです。


産経の記事によると、「英語ができないため日本企業が
内向きになる」とあって、英語で意思疎通ができない日本人が
多いことを問題視しているとあります。
外国で英語で会話ができること、やはりこれが彼らの考える
「国際化」とか「グローバル」のようです。

企業が国際社会に対応したいのなら、英語ができないことより、
外国に進出した日本企業が、現地の社員から女性差別で
提訴されることこそ、ずっと問題視することだと思います。
これこそ「世界の非常識」である「日本の常識」を振り回したため、
国際社会で確執を起こしたにほかならないからです。

「日本企業が訴えられた」


ここでわたしが挙げた国際的な知識や常識、感覚というのは、
じつは日本にいて日本語を使うだけで、
学習できることばかりではないかと思います。
英語をやったり外国へ行ったりする前に、
日本にいてできることを、なんとかしろと思います。

そして国際化とかグローバルというのは、多くの日本人にとって、
じつはかなりむずかしいことだろうと、わたしは思っています。
自民党のお歴々なんて、なおさらではないかと思いますよ。



付記1:
「国際社会に対応したいなら英語ができないことより、
こうやって訴えられるのを http://tinyurl.com/ador43m
なんとかしたほうがいい」とコメントして、ブックマークを入れたら
リツイートをとてもたくさんいただきました。

リンクしたエントリもご覧くださったようで、
わたしのブログのアクセスが、とても増えたのでした。
賛同なさったかたが多かったようで、とてもうれしく思います。


付記2:
国際化とかグローバルと称して英語を使わせることに、
そもそもの違和感が、わたしにはあります。
とうぜんながら英語を母語にする人が有利になるからです。
そして英語国の固有のカチカンに偏ったり、
場合によっては、英語国の覇権主義にもつながるからです。
グローバルとは対極のローカル主義だと思います。

言語面でグローバルをめざすなら、エスペラント語のような
中立の言語を推進するのが本来だと思います。
英語という特定の民族語を「国際語」と思っている時点で、
グローバル失格だと、わたしは思います。


付記3:
自民党の議員は、どのくらい英語ができるのかと思います。
政治家も外国人と接する機会は多いほうでしょうから、
彼らの理屈によれば、英語ができる必要があるでしょう。
自民党議員全員がTOEFLを受験して、点数を公開してほしいと思います。
他人に英語を使わせるなら、自分がまず英語をやれ、です。

posted by たんぽぽ at 23:05 | Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
こちらにも、ちょっとばかり八つ当たりしにまいりました。
本題とも一応絡みそうですし。

個人的には、

「英語力をあーだこーだ言うより、
『現実の問題についての議論は程度問題である』
『万能薬は存在しない』
あたりをどこかの教育段階で徹底してくれ!」

って思ってます。
たとえ英語が話せても、話してる内容が前近代的なこと(エントリで取り上げられてるような件)だったり、非科学的な与太だったりしたら逆に国際的な評価下がりそうですし。
あと、上記のことは日本語で「建設的な議論」をするときにも有用なはずですしね。

あたし自身は、
「翻訳ツールに頼るくらいなら辞書見ながら自分で読解するわ!」
ってくらいには英語に抵抗ないですけど、それとこれとは別、という感じで。
Posted by 七重 at 2013年04月10日 20:51
こちらにもコメントありがとうございます。
ようこそお越しくださりました。
遠慮なく吐き出していただけたらと思います。

>『現実の問題についての議論は程度問題である』
>『万能薬は存在しない』
>あたりをどこかの教育段階で徹底してくれ!」

All or nothingの二値的思考をする人、すくなからずいますね。
白黒はっきりしているので、わかりやすいのでしょうね。

それにしても、英語よりずっと必要だろうと思われること、
いっぱいありますよね。
ご指摘のことは、ディベートをやれば解決する、
というわけではないのでしょうけれど。

>たとえ英語が話せても、話してる内容が前近代的なこと
>(エントリで取り上げられてるような件)だったり、
>非科学的な与太だったりしたら逆に国際的な評価下がりそうですし

そうそう、
なまじ英語ができると、非常識な知識や感覚を英語で発信してしうので、
世界の人たちにそれがかえって知られてしまう、ということがあるのですよね。

ニューヨークやニュージャージーの州議会にせっせとメールを送っている
「なでしこアクション」なんて、その典型かもしれないですね。
Posted by たんぽぽ at 2013年04月15日 18:49
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