2013年06月16日

mar0006.gif現実の異性の受入れかた

女性と男性とで、異性についての現実の受け入れかたの違いについて
書いてある記事があるのでご紹介します。
いまから5年以上前に書かれたものなのですが、
ときどき発掘されるように取り上げられて話題になるみたいです。

「女は、男と付き合う前に、一度男に絶望しているからだと思う。」
(はてなブックマーク)

 
女性のかたにはみんな、「男は女を多かれすくなかれ性的に消費する」
という、一種のあきらめのような思いがあるでしょう。
記事にあるように、女性はアダルトメディアの存在を知ったり、
性暴力に対する警戒を周囲から教えられたりして、
「現実の男」というものを知らされることになるからです。

実際問題として、女性は「男とはそういうもの」と知っていないと、
自分の身が守れないので、最低限の処世術として必要にもなります。
こうした経験を経て、女性が男性と恋愛をするころには、
男についてすでに「達観」していると、記事では述べています。
========
『理想→絶望→現実受け入れ→恋愛』
========
というパターンを経ることになります。


女性が「多かれすくなかれ男から性的に消費されるもの」と
「あきらめている」のは、「やはりそうか」という感じで、
とりたてて意外性はなかったです。
わたしにとって発見だったのは、男性が女性に関する現実を
受けれ入るときのお話です。

男性が「現実の女」に突き当たって、「女とはそういうもの」と
「達観」するのは、大人になって恋愛をしてからになるそうです。
これはどうなのかな?と、わたしはちょっと思います。
そういう機会は恋愛だけとはかぎらないと思うからです。

それでも、恋愛するとその相手と深く関わりますから、
恋愛ではじめて「現実の女」を目の当たりにするというケースは、
たしかに多いのかもしれないです。
========
『理想→恋愛→絶望→現実受け入れ』
========
というふうに、パターンを割り切ることはできるのかもしれないです。
(これをご覧の男性のかた、いかが思われるでしょうか?)


「男が女から性的に消費されるメディア」はないですし、
男性は性被害にあうリスクもほとんどないですから、
女性とおなじように性的搾取の対象として見られると知って
衝撃を受ける機会は、男性にはないでしょう。
男性はかなりの年齢まで、「現実の女」を目の当たりにせずに
過ごすことは、たしかにありそうです。

とうぜん、女性が「達観」する「男とはそういうもの」と、
男性が「達観」する「女とはそういうもの」は、中身が違うでしょう。
「男とはそういうもの」は、「男は女を性的に消費する」
というあきらめですが、「女とはそういうもの」は
どういったことなのか、わたしにはわからないです。
(これをご覧の男性のかた、どういったことでしょうか?)


男性が「現実の女性」を受け入れる機会が恋愛となると、
男性は恋愛経験の多寡によって、「現実の女性」に対する
理解度に大きな差が出てくると、考えられることになります。
========
各人の自衛スキルの程度や、「女とはそういうものだ」という
絶望の受け入れ具合もかなりの開きが生まれ、
経験豊富なモテ男はその分これらのことが身に付いているけれど、
恋愛経験のない非モテは全く見についていない
ということになってしまうんじゃないだろうか。
========

そしてわたしが思い浮かべるのが、前にお話した、
「処女萌え男」の不可解にして不気味な、女性への幻想ですよ。

「処女萌え男の精神構造」

「処女萌え男」が女性を「商品」のように見ていたり、
「処女なら自分の思い通りになる」という
とうていありえないことを信じているのは、
恋愛経験がないので「現実の女性」を知らないまま、
あるいは受け入れられないまま、どんどん都合のいい幻想に
走っていくのもあるのではないかと、わたしは思ったのです。

「処女萌え男」のすべてが「非もて」ではないようですし、
また上述のように、恋愛だけが男性が「現実の女」に
突き当たるきっかけではないだろうと思います。
それでも、「非もて」の中には女性に対して
非現実的な幻想を持つものが出てくることがありえる
ということは、ちょっとわかった気がします。


付記1:
「処女萌え男」のエントリで、わたしが紹介した記事でも、
その記事を書いた女性のかたは、むかしつき合った男の人から、
「商品価値が高い商品」という扱いをされて
「「女であるってこういう扱いをされることなんだ」と、
初めて知ったような気がした」と回想をしています。

この女性の場合は、これが「男は女を性的に消費する」という
「現実の男」を目の当たりにして、衝撃を受ける機会だったようです。


付記2:
「処女萌え男」のエントリ紹介した記事を書いたかたが
つき合った男性は、どちらかと言えばもてるほうであり、
男性の処女幻想は、「性的経験の多寡にはあまり関係が
なさそうなことだけは確かだろう」と述べています。

これから考えると男性の場合、恋愛経験があっても
かならずしも「現実の女性」に突き当たるとはかぎらない、
ということになりそうです。
男性は恋愛をしても、「現実の女性」が見えるほどには、
深く相手と関わらないことがある、ということなのでしょうか?

posted by たんぽぽ at 23:11 | Comment(6) | TrackBack(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
たんぽぽ様

自分も男ですが「現実の女」と達観した自覚はありません。
まぁモテたことはありませんし、結婚もしていませんので、達観する機会がないのかもしれないのですが。
だからといって、女性に夢を持っているかと言われると、そういうわけでもないかな、と思います。

というよりは男だろうが女だろうが、人間でしょう。というのが自分の感じ方としてもっとも近い気がします。
同じでいいじゃないか、と。むしろなんでそこで分けなくてはならないのか、と。

とはいえ妊娠出産は、こればかりは男性が代わることができないのですけど。でも、そのことが女性の不利益になるようではやはりハラスメントでしょうね。
そう考えると、かえって女性が性的にも機会的にもハラスメントを受けやすい或いは受けている「現実」が浮き彫りにされる気がするのですけれど。

ところで「処女萌え」の件ですが、自分の友人に学生時代、モテモテだった奴がいます。彼は不思議と処女に当たることが多かったようで、そんな彼は「処女なんてめんどくさいだけ」とよく言っておりました。
きっと彼は「現実の処女」とやらに達観したのでしょう。
Posted by aka21 at 2013年06月18日 19:21
たんぽぽ様

では私が男の立場でお答えしますが、「俺はそんなんじゃねぇ!」と思われる方も少なからずいるかもしれないものと御理解下さい。

>『理想→恋愛→絶望→現実受け入れ』

理想も何も、若い時の男の恋愛は、やることをやりたいだけです。告白して、OK貰って、デートして…は、全て「やる」と言う最終目標のための段取りにすぎません。
とは言っても、ファーストトライからタッチダウン出来る優秀な男子は恐らく少数派で、大抵の男子は、目標達成のためには何回ものトライが必要でしょう。中には失敗続きに嫌気がさして、失敗の原因は女性にあることにしてしまう「自分勝手な達観派」もいるかもしれません。

一方、何回かのトライの末、やっと成功(字が違うね)にこぎつけた男子は、そこではじめて「一人の人間としての女」に接して、凄まじい衝撃を受けることになる訳です。
何せ彼にとっての「女」とは、それまでは「やる目標」でしかなかった訳で、しかもその「やる目標としての女」に関する知識のソースは、嘘八百ないかがわしいバーチャルソフトとかでしかなかったのですから。

と言う訳で、そう言う経験を経てからようやっと彼は、「一人の人間としての女」についての知識を習得し始めることになります。ある程度の知識が蓄積され、現実の断片を理解出来るようになるには、もう少し時間がかかるでしょうね。

>「女とはそういうもの」はどういったことなのか

まだまだ勉強中の男なのですから、「女とは男には理解出来ないものである」と言うことでしょうかね。
Posted by ニャオ樹・ワタナベ@モバイル at 2013年06月18日 19:44
aka21さま、このエントリにコメントありがとうございます。

>自分も男ですが「現実の女」と達観した自覚はありません
>男だろうが女だろうが、人間でしょう。
>というのが自分の感じ方としてもっとも近い気がします。

なるほど。
男性が女性に対してなにか思い込みがあるというのは、
女性も男性とおなじく人間である、という認識がないから、
ということが多そうではありますね。

なので「男も女も人間だ」という理解がはじめからあれば、
「現実の女性」を目の当たりにして衝撃を受ける、
ということもないのかもしれないですね。

>かえって女性が性的にも機会的にもハラスメントを受けやすい
>或いは受けている「現実」が浮き彫りにされる気がするのですけれど

「女性も自分とおなじ人間だ」と理解することが、
とくに男性にとっては、女性の置かれている立場を
理解する上で必要になってきそうですね。
差別や偏見は、「女性は男性とは扱いが違ってよい」という
認識があることから来るものもありますからね。


>そんな彼は「処女なんてめんどくさいだけ」とよく言っておりました。
>きっと彼は「現実の処女」とやらに達観したのでしょう

何人もの処女の女性を相手にしたことによって、
処女だからといって、特別ななにかがあるのではない、
ということは、自明のように理解していそうですね。
それから自分に経験があるので、女性に経験があることに対して
コンプレックスがなかったのかもしれないです。

「めんどくさいだけ」というのは、たとえば「痛がる」とか
現実的なことで、わずらわしくなったのかもしれないですね。
Posted by たんぽぽ at 2013年06月19日 19:38
ニャオ樹・ワタナベさま、
このエントリにコメントありがとうございます。

>理想も何も、若い時の男の恋愛は、やることをやりたいだけです。
>告白して、OK貰って、デートして…は、
>全て「やる」と言う最終目標のための段取りにすぎません。

>何回かのトライの末、やっと成功(字が違うね)にこぎつけた男子は、
>そこではじめて「一人の人間としての女」に接して、
>凄まじい衝撃を受けることになる訳です。

おおおお、これはご意見ありがとうございます。

男というのは、経験のないうちは女を性欲処理の
対象としてしか見ていない、ということなのですね。
(エントリに書いたように、女は「男は女を性的に消費するもの」と
達観するのですが、その裏返しとしてさもありなんな気がします。)

そして実際に経験してくると、女性にも一個の意志や人格があって、
単なる性欲処理の対象にしてはならないことを理解するのですね。

あるいは、失敗によって女性にも一個の意志や人格が
あることがわかって、それを理解するようになってから
恋愛に望むと「成功」するのではないか、という気もします。


>>「女とはそういうもの」はどういったことなのか
>まだまだ勉強中の男なのですから、「女とは男には理解出来ないものである」と
>言うことでしょうかね。

なるほど。
でもそれはそれで困ったことかもしれないです。
ひとつは理解する努力を放棄するということがあります。

それから、上のaka21さま宛てのお返事でも書いたように、
「女も男とおなじ人間」と考えず、「男と女は異質」と
考えるところから、差別や偏見が来るものあるからだけど。
Posted by たんぽぽ at 2013年06月19日 19:42
「男が女から性的に消費されるメディア」
と言えるかどうか微妙ですが、いわゆるBLは男同士の性愛を興味本位に描いた女性向けのメディアかもしれません。
Posted by 御光堂 at 2013年06月30日 10:34
御光堂さま、このエントリにコメントありがとうです。

>いわゆるBLは男同士の性愛を興味本位に描いた女性向けのメディアかもしれません

「男が女から性的に消費される」と言っていいのでは?と思いますよ。
BLに出てくる男性同士の関係は、本物の同性愛と違っていて、
消費する女性に都合のいいように作られていると思いますし。

エントリでリンクした記事にも、つぎのようにありますしね。
BLをはじめて知った世の男たちは、まさに自分が異性から
性的に消費されることをはじめて知って
衝撃を受ける姿だった、ということですね。

http://anond.hatelabo.jp/20080108155734
========
(昨今、初めて腐女子という存在を知ったマスコミ界隈と、
それに影響を受けた男の騒ぎようは、初めてエロ本やAVの存在を知った
女の子の反応に似ていると思う)
========
Posted by たんぽぽ at 2013年07月01日 12:30
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