2013年07月02日

toujyouka016.jpg 憲法24条の改正と家族

自民党の憲法草案は、現行憲法の24条の改定もあって、
ここに「家族」に関する条文を入れて、家族のありかたを
憲法によって規定しようとしていることは、前にお話しています

具体的には、夫婦別姓や婚外子差別の廃止の否定がねらいです。
これらは、彼らが信奉する高度経済成長期の家族像を理想とする
「家族のカチ」に合わないため、反対をしたいのでしょう。

6月13日の衆議院憲法審査会で、その24条の改定のことが
議論になったのですが、そのときの様子がつぎの記事に
書かれているので、ご紹介したいと思います。

「憲法に「家族の助け合い」を入れるべきか?自民党改憲草案に河野太郎議員が反論」
(はてなブックマーク)

 
よくご存知のように、現代の民主主義国家の立憲主義においては、
憲法というのは、国民の自由を守るために、
国民個人に比して強大な力を持つ国家権力に対して
さまざまな制約をかけるためにあります。
憲法の規定もそうした性質のものが多くなっています。

国家権力はすべての国民に対して価値中立である必要があります。
特定のカチカンを標榜すると、そのカチカンを信奉している人が有利になり、
そうでない人が冷遇されたり迫害されたりするからです。
それゆえ、すべての国民が生きやすくするために、
憲法は価値中立でなくてはならず、特定のカチカンや
道徳のたぐいは書き込むべきではないことになります。

憲法24条を改定して「家族の助け合い」を入れるという
自民党の憲法草案は、国家権力によって国民の自由を制限し、
特定の家族観を信奉しない人を圧迫する恐れがあるものです。
それで自民党の河野太郎氏が、自民党の憲法草案に意義を唱えたのでした。


ところが、この河野氏の発言に対する、自民党の衛藤征士郎氏の
発言がピントがずれていたりします。
自民党の改憲案が、国民を拘束するとか縛るとか、
そういう方向に持って行こうとするから、批判が出たというのに、
いったいなにを言っているのかと思います。

なにか憲法が、国民を押さえつけるとか、憲法が国民を拘束するとか、
縛るとか、そういう観念が非常に強いのではないかと思うんですが、
憲法というのはそういうものではなくて、
憲法は国民を救済する、国民を守るというのが憲法そのものであって、
考え方がちょっと違うのではないかなと、

自民党の土屋正忠氏は、国民に守らせるカチカンを
憲法の条文に含めるべきだと、はっきり言っています。
ところがその根拠として、なんとイスラム教国や共産主義国を
引き合いに出しているのですよ。

その前文の中に、神に言及したものが20、ありました。
イスラム教国などはみんなそのような形をとっております。
キリスト教もそうであります。
さらに、中国の憲法の前文のように、孫文、毛沢東、マルクス、レーニン、
こういう個人名まで入れて、記された憲法もあるわけであります。


自民党なんて、共産主義に対するアレルギーがありそうに
思うのですがいいのでしょうか?と、わたしは思いますよ。
八木秀次とか「家族のカチ」が大好きな人は、
レーニンの家族政策が失敗したことを、引き合いに出したりしますし。

それにしても、欧米の民主主義国を手本とせず、
自由が制限される国を手本とする発想がいかんともしがたいです。
イスラム教国や共産主義国では、異教徒など憲法で定められた
カチカンに合わない人が、とても不自由する国だからです。

自民党の改憲案が、国民の自由を拘束するとか縛るものだ、
ということが、ここに現れていると言えると思います。
彼らの信奉する「家族のカチ」が、自民党のお歴々にとっての
「宗教」に相当することも、匂わせているようです。


それでも自民党は、24条を改定する具体的な目的を、
はっきり言わないだけ、まだましなのかもしれないです。
維新の会の西野弘一議員になると、24条の改定は夫婦別姓を
違憲にして否定するためだと、はっきり言っていますよ。

国家権力によって、例えば夫婦別姓のような法律ができたりして、
こういう日本の家族という価値観を根底から覆すような法律を
国家権力は作らないように、国に対して家族という価値観を
しっかり守れという意味で、書き込むことは大事だと思っております

維新の憲法草案も、24条に「家族のカチ」を入れるという
自民党の憲法草案と同様のものを掲げていますから、
夫婦別姓に反対することは、とうぜん予想されるわけです。
そして自民党のように遠慮をせず、ターゲットが
夫婦別姓の否定だとあからさまに言うところは、
維新が自民以上の右翼政党である現れかもしれないです。

「維新が憲法に家族の価値」


記事では4月29日の産経新聞がリンクされています。
ここで、ベアテ・ゴードンの憲法の原案に「家族」に関する
記述があったことが、指摘されています。
「「家族は人類社会の基底にして其(そ)の伝統は
善(よ)かれ悪(あ)しかれ国民に浸透す」という文章があったというのです。

全体を見ていないので、わたしの想像になりますが、
これは国家は家族を保護せよという内容であって、国家によって
家族のありかたを規定するものではないのではないかと思います。
前にすこしお話したように、ベアテ・ゴードンは婚外子差別を
禁止する条文を入れていましたから、「家族のカチ」と称して、
婚外子差別を維持する文章は入れないはずです。

「ベアテの幻の憲法草案」


それから、24条に「家族の助け合い」という文章を入れることで、
社会保障を切り捨てて家族に負担をさせることを
憲法を根拠にする可能性があることが、
森永卓郎氏に指摘されていることを、前にお話したのでした。

「憲法24条と社会保障」

記事でも森永氏のこの指摘には触れられているのですが、
「考え過ぎとする意見もある」としています。
それでも、現在の自民党の生活保護バッシングなどを見るにつけ、
この可能性も記憶の片隅に入れておいたほうがいいと、わたしは思います。


付記:
自民党の24条の改定に反論をしたのが、河野太郎氏だったのでした。
この河野氏が、自民党がとんでもない方向へ走っていくのを
かろうじて引き止める存在になっているようです。

posted by たんぽぽ at 22:11 | Comment(6) | TrackBack(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
「何でもかんでも違法でない限り自由である」と言う状況よりも、「あれもするな、これもするな、それをやれ」的な制約下の方が生き易いと感じる人は、一定数いるのでしょう。特に日本人は、そうした傾向が強いと思います。皆と同じが良い、テレビで紹介していた「健康に良い食品」が放映翌日にスーパーの棚から消える、的な。

皆と同じにしていれば、そのことで自分が痛い目に会っても、自分の責任にはならないし、皆が同じ痛い目に会ったのだから、そう思えば自分の痛みも少し軽くなるとか。
そうした人達に対しては、この道徳的で戒律的な憲法草案は、受けが良いのかもしれません。皆と同じが良いとはあまり思わない私には、理解し難い物ですが。

奇しくも昨日の毎日新聞に、この「右曲がり憲法草案」の話が出ていましたね。自民党が下野時代に、半ばパニック状態で「対『民主』党戦略兵器」として作った『非民主的』憲法草案ですから、与党となり、参院のねじれも恐らく解消された後、この毒物状態のまま本当の憲法にかさ上げしようと抵抗覚悟で汗をかくヤツは、そんなにいないんじゃないかと思います。
が、こんなものがある以上、自民党政権下での民法750条改正など、あり得ないでしょうね。
Posted by ニャオ樹・ワタナベ@モバイル at 2013年07月03日 09:27
実際、日本会議とかに属する宗教団体等の後援を得ているような政治家にとっては、イスラム主義国家などは、本心からの「手本」なのではないか、と思えます。

本当に怖い話です。

Posted by 魚 at 2013年07月03日 16:59
ニャオ樹・ワタナベさま、コメントありがとうございます。

>「あれもするな、これもするな、それをやれ」的な
>制約下の方が生き易いと感じる人は、一定数いるのでしょう。
>特に日本人は、そうした傾向が強いと思います。

そういう傾向は、わたしもあると思います。
高度経済成長期のように、国家目標に向かって邁進すれば
幸せになれるという時代をよかったと思って、
上から「自分の生きかた」を与えられたいと考える人は、
まだまだたくさんいるのだろうと思います。

自民党の憲法草案も、そういう上から「自分の生きかた」を
与えられたい人の感性には、よくマッチするのかもしれないです。

>皆と同じが良いとはあまり思わない私には、理解し難い物ですが

おなじく、わたしも理解しがたいです。


>この毒物状態のまま本当の憲法にかさ上げしようと抵抗覚悟で汗をかくヤツは、

安倍は憲法改正は自分の「ライフワーク」でしょうから、
かなり本気で推進するだろうと思います。
いまわりとおとなしいのは、支持率の低下やアメリカの圧力を
恐れてのことだろうと思います。
参院で大勝してねじれが解消したら、積極的になる可能性があると思います。

>自民党政権下での民法750条改正など、あり得ないでしょうね

まったく無理でしょうね。
選択を認めるというのが、上から「自分の生きかた」を与えられる、
という願望と逆行しますしね。
Posted by たんぽぽ at 2013年07月03日 19:13
魚さま、コメントありがとうございます。

>日本会議とかに属する宗教団体等の後援を得ているような政治家にとっては、

ほかにも神道政治連盟とかいろいろあるけれど、
とくに自民党の議員は宗教とべったり結びついているのですよね。

宗教的カチカンに拘泥するようになると、どんな宗教であっても、
多かれすくなかれ似てくるものはあるようですね。
Posted by たんぽぽ at 2013年07月04日 12:45
その手合いの連中は、憲法を国家神道の教典にしたいと思っているのかもしれませんね。
もしそうだとしたら、彼らにしてみれば「基本的人権」などと言う物は、教義に従う者にのみ与えられる物であるべきで、無条件に全国民に与えてしまうような現行の日本国憲法など、「あり得ないもの」なのかもしれません。

それと、名誉欲に取り憑かれた、哀れな名家のボンボン安倍にとっては、「戦後レジームである日本国憲法に初めて手を付けた男」と言う称号は、何に替えても手に入れたい物なのでしょうが(ママに褒めて貰えるし)、実際、そんな簡単なものではないでしょう。たとえ参院で自民党が安定多数を確保したとしても。

アベノミクスが空砲だとばれて支持率が下がるとか、それでも消費税を上げざるを得なくなって苦しくなるとか、自民党政権が安定したことで今まで黙っていた党内反安倍派が色々言い始めるとか、外交戦略で行き詰まるとか…
これから色々あるんじゃないかと思います。
Posted by ニャオ樹・ワタナベ@モバイル at 2013年07月04日 22:23
ニャオ樹・ワタナベさま、コメントありがとうございます。

>彼らにしてみれば「基本的人権」などと言う物は

自民党の憲法草案がそもそも人権の否定ですからね。
http://taraxacum.seesaa.net/article/307820136.html
彼らは、なぜ基本的人権が最大限に尊重されなければならないのか、
根本のところがわかっていないのでしょうね。

>実際、そんな簡単なものではないでしょう

改憲は反対のほうが多いですから、国民投票になったら
否決される可能性が高いですね。
そうなったら、安倍としてはどうするのかと思います。
安倍のライフワークたる改憲は、そこで行き詰まるわけですから。

反対が多いといっても、圧倒的ではないので、
これくらいの差なら逆転して賛成を多くすることができる、
くらいに思っているのかもしれないですが。

>これから色々あるんじゃないかと思います

安倍政権の支持が崩れる可能性があるとしたら、
やはりアベノミクスが期待はずれと多くの国民が感じるように
なることではないかと、わたしも思います。
ほかの政策は支持されないものが多いですから、
アベノミクスが見限られたら、国民の不満が高まりそうですね。

問題はアベノミクスがいつ見限られるかですね。
現時点でも不満や懐疑は出始めているけれど、
世論全体に顕在化するのは、まださきだろうと思います。
Posted by たんぽぽ at 2013年07月05日 22:33
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