8月18日エントリ「運動の潰し方教えます」でご紹介した
ふたつ目のツイートには、たくさんのブックマークがついています。
(はてなブックマーク)
最初のブックマークは8月10日ですが、ツイートは2012年11月3日です。
だれにも注目されず流れていたむかしのツイートを、
なにかの折に見つけてブックマークを付けたものと思います。
これらの人たちは、ひとつ目のツイートにはぜんぜん反応していないです。
おそらくこちらは存在も気がついていないものと思います。
ふたつ目のツイートについたたくさんのブックマークは、
はじめのほうはずっと批判するコメントが続いているのですよね。
すくなくない人たちにとって、主旨や想定している状況が理解できず、
反感を買う内容だということになります。
肯定するコメントをつけたのは、じつはわたしが最初です。
わたしのあとは流れが変わったのか、肯定のコメントが増えたようです。
このブックマークにはメタブックマークもあります。
わたしがいちばん最初だからということではないと思いますが、
こちらは全体的にふたつ目のツイートに肯定するコメントが多いです。
わたしのブックマークは最初の肯定的なコメントだったからなのか、
批判派の眼について気に障るものだったようです。
彼らによる批判的ブックマークがついてしまったのですよ。
このあと批判派と議論になったのですが、そのときのわたしのツイートにも、
批判派による批判的ブックマークがついたのでした。
「サバルタン探しゲーム」は、現実の問題の解決にはさほど関心はなく、
議論ばかりしていたい人たちが大好きだったりします。
彼らは自分たちの「理想追求」がだいじなので、
現実の運動に「妥協」があれは、それをとことん攻撃していきます。
そして現実の解決には関心がないので、それで運動がつぶれても、
自分が困ることはないし、すこしも気にならないわけです。
彼らは、運動がつぶれて当事者たちが困ったところで、
「正義はなされた」「庇護がある運動側が悪い」くらいに思って、
自分たちの言論が与えた影響を顧みることはなかったりします。
しかも「悪意がある」のではなく、「自分たちは正義だ」と
確信犯的に思っているので、なにが問題かわからなかったりもします。
問題含みな人になると、「こんな被抑圧者がいることに気がつく
自分は意識が高い」と悦に入るために、批判をするのもいるかもしれないです。
あるいは、みずから社会活動するだけの力量がないので、
他人の運動を批判することで自尊心を保つ人とか、
現実の社会問題が解決すると、それを批判するという
自分の役目がなくなってかえって困る、なんて人もいるかもしれないです。
ふたつ目のツイートの批判派も、現実の社会運動にはあまり関心がなく、
もっぱら社会問題を題材にしてネットで議論して、
みずからが「正義」の側にいると確認することを、
多かれすくなかれこころよしとしているのではないかと想像します。
ふたつ目のツイートは、そうした彼らの「理想追求ゲーム」という、
ネットをやる意義そのものを批判したとも言えるでしょう。
それでむかついた人がたくさん出て来て、ブックマークでは
不評だったのではないかと、わたしは憶測しておくことにします。