8月18日エントリでご紹介したふたつ目のツイートに、
たくさんブックマークがついていたので、わたしもブックマークを
付けたことを、8月19日エントリでお話ししました。
そうしたら、わたしのブックマークを批判するブックマークを
つけたかたがふたりいて、ひとり目のかたとの議論は前にお話したのでした。
そしてふたり目のかたとも議論になったのです。
以下のトゥゲッターをご覧いただきたいと思います。
「「運動の潰し方」で議論になった」
ふたり目の批判者のかたは、もとのツイートは
「補償をケチりたい国や企業に逆らってはいけません」ということかと
言っているのですが、すでに意味がわからないですね。
もとのツイートは運動内部で起きる問題について語ったものです。
国や企業のことは出て来ないので、ここでは関係ないことだからです。
それからふたり目の批判者は、「現にあがっている声を押しつぶす
策謀に抗議してるだけ」とも言っています。
これはいったいどこから出て来るのかと思います。
過去ログを調べましたが、もとのツイートは単独で存在しています。
孤立していて前後の文脈がないからです。
「現にあがっている声を押しつぶす策謀」はどこから出て来たのかと
わたしはお尋ねしたのですが、「「そんな文脈」が欠けてるのが大問題」だ
などと、ふたり目の批判者は言ってきたのです。
運動における問題はさまざまですから、特定の問題にだけかぎって
話題にすることは、べつだんおかしなことではないです。
なぜ「「そんな文脈」が欠けてる」と問題なのかがわからないです。
ある問題について語る場合、べつの問題のことが性質上切り離せず、
言及が不可欠なこともすくなからずあります。
ところがいまの場合、もとツイートと「現にあがっている声を
押しつぶす策謀」がどう関係するのか、もとツイートがそうした状況を
想定したものなのかどうかが、わからないわけです。
それでわたしはどう「関係」があるのか、なぜもとツイートが
そうした状況を想定したと言えるのかを訊いているわけです。
ところがふたり目の批判者は、「そんなの自明だ」と言わんばかりの態度を
繰り返すだけで、まともにお答えしてくださらないのでした。
わたしは、ふたり目の批判者の最初のツイートへの疑問を呈しました。
もとツイートが「「国や企業が補償をけちりたいケース」を想定して言った、
という根拠はなんですか?」とお尋ねしたのです。
そうしたらなんと「「国や企業が補償をケチろうとしなかったケース」
なんてものがあるんですか?」などと言ってきたのです。
わたしの質問の主旨は、「もとツイートは運動内部のことを述べていて、
国や企業のことは出て来ていない」ということです。
それがなぜ「国や企業が補償をケチろうとしなかった」と
言ったことに変わってしまうのかがわからないです。
「言っていない=ないと考えている」でないことはあきらかだからです。
ふたり目の批判者のかたが「国や企業の補償」にこだわるので、
「もとツイートには補償額のことは出て来ない」とも、わたしは言ったのでした。
そうしたら「補償額を問題にしない救済運動があるんですか?」
などと言ってきましたよ。
「補償額のお話が出て来ない=補償額を問題にしない」では、もちろんないです。
なぜにこのように変換されるのがわからないです。
わたしがリプライすると、ふたり目の批判者はこんどは
「補償額を無視して議論するのが間違い」などと言ってきましたよ。
「補償額のお話が出て来ない=補償額を無視している」では、もちろんないです。
執拗にすり替えを繰り返してくる、ふたり目の批判者です。
わたしはそれでもがんばって、もとツイートは運動内部のお話であって、
国や企業のことは出て来ない、ということをツイートしたのでした。
そうしたらふたり目の批判者は、「 国や企業が「金に糸目は
つけませんので!」と言えば、そもそも被害者を分断するような
「案」なんて作るアホウはいない」などと言ってきました。
反論に困ったのでしょうか、論点を変えてきました。
それでも「リソースは有限だから運動する側も現実的な対応を
しないと運動が崩れかねない」と、わたしはまじめにお答えしました。
すると「一体誰が「現実的」を定義するんですか」などと言うので、
「運動に関わっている人たちが熟考を重ねて妥当な案を決める」という
あたりまえのことをお答えしましたよ。
ふたり目の批判者は「わたしが語るに落ちた」と言うのですが、
どういうことなのかよくわからないですね。
たぶんなにか罠を張ったつもりだったのかもしれないですが、
わたしがそこに引っかからなかった、ということなのかもしれないです。
こんな調子で数日議論が続くのですが、最後までこんな感じです。
ふたり目の批判者のかたは、ここでお話したようなすり替えや
揚げ足取りがやたら多く、まともな議論にならないのですよね。
もとツイートは、運動内部で起きる問題について語っていて、
国や企業や補償額のことは言及がないのは、あきらかだと思います。
それで、もとツイートと国や企業のことはどう関係があるのですか?
というのが、最初のわたしの疑問だったのでした。
結局わたしはまともな回答を、ふたり目の批判者から得ていないですよ。
よくわからないですが、ふたり目の批判者のかたはおそらく自分の中で、
国や企業の対応についての問題意識があるのかもしれないです。
それでもとツイートも自分の問題意識に沿って語られたものだと、
はなから決め込んでいるのかもしれないです。
ふたり目の批判者は「Apeman」さん。
南京事件や従軍慰安婦など、歴史認識の話題についてよくブログを書くかたです。
ウェブのちょっとした有名人だったりします。
「Apes! Not Monkeys! 本館」
「Apes! Not Monkeys! はてな別館」
「Apemanのブックマーク」
この議論における「Apeman」さんのツイートは、
リツイートやお気に入り登録が結構多くなっています。
「Apeman」さんに賛同や共感をした人はそれなりに多いということでしょうね。
こんなときウェブの有名人は有利でいいですね。
https://twitter.com/apesnotmonkeys/status/365992335219240960
https://twitter.com/apesnotmonkeys/status/366143990694805504
https://twitter.com/apesnotmonkeys/status/366326177285156864
https://twitter.com/apesnotmonkeys/status/366585120771158016