2013年10月14日

toujyouka016.jpg 多様な家族を認める時代

10月13日エントリで「家族は血縁」という思想が、明治以降の
家族制度の整備とともに作られたことをお話したのでした。
紹介した新聞記事には、野田聖子氏のコメントが載せられています。

「<イマジン>第4部 はぐくむ/1(その1) 血縁超えた家族の形」
「イマジン:第4部 はぐくむ/1(その2止) 過渡期にある家族 他人とつながる」

 
「多様な家族を認めるべき」というのは、かなりむかしから
しつこいくらい口を酸っぱくして繰り返し言われていることですね。
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20代で祖父の家の養子となり、事実婚や離別を経て、
卵子提供で50歳で男児を出産した自民党の野田聖子総務会長(53)は
「家族の形は、政治がこうあるべきだと決めてはいけない。
その人が『家族だ』という形を尊重する寛容な社会を作りたい」と話す。
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「20代で祖父の家の養子となり、事実婚や離別を経て、
卵子提供で50歳で男児を出産した」野田聖子氏は、
まさに多様な家族の中で人生を送って来たかたの見本と言えるでしょう。
こうした場でかかる発言をするのにふさわしい人だと思います。

記事の「その2」でもほかにふたりのかたから、同様のコメントを得ています。
記事を書いたかたも、くりかえし強調したいことなのかもしれないです。
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現代社会研究所の古田隆彦所長は「多様な家族を認めないと、
息苦しい世の中になる」と、もっとおおらかでいいと説く。
「夫婦と子ども2人」の家庭は、今では少数派となっており、
従来の社会規範を基にした制度と現実の間に乖離(かいり)が起きている。
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冒頭で紹介した是枝裕和監督に、未来の家族観を尋ねると、こう話した。
「理想の家族観が一つじゃないことがいいと思う。
一人一人が自分の価値観を押しつけず、多様な家族の形があると
考えながら周囲に接する、この積み重ねしかないんじゃないかな」
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ところがよくご存知のように、「多様な家族」が認められず、
因習・反動的な家族観に拘泥する人たちがいまだたくさんいるのでした。
彼らが夫婦別姓の実現や婚外子差別の撤廃といった民法改正に
反対し続けていることも、言うまでもないことだと思います。
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最高裁は今月4日、民法が定める婚外子の相続差別を違憲とする判断を示した。
だが、長年議論が続いている選択的夫婦別姓、
事実婚などの取り組みは、一向に進まない。
野田さんは「自分の歩んできた人生以外は受け入れられない人たちが、
国会議員に多すぎるんです。イマジネーションの欠如です」と言い切った。
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「自分の歩んできた人生以外は受け入れられない人たち」というのは、
野田聖子氏のことはどう考えているのかと思います。
自分の党の中に、多用な家族を生きてきた見本の人がいるのですが、
野田氏の生きざまを否定しているとも言えると思います。

彼らが拘泥する家族観というのは、高度経済成長期に定着した
「夫が働き妻が専業主婦で子どもがふたり」という「標準家族」だと思います。
彼らが「家族のカチ」などと呼んでいるもので、
彼らにとっての宗教の代わりのようになっているのだと思います。
彼らが非理性的で頑迷で、他者に対して不寛容なのは、
「家族のカチ」が信仰のようになっていることもあるのでしょう。


「家族のカチ」信仰がかくも強く、「多様な家族」に対する理解が
ぜんぜん持てない人たちが多いのは、太平洋戦争敗戦後、
復興を進めて国民全体が豊かになるための「国家目標」として
「標準家族」を普及させたことが大きいと思います。

「「みんないっしょ」の精神構造」

こうした状況では、みんながいっせいに「国家目標」に向かうことが
社会全体のしあわせにつながると考えられます。
国が国策として物質面と精神面の両方で、そのように誘導するからです。
実際、高度経済成長期は急速に日本社会が復興しましたから、
「こういう家族を持てば幸せになれる」と確信するようになり、
「家族のカチ」に対する信仰は、いよいよ揺るぎなくなるのでしょう。

そして「家族のカチ」のカチカンを信奉しない人がいると、
国の発展のためにも好ましくないと思われることになります。
それゆえ社会の利益のためと思って、みんながいっしょの家族観を
信奉しなければならないと、同調圧力をかけようとするのでしょう。


現代の日本はすでに経済成長の時代は終わり、成熟期に入っています。
こうした状況では、個人のしあわせは各人で探すことであり、
「国家目標」で与えられることではなくなっています。

「自由な社会の家族政策」

国がやることは、個人が自由にしあわせを追求できるよう、
インフラを整備することになるということです。
社会は「多様な家族を認めるべき」と繰り返し言うのも、
個人が自由にしあわせを追求するためのインフラ整備でもあるわけです。

ところが冷戦崩壊後、四半世紀近くたったいまでも、
前時代の「家族のカチ」に執拗にこだわる人たちが多いのでした。
経済発展の時代の既得権益の力がいまだに強くて、
思うように社会が変革できないのは、いまの日本社会の現状ですが、
家族に関しても同様ということです。

posted by たんぽぽ at 23:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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