性暴力について加害者の視点に焦点を当てた研究を紹介した記事があります。
すこし前になりますが、7月12日の琉球新報です。
「加害者視点の性暴力研究 性欲の「物語」を批判」
「『刑事司法とジェンダー』 牧野雅子」
性暴力もほかの暴力とおなじく、原因や責任は加害者にあります。
どのような状況にあっても被害者に責任があるのではないです。
そして加害者があってはじめて被害者が存在することになるわけです。
こうしたことはいろいろなところで言われてはいるのですが、
これまでの性暴力の研究は、被害者に焦点を当てたものが多かったのでした。
性暴力の被害は深刻であり、性暴力の被害者については誤解も多いです。
「被害者落ち度論」「正しい被害者論」がいまだに広く信じられ、
刑事司法の判断にまで影響することがあります。
こうした状況にあれば、実際に被害にあったかたの救済や、
これから被害にあう可能性のあるかたの予防を優先させるのは、
ごもっともなことだと思います。
ところが性暴力は加害者に原因があるのですから、
性暴力をなくすためには、本来加害者の対処をする必要があることです。
つまり加害者こそ、くわしく研究することだ、ということになります。
性暴力は「男性問題」と思ったほうがよいくらいで、
男性こそが「自分のこと」として考えることだと言えるでしょう。
記事で紹介されている牧野雅子氏は、性暴力の加害者を研究なさっているかたです。
裁判の傍聴や、警察署や拘置所での面会で、加害者について調査を続け、
ことしの3月に『刑事司法とジェンダー』という本を出版しています。
まとまった本が出たのが最近であるというのは、
性暴力の加害者研究は、ようやく蓄積が出て来たという感じなのでしょう。
『『刑事司法とジェンダー』 牧野雅子』
性暴力の加害者について言われる最大の誤解は
「男性が性欲を発散させようとするからだ」と言われることだと思います。
実際には性暴力を起こす衝動として性欲はあまり関係なく、
女性に対して優位に立ちたいとか、女性を卑しめ辱めたいといったことによります。
たとえば痴漢やセクハラのターゲットは、おとなしくて抵抗しなさそうに
見える女性が選ばれることが、それをしめしていると言えるでしょう。
「セクハラのメカニズム」
「性犯罪にあいやすいタイプ」
記事を見ると、牧野雅子氏が面会した加害者の男性からは
性欲のお話は出て来なくて、「性欲じゃないですよ」と笑い飛ばしたとあります。
性暴力の加害者がみずから「性欲は関係ない」と語っているのですね。
また記事によると、加害男性の特徴として「権力関係に敏感で
男性への対抗意識が強く、力にたいしておびえている」とあります。
かかる「力」に対する過剰なこだわりが、女性を卑しめ辱めたい
といった欲求をもたらすのかもしれないです。
「弱者男性」によくあるパターンですが、男性同士の対抗に自信をなくした男性は、
女性に対して優位に立つことで、自尊心を保とうとすることがあるわけです。
「女性を攻撃する弱者男性」
「弱者男性の思い過ごし」
性犯罪の原因を「男性の性欲」と考えると、しばしば性暴力の加害者を
免責する「理由付け」として使われるという、深刻な問題が起きます。
性欲を理性で抑え切れない「男性の本能」と考えることで、
男性が性暴力に走るのを「しかたない」と見なされるからです。
性暴力事件に対する警察の取り調べや裁判でも、こうした考えにもとづいて
加害者の責任を軽減することもあるので、根は深いと言えます。
「性被害の自衛論と男性の性欲」
こうした考えを持っていると、性暴力を防ぐには
女性が自衛するしかないと考えるようになります。
そこから「被害者落ち度論」や「正しい被害者論」が展開され、
「自衛がふじゅうぶんだった女が悪い」のように、
被害にあった女性が責められることにもなるということです。
このように性暴力の原因を「性欲という男の本能」と考えることは、
「男はみな性暴力をやりかねない」とひとくくりにする考えでもあります。
性暴力と無縁な男性に対しても、「貴男がやってもおかしくない」と
加害者の予備軍のように言っているのと、おなじことになります。
これは男性に対してはなはだ侮辱的ですよ。
ずいぶん前に「俺ら罰せられなければみな強姦魔」などと言った
国会議員がいましたが、これは男性も怒るところだと思った男性は
どのくらいいただろうかと思います。
ところが自分が侮辱されたと思わず、「性欲は本能なんだから
しかたない」と言って、性暴力の加害者を同情したりする男性も、
すくなくないのではないかと思います。
こういう男性は自分もやりかねないと、内心では思っているのでしょうか?
(性暴力に対しては「男の性欲は本能」と言って、
「男」というだけでひとくくりにして、加害者を擁護しておきながら、
女性専用車両に対しては「男はみんな痴漢の予備軍とひとくくりにするな」
と言って、反対する男もいるのではないかと思うのだけれど。)