昨年の暮れからツイッターの世界ですごい話題になっていることです。
たぶんまだ余韻が残っていると思います。
人工知能学会の29巻1号の表紙絵です。
これが「女性差別的だ」と言う人たちと、それに反論する人たちとのあいだで、
たいへんなことになっているのですよ。
「人工知能学会の表紙は女性蔑視?」
(はてなブックマーク)
問題の表紙絵はこれです。
http://image.itmedia.co.jp/l/im/news/articles/1312/25/l_yuo_jinko.jpg
人工知能学会が表紙にこの絵を選んだ経緯は、つぎの記事に出ています。
従来の学会に対する堅いイメージを大幅にチェンジして、
人工知能の分野をもっとたくさんの人たちにアピールするため、
というのが、このような斬新な絵にしたコンセプトです。
「人工知能学会誌、表紙が“萌え”化 「正直、学会誌にふさわしいか悩んだ」
堅いイメージをチェンジ」
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「正直、学会誌の表紙としてふさわしいのだろうかと悩みました。
歴代の会長や現在の会員の方がどう思うだろうかも思い悩みました」と打ち明ける。
だが多くの人にアピールすることを考えると
「一度は手に取ってみたくなる表紙、ふと目に留めてしまう表紙は重要な要素」とし、
非常に「挑戦的な」デザインが選ばれたという。
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この表紙絵は100点ほどの案がある中から、
理事、編集委員、一般の人による投票で決めたとあります。
さすがに従来のイメージからすると斬新すぎるようで、編集委員のかたたちも、
学会誌の表紙としてふさわしいだろうかと悩みはしたのでした。
表紙絵の意味するところは、わたしが思うにつぎのようではないかと思います。
背中から出ているケーブルはおそらく電源で充電中と思います。
たぶん自分で判断してケーブルを挿したものと思います。
電池残量がすくなくなると、自分で電源を探して充電する
ロボットはすでにあるので、これはSFというわけではないですよ。
そして充電中時間が開いてひまなので、本を読んでいるものと思います。
掃除用のロボットですが、本を読んでいることで
学習能力のある人工知能を表現しているのだろうと思います。
わたしがこの絵を見たときは、じつはそれほど気にならなかったのでした。
背中のケーブルが奴隷的だと感じる人もいますが、
これはおそらく自分で挿したであろう電源ケーブルですから、
ロボットがみずから判断したことによるものです。
女性のいでたちも、わりあい質素だと思います。
某歌姫ヒューマノイドみたいな、これみよがしなミニスカートとか
ロングヘアとかで無意味に性的アピールをしていて、
掃除をするのに適さないいでたちになっている、というわけでもないのですよね。
あえて(?)ロボットを女性の姿にしたところに、
「家事は女の仕事」とか、「男社会だから女性を描きたい」という
判断が入ったとか、無自覚に意識が現れたことは考えられるとは思います。
それでも女性差別的というほどではないだろうと、わたしは思ったです。
>やはり女性差別的に見える?
これをご覧のみなさまがたは、いかが思われるでしょうか?
かかる絵表紙は、やはりケシカラン女性差別的な絵だとお考えでしょうか?
わたし自身はさほど気にならなかったとはいえ、
女性差別的だと感じる人がいるであろうことは、わたしも理解できますよ。
「人工知能学会誌の表紙絵は女性差別だ」という観点に立った意見は、
つぎのエントリで述べられているので、これをご覧になればじゅうぶんでしょう。
「人工知能学会関係者の皆様へ」
(はてなブックマーク)
問題点は「家事は女の仕事」というメッセージを与えることですね。
これがジェンダーバイアスの再生産をする可能性があることになります。
とくにロボットは人間の被造物ですから、制作者の思想やカチカンが
反映されることが意識されるわけで、よけいに問題になるわけです。
また「あえて女性を描きたい」というのが、「男社会」の発想と言えます。
これが人工知能の分野を女性が入りにくいものにすることになり、
学問の発展という観点からもこのましくない事態を引き起こすことになります。
また学会誌という公的性格のあるメディアに載せたこと、
そして学会が表紙絵を刷新したコンセプトが、幅広く一般の人たちに
人工知能の分野をアピールすることであることを考えれば、
ジェンダーバイアスのある絵を載せることが問題になるということです。
人工知能学会が作ろうとするロボットということは、
アシモフの「ロボット3原則」を守ることを想定しているだろうから、
女性差別的と思われるのも無理もない、という意見もあります。
こういう見かたもあるということで、合わせてご紹介しておきます。
「人工知能学会の表紙の件」
(はてなブックマーク)
「ロボット3原則」は聞いたことがあるかたも多いと思いますが、以下のようです。
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第1条: ロボットは人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第2条: ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第1条に反する場合は、この限りでない。
第3条. ロボットは、前掲第1条および第2条に反するおそれのないかぎり、
自己をまもらなければならない。
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これは「ぶっちゃけ奴隷の3原則だ」と言う人もいることからわかるように、
あくまでロボットは人間に従属する存在であり、人間と同等の基本的人権を持たず、
自律的であっても主体的あってはならないとされているのですよね。
それゆえ人工知能を持つ掃除ロボットが女性の姿で描かれることによって、
女性が家事労働を押し付けられ二級市民的に扱われて来たイメージと
重なって見えることもあるだろう、ということです。
そのほかの記事:
「人工知能学会誌の表紙、女性イラストレーターが描いていた」
(はてなブックマーク)
「人工知能学会誌、新表紙第1号」
(はてなブックマーク)
「人工知能学会の表紙について、会員として調べた/考えたこと」
(はてなブックマーク)
>いかにも理系(オタク)男子にウケそうな女性のビジュアルイメージだ、
あらあら、そうなのですね。
そういうイメージを嗅ぎ取って、「女性差別だ」という批判が
出て来たのもありそうですね。
表紙絵のロボットは、おたく男子受けする女性とは
違うタイプなのかと、わたしは思ってたです。
おたく男子の趣味が、じつはよくわかってなかったりする、わたし...
ぼくのブログ記事はこちら。
http://estparis.blog108.fc2.com/blog-entry-111.html
またこちらの記事のコメント欄にも書き込んでいます。
http://blog.philosophy-zoo.com/archives/106
実際のところ、ツイッターを中心にインターネット上で大騒ぎになったものの、人工知能学会に送られた批判のメールはたったの2、3件だということです。
http://www.j-cast.com/2014/01/10193944.html?p=all
多くの人が本気でこの表紙絵が差別だと思っていたのなら、このメール数はありえないと思います。つまり批判していた人も、批判を批判していた人もこの表紙絵をネタに、インターネット上で暇つぶしをやっていたに過ぎなかったのかもしれません。
この絵は好感の持てる本当に素晴らしい絵です。この絵の作者さんと選んだ人工知能学会誌編集委員会の人達に感謝の念を捧げます。この絵を批判していた人達も素晴らしいネタを提供してくれた方たちに感謝すべきですよね(笑)。
わたしのブログにようこそお越しくださりました。
>http://estparis.blog108.fc2.com/blog-entry-111.html
>http://blog.philosophy-zoo.com/archives/106
ご紹介ありがとうございます。そういう視点もあるのですね。
というか、そういう視点で見るほうが、むしろ素直なのかもしれないです。
わたしの感想を言うと、その表紙絵を取り立ててすばらしいとは思わなかったのですよね。
(絵心がないのでわからないだけかもしれないですが。)
ほかの候補となった絵と比べるとずっとよかったらしく、
くだんの表紙絵が選ばれたのは、むべなるかなだったそうですが。
人工知能で動くロボットがあるのにほうきで掃除するとか、
時代が合ってないですし、あえてそういうところでミスマッチにするあたり、
寓意のある絵ということは考えられますね。
>人工知能学会に送られた批判のメールはたったの2、3件だということです。
>http://www.j-cast.com/2014/01/10193944.html?p=all
あらあら、それは意外でしたね。
直接の抗議も結構たくさん送られたのかと思ってました。
女性差別だと思った人たちも、わざわざ人工知能学会に
直接抗議するほどではないと思った、ということではありそうですね。
かくいうわたしも、最初は表紙絵を見てもべつだん気にならなくて、
しばらくスルーしていたのですよね。
ネットで議論が噴き上がっているのを見て、とくに批判批判の人の主張の中に
女性差別的で問題視するべきものが多かったので、
自分でも調べてみる気になったくらいなのではありますが。
http://taraxacum.seesaa.net/article/384350528.html
ネットには、本気で社会をよくしようとする気があまりなく、
社会問題を「ねた」として消費する人たちもいることはいますね。
人工知能学会の表紙絵に関しては、そういう「ねた」扱いする人が
批判派と批判批判派のそれぞれにどれだけいたか、ということはありそうですね。
ただこの問題、「おたく趣味v.s.過激なフェミニスト」という
「わら人形どうしの殴り合い」に、一部では発展してしまったのですよね。
それで必要以上に噴き上がったのはあると思います。
http://bit.ly/1bM7utT