4月18日にご紹介した、「ムーン・ホークス」(アポロ計画陰謀論)を、
信じているかたのエントリに、コメントがついて、
「と学会」の山本氏のページが紹介されていました。
しかし残念なことに、ぜんぜん聞く耳をお持ちでないようです。
(「通りすがり」なんてハンドルだから、印象を悪くしたのもあるのかも。)
それで、コメント欄では、1969年当時にできた月旅行が、
いまできないのはおかしいという、お話になっています。
コメントを寄せたかたは、技術的なことだと思っているようですが、
そうではなくて、月に行かないのは、莫大な予算がかかるからです。
アポロ計画の時代は、どんなだったのかというと、
米ソのあいだで、宇宙開発をめぐって、しのぎを削っていたときでした。
そんな中、1961年、ソビエトのガガーリンにより、
世界初の宇宙飛行が成功をおさめました。
(「地球は青かった」発言を残したフライトですよ。)
アメリカの世論は、これにおおいに衝撃を受けました。
そして月面着陸は、絶対にアメリカが先でなくてはと思いました。
ときの大統領ケネディが、60年代のうちに
月着陸を実現すると、約束したのは有名なお話です。
ようするに、ときは冷戦の真っ最中であり、
ソビエトへの対抗意識が、強烈にありました。
それで、アメリカの威信のためにも、この無茶な計画に、
通常ではありえない、膨大な予算を投入することが承認されたのでした。
それで、はじめから、予算の無駄づかいを理由に、
反対する意見も、すくなからずあったのでした。
アポロ11号で、ついに月面着陸を成し遂げると、
もういいでしょうと、残りの計画を中止する世論も高まりました。
また、アポロ計画は、20号まであったのですが、
最後の3回は、予算の理由もあって、本当に打ち切られました。
批判ばっかりではなんなので。
アポロ計画を、政治的な側面から批判するとしたら、
つぎのように「冷戦の産物、お金の無駄遣い」ではないかと思いますよ。
「ビデオ教材その8 パノラマ太陽系 『月』」
========
アポロ計画は,スプ−トニク・ショック以来のアメリカの
ソ連にたいする宇宙開発競争の結果であり,政治的,軍事的な主導権
あらそいから生まれたものである.これだって戦争の一種ではないだろうか.
また,月面着陸は,ベトナム反戦運動や激しい人種差別などの国内事情
から目をそらせ,宇宙に国民の注目をひきつけて国威発揚することに重要な
目的があった.
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このページは、加藤万里子氏という、天文学の研究者のサイトで、
『パノラマ太陽系』という、ビデオ教材の批評です。
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文部科学省 全国学力・学習状況調査 2
Excerpt: 全国学力テストが実施された。生活態度等の質問が以前紹介したものとは少し違うようである。資料として、改めてリンクを貼っておく。以前紹介したものhttp://www.mext.go.jp/b_menu/h...
Weblog: 懐疑主義者のニュース倉庫・別館
Tracked: 2007-04-26 20:11



http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=1828
陰謀論者によれば、こういうのもデッチ上げたったことになるわけで、オーストラリアまでNASAの魔手は伸びていたわけですな…って、陰謀が真実だとすれば、一体、どれほどの人間の口を封じなければならないのか。そんな面倒くさいことするより、月に人類を送った方が遥かに楽です(笑)。
結局、陰謀にかかる費用や手間やリスク。それに見合う効果があるかなど、そういうこと何も考えておらんのですな>陰謀論者。
問題なのは、こういう人が反戦・平和・護憲・人権・環境などを語り、その運動に参加しているということでしょう。9.11テロ自作自演説のきくちゆみなども、その点同様で。
主張が同じならと、こういう方々と手を組むのがアリかナシか、某掲示板で大激論になったことあります。個人的にはナシだと思ってます。そもそも手法そのものが、歴史修正主義的なそれと同じですし、長期的に考えれば運動にとって百害あって一利なしだと。
おお、これは、寡聞にして始めて聞きましたよ。
(アポロの中継って、オーストラリアでやっていたんだ...)
>その運動に参加しているということでしょう。
運動をやるとなると、強い意志や理念を持って、
一定方向へ思いつめる必要があるからでしょう...
わたしの、少ない経験からだけど、トンデモに走る人が出てくるのも、
やむをえないのかな、という気もしています。
(わたしが、運動をやりたくない理由の、ひとつでもあるんだけど...)
>主張が同じならと、こういう方々と手を組むのがアリかナシか、
多分に悩む問題ですねえ...
原則的には、「避けるべし」なんでしょうけど...
でも、運動というものの性質から考えて、そういう人が出てくるのは、
やむをえない感じだし、厳格になりすぎると、仲間が作れなくなるので、
ある程度は妥協せざるをえないのかな、という気もしていますが。
それにしても、「アポロ計画」の政治的批判というと、
加藤氏のサイトにあるようなものが、
スタンダードなのかと、わたしは、思っていましたよ。
(たまたま、わたしが最初に読んだ、政治的批判だったので、
印象が強いだけなのかもしれないけれど。)
「冷戦の産物」「ベトナム戦争から目をそらす」なんて、
反米ポピュリズムなかたたちに、ウケるはずなんだけど...
なぜか、こういう主張はあまり広まらず、ソエジーみたいな、
得体の知れない陰謀論がはやるのは、いかんともしがたいです、はい。