「朝日特集・そこにある貧困」
「朝日特集・そこにある貧困(2)」
「シングルマザーの実像」
「養育費の高い未払い率」
今回はつぎの記事です。貧困の連鎖の問題です。
「母子家庭の困窮 子へ連鎖」
言うまでもないことですが、貧しい家庭の場合、
子どもに習いごとをさせるとか、上の学校に入れたりするといった、
教育的配慮をする経済的余裕がすくなくなります。
つぎのように内閣府の調査を見ると、裕福な家庭の子どもほど
最終学歴が高いという結果が、はっきり現れています。
「家庭の富裕度と学歴展望の関連」
「中学生の最終学歴展望(%)」

これも言うまでもないことですが、一般に学歴が高いほうが、
知識や教養や技術を多く持つことができて、
高収入を得られる職に就く機会も多くなります。
よって高度な教育を受ける機会のすくない貧困家庭の子どもは、
おとなになって社会に出ても、高収入を得られる職に就きにくくて、
貧困層になる可能性が高く、貧困が「連鎖」することになるということです。
朝日の記事には
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パートで働いていた母に負担をかけまいと、定時制高校を選んだ。
卒業後も正社員の仕事は見つからず、パン工場でアルバイトを始めた。
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という例がしめされています。
貧困が連鎖すると、いわば「階級」が固定されることになり、
階級社会が進行することになります。
産まれによって階級が定まることは、いちじるしい機会の不平等であり、
とうてい好ましくないことです。
貧困の連鎖を防ぐためにも、貧困家庭の支援は重要になるということです。
それでも「現在の日本には貧困の連鎖は存在しない、
だれでも努力すればそれなりの暮らしができるようになる」
なんて素朴に信じている人は、多いのかもしれないです。
高度経済成長期的な「働けばかならず暮らしがよくなる」信仰も
いまもってかなり根強いようですからね。
OECDの統計を見せても「それは相対的貧困率にすぎない、
路上生活者がいないのだから、日本の貧困はたいしたことない」
などと言って、貧困の存在を否認する人もいるくらいです。
路上生活などしていなくても、経済的理由で習いごとができないとか、
上の大学に行けない子なんていくらでもいるのですがね。
「屋根のついた家に定住していれば、生活が安定しているはず」というのも、
55年体制時代的な「総中流」意識かもしれないです。