ややむかしの記事になって恐縮だけれど、
2月16日の北海道新聞に、選択別姓の記事があります。
生活欄の特集で、2ページにわたって、大きく取り上げられています。
「民法改正 賛否が拮抗」「自分の姓 なぜ選べぬ」
はじめに、これまでの世論調査における、民法改正の賛否の、
(1月の調査のQ11の設問)推移が、グラフでしめされています。
07年1月の世論調査で、賛否が拮抗してしまい、
長勢甚遠法相が「民法改正法案をただちに出す状況ではない」と、
あっさり言ってのけたことも、しかと紹介されています。
特集の1ページめは、「家族のきずな幻想」や、
通称使用のことなど、ありきたりな反対論が紹介されています。
これらに対して、「同姓で家族の一体感が保たれるなら、
いまあるような、家族の悲惨な事件は起きないはず」
「通称使用は、どの範囲まで認めるか、戸籍名とはなにかなど、
かえって問題が煩雑になる」など、オーソドックスな反論が示されています。
ほかに、「公務員や大企業の正社員は通称が使いやすく、
非正規社員や、中小企業の社員は使いにくいという、格差も出ている」、
「国家が決めた家族像しか認めない、『家族は国のため』という発想」
「成熟した社会は、さまざまな形態を認める社会であるが、
反対論者は、現実の多様性をあえて見ない」といったこともあります。
この反対論への反論のコメントは、札幌青年会議所の森田真未氏、
「別姓を考える会」の樋口典子氏、道情報大の広瀬玲子氏と、
3人もの専門のかたにインタビューをして、充実感がありますよ。
記事には、通称名と戸籍名のふたつの判子を持った、
北海道情報大学の、広瀬玲子教授の写真も、大きく出ています。
それから、「別姓を考える会」は、ご存知のかたも多いであろう、
インターネットでも、おなじみの市民団体ですよ。
(と言っても、わたしが、こちらでいつも書いている、
「ネットの市民団体」とは、まったく別物なので、
おまちがえのないよう注意してくださいね。)
特集の2ページめは、事実婚と通称使用を、
実際になさっているかたが紹介されています。
ひとりめの事実婚のかたは、室蘭市で検査技師をなさっています。
はじめは、婚姻届けを出していたのですが、
自分の名前をなくした喪失感に、ついにたまりかねて、
ペーパー離婚で事実婚に移行しています。
最後に、「安倍首相や高市早苗さんら夫婦別姓反対の急先鋒が
集まっている、今の内閣では絶対無理だと思いますが」と、
はっきり言っているところが、とても小気味いいですね。
わたしも、もちろん同じ意見です。
ふたりめの通称使用のかたは、札幌市の大学職員のかた(たぶん事務職)です。
やはり、判子をふたつ持つなど、ある程度の煩雑さはあるようです。
むかし、娘に「どうして、そんな面倒なことをしているの?」と
訊かれたのですが、「これが自分の名前だから」と話すと、
「へえ、そうなんだ」とすぐに納得したのだそうです。
反対派たちは、「子どもがかわいそうだ」と、
なにかにつけて、子どものことを、脅しの材料に使いますが、
それが根拠のとぼしいことだという、ひとつの事例とも言えるでしょう。
なんできゅうに、この記事を読んだのかと言うと、
こちらの掲示板で知ったのですが、室蘭市の検査技師のかたは、
じつは、むかしのネットでの、わたしのお知り合いだからです。
(高校時代、新聞記事で「かっこいい」と思ったのが、きっかけなのね...)
ペーパー離婚も、夫氏や周囲の理解を得るまで、
かなり苦労していたことも、ある程度わたしは知っていたりします。
世の中、案外せまいものです。
2007年05月04日
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そもそも民法の趣旨は「規制法」なのでしょうか?
世の中にはいろいろな考え方の人がいます。宗教、心情、趣味や生理的な制約など、皆違います。それらが特別公共の福祉に害を与えている事もない場合でも法によって規制を受けると言うのはいかがなものかと思います。
こうなってしまった責任は政治のみにあるとは思いません。お上によって与えられるものを受け取り利用するだけになってしまった我々日本人全体の無責任がいちばんまずいのではないでしょうか。
その結果、結婚と言うプライベートな問題でさへ法の中にその形を押し込めなければできないのです。このGWに渋滞にはまっている事だって、自分で自分の都合に合わせての休みを決められず誰かが勝手に決めた休日を何の考えも無く採用しているからでしょう。
だからこちらのブログのように自らの意見を公開されているのは良い事と思います。(TBいただいた私の記事が映画関係でしたので逆TBは控えさせていただきました。)
わたしのウェブログにコメント、どうもありがとうございます。
家族法は、表向きは、国民の福祉のためとなっていますが、
実際には、特定の家族のありかたの枠組みに、
あてはめようとすることに、使われているようです。
(敗戦後、家族法を定めた男性たちが、彼らの「理想の家族」の、
実現のためにそうしたのだから、当然とも言えるけど。)
選択制にしても害はないですから、反対論者たちは、
虚構の「実害」を作りだして、自分たちの主張を正当化していますね。
よくある、「夫婦別姓で離婚が増える」とか、
「家族が崩壊する」とかいうのが、それなんだけど。
これらは、根拠のないことですが、世間一般の偏見に、
訴えるものなので、なんとなく浸透してしまうのが現実ですね...
国民の責任を言えば、「有権者のレベルにふさわしい政治」
というのは、わたしも、あると思います。
選択別姓を必要とする人は、国民全体の一部ですし、
自分の利害と関係ないことについては、
ことのほか無関心な人が多いですからね...
(日本ポピュリズムの、他者への共感力のなさは、
都知事選のイシハラ圧勝で、如実に現われたと思ったけれど。)
あと、トラックバックは遠慮なさらずに、返していただいても結構ですよ。
無理にとは言わないけれど。
(まちがえて、わたし、別のエントリに送ったかと思っちゃった。(苦笑))