近年の日本では未婚率がどんどん上昇し続けています。
未婚率が上がり始めたのは、男女とも1980年ごろからです。
以降2010年までずっと未婚率の最高記録を更新し続けています。
「年齢別未婚率の推移」
1980年までは未婚率はずっと低いまま一定していました。
50歳の未婚率、すなわち生涯未婚率を見ると、
男女ともほぼ2%以下の水準を維持していると言えます。
「国民皆結婚」と言ってもいいでしょう。
未婚率が話題になると、なぜ最近は高くなっているのか、
ということが取りざたされることが多いと思います。
それよりも「なぜむかしはこんなにも未婚率が低かったのか」を、
考えたほうがいいのではないかと思います。
「結婚しない人がいなかったのはなぜか」ということです。
ここでは直前の過去である、高度経済成長期からバブル時代までの、
「55年体制」の時代について考察してみたいと思います。
(戦前の低い未婚率は、またべつの理由があるでしょう。)
この時代において、「国民皆結婚」を必要としたのは、
男性社員に効率よく働いてもらうためという企業利益があります。
そこで「夫が働き妻は専業主婦で子どもはふたりくらいがよい」
というのを「標準家族」と称して、国民に推奨させたのでした。
「子どもはふたりくらいがよい」のは、子どもがたくさんいるとやかましくて、
父親が家に帰ってきても休めないだろうと考えたことによります。
根拠はないのですが、なぜか信じられ定着していきました。
「妻は専業主婦」というのは、家のことを全部妻の役目にして、
男性が仕事に集中できるようにするようにするという、
性別役割分担のためであることは、言うまでもないでしょう。
このような「国民皆結婚」を実現するためのインセンティブは、
精神面と経済面のふたつを組み合わせたと言えます。
>精神面でのインセンティブ
精神面というのは、上述の「標準家族」を「正しい家族」とか
「理想の家族」と思わせて、「こういう家族を築けば
みんな幸せになれるのですよ」と思わせることです。
このブログでも何度もお話していることですが、
家族思想を国民宗教のようにしたということです。
「信仰としての家族思想」
「信仰としての家族思想(2)」
そうなると、みんな幸せになりたいですから、
「標準家族」を築こうと邁進することになります。
それで「だれでも幸せになれる」と思わされているからです。
こうして結婚がうながされることになり、
結婚しない人がきわめて少なくなることになります。
この「家族教」はとても強固に普及したようで、
無宗教と言われる戦後日本人のこころのよりどころとなったようです。
おそらく後述する経済復興の時代と重なったので、
国民のほとんどだれもが幸せを実感できたので、
「幸せになれたのは標準家族を築いたからだ」という認識が、
定着しやすかったのではないかと、わたしは想像します。
現在でもかかる「家族教」に固執して、「教義」からはずれる家族を
「異端」として排除する人たちが強い力を持っています。
「家族教」の定着力はそれほど強烈ということです。
>経済面でのインセンティブ
経済面というのは、インセンティブを与えるというか、
このような性別役割分担の家族を築かなければ
生活できないような状況にさえするというものです。
ようするに、男性にくらべて女性の経済力をずっと弱くして、
女性は男性と結婚して養ってもらわないと、
暮らしていけないようにするということです。
それに加えて高度経済成長期は、女性にとって結婚は
単に生活のために養ってもらう以上の効果がありました。
このあたりの事情は6月6日エントリでご紹介した、
山田昌弘著『結婚の社会学』を解説した記事で触れています。
「若者が結婚できない理由」
ジェンダー間で経済格差があると、女性の結婚は必然的に
「上昇婚(ハイパーガミー)」、ようは「玉の輿」を求めるようになります。
「自分にとって経済的によりよい生活を与えてくれる
男性といっしょになることを求める」ということです。
高度経済成長期は、国民一般の所得がどんどん増えた時代でした。
息子が父親より収入の多い仕事につくことが容易でした。
これは女性にとっても、自分の父親より収入の多い男性と
結婚する機会がたくさんあったということです。
ようは「女はだれでも玉の輿に乗れる」状況だったのでした。
この「結婚=生活の保証+玉の輿」というのは、
とくに女性にとって「結婚は幸せ」という認識を
実感させたのではないかと、わたしは想像します。
それゆえ女性はみな結婚を求めたし、おかげでさえない男でも
結婚相手を見つけられて、ほとんどの人が結婚したことになります。
戦後の家族思想は、精神面と経済面の両方のインセンティブを
組み合わせるという、きわめて巧妙なものだったと言えます。
(国策で「国民の幸せ」を統制するというのは、
こういうことなのかもしれないですが。)
経済的なインセンティブは、経済成長の鈍化で崩れていきます。
1973年のオイルショックの影響で、低成長時代になると、
女を「玉の輿」に乗せることがむずかしくなり、未婚率が上昇し始めます。
冷戦とバブル経済の崩壊で、「失われた20年」の時代になると、
さらに未婚率の上昇に拍車がかかることになります。
付記1:
太平洋戦争中の「戦時人口政策」も、精神面と経済面の
両方のインセンティブを組み合わせる、巧妙なものでした。
精神面というのは、妊娠や出産についての知識を啓発したり、
「女の幸せは結婚して子どもを産むことだ」と、
学校教育で吹き込むことがありました。
「大政翼賛会の母性の保護」
経済面はかなり高額な子育て手当てのほか、
結婚資金の貸し付けや独身税、家族の医療費、教育費の軽減、
多子家庭への物資の優先配給などがありました。
戦争の後期に敗色が濃くなって経済状況が悪化すると、
これら経済支援は破綻することになります。
付記2の図ですが、原図をみたら物価調整をしない所得の絶対値による分類、つまい円の購買上の価値の変化を無視した分類、なので意味がありません。私が中学生(昭和30年代)の初任給平均は1万3千8百円(そういう歌があったので覚えているのです)でボーナスを入れても年収20万足らずでした。それでも、独身者が小さなアパートを借りて暮らしていくには十分だったのです。
昨日というか深夜、山口さんのコメントを読ませていただいて1万3千8百円という歌、という部分で私、ふと気づいたんですね。元プロ野球・張本勲さんの本にそういう記述があったと。
さっそく本を引っ張り出してその箇所をメモしました。
その13800円というのはフランク永井さんの曲で昭和32年頃の曲。
自分は昭和34年プロに入り1年目月給4万5千円で2年目は月給15万円になった。
だからその当時の月給15万といったら大きな額だった、と。
ただ当時はそのように月給で、たとえ数字を残してもケガで休場が多かった場合は1円もアップしない年もあった。
ところが今は複数年契約というシステムが出てきてケガで長期間休んでも、まったく期待はずれの成績でも契約された大金を必ずもらえる。それが良くない、という言及もあります。
ただ日本の野球選手の技術、活躍が昔より向上しているのは、この部分では、たんぽぽさんが言われるようにインセンティブ。というよりそれ以前の保障が得られている。
保障があるからヤル気、向上心をなくす人もいるようですが、相応の責任感とプレッシャー、保障に見合う活躍をするための働きをしようとする面も大きいかと思います。
もちろん普通の世界で大きな契約金とか前もって大きな年棒を保障されてというケースはなかなかありませんが。
やはり産休、子育てなどの保障面ですが、私も以前自分でコメントしたんですけれど、結局それは企業に体力と資金面の余裕がなければ無理となって結果、公務員、大企業となってしまう現実の壁が厚いですね。
>付記2の図ですが、原図をみたら物価調整をしない
>所得の絶対値による分類、つまい円の購買上の価値の変化を無視した分類、
>なので意味がありません
そうだったのですね。
ご指摘まことにありがとうございます。
購買力のことはいちおう思ったのですが、
分類が「再貧困層」「貧困層」「下流」「中流」...なので、
ちゃんと補正してあるのかと思ってしまったです。
>独身者が小さなアパートを借りて暮らしていくには十分だったのです。
55年体制時代は、妻を専業主婦として養えるだけの
年収がある男性はふつうにあったのでしたね。
いまはそういう男性はずっと少なくなってしまいました。
学生のお話になるけれど、高度経済成長期の学生は、
アルバイトと奨学金で大学に通うのはなんでもなかったけれど、
いまの学生はアルバイト漬けでも、学費と生活費で困窮、
奨学金は返せなくて借金地獄ですね。
この記事を読んだかたの誤解を防ぐために、付記2は削除しておきます。
妥当な図を見つけたら差し替えたいと思います。
削除した図:
https://flic.kr/p/uhiuT8
ほとんど面識のないかたに、そういうコメントは
失礼ではないかと思います。
http://taraxacum.seesaa.net/article/420410136.html