2015年06月24日

mar0006.gif深淵な非もてのサイト

「非もて」のうらみつらみを深淵に書き綴った
とてもすさまじいサイトがあるので、ご紹介したいと思います。
小谷野敦氏がそのむかし『もてない男』という本を書いて、
それに触発されて書いたもののようです。
なのでいまから15年ほど前のものであり、かなり古い記事です。

「限りねぐ一番目に言いてえごどさ近え二番目に言いてえごど」

 
「非もて」の基本メンタリティには
--------
1. 女が自分の意志に反して思い通りにならないことに被害者意識を持つ
2. 女が「資源」として自分に配分されないことに被害者意識を持つ
--------
のふたつがあります。

「非もての精神・思考構造」

上述の深淵な記事の場合、これらはつぎのように表現されています。
恋愛や性が自由になればなるほど、恋愛や性の対象を獲得する能力に
優れた者「だけ」が文字通り「自由に」恋愛や性を謳歌できるようになり、
恋愛や性の対象を獲得する能力に劣った者は、
悉く恋愛や性を享受する「自由」 や「権利」を
実質的には奪われてしまうという意味です

女性の意志が自分の思い通りにならないことを、
「恋愛対象を獲得する能力が劣っている」としているということです。
そして「非もて」男が恋愛対象を「獲得」するために、
女性の自由意志を否定する「自由」や「権利」なるものが
あることを想定しているのですよ。

このあとも、恋愛対象を「獲得」できないことが
いかに甚大な「被害」であるか、そして自分はその恋愛対象を
「獲得」できない状態にあって長年「虐げられてきた」ということを、
繰り替えし書いています。


あげくのはてには、自分がもてないことに対して
「損害賠償」が欲しいという主旨のことを言っていて、
被害者意識を全開させています。

孤独に堪えることでその最も美味しそうなところを封も開けずに
見す見すドブに捨てた多感な青年期が、 当時のときめきに満ちた精神と
瑞々しかった肉体とともに、第二の青春として
「損害賠償」されて戻ってくる訳でもない。

この「損害」の(仮想)加害者はだれなのかと思います。
自分の意志に反して恋愛対象にならなかった女性ですか?
女性が自由意志を持って、自分の思い通りにならないことが、
相当なまでに許せないみたいです。


この深淵な記事は、はからずもこんなことを書いています。
「恋愛差別」というのは、ようは「非もて」が社会的弱者として、
もてない彼らは「差別されている」と考えているということです。

もし、将来、世の中の様々な差別が解決したとしても、
恋愛差別だけは残るでしょう。
「人は皆、その固有の属性(容姿や性格)の如何にかかわらず、
恋愛を享受する権利がある」 ということが、仮に「人権」として
認められるようになったとして、 果たして、その「人権」を全ての個人に
保障する方法なんてあるのでしょうか。
「性の解放」というのは、実は恋愛差別をむしろ助長する
方向なのではないでしょうか。

このくだり、女性の権利が認められるようになると、
女性の自由意志が尊重されて、女性が望まない男性と
交際や結婚をさせられる機会が減るから、
割りを食う「非もて」が出てくると、暗に述べているのですよね。
(本人は自分の書いていることの本質には気がついていないが。)

女性にとってはもてないことより、望まない交際や結婚を
させられることのほうが、往々にして脅威だと思います
人権問題が目指すところは、女性にも意に反した結婚をしない
自由意志を認めることになるでしょう。
結婚して男性に経済的に依存しないでも生きられるよう、
女性が経済力を持つようにしたのは、そのうちのひとつです。




この深淵な記事のかた、2001年2月に結婚しているのですよね。
そして結婚してからは、記事の更新がほとんどなくなっています。
リンクさきはじつはインターネット・アーカイブであり、
いまは本人のサイトにはこの記事はなくなっているみたいです。
結婚したら更新しないとか削除するというのは、ある意味正直だと思います。

記事のかたは国立大学の研究者で著作もあります。
最近の研究者にありがちな「ポスドクたらい回し」の経験もなさそうです。
問題なく「勝ち組」であり「社会的強者」だと思います。
こんな恵まれた人がなにを弱者づらしているんだか、
結婚ぐらいできるでしょというのが、わたしの率直な感想です。

10代、20代のうちは恋愛にひどく苦労したけれど、
30代になったらかつての苦労がうそのように
簡単に相手が見つかるというのは、男性にはままあるらしいです。
そのパターンとも言えるだろうと思います。

ちょっと思ったのは、「非もて」は一時的な状態であって、
本人の努力で変えられない、もしくは変えにくい属性でないということです。
実際ちょっとの努力で「非もて」から脱却はできるし、
深淵な「非もて」サイトのかたは、それを示していると言えます。
よってこの観点からも、「非もて」を「弱者」とか
「被差別者」と見なすのは、当たらないということです。

6月22日エントリのコメント欄で少し触れています。)


深淵な「非もて」のサイトは「後藤文彦の頁」
むかしネットで本多勝一批判を展開した「本多批判派」のひとりです。
何回かわたしのブログで話題にしたことがあります。

「女性参加者への優遇措置」
「女性参加者への優遇措置(2)」

「補完代替医療の研究(2)」
「左右共闘国民戦線?(3)」
「よそらい」
「田中宇の国際情勢解説」

posted by たんぽぽ at 22:58 | Comment(5) | TrackBack(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
たんぽぽさん。
別の角度から素朴に考えた場合、世の中がいくら変化しても、だいたい産まれている男女は半々で日本は一夫多妻制ではありませんから、結婚しない男の数だけ結婚しない女性がいることになりますね。

昔、ジョーク集のような本に「結婚はゴキブリホイホイと同じ。中に入っている者は脱出したくて仕方ない。外にいる者は入りたがるがどうも中の様子を感じとると入らないほうが利口と考える」というのがありました。
極端すぎるたとえですが、でも、結婚は人生の墓場とか結婚は人生の欠損という言葉があるから、かなり昔から結婚に悲観的、否定的な思考はあったんですね。

モテない男の意味不明な被害者意識や八つ当たりは、自分が異性と深い関係になりたくないと選択しているのでなく、望んでいるのに得られないことの苛立ちでしょうね。
他のことでも強く望んでいるから、努力しているからといって得られるとは限らない。逆に得られないことは永遠でなく、得たからといって自分が捨てない限りキープできると考えるのはおかしいんで、すごく基本的なところで間違えているんですよね。
Posted by ヒラリー at 2015年06月25日 23:56
たんぽぽ様。
リンク先、ざざっと読みました。

結構面白かった部分もあったんですけどね、寅さんの件とか。
なんつーか、わざわざひねくれて観てみると、あぁいうふうに観えるんだな、と思いながらニヤニヤしてしまったり。

ただまぁひとつ言っておきたいのは、
「寅さんは恋愛下手ではあっても、非モテではないぞ」
と。

いろいろ違和感があったんですね、読んでいて。
で、結局は上記の文言に尽きるかなと。
つまり筆者は恋愛下手と非モテを混同しているんじゃないかなと。

勇気が出なくて相手に告白できないということは、そりゃあるでしょう。それがコミュニケーションスキルとなんら、関係がないこともまぁ、一面事実でしょう。
でも、勇気がなくて告白できないのは、ほかの誰でもない自分の問題な訳ですよね。それをできないってあきらめていれば、そりゃあ恋愛にまで辿り着けるわけがないでしょ。
そんなもの、差別でもないし、損害でもない。

筆者は最終的には結婚しているわけですが、それが恋愛の末か、はたまた上司に勧められた断れないお見合いかはわかりませんが、更新をとめたということは、思うところがあったんでしょうね。

それにしても、非モテの言うところの恋愛ってなんなんでしょうね。
分配のなんのと、相手は誰でもいいのかな?
恋すらしたことがないんだろうな、そういう人たちって。
Posted by aka21 at 2015年06月26日 20:06
一時期はてな界隈で流行っていた非もてブログとかにすごくイライラしたり、今でも非もてと会話すると腹が立つんですが、その理由が解りました。

このブログは、別段攻撃的ではなく、むしろ、内省的ですね、それでも、いや、それだからこそ余計に腹が立つのは、「差別」だとか「人権」だとか、まるで自分たちが
社会的被害者みたいじゃないですか、なんて傲慢な!と。
非もては、人種や国籍や障害など己の責任ではいかんともしがたい属性でもなんでもなく、一時的な状態にすぎません。
黒人に白人になれ、とか、同性愛者に異性を好きになれ、といってもそれは不可能です、けれど、非もてはちょっとしたことを変えれば彼らの言うモテに簡単になるんです。
実際、この方だって結婚されたんですよね。
また、非もであることによって、一体どんな社会的差別を受けているんですかね?
恋愛経験が無いから就職できないとか、二十歳過ぎても選挙権が与えられないとか、非もて賃金法とかあって法定賃金の半額しか支給されないとかあるんですか?
例えば同性愛者の人は、日本ではいまだに愛する同性との結婚が認められていませんよね?
でも、非もてには結婚する権利はいくらでも認められているじゃないですか。

実際に差別され権利が侵害されている立場の人たちの痛みや苦しみに対して、あまりにも無神経だな、と思うんですよ。

な〜にが、恋愛差別だ、アホかと。

 …ただ、このブログの人にしても、本来頭の悪い人ではないと思うんですよね。
実際、研究者で著作も何冊か出されているようで。
そういう人が、これだけおバカなことを書いてしまうってことは、恋愛欲っていうものが、思った以上に本能に根ざしているのかなあとも思えます。
 頭の良い人だから、かも知れませんね。
「カノジョ、ほしいなあ」とか「恋人居なくて寂しい」だけで終わればよいものを、なんだかんだと無駄な理屈をつけちゃうのは。

 ただ、今回はたんぽぽさんにひとつ反論(というほどでもないですが^_^;)

>「性の解放」というのは、実は恋愛差別をむしろ助長する
方向なのではないでしょうか。


>このくだり、女性の権利が認められるようになると、
女性の自由意志が尊重されて、女性が望まない男性と
交際や結婚をさせられる機会が減るから、
割りを食う「非もて」が出てくると、暗に述べているのですよね。
 
 そうとも言えるんですけど。
 実は最近、女性でこれに近いことを言っていた人がいたんです。

「昔みたいに『長男だから』とかで周りが紹介してくれた時代のほうが良かったのかもしれないわね」と。
私は、それは違う、と反論したんですが(むしろ、女性の権利を侵害すると)。
その人は同年代で独身の女性ですが、普段の会話から推測するに、若い頃、あまり恋愛経験が無かったようなんですね。
で、2-30代の頃、いくつかお見合い話はあって、実際にお見合いした男性も居たそうですが、結果は…で、現在に至ると。
多分、お見合いが中心の時代だったら、いかにも恋愛市場で残った、それこそキモいおっさんばかりじゃなくて、そこそこの男性がいたんじゃないか、ということを言いたかったのかなあと。
Posted by イカフライ at 2015年06月26日 23:11
aka21さま、このエントリにコメントありがとうございます。

>リンク先、ざざっと読みました

おお、ご覧になったのですね。

>寅さんの件とか。
>なんつーか、わざわざひねくれて観てみると、あぁいうふうに観えるんだな、

そこは笑えるところかもしれないですね。
わたしにとっては説明なしに理解できることが、
ぜんぜん理解できないみたいなのですよね。
「もてない自分は被害者」という結論がさきにあって、
それに合わせた解釈をするので、おかしくなるのでしょう。

>「寅さんは恋愛下手ではあっても、非モテではないぞ」

そうそう、寅さんを「非もて」に入れてはだめですよね。
寅さんはもてないのを他人や社会のせいにしてないですし、
相手のことを考えてはいるでしょうし。

「もてる」という概念があいまいで幅広いので、
このあたりを混同させているのもあるのだと思います。


>勇気がなくて告白できないのは、ほかの誰でもない自分の問題な訳ですよね

告白に勇気がいるのは、だれだってそうだと思います。
多分に自分がかわいい人みたいなので、
ようは自分が傷つきたくないのだろうと思いますが。

こんなことで自分は差別されているとか、
損害を受けているなんて、被害者意識を全開にできるのは、
どれだけ恵まれた社会的強者なのかと思いますよ。


>非モテの言うところの恋愛ってなんなんでしょうね

相手のことはたいして考えてなくて、
相手から自分がなにかしてもらって、
自分が満たされることばかり考えているのだと思います。
http://bit.ly/1SRia1h

相手を好きになるのではなく、自分がかわいいだけなのでしょう。
「非もては恋愛したことがないのではないか?」と
思うかたがいるのは、こういうことだろうと思います。
Posted by たんぽぽ at 2015年06月27日 10:28
イカフライさま、このエントリにコメントありがとうございます。

たぶんわたしも、イカフライさまとおなじような
いらだちを感じていると思います。

>別段攻撃的ではなく、むしろ、内省的ですね、

それでも自分がなにかしてもらうことばかり考えて、
相手の女性の気持ちや都合をぜんぜん顧みないとか、
「女は強姦まがいの告白で落ちやすい」などと書いていたりして、
「非もて」に特有の差別的で気持ち悪いところはしっかりありますね。


>「差別」だとか「人権」だとか、まるで自分たちが
>社会的被害者みたいじゃないですか、なんて傲慢な!と。

ぜんぜん弱者でも被差別者でもないどころか、
既得権を失った社会的強者で、むしろ差別構造の加害者であるくらいなのに、
なにを被害者意識全開になっているのかと思いますよ。

この程度のことが人生最大の不幸だったり、
声を大にして被害者づらしていられるというのは、
それだけ社会的強者であるということだと思います。


>このブログの人にしても、本来頭の悪い人ではないと思うんですよね

お勉強はよくできる人なのだろうと思いますよ。
(このエントリの最後でいくつかリンクしたけれど、
結構問題含みの思想の持ち主でもあるようですが。)
なまじ賢いから自分が「非もて」であることは被害者だという
理屈を作ってしまえるのではないかと思います。


>実は最近、女性でこれに近いことを言っていた人がいたんです。
>「昔みたいに『長男だから』とかで周りが紹介してくれた
>時代のほうが良かったのかもしれないわね」と。

女性でも一部には、旧時代の社会構造に乗っかって
疑問も不満もない人であれば、そういうこともあるでしょうね。
それはどんな差別問題でも、出てくる人だと思います。

旧時代の女性の結婚は、「生活の安定+玉の輿」だったので、
ほとんどどんな男でも(いまならきもいおっさんの予備軍に
なるような男でも)それなりによさげに見える、
ということだったのかもしれないです。

>普段の会話から推測するに、若い頃、あまり恋愛経験が無かったようなんですね。

男性にありがちなことが、特例的に女性に見られた、
ということはありそうですね。
Posted by たんぽぽ at 2015年06月27日 10:30
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