2015年07月11日

mar0006.gif所沢市長が三歳児神話(2)

7月8日エントリでお話した、埼玉の所沢市長が
「上の子を退園させる」という待機児童対策を正当化するために、
「三歳児神話」を持ち出したお話の続き。

http://www.j-cast.com/tv/2015/06/26238754.html
所沢市長は「子どもが保育園にいたいと思っているか
どうかというと、そうではない。子どもに聞けば、
お母さんと過ごしたいと言うだろう」と話す。

 
このような科学的根拠のないことが主張される理由は、
とくに家族やジェンダーについての規範に関して
「生物学的」と言い出す人の相場として、自分の信奉する
道徳やイデオロギーの正当化をしたいから、ということになるでしょう。

「生物学的と言い出す人」

ジョン・ケネルとマーシャル・クラウスによる
「母と子のきずな」が受け入れられた背景にも、
「家庭に入り子どもを育てるのが女の役目」という
家族・ジェンダー観を信じたい人たちが多かったので、
それを正当化できた、ということがあります。

「行間を読む 9 <根強い「きずな」幻想>」
ボンディング研究がなぜこれほど「熱心に広く受け入れられたか
最も有効な理由」として、女性には女性のふさわしい役割があるとする
考え方が社会に根強く存在していたことを挙げています。

とりわけ、ピューリタンの教義では、「女性は家にいて
家庭を守る高潔な『守護天使』」であり、「女性の居場所は家であり、
行い正しい子どもを育てるのが役目」というものです。

そういう考え方の広がりは、アメリカの母乳推進運動の背景にある、
伝統主義的なキリスト教徒家族運動とも重なり合うものでしょう。

このような家族・ジェンダー観は、日本で「伝統的な家族」を
主張する人たちも、同じものを共有しています。
それゆえ「三歳児神話」や「母性神話」は、
現在の日本でも信奉者を獲得しているし、今回の所沢市長のように
それを表明する人もときおり出てくるということです。


規範に対して「科学的」を装うのは、彼らの信奉する規範を
「正しいありかた」としてすべての人に従わせやすくなるからです。
道徳やイデオロギーのままだと、個人的な信条とされて
他者に押し付けにくいが、「科学的根拠がある」と言えば、
反論しにくくなって押し付けやすくなるからです。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/ogawatamaka/20150619-00046820/
「行政から『正しい母親像』を強要されたと感じる方は
多いのではないでしょうか。『日本の伝統的な良き家庭像』に固執するがあまり、
今、現実の私たち母親の姿を見失っているように感じました。

それではあなたは、一方的に「保育園育ち=かわいそう」と決めつけられる
子どもの気持ちを考えたことがあるのかと聞きたい。


所沢の待機児童問題に関しては、「子どものため」を言うなら、
きゅうに退園させられるほうが悪影響だと思います。
いままで通い慣れた保育園や、仲良くしていたおともだちや
保育士のかたときゅうにわかれることになります。
突然の環境の変化は、おとなだけでなく子どもにとっても
ストレスになることは、言うまでもないだろうと思います。

http://www.j-cast.com/tv/2015/06/26238754.html
所沢市からおととい24日に6月いっぱいで退園の通知を受けとった母親は、
「あまりに急」と戸惑いを隠せない。退園する上の子は2歳半だという。
「説明しても、子どもは理解できないでいます。かわいそうで不安です」という。

http://www.saitama-np.co.jp/news/2015/05/25/08.html
保育士は「1、2歳児クラスも1年間同じ仲間と
生活を共にすることで互いに学び合い、育ち合っている。
年度途中で何人も仲間が入れ替わってしまっては
集団の育ち合いが保障できない」と指摘。


posted by たんぽぽ at 20:12 | Comment(1) | TrackBack(0) | 疑似科学(にせ科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
たんぽぽさん。
子供をつくり育てやすい社会になっていないことの要因として、そういうこと以前に保育所の建設反対とか、保育所の騒音は違法というクレーマーが存在する問題があります。
不動産価値が下がるとの言及まであるとか。
そういう人々が論理など無関係で幼い子は親元で育つのがいいんですと便乗している可能性もありますね。

私はある保守系議員に「保育所建設反対とか子供の声を騒音扱いにして違法だとクレームしてるのは誰なんです?」と尋ねてみたことがあります。
もちろん個人情報があるから詳しく言えるはずもなく、いろいろな考えの人がいますからねえ、と苦笑するだけでしたが。
ところがどういうわけかメディアにしても市民団体などにしても、国や行政に文句を言うばかりで、保育所建設反対者や子供の声騒音扱いのクレーマーを批判しません。
こういった自分本意で社会において子供を育てるとまでの意識を持てとは言わないまでも勝手なクレームをやめさせるべきと思います。
彼らにしてみると、私の幸福権はどうなるんだと言い出しそうで個人の尊重を履き違えている頭のおかしい人間をなんとかしないといけませんね。
Posted by ヒラリー at 2015年07月11日 23:59
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