なぜ間違いだとすぐにわかったかですが、
8月21日の毎日新聞で紹介されたことがきっかけだったようです。
「「妊娠しやすさ」グラフはいかにして高校保健・副教材になったのか」
同日、毎日新聞から「文科省:妊娠しやすさと年齢、
副教材に 高校生向けに作製」(8月21日 毎日新聞)
(最終確認日:20150907)の報道があり、
22歳をピークとしたグラフが映り込んだ写真も掲載された。
これが問題の毎日新聞の記事です。
「文科省:妊娠しやすさと年齢、副教材に 高校生向けに作製」
(はてなブックマーク)
この記事につぎの写真が掲載されています。
例の「22歳妊娠適齢説」の図が出ているページが写してあり、
図に書き添えてある出典まで読むことができたのでした。
この写真を新聞記事に載せたことが、命運を定めたことになりそうです。
「記事にはグラフの写真が載っていたような気がする」と私は思い、
小さな写真からかろうじて、出典らしき文字を読みとった。
グーグルの検索窓に、判読できた部分を入れてみる。
なんとか人口学者オコナー氏の1998年の論文(O’Connor et al. 1998)に
たどりつくが、同じグラフは載っていなかった。
なぜこの「22歳妊娠適齢説」の図のページを写真に選んだのか、
だれがこのページに決めたのか(新聞社なのか、有村大臣なのか
産婦人科関係の団体なのか)は、わからないです。
副教材を作成した側としては、目玉の図ではあったようです。
それからの展開は早かったです。
2日後の8月23日には、副教材に載った図はどこから採られたのか、
ほかはどこで使われているのかを調べたエントリが書かれます。
「「妊娠のしやすさ」をめぐるデータ・ロンダリングの過程」
(はてなブックマーク)
8月24日にはオコナーの論文の図の縦軸である
「みかけの受胎確率」の意味を解説するエントリが書かれます。
「【第1089回】 締め切り過ぎ仕事の続き」
(はてなブックマーク)
8月25日には、副教材の図とオコナーの論文の図とで
曲線のかたちが違っていたことが、新聞記事になります。
「文科省:妊娠副教材で誤った数値掲載」
(はてなブックマーク)
9月4日には「22歳妊娠適齢説」の図とオコナーの論文の図とで
縦軸の意味が違っていたことが、新聞記事になります。
「保健副教材:「妊娠しやすさ」訂正後のグラフにも問題」
この件に関して多くのかたがすぐに懸念することは、
専門家への信頼にかかわる深刻な事態になりかねないことでしょう。
「22歳妊娠適齢説」の図は、産婦人科関係者のあいだで、
長いこと使われてきたものであり、専門家たちのあいだで
ずっと間違いに気づかれずにきたからです。
この件、科学者に対する信頼を損ないかねない問題だと思ってるので、これを「科学的・医学的に正しい知識」だと啓蒙してもかまわないと主張する専門家の方々には、ぜひ説得力ある説明をしてもらいたい(できないならそのことを認めてほしい)
— ぱれあな (@pollyanna_y) 2015, 9月 13
また専門家といえども、特定の利害関係や政治的思惑があれば、
バイアスがかかった主張やおかしな主張を展開することもあるという、
ひとつの例にもなっていると言えます。
http://synodos.jp/education/15125
これは、「有識者」の位置が利害関係者によって占められた場合には、
政策誘導がたやすく行われるということでもある。
今回は、この事例ではないだろうか。
(ここでの「バイアス」とは、9月28日エントリで触れたような、
産婦人科関係者の家族やジェンダーに関するスタンスや、
知識が不足していて、妊娠適齢期を過ぎて子どもを持ちたい希望が
かなわなくなるかたに多く直面する現実だろうと思います。)
ところが図が間違いだとしめしたのも、べつの専門家たちでした。
この件は、文献を調査するだけだったこともあって、
わずか4日しかかかっていないです。
おかしなデータや主張は、あっというまに検証され反証される
ということであり、そう考えると学術の世界は
なかなかシビアだと言えるのではないかと思います。
一般に専門家は、イデオロギーや特定の利害とは無関係です。
それゆえ感情的バイアスや、特定の利益に引きずられることなく、
純粋に学術探究に専念できる状態にあります。
また一般的に専門家は、学術探究に誠実であるべきという
良識やモラルを持っていることが通常です。
かくして専門家の世界では、「とんでも学説」が長生きすることは、
めったにないことになり、専門家というのはおおむね
信頼してよいのだというゆえんになります。
イデオロギーや政治的思惑によって動く人たちとの大きな違いです。
「22歳妊娠適齢説」の件は、産婦人科関係者の多くが
間違ったデータを長いこと信用していたこともあって、
専門家に対する信頼が揺らぐことを問題視する意見が、
あちこちを見ていると多いようです。
これはもちろんそうだし、とても大事なことだと思います。
わたしはむしろ、図の検証が早かったことをもって、
専門家の世界では、間違いはすぐに反証され訂正されるという、
学術の世界のシビアさをあらためてしめした
例になっているということを、指摘したいと思います。