2015年12月07日

toujyouka016.jpg 自分のことを棚に上げて…

自分は「身内のかばい合い」をたくさんしているのに、
他人の「身内のかばい合い」を批判するかたたちがいます。
こういうもろに「自分のことを棚に上げる人」は、実際にいるのですね。

「自分は「身内のかばい合い」をしていても、
他人の「身内のかばい合い」は批判できる人」


 



「頓服パラ子」が「身内のかばい合い」批判を展開しています。
そういう「身内のかばい合い」は、「えぼり」とその「お仲間」たちが
さんざんやってきたことに、ほかならないです。

「党派性に対する批判が意味不明?」

アメーバブログの機能を利用して、誰が書いたかわからないようにして、
わたしを誹謗中傷するブログを、「えぼり」は運営したことがありました。
この誹謗中傷ブログを、「お仲間」たちでせっせと擁護したのでした。

「匿名の後ろに隠れた安全な場所からの誹謗中傷(簡易ver.)」
「匿名性に隠れた誹謗中傷」
「匿名性に隠れた誹謗中傷(2)」
「匿名性に隠れた誹謗中傷(3)」

「水伝騒動」のとき「えぼり」が運営していた誹謗中傷ブログの新着コメント欄  http://bit.ly/1RPZtsv  (2/22)
「水伝騒動」のとき「えぼり」が運営していた誹謗中傷ブログの新着コメント欄  http://bit.ly/1RPZtsv  (5/22)


わたしが誹謗中傷ブログのことをツイートしたら、
「えぼり」はブログを閉鎖したのですが、
「閉鎖の理由」と称して、またわたしの誹謗中傷をしたのでした。
このときも「お仲間」は「えぼり」の擁護をしていました

それから約2ヶ月後、医学書院の「かんかん」から
「えぼり」のところにブログの執筆依頼がありました。
新しく始めたブログのコメント欄に、誹謗中傷ブログについて
問い合わせがあったのですが、「えぼり」はこの問い合わせを無視して
問い合わせたかたとわたしのことを誹謗中傷します。

そして前にブログを閉鎖した理由を
ころっと変えって「言いわけ」したのでした。
この「言いわけの変化」はとても見え透いているのですが、
それでも「お仲間」たちは「えぼり」の擁護です。


この誹謗中傷ブログやその後の一連のことで
「えぼり」を擁護する「お仲間」はあとを絶たないのでした。
例えば「うらやましいのとねたみで粘着している」などと
勝手にすり替えて、誹謗中傷する「お仲間」もいます。

「誹謗中傷の記録が意味不明?」
「誹謗中傷の記録が意味不明?(2)」



擁護した中には「頓服パラ子」もいるのですよね。
自分が批判している「身内のかばい合い」を、自分でもしていたわけです。

「手あかの付いた匿名の議論」




>ミソジニー呼ばわり

「頓服パラ子」自身、「おかしなこと」を言ったとき、
「お仲間」からかばってもらったことがあります。

「ミソジニー呼ばわりされた」
「内部批判と人間関係の維持」

「頓服パラ子」が自分でツイートした写真に、
わたしはブックマークを入れただけなのに、
「頓服パラ子」はわたしのことを「ミソジニーだ」「ストーカーだ」と、
人聞きの悪い言いがかりを言ったのでした。
それを「お仲間」から同調してもらったのでした。

この「ミソジニー」呼ばわりの件では、「おかしなことを
言っているのにだれも批判しない」という批判も出ていました。
じつはこれが「「身内にはだんまりかよ」って謗りを
敢えて引き受けてだんまりを通すくらいが誠実な姿勢の限度」
ということの、「実践」なのかもしれないです。

「自分で公開した写真をブックマークしたら「ミソジニー」と言われた」
「晒し目的」はまあともかく、どこがミソジニーなのかと。
突っ込んでくれるお仲間が居ないようならそっちの質もたかが知れていますね。
まあ、ブログの非公開コメントを利用した陰湿なことを
やっていたクズと仲がおよろしい時点でお察しですが。




>緊急避妊薬

「みみず」というフェミニストが「緊急避妊薬に強い副作用がある」
という、おかしな主張をしたことがありました。

「緊急避妊薬に強い副作用?」
「緊急避妊薬と性の自己決定権」

このとき「みみず」の「お仲間」で医療従事者の「えぼり」が、
「みみず」を批判した人もネカマだと思うと言って、
いっしょにに批判者叩きをすることで、「みみず」を擁護したのでした。
これも「仲間の人をかばうため、間違った説に無理矢理な
説明を付けて納得してく」うちになるでしょう。

「あれもネカマだと思ってる」
「あれもネカマだと思ってる(2)」



>まとめ

「頓服パラ子」やその「お仲間」たちこそ、「仲間の人をかばうため、
間違った説に無理矢理な説明を付けて納得」したり、
「無理矢理な説明を付ける事で理解のあるわたしを演出」することを、
さんざんやっているということです。

彼女たちは自分で言っているように「最終的には病ん」じゃったり、
「仲間以外の信用を落としてく」ことになったでしょうか?
すでにそうなったので、自戒を込めてそう言っているのでしょうか?
自分たちだけはそうならないと思っているのでしょうか?


あきらかなのは、自分たちは「身内のかばい合い」をしても、
他人の「身内のかばい合い」は批判できるということです。
こういう息をするように平然と
自分のことを棚に上げられる人は、本当にいるのですね。

「身内のかばい合いをするな、せめて黙っていろ」なんて
「黒猫亭」も熱弁するのなら、眼の前いる「頓服パラ子」と
その「お仲間」たちに言えばいいのだと思います。

あるいは自分たちの「身内のかばい合い」を批判しないのも、
「身内を攻撃したくないのは人情だし攻撃出来ない
都合だってある」とか「仲間が変なことを言ったら
せめて黙っておけばいい」のうちなのでしょうか?




posted by たんぽぽ at 23:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | ウェブサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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