2016年02月01日

mar0006.gifいつわりの伝統と過去の美化

1月31日エントリの続き。「いつわりの伝統論」についてです。

「それホンモノ? 「良き伝統」の正体」
(はてなブックマーク)

「いつわりの伝統」の主張や捏造する人たちの特徴として、
現状に対する不満があって、そこからの逃避のために、
過去を美化していることがあると思います。

現状への不満に対して、スケープゴートを作って転嫁するのが
「陰謀論」「陰謀史観」であり、美化された過去に逃避するのが
「いつわりの伝統論」になると言えます。

 
毎日の記事に出ている「江戸しぐさ」を捏造した人も、
当時の日本のモラルやマナーは低下していると信じていて、
当時の現状に対する強い不満があったのでした。
その逃避先として「美化された過去」を捏造したことになるでしょう。

「江戸しぐさ」を創作したのは高校教員や雑誌編集長を
務めたとされる芝三光(しばみつあきら)さん(99年死去)。
彼は日本人や社会のモラル低下を嘆いていた。
現状を否定し「昔は良かった」とばかり「ユートピア」を過去に求めた結果、
道徳が優れている「想像上の江戸時代の人々の風習=江戸しぐさ」を生んだ。

「いつわりの伝統」は過去を美化するので、
「むかしはよかった」という幻想と親和性があります。
そして「むかしはよかった」という考えを突き進んでいくと、
先人たちの努力によって改善されたものまで
もとからよかったかのように錯覚するようになります。

「『昔は良かった』という考えがクセもの。
この考えに従うと『今ある良いものは昔からあったはずだし、
昔はさらに良かったはずだ』との考えに陥りやすい。
だから『日本人の道徳・マナーは昔から優れていた』と考えてしまう。
『戦後日本から道徳やモラル、公の心が失われた』と言う人は
戦前を評価する傾向にあるが、これも同じ。
本当にそう言えるのでしょうか」

さらに「自分たちは実はむかしから優れていたのだ」と
考えることになり、ひいては選民意識に陥ることにもなります。
「とんでも」は危険思想に陥ることが少なくないですが、
「いつわりの伝統」「むかしはよかった」幻想も同様ということです。

「怖いのは、そうした過去を忘れ、今あるものを『これが日本の伝統だ』
『昔からそうだった』、そして『だから日本人は昔から優れていた』と思い込むこと。
これは非合理的な思考だし、他国を見下す思想につながる。
近ごろはそんな風潮が広がっているようで心配です……」


選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)や、家族思想信仰の信者が
現状に対して持っている不満は、家族のありかたの多様化、
とくに選択的夫婦別姓の導入への要望にほかならないです。

彼らは家族思想信仰が急速に普及していった高度経済成長期を、
「だれもが幸せだった時代」と考える可能性があります。
この時代は女性に食いぶちがなく、不本意でも男性と結婚しないと
生活できなかったという犠牲はあるのですが、
彼らはそうした陰の歴史は眼に入らないでしょう。

「未婚率が低かった時代」

夫婦同姓の強制は日本の伝統だと信じている人たちも、
「むかしはよかった」と過去を美化する可能性はあるわけです。
選択的夫婦別姓を認めないことで、国際的立ち遅れが自明となっても
まったく状況を改善しようとしないのは、
美化された過去の維持に酔っていることもあるのかもしれないです。

「むかしはよかった」幻想は選民意識に発展することがありますから、
名字のことで日本がガラパゴスを続けていることを、
「同姓強制を維持する日本は優れている」などと、
倒錯したことさえ考えているかもしれないです。


毎日の記事の前半に出ている、マナーやモラルのことは、
「むかしはよかった」論者がよく引き合いに出すことだと思います。
「いまはモラルが低下している、むかしはこんなによかった」という論調です。
次の記事にもっと詳しく書いてありますが、
むかしこそマナーやモラルがひどかったのでした。

「「昔はよかった」は本当か? 戦前の日本人のマナーがひどかった!」
(はてなブックマーク)


さらに大事なのは、マナーやモラルは先人たちが苦労して
向上させたものであって、自然と改善したのではないことです。
もとから日本人のマナーやモラルがよかったかのように考える
「むかしはよかった」論者は、こうした先人たちの努力を
否定し冒涜していることにもなるでしょう。

日本の駅で当たり前になっている「整列乗車」が生まれたのも戦後である。
東京では47年ごろ、営団地下鉄(現東京メトロ)渋谷駅が最初らしい。
駅長や駅員が整列乗車を訴えるプラカードを首から下げ、
並び方を指導したのが始まりだ。

銀行やスーパー、コンビニなどでも客に並んでもらうためにロ
ープを張る、床にテープで線を引く、といった工夫をしてきた。
街も、東京など各自治体が罰金・罰則を設けたり、「美化デー」を設けて
清掃活動に力を入れたりしたことで清潔になっていった。


毎日の記事の最初のほうの次の問いかけは、どうかな?と思います。
「むかしはよかった」幻想は、いやなことは忘れやすいゆえに
記憶や歴史は美化されやすいという心理効果によるので、
いつの時代のどこの社会にもあり得るからです。

このように最近は、新しく、ウソに近い「伝統」が
やたらと強調されている気がするのだが……。

現状に対する不満を、美化した過去に逃避することで
解決しようとする人は、日本でもむかしからいたのでした。
http://ddnavi.com/news/174997/a/
大正時代には東大の教授が“第一次世界大戦の終結後から
道徳心が低下している”と著書で嘆き、明治時代には貴族院議員が
“明治維新以降、日本人の道徳は破綻してしまった”と
述べていることからもわかるように、

現代に特有の事情があるとしたら、「いつわりの伝統」論や
「むかしはよかった」幻想は、選民意識に発展しやすいので、
きょうびの排外主義や国粋主義と親和性がよく
おたがいを強化しやすいことはあるかもしれないです。



付記:

「むかしはよかった」幻想といえば、過去に取り上げたものとしては、
3年前の瀬戸内寂聴氏の「戦争中のほうがまし」発言がありました。

「戦争中のほうがまし?」

人格攻撃ばりばりの民主党支持者「ポルフィ」も、
「1980年代はよかった」なんて言っていたのでした。
小沢一郎に対する強い不満があって、その逃避先として、
過去へのノスタルジーに浸っていることは明らかです。

「むかしはよくなかった」
「自分の不幸は小沢のせいだ」

こうしてみると、「むかしはよかった」幻想は、
かならずしも保守的な人や右寄りの人だけのものとは限らず、
根が深いものがあると思います。

posted by たんぽぽ at 23:18 | Comment(4) | TrackBack(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
はてなブックマークにリンクしてある本と、「怒る、日本文化論」という本を読めば、昔はよかったというのがただの幻想であることがよくわかります。
Posted by voldemort at 2016年02月04日 21:55
voldemortさま、いらっしゃいませ。
このエントリにコメントありがとうございます。

>「怒る、日本文化論」という本

この本ですね。
http://amzn.to/1PkucNB
http://pmazzarino.web.fc2.com/liner_okoru.html

この著者、「反社会学講座」のかたなのですね。
(このサイト、聞いたことはある。)
http://pmazzarino.web.fc2.com/
Posted by たんぽぽ at 2016年02月04日 23:08
https://www.youtube.com/watch?v=eozBRE0ZTZQ
この動画もおすすめです。
「昔のマナーがよかったと言ってるのは、どこのどいつなんだ。」って言いたくなります。
Posted by voldemort at 2016年02月07日 10:47
voldemortさま、またまたコメントありがとうございます。

>https://www.youtube.com/watch?v=eozBRE0ZTZQ

ご紹介ありがとうございます。
まさにわたしがエントリでリンクした記事にあることと、
同じことが出ていますね。
当時としては「いかにも」「どこにでもあること」だったのでしょうね。

マナー改善のために自治体がみずから動画を作るというのが、
いかに状況が深刻だったかを示していると思います。
こういう画像や動画、探せばまだまだありそうですね。
Posted by たんぽぽ at 2016年02月07日 21:14
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