日本の未婚男性の不幸感が飛び抜けて高いことについての記事があります。
「未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会」
(はてなブックマーク)
これは著者のブログ「データえっせい」でも記事になったことがあるし、
わたしのこのブログで取り上げたことがあります。
今回もう一度見てみることにします。(1年近く経って情報も増えたし。)
「中高年未婚者の不幸感」
「日本の未婚男性の不幸感」
データはこちらで『第6回世界価値観調査』をもとにしています。
「あまり幸福でない」「まったく幸福でない」と答えたかたは
日本の未婚男性が飛び抜けて多くなっています。
ほとんどどこの国も不幸感は「未婚>既婚」「男性>女性」ですが、
日本の未婚男性の不幸感の高さはきわ立っているということです。
日本とジェンダー事情が似ている韓国は、
未婚男性の不幸感はきわだってはおらず、アメリカ合衆国や
ドイツよりも不幸感のあるかたは少ないくらいです。
日本の未婚男性の不幸感については、日本だけにある
特殊事情を考える必要があることになります。
原因として、わたしは高度経済成長期に浸透した、
「家族思想」に対する「信仰」があると考えています。
「男は専業主婦の妻とふたりくらいの子どもを持つとしあわせになる」
という家族観であり、従業員の男性が職場に専念できるように、
という企業利益のために普及させたものです。
かくして「結婚すれば幸せ」というカチカンが作られます。
この影響がまだ残っていて、少なくない男性は現在でも
このカチカンを信奉しているのではないかと思われるわけです。
「男性は結婚して家庭を持って一人前」という
日本社会にいまだ蔓延しているであろう風潮も、
「家族思想信仰」にともなって作られたものと思います。
日本では、伝統的に「男性は結婚して家庭を持って一人前」という
風潮があるので、未婚の男性に対する風当たりが強いのかもしれない。
家事スキルのない独身男性は生活が荒むとか、
過重労働の疲れを癒してくれる「情緒安定」の場が得られないなど、
他にもいろいろな要因は考えられる。
経済的にも男は結婚すると安定することも大きそうです。
正社員の平均年収を見ると、未婚男性より既婚男性ははるかに高いです。
このほかにさらに低賃金の非正規雇用がいて、
彼らはおそらく未婚が多いことが考えられます。
「男は結婚で年収が増える」
差が出るのは既婚者なのよ。
— 舞田敏彦 (@tmaita77) 2016年2月7日
男性社員には「養う家族がいるだろう,がんばれ」,女性社員には「仕事はほどほどにね」ってね。 pic.twitter.com/awyOc1syAk
結婚した男性は収入が増えるのであれば、
生活が安定して不幸感が解消されすいのは当然と言えます。
未婚の男性は収入が少なくて生活が不安定なぶん
不幸感を持ちやすくなるということです。
このようなマリッジステートによるあからさまな賃金格差は、
日本の労働環境が既婚男性中心であることによります。
年功序列、終身雇用、長時間労働に代表されるように、
「専業主婦の妻に家庭のことを任せられる男性」に有利なように
職場環境や昇進、手当てが決められているからです。
「WLBと女性管理職の割合」
「女性管理職と長時間労働」
「トヨタ・配偶者手当て廃止」
「奥さんがいていいわね」
こうした既婚男性中心の労働環境が幅を利かせているのも、
「家族思想信仰」の大きな産物のうちです。
もともと企業利益のために国策で推進したのが
「家族思想信仰」ですから、当然であると言えます。
高度経済成長期は、女性は経済的に自立することが困難で、
生活のために男性と結婚せざるをえなかったのでした。
経済が上向きだったので、自分の親より同世代の男性のほうが、
暮らしむきがよく、結婚の経済的メリットはあったのでした。
経済が停滞して、結婚による経済的メリットが薄くなると、
女性は結婚に希望が持てなくなってきます。
まがりなりにも女性が経済的に自立できるようになると、
不本意な結婚をしないですむことにもなります。
こうして女性は未婚による不幸感が減ることになります。
「非婚・未婚と経済問題」
「未婚率が低かった時代」
日本の未婚男性の不幸感は、こうした女性の意識の変化に
ついていかないこともあるのでしょう。
男性は「思想」、女性は「経済」で、経済的インセンティブは
経済事情の変化で容易に変わるけれど、思想として定着したものは
なかなか変わらないということだと思います。
ニューズウィークの記事では
日本の男性がいかに家族に依存しているか、という指摘があります。
いかに「弱い」存在であるかを示すデータだ。
どの国でもある程度、同様の傾向は見られるが、
ジェンダー規範の強い日本ではそれがとりわけ顕著なのだろう。
ここに出てくる強い「ジェンダー規範」の核になるものは、
まさに「家族思想信仰」ということになると思います。
この「家族思想信仰」こそ、日本に特有の事情ということです。
これは「男は外で働き妻は専業主婦」というジェンダーのありかたを
決めるのですから、「ジェンダー規範」そのものです。
日本の男性が「家族に依存」する「「弱い」存在」というのは、
彼らがいまだに「家族思想信仰」にもとづく家族を求め、
また精神的に依存しているかということだと思います。
「家族思想信仰」は、男性中心である企業社会の
利益のために普及させたものだったのでした。
それが現在の未婚男性の不幸感を強くしているとしたら、
時代の変化によって既得権が得られなくなり、
男性自身に跳ね返ってきているということだと言えます。
「社会的不平等・現実と認識」
http://taraxacum.seesaa.net/article/437388723.html
>現在の未婚男性の不幸感を強くしている
日常卑近の話をすると、『独身男性には行き場が無い』という声を聞いたことがあります。
”ふらりと出かけていけば、やっぱりブラブラしている友達に行き会って、
何となく一緒に一日を過ごすとか、若い頃ならそれができたけど、
ある程度の年齢になると、周りの友達も結婚して一日を一人で
過ごすことになってしまう。
結婚した友達とは、話題も関心もがらっと変わってついて行けなくなるし、
家族連れに男一人混ぜてもらっても楽しくないし、嫁さんには気味悪がられるし。
それで男一人がどこで遊べるのかと考えると、公園もファミレスもテーマパークも、
楽しそうなところはみんな家族連れかカップルばっかりで居たたまれない。
ただでさえ男が一人でいると、なんとなく白い目で見られがちだし。
(性犯罪事件なんかが起こると、特に。)
男が一人でいて不自然じゃない場所っていうと、パチンコとか競馬場とか、
食堂とかそんなとこばっかりでつまらない。そんで、結局引きこもる、と。”
そんなところからも、不幸感が増すのかも知れません。
>「家族思想信仰」は、男性中心である企業社会の
>利益のために普及させたものだったのでした。
これもそれほど歴史のあるものじゃないですよね。
江戸時代なんか、男女の比率からほとんどの男性が独身だったそうだし。
嫁の来手がある固い職業っていうと、大工くらいだ、とか。
(江戸では火事が多発したため、大工には安定した収入があった。)
この頃は、何も遊郭じゃなくても、一人で一日を何となく過ごせる
娯楽施設もあったし、行きずりの仲でも、けっこう楽しく遊べる
人情があったのかも知れないですね。
江戸しぐさじゃないですけど、江戸時代の人つきあいというのも、
なかなか乙なものだったようですよ。
わたしのお返事が少し遅れてもうしわけないです。
>日常卑近の話をすると、『独身男性には行き場が無い』という声を
社会が独身男性の存在を前提としていないこともありそうですね。
それだけ「人はいずれみんな結婚する」ということを、
自明のように思っているのでしょう。
「独身女性」も同じように行き場はのないだろうと思います。
男性の独身より風当たりが強そうに、おそらく思います。
それでも不幸感が少ないのは、それだけ望まない結婚を
させられることが多かった、ということなのでしょう。
>>「家族思想信仰」は、男性中心である企業社会の
>>利益のために普及させたものだったのでした。
>これもそれほど歴史のあるものじゃないですよね。
たかだか60年程度の歴史なのですよね。
「戦後の復興をもたらした」という成功体験があるので、
強い既得権を持っているのだと思います。
>江戸時代なんか、男女の比率からほとんどの男性が独身だったそうだし
そうなのですね。
そのくらいになると、独身男性が多いことが
前提で社会が作られるということのようですね。
独身女性も日本ならではの古風な価値観での結婚圧力があったり、結婚したい症候群であったり、色々な抑圧感は男性以上に強いのではないかと思いますが、しかし女性の場合、習い事や旅行などプライベートを上手に楽しむことができるので、自己肯定感は強いと思います。
一方で、独身男性の場合、なぜ独身女性とこうも違う結果がでるのかということです。
考え方が画一的で、家族信仰をより女性以上に内面化させられているのかなあと思います。
マリッジステートもそのとおりですね。女性はそもそも社会進出はさせられていないのであきらめもあるでしょうが、男性は企業の社会の場において、独身であるがゆえに出世やインセンティブが得られないなど、疎外感を感じる機会もより多くなるのでしょう。
男性にこそ、ジェンダー学や女性解放論などの学習が必要に思いますね
>独身女性も日本ならではの
未婚でいることの社会的圧力は、
たぶん女性のほうが強いのでしょうけれど、
不幸感は女性のほうが弱いということなのですよね。
未婚女性が生きやすいのではないでけれど、
不本意な結婚をするよりずっとましということだと思います。
ご指摘のプライベートを楽しむのも、
未婚のほうがやりやすいわけですし。
>独身男性の場合、なぜ独身女性とこうも違う結果がでるのか
男性は女性より結婚に夢を見やすいのではないかと思います。
次のエントリでちょっと触れたことですが。
「日本の未婚男性の不幸感(2)」
http://taraxacum.seesaa.net/article/438393056.html
男性は結婚してもあまり環境に変化はなく、
しかも既得権が得られるので、都合のいいことばかり
考えていられるということだと思います。
>男性は企業の社会の場において、
日本の企業文化が既婚男性中心なので、
昇進や賃金以外のところでも、さまざまところで未婚の男性にとって
居心地が悪く、疎外感を持ちやすいことはありそうですね。
>男性にこそ、ジェンダー学や女性解放論などの学習が必要に思いますね
女性は結婚に対する意識が変わっていることは、
男性諸氏はもっと知ったほうがよさそうです。
わかってない男性のきわみがいつぞや話題になった
「きもくて金のないおっさん」だろうと思います。
彼らは極端だけど、一般の男性の延長上にあるとは思います。
「結婚に夢見る男のきわみ」
http://lacrima09.blog.shinobi.jp/Entry/1259/
『独身男性には行き場が無い』という声のご紹介は、リアル
で聞いた話でして、なかなか示唆に富んだ話だと思ったので
長々と引用してみました^^;
示唆に富んで(でもないか…?)いる、というのは…
うかんざきさまがコメントされた通り、女性との比較。
>女性の場合、習い事や旅行などプライベートを上手に楽しむ
>ことができるので、自己肯定感は強い
(at 2016年06月09日 15:15)
私もこれを思ったんです。「おひとりさま」。
ちょっと前までは、女性の一人客なんてどこでも敬遠されていたのに、
今や吉牛に普通に女性が入っていくし、一人で牛丼食べてるし、
おひとりさま○○プランとか、女子会○○サービスとか、
すっかり市民権を得ていますよね。この違いが面白い。
これって誰とも無く始めたことが、自然に広まっていったんですよね。
「あ、一人でごはん食べても良いんだ。大丈夫なんだ!」
「あ、女性だけで飲み会やっても良いんだ。大丈夫なんだ!」
(何が”大丈夫”なのかはまぁ、諸説ありますが)
同じ抑圧の下でも、
黙々と行動して、既成事実により権利を拡大していく女性と、
声高に主張し、抗議し、権力から権利を獲得しようとする男性と。
彼らが、自分の権利を誰から獲得しようとしているのか、
自分の権利だと思っているものが、本当にそうなのか、
獲得するために取る行動は正当なものなのか、
>男性にこそ、ジェンダー学や女性解放論などの学習が必要に思いますね
(byうがんざきさま)
本当に、切にそう思います。
>私もこれを思ったんです。「おひとりさま」。
>ちょっと前までは、女性の一人客なんてどこでも敬遠されていたのに
そういえばそうですね。
女性ひとりでいることは、もっとずっと風当たりが強かった。
いつのまにか既成事実ができた感じですね。
男性もみずから変わっていく必要がありますね。
「独身男性の行き場」くらいでしたら、
自然発生的に作り出すこともできるわけですし。
>彼らが、自分の権利を誰から獲得しようとしているのか、
>自分の権利だと思っているものが、本当にそうなのか、
>獲得するために取る行動は正当なものなのか、
女性を仮想加害者にして叩いている
「弱者男性」とか「男性差別論者」は
とりわけこれらを自問する必要がありそうです。