性教育の必要性についての記事です。
「「レイプもセックスだと思ってた」…まともに教えず、
男を誤解させる自民党の政治的性教育」
(はてなブックマーク)
記事のタイトルにも「男を誤解させる自民党の政治的性教育」と
ありますが、自民党による性教育バッシングへの言及があります。
特に今の首相である安倍晋三さんなんかは、
第一次安倍政権の2005年に「過激な性教育・ジェンダーフリー
教育実態調査プロジェクト」を設置し、性教育を激しくバッシングしました。
その事務局長を務めていた山谷えり子さんとは、
フジテレビの討論番組で向き合いましたが、「性なんて教える必要はない」
「オシベとメシベの夢のある話をしているのがいい」
「結婚してから知ればいい」などというのがその主張でした。
悪名高い(?)「過激な性教育・ジェンダーフリー
教育実態調査プロジェクト」についての言及があります。
とりもなおさず政権与党による直接的なジェンダーフリー・バッシングです。
このプロジェクトは、七生養護学校の性教育が
取りざたされたことをきっかけに立ち上げたものです。
当時の東京都議3人が七生養護学校に乗り込み、
そこで行なわれている性教育が「過激だ」として、
恫喝的な「視察」を行ない、産経新聞がこれを支持したものです。
「七生性教育裁判」
「七生性教育裁判(2)」
「七生性教育裁判・賠償確定」
七生養護学校は性教育バッシングのいけにえにされたと言えます。
七生養護学校は都議3人と産経新聞を相手に
「教育への介入で不当な支配」として提訴していました。
2013年11月に最高裁で判決が出て、被告の敗訴となっています。
プロジェクトは上記の引用中にあるように、
座長が安倍晋三で、事務局長は山谷えり子です。
八木秀次をパネリストに迎えてシンポジウムを開き、
七生養護学校の性教育が中止となった経緯が発表されてもいました。
ほかにも「ジェンダーフリーはポルポト」などという
妄想にまみれた認識を表明したりもしています。
「安倍政権・女性活用の不信」
「首相周辺「女は家に」 「選択的夫婦別姓」試金石に」
首相自身もかつて、自民党の「過激な性教育・ジェンダーフリー教育に
関する実態調査プロジェクトチーム」の座長を務めた。
05年5月のシンポジウムでは、ジェンダーフリーの
推進論者について「カンボジアで大虐殺を行った
ポルポトを思い出す」と敵対心をあらわにした。
ジェンダーフリーを叩くために、異様にバイアスの
かかった設問をするアンケートを行なったことがある、
「はじめに結論ありき」のプロジェクトでもあります。
しかも回答数が3500であるにもかかわらず「ジェンダーフリーに
批判的な回答が3500あった」と喧伝さえするくらいです。
「成城トランスカレッジ!(3)」
「ジェンフリバッシングのために「約3500の実例」とか
言っちゃうのは恥ずかしいからやめましょう」
00年代の性教育バッシングは成果をあげたようで、
以後日本の性教育はどんどん萎縮していきます。
積極的になっていく諸外国の性教育とは対照的になり、
10年代には日本は性教育後進国となったわけです。
「外国と日本の性教育」
それで文科省の学習指導要領がまた変わっちゃって、
科学的な知識としての「受精」は扱うけど、
「受精に至るプロセス」は扱わないことになった。
さらには「性交」という単語も削除され、「性的接触」と呼ばれ、
ペニスは「陰茎」と表現されるように……。
こういうことがあって日本の性教育は一気に退潮し、
世界の中で“性教育後進国”となってしまったんです。
性教育バッシングは欧米の民主主義国でも
日本と同じ00年代にあったらしいです。
ヨーロッパとアメリカではバッシングに抗したですが、
日本はバッシングに屈して性教育の後退となったのでした。
世紀初頭の性教育パッシング。ヨーロッパでは頑としてはねつけ、本家アメリカでは強力な抵抗運動があったのに、日本はメロメロ状態になった。三者三様の背景には、かなり根深いものがあるのではないかとの思いがあったので、今日のツイート。
— ピルとのつきあい方(公式) (@ruriko_pillton) 2013年11月9日
なぜ日本だけが性教育バッシングに弱かったのか、
(あるいは日本のバッシングが強かったのか)は考察が必要そうです。
対談しているかたが、性教育への政治権力の介入に、
ちょっと驚いているとあります。
性の問題と政治が関係あるというのは、意外性があるのでしょうか?
性教育は僕らの人生に関わる重大な問題なのに、
そこにまさか政治的な権力が介入していたとは……ちょっと驚きでした。
わたしのブログをご覧のかたは常識的だと思いますが、
自民党が性教育バッシングをしていることをご存知ないかたも、
世間一般のあいだには結構たくさんいるのかもしれないです。
日本でも性の問題に宗教的な戒律は深く関わっているのですよね。
(意識するシーンは確かに少ないですが。)
日本では意識するシーンは少ないかもしれませんが、
宗教的な戒律というのも、確かに性の問題と深く関わっていますよね。
自民党の性教育バッシングも、背景には「純潔思想」があります。
ありとあらゆる性的なものを排除する思想であり、
それゆえ性教育も忌避され、徹底的に抹殺することになります。
これは統一教会が推進しているものですから、まさに宗教的戒律です。
「統一教会に言及があった」
日本会議も性に関して因習・反動的であり、
ジェンダーフリーバッシングを推進してきたのでした。
日本会議も各種宗教団体の共用組織のようになっていますから、
ジェンダーフリーバッシングや性教育バッシングは
彼らの宗教的戒律にもとづいていると言えるでしょう。
「日本会議・別姓反対小史(2)」
4つの「せい」が繋がっているという指摘は、なるほどと思います。
性の問題は「生」に関係するのはもちろんですが、
子孫の永続や繁栄に直接関係することなので、
政治や宗教が介入しやすいということだろうと思います。
僕は昔から、性というのは政治の「政」、宗教の「聖」、そして人生の「生」と、
全部の“せい”がつながったひとつの問題だと学生に言ってきました。
性って、単にセックスの「性」だけを考えていてもわからない問題なんですよ
何でしょうね?
「歌垣とか夜這いとか性に大らかな文化」と、明治以降に入ってきた?「純潔主義」が
どちらかが駆逐されることなくゆる〜く結合したまま日本人の認識に定着しちゃった、
みたいな…???
しかしまあ、
「何も教えなければ、清く、正しく、貞節に、結婚するまで何も知らずに育つはず!」
今日び、そんなことが可能ですかね?
右を見ても左を見ても、本屋にもコンビニにもスマホにも、ポルノが氾濫しているこのご時世に?
まずこれらを一掃しないと。今すぐに。(本当に、マジで。)
知識が無いところに偏頗な刺激だけを与えられるから、おかしな認識に凝り固まるんですよ。
あと、
それ、誰に言ってます?
もしや女の子だけを想定しているなんて、ご冗談ですよね?
>「何も教えなければ、清く、正しく、貞節に、結婚するまで何も知らずに育つはず!」
>今日び、そんなことが可能ですかね?
一種の愚民化政策ですね。
ある種の権力者がときどき考えることのようです。
たいていはアンダーグラウンドで情報が流れて失敗します。
>本屋にもコンビニにもスマホにも、ポルノが氾濫しているこのご時世に?
>まずこれらを一掃しないと。
そんなに「純潔」が偉いなら、コンビニやネットのポルノや
電車の中のアダルト広告をなくせと思いますよ。
それこそ簡単に眼につくところに転がっているのですから。
口では「純潔」と言うけれど、男の欲望だけは
抗しがたいというご都合主義があるのでしょう。
>知識が無いところに偏頗な刺激だけを与えられるから、
>おかしな認識に凝り固まるんですよ
性教育の必要性を主張する人たちが、
さんざん言っていることなのですよね。
「純潔思想」はまさしく宗教的徳目ですから、
信仰を持った人は、聞く耳を持たないのでしょう。