性的メディアの視聴と性暴力の肯定との関係についての研究です。
これを見てみたいと思います。
「暴力的ポルノグラフィー :
女性に対する暴力、レイプ傾向、レイプ神話、及び性的反応との関係」
この論文では、性的メディアを視聴したとき、
性行為や性暴力に対する考えにどう影響が出るかについての、
さまざまな実験が紹介されています。
この論文の著者は、何度か話題にしている
『性犯罪の行動科学』(北大路書房)の著者には含まれないです。
それでも『性犯罪の行動科学』で参照されている研究と、
同種の研究を参照しているのではないかと思います。
1. 2節で出てくるのは性的メディアの攻撃行動への影響です。
暴力的性的フィルムを観たあとだれかに対して怒ると、
その人に対する攻撃性が増すというものです。
また怒りの対象が女性のとき、暴力的性的フィルムを
観たあとの攻撃性が大きく増しています。
女性に性暴力を加えるメディアを観ると、「女はこう扱っていい」という
意識がもたらされるということだと言えます。
この実験では、男性被験者は男女いずれかの挑発者から怒りを喚起された。
中性的フィルム、性的フィルム、暴力的性的フィルムのうち
どれかを見た後、被験者は挑発者に電撃を加える機会が与えられた。
暴力的性的フィルムは、男性が武器で脅して
女性をレイプする様子を描いたものであり、
性的フィルムは男女の間の合意的セックスを描いたものである。
その結果、被験者が怒っていない時には
フィルムの影響は見られなかったが、
被験者が挑発者に対して怒っている場合は明らかに、
暴力的性描写は非暴力的性描写よりも被験者を攻撃的にさせた。
特に重要な点は、この図に示されているように、
暴力的性描写が女性に対する攻撃を増加させたことである。

この研究は、性暴力の動機が性欲の発散ではなく
力の誇示であることを、間接的に示していると思います。
「性暴力の加害者の特徴」
暴力の動機は挑発に対する復讐で、暴力の手段は電撃です。
これが女性が性暴力を受けるメディアによって
助長されるのは、性暴力を「暴力の手段」ととらえているからであり、
性欲の発散の手段とみなしていないことを示すからです。
2. 次に女性の性暴力被害者の描写の影響を見ています。
被害女性がレイプを受け入れる描写を見ると、
被験者が怒っていなくても女性に対する攻撃性が増しています。
(怒っている被験者は、女性がレイプを受け入れても抵抗しても
いずれも女性に対する攻撃性が増します。)
これは男性の心理状態に関係なく、落ち着いていても、
性的メディア、とくに女性が性暴力を受け入れるという
内容のメディアによる影響を受けることを示しています。
レイプされている間じゅう女性被害者が苦しみ続ける映像と、
レイプされた女性がやがて快反応を示すフィルムを作り、
男性被験者が示す攻撃反応を比較した。
図2の(B)を見ると、怒った被験者は、
レイプの被害者レイプの被害者が快を示しても
苦痛を示しても、女性挑発者に対して強い攻撃を行なった。
しかし、怒っていない被験者では、レイプ被害者が快を
示した場合にだけ攻撃の増加が見られた。


3節では性的メディアがレイプ神話をどのくらい
助長するかということを研究しています。
「レイプ神話」とはここでは「女性は実はレイプを望んでいる」
といった間違った観念のことです。
いくつかの実験で性的メディアの影響と
レイプ神話受容尺度(RMA)との相関を調べています。
3.ひとつ目は相関的研究で、性的メディアに触れる頻度が高いほど、
レイプ神話を信じている傾向があるというものです。
性描写の多い雑誌をよく読む男子学生には、
女性が性的強制を好むという信念を持つ者が多かった。
また、男子大学生と男性犯罪者(性犯罪者を含む)合わせて
145名を対象にRMAを測定した大渕ほか(1985)では、
ポルノグラフィーとの接触頻度とRMAとの間に
低いが有意な正の相関が見られた(r=.19)
論文は「もちろんこれらは相関的な研究なので
因果関係は確定できない」と用心深い主張をしています。
たとえば因果が逆で、もともとレイプ神話を信じているから、
性的メディアをよく観る、ということも考えられるからです。
それでも性的メディアの影響でレイプ神話を信じる
男性が出てくる可能性はもちろん考えられます。
因果関係がどちらであったにしても、少なくない性的メディアは、
レイプ神話という間違った女性観にもとづいて
描かれていることを示しているとは言えるでしょう。
4. ふたつ目は実験室研究です。
これは女性がレイプされて受け入れる映像を見ると、
その影響を受けることが、はっきりと示されています。
セックスが合意かレイプか、女性被害者が苦痛を示すかどうか、
女性被害者が性的快を示すかどうかの3要因組み合わせで
8種類の音声刺激を作った。
男性被験者にこのどれかを聞かせた後で、さらにレイプ描写を聞かせ、
これについて女性被害者の苦痛や快などを評定させた。
更に、もっと一般的に「女性の何%がレイプを楽しむか?」と質問した。
その結果、レイプされた女性が快を示す性描写を聞いた被験者は、
不快を示す性描写を聞いた被験者よりも、
後で聞いたレイプ被害者の快を強く評定し、
また、一般的により多くの女性がレイプを楽しむだろうと答えた。
5. 3つ目はフィールド実験で、映画を観せて影響を調べるものです。
女性が性暴力の被害を受けて喜ぶ映画を観ると、
男性は弱いながらレイプ神話を肯定する傾向が出たのでした。
大学生男女146名をランダムに2群に分け、
実験群には女性が性的暴力の被害者となり、
しかもその女性が快を示す劇場映画の人場券を配った。
統制群の学生たちには、暴力を含まない穏やかな
性描写の恋愛映画の人場券を配った
その数日後 、実際にこれらの映画を見た115名の学生たちに
レイプ神話質問紙を実施したところ、統計的に有意ではなかったが、
実験群の男性ではRMA得点が増加した。
女性にはそうした変化は見られなかった。
この実験で示唆的なのは、女性は映画鑑賞をしても、
レイプ神話受容度の変化がなかったことです。
(被験者に女性がいるのは、この実験だけです。
ほかの実験は被験者は男性だけです。)
女性はレイプ神話がまったくの虚構だと知っているので、
レイプ神話を肯定する映画を観たところで、
非現実的とわかっているのでいまさらまに受けない、
ということではないかと思います。
4節では、性的メディアを観た男性は、
性器がどう変化するかを調べています。
レイピストとそうでない男性とで比較しているのも特徴です。
6. 性的選好説
レイピストはレイプシーンに、そうでない人は合意セックスシーンに
より強い性的覚醒を示したというもの。
大学生は合意セックス・シーンには強い性的覚醒を示したが、
レイプ・シーンに対する性的覚醒は弱かった。
一方、レイピストは逆に、正常なセックスに対しては
性的覚醒を示さず、レイプ・シーンの方に強い覚醒を示した。
7. 性的抑制説
レイピストもそうでない人も合意セックスシーンには
性的覚醒を示し、レイプシーンに性的覚醒を示すのは
レイピストだけという、6.と異なった結果。
非レイピストの反応はQuinseyらの場合と同じで、
合意セックス・シーンにのみ性的覚醒を示したが、
レイピストはレイプ・シーンと合意セックス・シーンの
どちらにも強い覚醒を示した。
レイピストでない人は、レイプは許されないことという
意識があるので、性的覚醒が抑制されると考えられます。
8. 女性被害者の反応
レイプ被害を女性が受け入れると、
レイピストもそうでない人も、強い性的覚醒を示す。
女性がレイプに抵抗すると、レイピストだけが性的覚醒を示す。
多くの研究において、レイプ被害者が快反応を示した時には
レイピストも非れいぴすともともに強い性的覚醒を示し、
一方、女性被害者が苦痛を示した時に性的覚醒を示すのは
レイピストだけである、という報告がなされている。
8つの研究の結論を列挙すると次のようになります。
1. 女性が性暴力を受ける動画を観ると、
怒っている人は女性に対する攻撃性が増す。
2. 女性が性暴力を受けることを快く思う動画を観ると
視聴者が怒ってなくても女性に対する攻撃性が増す。
3. 性的メディアを多く見ている男性には、
レイプ神話を信じていることが多い。
4. 女性が性暴力を受けることを快く思う動画を観ると、
レイプ神話を信じる傾向が増える。
5. 女性が性暴力を受けることを快く思う動画を観ると、
男性は弱いながらレイプ神話を信じる傾向が出る。
女性は変化がない。
6. レイピストはレイプシーンに、そうでない人は
合意セックスシーンにより強い性的覚醒。
7. レイプシーンに性的覚醒するのはレイピストだけ。
合意セックスシーンにはレイピストもそうでない人も性的覚醒する。
8. 女性が性暴力を受けることを快く思う動画を観ると、
レイピストもそうでない人も、性的覚醒を示す。
これら8つの研究をすべて鑑みると、
性的メディアを視聴することで、攻撃行動が増したり、
レイプ神話を信じるようになるといった悪影響がある
可能性があると考えることができるでしょう。
一部のポルノ擁護派が主張するような、
性的メディアに性犯罪を減らす効果があることはない、
ということは、はっきり言えると思います。
女性がレイプをこころよく感じる内容のメディアは、
男性に「レイプ神話」を現実と思わせる寄与が強いようです。
アダルトビデオの影響を受けて、女性が望まないプレイや
危険なプレイを要求する男性が少なくないのも、
ごもっともということになりそうです。
「AVの影響を受ける男性」
人はだれしも受けるメディアに多かれ少なかれ、
感化されるだろうと思います。
そう考えると、それが性的なメディアであっても
感化されて悪影響を受ける人が出てくると考えるのは、
納得のいくことだと言えます。
受ける情報に左右されるということは、
性教育の普及によって、性に関する適切な知識を教えることで、
とくに男性の女性に関する間違った認識を減らして、
性暴力や性被害を少なくする可能性が大きい
ということでもあることがわかります。
「性教育の必要性・無知の危険」
「ポルノと性暴力との関係」#コメント
「性衝動の条件と性産業(2)」#コメント
に続き、本エントリにてご解説頂きありがとうございます。
この三つでほぼ原文を読んだのと同じになりそうですね。
本論文は、全編実験に次ぐ実験の報告といった感じで、
推論や考察の比率は少なく、とても実証的な内容になって
いると思います。
性風俗とポルノと、対象は違うものの、例の議論の中で
新橋九段さまは「(実証を得るためには実験が必要だが)
研究倫理上不可能だと思う」と仰っていたので、これはかなり
貴重なレポートになるのではないでしょうか。
もっとも、想定する実験内容に本論文での実証がどのくらい
寄与するのか、私ごときの知見では何とも言えませんが…
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http://blog.livedoor.jp/kudan9/archives/48794420.html#comments
>今回の事例で言えば、必要なのは調査というより実験でしょう。
>色々なサンプルを集めて定期的に性風俗を利用させ、暴力傾向
>の変化を見るなどです。もっとも、研究倫理上不可能だと思いますが。
(31.新橋九段さま 2016年09月22日 08:12)
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それにしても、本実験にあたっては被験者の心理的負担など
さまざまな困難があったものと思われます。
協力してくれた学生達には謝意を表します。
(紹介があってからだいぶ経ってしまって今更ですが。)
この論文を見れば、性的メディアを視聴していると、
攻撃性が増したり、性暴力に肯定的になるといった
好ましくない影響が出る可能性があるのは、あきらかだと思います。
内容的には何度も引き合いに出している
『性犯罪の行動科学』と同様のものだと思います。
同じ研究を引いているのかもしれないです。
さしあたってこの論文を見せれば、
『性犯罪の行動科学』を読めと言わなくても、
ネット上ですぐに根拠を示すことができそうです。
>本実験にあたっては被験者の心理的負担など
この手の実験は被験者のことがちょっと気になりますね。
そもそも、というか、いまさらなんですが、性「行為」と性「暴力」って、イコールなんですかね?
自分は以前、この国の性産業の多くは、女性が男性に奉仕することを前提としたら形態であると書きました。これって性「行為」ですかね?
レ イプも性「行為」だっていう誤解(?)が生まれる原因は、こういうところにあるんじゃないのかな、なんて思います。
>性「行為」と性「暴力」って、イコールなんですかね?
イコールではないですね。
暴力的でない性行為はいくらでもありますからね。
>この国の性産業の多くは、女性が男性に奉仕することを
>前提としたら形態であると書きました。
>これって性「行為」ですかね?
お話を伺った限りでは、性「暴力」と呼んだほうがいいでしょう。
>レ イプも性「行為」だっていう誤解(?)が生まれる原因は
残念ながら性「暴力」と性「行為」がイコールだと思っている人、
イコールと思ってなくても、「暴力」と「行為」の線引きが
おかしい人は、少なくないようですね。