2017年01月21日

mar0006.gif日本の少子化対策のスタンス

12月28日エントリ1月14日エントリの続き。
フランスで出生率が上昇をした原因についての記事です。

「出生率が上がった。フランスが少子化を克服できた本当の理由って?」
(はてなブックマーク)
「おむつは不要、手ぶらで登園。少子化を克服したフランスの保育園事情とは」
(はてなブックマーク)

ここで日本の少子化対策の基本コンセプトが
そもそも問題である、という指摘があります。

 
日本では1989年に「1.57ショック」がありましたよね。
1人の女性が生涯に産む子供の数(合計特殊出生率)が、過去最低の1.57になった。
当時を知る官僚の人に聞いたのですが、あのとき厚生労働省の中で
いろいろな政策が出されて、日本の少子化対策は、
子供中心、児童の幸せで行きましょう、ということになって、
親に寄り添う「子育て支援」という言葉はNGになったそうです。
日本の政策には最初から、「親を支援する」
という視点はなかったわけです。

特徴的なのは日本の少子化対策は子ども中心で、
「親を支援する」という発想がなかったということです。
これは子どものために親(通常は母親)が犠牲になりやすくなります。
日本では女性や保育士の負担がとても大きいのは、
このようなコンセプトに原因があったとも言えます。

バダンデールの『母性という神話』を読むと、
フランス革命期のフランスでは、放棄される子どもが
とても多いので、その対策として「女性には子どもを
産み育てたいと思う本能がある」という
思想を普及させた、というお話があります。

「子どもの福祉のために女性を犠牲にする」という考えは、
フランスでは200年以上前に経験していて、
それが差別的に働くことを知っていたのかもしれないです。
21世紀の日本はそれを踏襲していると言えそうです。


日本の厚生労働省は「親に寄り添う「子育て支援」
という言葉はNG」にしたとあります。
「親を支援する」というスタンスには、なにかよくない影響があると
問題視さえしていた可能性があります。

理由まではわからないので、想像することになりますが、
わたしが思っていることのひとつは、長時間労働に代表される
男性中心の労働環境を温存したかったということです。

1980年代なら、男性中心の労働環境に手をつける
必要があることさえ、認識していなかったかもしれないです。
少子化対策なんて「オンナコドモ」の問題に、
自分たち男性の労働環境なんて関係あるはずない、
くらいの意識だったのではないかと想像します。


日本の子育て支援は、妻が専業主婦の既婚男性に有利な
労働環境を維持したまま、その周辺に子育て支援を
付け足した感じではないかと思います。
かくして子育て支援の現場に立たされる
女性や保育士にしわ寄せがくることになり、
本質的な人口問題の解決にもならなくなったのでしょう。

日本が子育てしやすい国に変わっていくためには、
まずは男性の時間を家庭に返してあげることがやはり重要ですね。
そのためには「長時間労働に上限規制」をかける必要があると思っています。
私も働き方改革実現会議のメンバーとして
実現に向けて一生懸命署名も集めていますので、
子育て世代の方たちもぜひご協力をお願いしたいです。

男性を家庭に帰す必要があると考えたフランスは、
この点について日本と対称的だったことになります。

「フランスの出生率上昇の理由(2)」
「出生率が上がった。フランスが少子化を克服できた本当の理由って?」

社会と男性への信用を取り戻すためには、男を家庭に返さなきゃいけない……
というところから生まれたのが「男の産休」なんです。


記事では、日本はジェンダーギャップ指数の順位が低いことと、
下がり続けていることについて触れられています。

2016年10月に発表された世界の国々の
男女格差(ジェンダー・ギャップ指数)では、
日本は111位まで順位を下げてしまいました。
数字を見ると、女性の政治参加の少なさがはっきりと出ているんですよ。

順位が低い原因は、政治分野と、経済分野の「管理職」で
女性の割合がきわだって低いことです。

ジェンダーギャップ指数 2016年 日本 country score card

意思決定の場で女性が少ないので、
政策決定が男性視点、男性中心になりやすくなるということです。
家族政策も同様で「少子化問題なんてオンナコドモのこと、
女にやらせておけばよい」というスタンスになって、
女性に犠牲を強いることになるのだろうと思います。


崎順子氏が『フランスはどう少子化を克服したか』という
本を書いたとき、政策決定に関わるのは男性という
現在の状況を認めた上で、彼らを読者に想定しています。

フランスに日本を鏡のように写して、
日本の制度や運用面の問題を考えてもらうための本でした。
だから対象読者は制度・運用に携わる立場にいる男性たちで、
判型は新書でなくてはと。
この本はむしろ、働くお母さんは読んでくれなくていいです。

女性に深く関わる問題なのに、それを決めるのは男性という現状、
そして彼らに働きかけなければ状況の改善はない
ということは、いかんともしがたいです。
政治家や意思決定の場に女性の割合が高いことは、
やはり大事なことだと、改めて思うところです。



付記:

子どもの福祉で女性に犠牲を強いる原因として、
「結婚に犠牲はつきもの」「子どものために我慢は当然」
「産後の苦しみを味わうべき」と言った、
良妻賢母幻想や精神主義、根性主義も挙げられています。

「産みの苦しみを味わうべき」といった良妻賢母幻想が
強い国ほど、少子化に悩まされていますよね。
女性側に余計な負担を背負わせるのはどうなのか? 
少子化を克服というのなら、その負担を少しずつでも取り除いていかなければ。
「子供を持つことは喜ばしい、素晴らしいこと」としか考えていないんですよね。
確かに喜びは大きいが、失われるものもある。そこが理解されない。
それと、日本では「我慢が当たり前」という風潮があって
「子供のための我慢」も当たり前のものとされる。

だいたい、上の世代の多くの人が「結婚には犠牲がつきもの」と
考えているのに、そういうものである結婚を
若い人たちにさせようとしているところがおかしいですよね。

良妻賢母幻想は、韓国やドイツ、イタリアも強いですが、
精神主義、根性主義は日本にきわだっているのではないかと思います。

posted by たんぽぽ at 23:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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