地方から若い女性がいなくなる、という対談記事です。
「「若い女性の8割が消える」地方自治体のゾッとする未来」
(はてなブックマーク)
2014年5月の「日本創成会議」による調査で、
発表されたときは、数字がかなり衝撃的なこともあって、
ちょっと話題になりました。
わたしもブログで話題にしたことがあります。
「地方から女性が消える」
若年女性(20-39歳)の減少率が高い自治体は次のようです。
減りかたの大きい自治体は、2010年と比較して
2040年には8-9割程度いなくなります。

減少率の高い自治体はどこも、10人前後から数十人という
衝撃的な減りかたとなっています。
全員が一堂に会して、たがいに覚えられるくらいの少人数です。
日本全国の自治体について、人口移動が収束しないと
仮定した場合の推計人口を示したのが次の地図です。
「資料2-2 人口移動が収束しない場合の全国市区町村別2040年推計人口(地図化)」
2040年に若年女性が50%以上する自治体に色が付いています。
人口1万人以上がグレー、1万人未満は黒です。
ほとんどの自治体がグレーか黒で塗られていて、
若年女性が半分以下にならないところは
ほとんどないと言っていいでしょう。
石破茂が地方に出かけると、将来の人口減少について
よくお話することがあるそうです。
「総人口は2割減る」だけでは相手の反応は薄いのですが、
「若い女性は8割減る」と言うと「さすがにギョッとする」のでした。
「若い女性」と言われてようやく危機感を持つところに、
ある種の本性が現れているようです。
どこに行っても最初は、「この町の人口は、
2100年には○○人まで減るんだよ」と話します。
するとちょっと驚いてくれるんだけど、
すぐに「でもいいか……総人口の2割くらい減っても」
なんていう反応になるんですね。
そこで、「総人口は2割しか減らないかもしれない。
でも20代、30代の若い女性は8割減るからね」と言うと、
さすがにギョッとするんです。
子供を産んでくれる女性が8割も減ったら、町が成り立ちませんからね。
ここまで説明していかないと、なかなか危機感を
共有してもらえないんです。
総人口は2割しか減らないけれど、若年女性に限ると
8割減るということは、中高年層や男性が人口に
占める割合がそれだけ高いことになります。
ジェンダーとジェネレーションの人口構成が、
かなりアンバランスになることでもあります。
「地方から若年女性がいなくなる」というこの調査、
発表されたときはそれなりに話題になったのですが、
そのあとはぜんぜん話題に出なくなりました。
早々に関心が薄れた感じです。
危機感は依然としてあまり持てないということでしょうか。
「若い女性が8割いなくなる」という予測が、
荒唐無稽すぎてかえって実感が持てないのかもしれないです。
人口減少が将来深刻になるのは地方のお話であり、
人口の多い都市部にはさほど関係ないお話なので、
全体として話題にする人が少なくなるのかもしれないです。
あるいはしょせん「オンナコドモ」のことなので、
「マチズモ」で「ミソジニー」の日本社会は、
たいして重要なことと思えないということかもしれないです。
それでもこのような「日本創成会議」の調査を
話題にした記事が出てきて、将来の人口減少に対して
関心と危機感を持ち続けて、対策を考えているかたたちも、
いることはいるのだなと思いました。
(石破茂が次期首相になることを意識して、
露出を増やしていることもあると思いますが。)
付記1:
「「20代、30代の若い女性は8割減るからね」と言うと、
さすがにギョッとする」というのは、
ある意味、男性視点の発想だと思います。
自分は町にとどまるという立場で考え、
他者ないし客体である「若い女性」が町から出ていくことを、
意識していると思うからです。
女性とくに該当する若年女性のかたは、
「あの町から若年女性が8割いなくなる」と言われても、
それほど衝撃はないかたもいるのではないかと思います。
若年女性のかたは、自分を住みにくいところから
出ていく立場で考えるだろうと思います。
自分はさっさとその町から出ていって、
「他人ごと」にすることを意識すると思うからです。
付記2:
6月13日エントリで、日本社会はジェンダー差別によって、
直接的に労働生産性の低下をもたらし、
中長期的には少子高齢化で衰退を招いて、
2回カウンタを受けていることをお話しました。
「2050年に先進国から脱落?(4)」
地方に関しては、若年女性が町からいなくなるという、
かなり直接的なカウンタを受ける可能性も高いことになります。
3つ目のカウンタがあるということです。
「若い女性」なんて、男社会の日本社会が
とりわけ蔑視や軽視をしている対象だろうと思います。
自分たちがもっとも差別している対象によって、
自分たちの存続さえも危機的になるということです。