なぜ「童貞は恥ずべきもの」という規範があるかですが、
これは「性交渉=男性による女性の支配」、
「男子たるもの一度くらいは女を支配するものだ」
というマチズモのカチカンが原因でした。
「かつて“童貞”とは妻に捧げるものだった――童貞はいつから恥ずかしいものになったの?
社会学者・澁谷知美先生に聞いてみた」
(はてなブックマーク)
これは80年代から変わっていないと思うんですけれども、
「とにかく一度でいいから女をいてこますべきだ」
という規範が男社会にはあるわけですよ。
「それをやったことがないのは半人前の男だ」
ということで、いじられてるんだと思います。
敢えて下品な言い方をします。性的に「ヤる」っていうのは、
「女を支配する」という意味合いが入っているんですよね。
対等な関係でセックスするというよりは、
「女を一度でいいから支配して、イカせる。
そういう経験がない奴は、半人前だ」という考え方が戦前からありました。
かかる規範を作っているのはだれかと言えば、
とりもなおさず「男性」もしくは「男社会」です。
「童貞ははずべき」という童貞に対する差別的な規範は、
「男性による女性支配」という女性差別的なものが
もとにありますから、そんなものを作るのは
「男社会」「マチズモ」であることは当然ではあります。
まず、童貞を貶めているのは誰かというのを
突き詰めるところからだと思うんですよ。
端的に言うと、男性なんですよね。
もう童貞ではなくなった男性たちが、「童貞卒業しろよ」とか、
「童貞気持ち悪いよ」というような言説を作っているわけです。
でも大本の「童貞は気持ち悪い」とか
「男は一定年齢になったらセックスするもんだ」という
価値観を作っているのは男性なので、自分たちの先輩。
もし童貞で苦しいっていう人がいるなら、
「自分を苦しめる大本は、あなた方の先輩ですよ」
ということを認識してもらって、そこから自分がどう動くかを
考えることが重要なのかなって思います。
したがって童貞が差別される問題を解決するために
訴える相手は、「男社会のカチカン」「マチズモの規範」です。
「童貞」と「経験のある男性」とのあいだの問題です。
今の童貞の人たちが、すごく闘って、
非童貞の人たちもその闘いに賛同するのであれば、
童貞への偏見は変わると思います。
つまり童貞差別って結局、男による男差別なんですよね。
そこに乗っかる女性もいますけれども、基本、男対男なんですよ。
童貞の男性自身が「マチズモの規範」
「男社会が作ったカチカン」にとらわれていることも、
童貞を苦しめる原因であると言えます。
ようは童貞の男性も「男社会」「マチズモ」に乗りたいが、
それが実現しないので苦悩を抱えるという図式です。
結局、男らしさに男の人がとらわれていることが、
諸悪の根源だと思うんですよ。
むしろネット時代にそういうものが拡大してきた気がします。
身近な学生を見ていると女性に専業主婦を望む男子学生は
一旦減ったんですけど、最近また増えてますね。
「性交渉を通じての男性による女性支配」という
マチズモの規範は戦前からあったようです。
戦前は自由恋愛や婚前交渉の機会がかぎられていたので、
未婚で性交渉経験のある男性がほとんどなく、
経験がないことが目立たないので、かかるマチズモの規範が
童貞を苦しめるほどではなかったのでした。
戦後の1960-70年代ごろになって、
自由恋愛や婚前交渉の機会がきゅうに増えていきました。
それによって性交渉の経験のない男性に対する
マチズモの規範が、頭をもたげてくることになります。
これは戦前から戦後になって時代が変わって、
社会情勢が変化したので、かつては問題にならなかった
男社会カチカン、マチズモの規範が、
童貞という一部の男性に不利益として
跳ね返ってくるようになったと言えます。
自分で恋人も見つけて、性行為まで持ち込んで、
結婚まで全部自分でやりなさいよ、っていうふうになったのが、
だいたい1965年位だと思うんですね。
恋愛結婚とお見合い結婚の数がちょうど入れ替わる時期がその位なんですよ。
自助努力で全部相手も見つけなきゃいけない
となったのは、1965年位かなと思います。
でもそれは恋愛が自由化したからですよね。
いわゆる恋愛というのは、本当に心から好きな人と一緒に、
結婚もしてその人と愛し合って、子供も持つという、
「恋愛・結婚・出産」の三位一体をすべての人間が、
どんなに恋愛の能力がなくとも、全員がおやりなさいというふうになったのが、
やっぱり戦後から1970年代にかけてなんですよ。
そこから童貞の苦悩も始まったのかなと思います。
ときに女性でも、童貞を否定的に考えたり、
童貞に対する蔑視感を持つかたもいます。
そのような女性は、しょせんは規制の「男社会のカチカン」や
「マチズモの規範」に便乗しているだけと言えます。
童貞が差別される原因の本質的な部分は、
やはり男社会やマチズモにあることになります。
女の子も一部の人たちは、男の人たちが言う言説の尻馬に乗って、
「童貞とか気持ち悪い」と言うし。
でも、その元々の言説を発信しているのは、
男性だったりするわけなんですけども。
そういうところで目につくのは、やっぱり女性なんですよね。
女性が男の人を評価する中で、
「童貞って気持ち悪いもんなんだな」って言ってる。
じゃあそういう俺たちを貶めるような女を
懲らしめなきゃいけないということで、
それで、はあちゅう【※】さんが攻撃されたとかって
いうのもあると思うんですね。
少し前に、はあちゅうが童貞を揶揄する発言をして、
炎上したことがありました。
どうも男性よりも女性のほうが、童貞をおとしめる
発言をした場合の、叩かれかたが強いようです。
「はあちゅう、「童貞いじり」謝罪を撤回 「よく考えたら、謝るようなことしてなかった」」
「「はあちゅう」こと伊藤春香氏、「童貞いじり」で炎上 弁護士や識者の見解は…」
「中年童貞に問題がある」と主張する中村淳彦氏は、
まがりなりにも調査結果の考察という体裁ですし、
はあちゅうよりもずっと深刻な存在だと思います。
中村淳彦氏に対する批判もありますが、
はあちゅうほどは叩かれてはいないようです。
男性より女性が叩かれやすい理由には、
「お前ら女がやらせないから、俺は童貞なんだ」
という意識も働くのではないかと思います。
「中年童貞に問題がある?」
童貞の本質的な敵は「男社会」「マチズモ」ですが、
これらを批判するのではなく、これらに自分も乗りたいから、
そのために自分に従がわない女が悪いと考えて、
女性を仮想敵に見立てて攻撃するということです。
ここまでくると
「童貞」=「弱者男性」
「童貞は恥ずべきという規範」=「男性差別」
「経験のある男性」=「強者男性」
「マチズモの規範」=「男性の既得権」
と考えられることがわかります。
1. 弱者男性は自分たちを差別される「弱者」と考えている。
2. 弱者男性が「弱者」となったのは、時代の変化にともなって
「男性としての既得権」を受益できなくなったから。
3. 弱者男性が「男性差別」だと思っていることの
本質的な加害者は、「強者男性」や「男社会」。
4. 弱者男性の矛先は男社会や強者男性には向かわない。
5. 実は弱者男性も「男性の既得権」を受益したいと思っている。
6. 自分が「男性の既得権」を得られないことに対して、
弱者男性は女性を「仮想敵」に見立てて攻撃する。
という、弱者男性を取り巻く社会構造や、
弱者男性たちの精神構造、思考構造や行動様式が、
「童貞問題」でも当てはまるのではないかと思います。
かつて“童貞”とは妻に捧げるものだった――童貞はいつから恥ずかしいものになったの? 社会学者・澁谷知美先生に聞いてみた
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2018/03/27 01:00