2018年06月13日

mar0006.gif戦後民法は日本解体の法律?

日本は敗戦後に民法が改正され、婚姻は結婚するふたりが
新しく家庭を作るものとされ、従来のイエ制度はなくなりました。

この新しい家族制度を定めた戦後民法を
「GHQによる日本解体のための法律」などと言う人がいます。
戦後改革による民主化によって、旧支配層が既得権を
失なったことがおもしろくない右寄りの人に
わりとよく見られる意見だと思います。

 


このかたは選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)です。
夫婦同姓の強制を維持するべきと考えるのでしょう。
そしてこのかたが「GHQによる日本解体の法律」と
攻撃する戦後民法は、このかたが支持している
夫婦同姓の強制を定めていることを、はじめに確認しておきます。



日本で敗戦後新しく民法を定めるとき、
選択的夫婦別姓を導入することも検討されました。
ところが法案作成にあたった男性諸氏は、
自分と結婚する女性が自分の苗字に
改姓してくれないと嫌で、その可能性を高くする
選択的夫婦別姓を認めたくなかったのでした。

そんな彼らが考えたのは、「夫婦どちらの苗字でも
選べるけれど夫婦同姓を強制」です。
「夫婦どちらの苗字でも選べるから男女平等」と言えば、
GHQを納得させることができて、当時の日本の社会通念を
利用すれば、ほぼ必ず女性を夫の苗字に
改姓させることができると踏んだからです。

「現行法は男女どちらの姓も選べるから平等?」
「選択的夫婦別姓のまとめ(10)」

このもくろみが当たったことはいうまでもないです。
戦後民法は「日本人によるGHQを騙すための法律」と
言ったほうが実態に即しているでしょう。


なぜこれでGHQを騙せたのかですが、
当時は欧米諸国も前時代の家父長制の名残りで、
結婚したら女性が夫の苗字に改姓する
家族法を定めていることが一般的でした。
「女性の非改姓権を保証する」という意識は、
GHQの中にもほとんどなかったものと思います。

「夫婦別姓制度が必要なワケ(3)」
「離婚して「おめでとう」と言われる変な制度」

当時は進歩的だった日本の夫婦同姓制度

この条文、「夫または妻の氏」となっているので、
少なくとも文言上は性差別的なものではありません。
「形式的には」男女を平等に扱う条文なのです。
1947年という早い時期に、このように妻の姓を名乗ることも
可能とする法制度があった国はほとんどなく、
この時点では世界で最も進歩的な民法と言ってよいでしょう。

「男女どちらの苗字でも選べる」というのは、
当時としては国際的に見ても進歩的だったということです。
それゆえGHQも日本の新しい民法案に対して、
「これならじゅうぶん男女平等と言えるだろう」と、
納得したのではないかと思います。


戦後の新しい民法は「日本解体」も起こしていないです。
つぎの時代は高度経済成長期、歴史を振り返っても
日本がもっとも急速に発展した時代と言えます。
いったいどこが「日本解体」なのかと思います。

しかも高度経済成長の時代を底から支えたのは、
戦後民法で定めた家族制度と、企業利益のために
定着させた「夫が働き妻が専業主婦」という
家族のありかただと考えられもしました。
戦後民法は「日本発展」の法律と思われたくらいです。

「家族思想という信仰」

戦後の新民法の家族制度と、企業利益のための家族観が、
日本の経済発展を本当に下支えしたかどうかは
はなはだ疑問であり、実はぜんぜん関係ないだろうと思います。
それでも戦後の新民法が「日本解体」をひこ起こした
ということなど、まったくないのはたしかでしょう。

posted by たんぽぽ at 23:39 | Comment(0) | 民法改正一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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