東京医科大の点数操作についての山口一男氏の記事です。
今回は「女性は出産や育児で離職するから、
女性医師の割合が低い」という、よく言われることが
どこまで妥当かということについてです。
「東京医科大学の入試における女性差別と関連事実 ― 今政府は何をすべきか」
(はてなブックマーク)
よく言われることだが、女性にチャンスは同等に与えているのだが
女性が育児などで離職してしまうから医師の間での
女性割合が少ないという説は妥当だろうか。
これは東京医科大学も点数操作によって女子受験者の
合格者を抑制することの口実にしていました。
いかにも改善がきわめて困難で避けがたいと言いたげですが、
出産や育児による離職は、ジェンダーに因習・反動的な人が、
ジェンダー差別を正当化する格好の口実だと思います。
「東京医科大・女子受験者から一律減点」
同大のOBは「入試の得点は女子の方が高い傾向があり、
点数順に合格させたら女子大になってしまう」とした上で
「女性は大学卒業後に医師になっても、妊娠や出産で離職する率が高い。
女性が働くインフラが十分ではない状況で、仕方のない措置だった」と話した。
はじめに出産や育児による女性医師の離職は、
ほかの業種とくらべて本当に多いのかを見てみます。
ジェンダー別の医師の就業率の年齢推移は次のようです。
(内閣府男女共同参画局『共同参画』の2012年2月号の図3)
もっともジェンダー差の大きい年齢は35歳で、
男性は91%程度、女性は76%で15ポイントの差があります。
25歳から60歳までの全体を平均すると、
男性は90.9%、女性は83.9%で7ポイントの差になります。
この7ポイントは大きいか小さいかという問題があります。
2013年の全体のジェンダー別労働力率の、
年齢推移は次のようになっています。
女性の平均は70%ほど、男性の平均は90%以上あります。
20-25ポイント程度の差ということになります。
医師の就労率のジェンダー差の7ポイントは、
全体の平均労働力率のジェンダー差から考えると、
3分の1もないことになり、小さいと言えると思います。
つまりほかの業種とくらべると、医師は出産や育児で
離職する女性がずっと少ないということです。
資格を必要とし、高度な専門知識を有する業種なので、
他業種よりは復職の機会があるということだと思います。
労働環境の改善や職場の意識の変革で、
じゅうぶん解消できる程度であると言えそうです。
25歳から60歳までの(年齢分布を一様と考えた)平均では
男性の平均就業率は90.9%、女性の平均就業率は83.9%で、
わずか7%の違いにすぎない。
だが7%という就業率の男女差はこの点で社会のあり方が
改善されれば十分解消できる度合いであり、
それを理由にして差別を行うなど、法的かつ倫理的に
否定されるべきであるばかりか、合理的判断では全くない。
女性医師が休職や離職をした理由として
もっとも多いのは「出産・子育て」で83.7%です。
(日本医師会男女共同参画委員会「平成29年女性医師の
勤務環境の現状に関する調査報告書」より)
「一番必要なのは「職場の理解」。東京医大・入試不正問題の背景にある6つのこと」
6人中5人が挙げていて、休職や離職をする理由は
ほとんど出産や子育てばっかりという状況です。
「女性医師が休職や離職する理由」として
「出産や育児が多い」ことは、事実ということです。
前述のジェンダー別の医師の就業率の年齢推移を見ると、
35歳のところで、女性の就業率がくぼんでいます。
これはまさに出産や育児のために就業率が下がる
「M字カーブ」を描いているということです。
女性の労働力率の年齢推移がM字カーブを描くのは、
日本と韓国でのみ現れる現象です。
この特異現象は日本では医師にかぎっても生じるという
はなはだ残念なことになっているわけです。
出産や子育てによる女性医師の休職や離職を減らすには、
職場の理解の浸透であり、子育てしながら仕事を続ける
職場環境の整備であることは、もちろんです。
この点に関して、女性は男性と同じ機会を
与えられていないのであり、「女性にチャンスは同等に与えている」
というジェンダーに因習・反動的な人が考えることは、
まったく当たっていないことになります。
男性は90.9%、女性は83.9%で7ポイントの差になります。
この7ポイントは大きいか小さいかという問題があります
ところで、男女別の医師の就業率のグラフをよく見ると、75歳では、むしろ男性医師より女性医師の就業率の方が10ポイント程高いですね。
(このことを指摘する意見はあまりなかったですが)
75歳だと、男性医師の方が女性医師より病気にかかっている率が高く、相対的に女性医師の就業率が高くなるのでしょうか?
平均寿命も女性の方が長いですし。
>75歳だと、男性医師の方が女性医師より病気にかかっている率が高く、
>相対的に女性医師の就業率が高くなるのでしょうか?
>平均寿命も女性の方が長いですし
70代になると健康上の理由で引退する人が、
女性より男性のほうが多い、ということだと思います。
ご指摘のように女性のほうが長生きするのもあるのでしょう。
指摘がないのは、ここでの議論には、
あまり関係ないからだと思います。
職場環境に関するジェンダー差別ではないですしね。
おそらく、子持ちの女性医師に残業、夜勤、休日出勤を頼みにくい、
時短勤務、当直免除を(嫌々ながら)認めねばならない
↓
出身者の仕事量が減り、医療業界内での大学の
影響力・発言力が減るから、女性を入れたくない
というのが、主に産休・育休で生じる医師の就業率の男女差7%より
大きな差別動機となっていると思います。
厚生労働省「医療従事者の需給に関する検討会医師需給分科会」
医療従事者の需給に関する検討会
医師需給分科会 第3次中間取りまとめ
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000209694.pdf
4ページより抜粋
「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」
(平成 28 年度厚生労働科学特別研究
「医師の勤 務実態及び働き方の意向等に関する調査研究」研究班)
結果を基に、医師全体の週当たり平均勤務時間は
51 時間 42 分であったことを踏まえ、
平均勤務時間と性年齢階級別の勤務時間の比を仕事率とした。
51 時間 42 分=51.7h
仕事率に平均勤務時間を掛けると
週間平均勤務時間が算出できます。
年代別医師の仕事率(括弧内は週平均勤務時間)
---------男性-----------女性--------
20歳代 1.24(64.1h)--1.15(59.5h)
30歳代 1.21(62.6h)--0.95(49.1h)
40歳代 1.14(58.9h)--0.84(43.4h)
50歳代 1.02(52.7h)--0.87(47.6h)
60歳代 0.86(44.5h)--0.77(39.8h)
70歳〜 0.64(33.1h)--0.62(32.1h)
男性医師の20〜40代、女性医師の20代の
週平均勤務時間は60時間前後にもなります。
週労働基準時間は40時間なので
時間外勤務がいかに多いかがわかります。
厚生労働省「医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会(第2回)」
資料1.女性医師の労働力について(山本参考人提出資料)
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000111908.pdf
日本女医会 山本\子会長
同年代の男性医師の労働力を100%とした場合の
女性医師の労働力についての見解
(休職中の女性医師は除いた労働力)
配偶者なし
100%
配偶者あり 子供なし
90%
配偶者あり 子供あり(中学生以下の子供あり)
50%
配偶者あり 子供あり(中学生以下の子供なし)
60%
配偶者なしで男性医師と同等→
男性と同様に難関を乗り越えた女性であれば、
環境の不利がなければ同等の労働力は発揮できる
配偶者ありで男性医師の90%→
女性医師は家事負担が増えていくぶん不利になる
子供ありで男性医師の50〜60%→
女性医師は家事負担増に加え、育児負担が著しく増加
男性医師に比べて著しく不利になる
激務である医師の仕事が加齢に伴って長時間できなくなっていくことが
データから見て取れますが、40代までの男性医師の勤務時間から見ると
概ね週60時間勤務が基準となっていると考えられ、
非常に過酷な労働条件といえます。
医師養成に莫大な投資が必要であることは周知のとおりですが
投資回収のために長時間労働させるという強い動機も働いている
とみることができます。
(日本医師会は医師増員に非常に消極的)
中学生以下の子供ありと無しでさほど変わらないことから
家事・育児は女性がやるものという日本的文化が
女性医師の労働力低下に強く影響していると見ることができます。
行政によって長時間勤務に強力な規制を設けるとともに
啓蒙によっても男性の家事・育児参画を促す必要がありますね。
男性医師を使いにくくし、女性医師の家事・育児負担を減らして
女性差別の動機の根元を断ってやるというわけです。
こちらにコメントありがとうございます。
>おそらく、子持ちの女性医師に残業、夜勤、休日出勤を頼みにくい、
>時短勤務、当直免除を(嫌々ながら)認めねばならない
>出身者の仕事量が減り、医療業界内での大学の
>影響力・発言力が減るから、女性を入れたくない
わたしは医学業界の内情を知らないのですが、
そのような「権力ゲーム」が動機というのは、
「さもありなん」かもしれないです。
ある意味「男社会的」ですし。
そこで女性医師を働きやすくするという方向へ向かず、
女性医師を排除する方向へ向かうのが、
意識の程度ということなのだと思います。
それでも就業率のジェンダー差が7%というのは、
全体から見たら3分の1かそれ以下で、ずっと少ないと言えます。
医師という高度な専門性を要する仕事ゆえ、
簡単にほかの人に代われないという事情は
影響しているのだろうと思います。
このエントリで参照したバズフィードの記事にある、
女性医師が仕事と子育てを両立するために必要なものは
「職場の理解」がもっとも多いです。
これはより具体的にはかかる「権力ゲーム」に
関係することが、多いのかもしれないです。
2番目に多いのは「当直や時間外勤務の免除」です。
まさしく「権力ゲーム」の事情に直接的に関係あることです。
>厚生労働省「医療従事者の需給に関する検討会医師需給分科会」
>医療従事者の需給に関する検討会
>医師需給分科会 第3次中間取りまとめ
>https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000209694.pdf
こちらはご紹介ありがとうございます。
>年代別医師の仕事率(括弧内は週平均勤務時間)
>
>---------男性-----------女性--------
>20歳代 1.24(64.1h)--1.15(59.5h)
>30歳代 1.21(62.6h)--0.95(49.1h)
>40歳代 1.14(58.9h)--0.84(43.4h)
>50歳代 1.02(52.7h)--0.87(47.6h)
>60歳代 0.86(44.5h)--0.77(39.8h)
>70歳〜 0.64(33.1h)--0.62(32.1h)
やはり社会全体の平均より長時間労働ですね。
医師は女性にとって家庭や子育てとの両立が
難しい職種ではないかと思っていたのですが、
労働時間の面から見たらあきらかですね。
>資料1.女性医師の労働力について(山本参考人提出資料)
>https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000111908.pdf
こちらもご紹介ありがとうございます。
>女性医師の労働力についての見解
>(休職中の女性医師は除いた労働力)
>
>配偶者なし
>100%
>
>配偶者あり 子供なし
>90%
>
>配偶者あり 子供あり(中学生以下の子供あり)
>50%
>
>配偶者あり 子供あり(中学生以下の子供なし)
>60%
このデータは示唆的ですね。
女性も結婚もしていなくて子どももいなければ、
男性となんら変わらないということですから。
配偶者あり、子どもなしだと90%になって
100%にならないところは、まさに家事を女性の仕事
としていることが、現れているところですね。
子どもがいる場合の労働力の減りかたはすごいと思います。
これは家事労働のせいで仕事ができなくなるのも
無理もないことだと思います。
子育てが女性の仕事とされていると同時に、
負担が大きいことを示していると言えます。
医師以外のほかの職種だとどうなるのかも気になるところです。
日本の男性は、OECD加盟国の中では
飛び抜けて家事をしないですからね。
女性の労働力は医師よりも、一般の職種のほうが
さらに低くなるかもしれないです。
http://taraxacum.seesaa.net/article/391381331.html
http://pissenlit16.seesaa.net/article/442013535.html
>医師養成に莫大な投資が必要であることは周知のとおりですが
>投資回収のために長時間労働させるという強い動機も働いている
>とみることができます。
>(日本医師会は医師増員に非常に消極的)
そういうところから変えていく必要がありますね。
長時間労働は一般企業でも、女性が仕事と家庭を
両立しにくくする「壁」ですが、医学業界が医師に
長時間労働させるのは、一般企業にない独自の理由もあるのですね。
>行政によって長時間勤務に強力な規制を設けるとともに
>啓蒙によっても男性の家事・育児参画を促す必要がありますね。
事態の改善のためには行政の力が必要になりそうですね。
法律で規制する必要もあるでしょう。
医師会は結構因襲的ですから、こうしたことに
自分からはなかなか積極的にはならなさそうです。
日本企業では、女性を労働力としてあまり期待していません。それは、女性を結婚・出産により厄介者として扱い、そのケアによるコストを出すくらいなら退職を促す、といったような姿勢に現れています。そして、男性の育児休暇取得に対して後ろ向きなところにもです。
他方、大学を卒業した女性からしたら、そこまで使った教育投資を回収すべく行動するのが合理的な考え方。しかし、日本では結婚すれば多くの場合女性が家事労働を担当し、出産と育児が重なればほぼ出世は望めない。そのため、20代の大卒女性で結婚・出産へのインセンティブは働きにくい。
女性という労働力が存在しているのに、企業はそれを活用させるために必要なコストを渋り、そして男性が育児参加をするしない以前に育児休暇が取り難い現状がある。さらにその現状が、女性への結婚・出産へのインセンティブに悪影響を与えているというスパイラル。
「命を守るため」という一見まともな、しかしその実根拠薄弱な建前で女性を排除しやすい医療現場と言う場所で、上記の要素が強烈に反応してしまったのが、今回の女子差別問題だと私は考えています。この問題を通して、医師だけなく社会全体が変わるきっかけになってくれればいいのですが。
こちらにコメントありがとうございます。
>雇用主側が女性を労働力としてはじめからカウントしていないというのは、
>医師だけでなく、日本企業に蔓延している因習のようなものです。
>そして、それが未婚化・晩婚化の根本の原因。
日本はジェンダーやマリッジステートと
雇用との結びつきがとりわけ強い国となっています。
家族やジェンダーに関して因襲的な国は、
OECD加盟国の中にもありますが、その中でもとくに日本は
婚姻と雇用の結びつきが強いようです。
「結婚・ジェンダーと雇用問題」
http://taraxacum.seesaa.net/article/440871745.html
「夫が外で働き妻は専業主婦」というライフスタイルは
高度経済成長期に定着したものですが、このときの「成功体験」が
いまだに影響しているものと思います。
>他方、大学を卒業した女性からしたら、
>そこまで使った教育投資を回収すべく行動するのが合理的な考え方。
社会は女性にも教育投資をしているのですから、
本来ならそれを回収するのが、
社会から見ても効率的なことだと思います。
上述の「夫が外で働き妻は専業主婦」という
ライフスタイルは、家庭のことは妻に任せきりにできれば、
男性の従業員は会社で仕事に専念できて、
生産性が高くなるだろうという考えにもとづきます。
このような役割分業をしたほうが効率的という考えに
いまだにとらわれていて、女子への教育投資を
回収しないことが大いなる無駄だとは
思っていないということだと思います。
>上記の要素が強烈に反応してしまったのが、
>今回の女子差別問題だと私は考えています。
点数操作によって女子を不利に扱うのは、
実は日本では多くの企業や高校入試でも
行なわれていることだったりします。
東京医科大と同じようなジェンダー差別は、
日本社会に広く蔓延しているということです。
「点数操作で優遇される男性」
http://taraxacum.seesaa.net/article/461012127.html
東京医科大の件が問題になったのは、
大学入試という客観性が強い試験だったから
ということもあるのだと思います。
>この問題を通して、医師だけなく社会全体が
>変わるきっかけになってくれればいいのですが。
そうなってくれればいいのですが、
おそらく社会の大半は「他人ごと」にしそうです。