2018年10月15日

mar0006.gif性暴力被害・メディアの姿勢

10月1日10月7日エントリの続き。
朝日新聞「オトナの保健室」の伊藤詩織さんの取材記事です。

「レイプ告発の伊藤詩織さんは今 バッシング止まず渡英」(電子版)
(はてなブックマーク)

「(オトナの保健室)性犯罪なぜ?問い続ける レイプ被害を告発、伊藤詩織さん 女子組」
「(オトナの保健室)性犯罪なぜ?問い続ける レイプ被害を告発、伊藤詩織さん 女子組」(全文)

記事では伊藤詩織さんの発言を、最初メディアは
ほとんど扱わなかったことに言及があります。
これについて思うことを、いくつかお話したいと思います。

 
当初、メディアは私の発言をほとんど扱いませんでした。
捜査当局が不起訴とした結論を重んじたのでしょう。
司法の判断の経緯を検証し疑問を突き詰めるのが
ジャーナリズムの姿だと思うのですが。
誰に寄り添おうとしているのか、疑問を感じました。


ひとつめは日本のマスコミの体質です。
わたしの想像ですが、日本のマスコミは上(政府など)から
与えられる情報を、右から左へと一般市民に伝えることが、
自分たちの役目と思っているのではないか、ということです。

それゆえ上(政府など)以外のところを取材して、
上(政府など)が発表しない情報をどんどんつかんで
一般市民に向けて「真実」を知らしめる、
それがジャーナリズムの役目だとは、
考えていないのではないかと思います。

日本のマスコミは、外国人がびっくりするくらい、
政府に都合のいい報道ばかりすると言われています。
これも「政府の広報機関が自分たちの役目」と
日本のマスコミが心得ているからではないかと思います。

「日本のマスコミの体質」



詩織さんの事件の場合、「上」は捜査当局や司法機関ですが、
政府に関する報道と同じような判断が、
日本のマスコミに働いたことは考えられます。

つまり捜査当局や司法機関の発表を伝えることが
メディアの役割だと日本のマスコミは考えて、
伊藤詩織さんという「上」以外のところからの取材はせず
意見を取り上げなかったということです。


ふたつ目に思うことは、逮捕が取り消しになった山口敬之氏は、
安倍晋三や安倍政権について、よく言えば「好意的な記事」、
悪く言えば「提灯記事」を書いていることがあると思います。

山口敬之氏の逮捕が、きゅうに取り消しになったのは、
首相官邸の意向が入ったのかもしれないです。
あるいは官邸の関与はなかったとしても、
相手は安倍晋三に懇意なジャーナリストです。
そんな人を性暴力の加害で批判したら、
首相官邸はこころよく思わないでしょう。

それで安倍晋三や安倍政権の顔色をうかがって、
山口敬之氏やその逮捕取り消しを批判することを、
日本のマスコミは避けたのではないかということです。


安倍晋三首相はマスコミ関係者を頻繁に食事に招待して、
つね日ごろから記者たちを懐柔しています。

「予定外だった難民の質問」


安倍首相を取材するにあたって、日本の記者には
あらかじめ質問事項を提出させておくという、
他国のジャーナリズムでは考えられない
「出来レース」があたり前になっています。

「質問事項をあらかじめ提出しろということですから驚きました。
そんなことは、アメリカでは記者倫理に違反する行為です。
ところが、それは日本の政府と記者との間では
常に行われていることだというではありませんか。
本気かよ?と思ったのは私だけじゃありませんよ」
「アメリカで今、日本のメディアは安倍政権に牛耳られていると
報じられているのを、日本の記者たちは知らないのでしょうか?
記者会見というのは市民を代表して
ジャーナリストが権力者に挑む場だというのは、
アメリカにおいては一般の人も知っている常識です。

しかし、残念ながら、日本の権力者の会見はそうではなかった。
質問内容は権力側が予め検閲し、その答弁は予め準備されており、
会見はその通りに行われる...ちょっと信じられません」

安倍首相や安倍政権に対してこんなに腰の引けた
体質が染みついたマスコミであれば、
首相や官邸の顔色を伺って、首相と仲良しの人物の
批判を避けることもあるだろうと思います。


3つ目に考えられるのは、ことが性暴力被害という
ジェンダー問題であるということです。

日本社会のジェンダー差別は「オンナコドモは黙っていろ」
という、反フェミやミソジニーのやることを、
「オンナコドモのことはくだらない」という、
一般社会が黙認することで、成り立っていると言えます。

「日本会議・ミソジニーの本質」
「日本会議・ミソジニーの本質」

日本のマスコミもジェンダー問題に対する体質は、
一般社会と同様の「男社会」でしょうから、
やはり「オンナコドモのことはくだらない」と
思っていて、性暴力被害にあった女性など、
まともに取り上げる気がしないということです。


むしろ性暴力というジェンダー問題ゆえに
積極的に取り上げたくないのかもしれないです。
ジェンダー問題はなんでもそうですが、
とくに性暴力は「男性」というだけで、
社会の差別構造の加害者を意識しやすいことです。

マスコミのジェンダー意識が、上述の「男社会」的であれば、
性暴力の批判は、自信を加害者として批判するということです。
そんなことをしたいはずもなく、性暴力被害なんて、
見て見ぬ振りをしたいくらいだと思います。

さらに男性の多くは女性を性的に搾取したいと思い、
なおかつそれを咎められないことを望んでいます。
性暴力被害の告発は、そうした男性の多くにある
「欲望」を否定することになります。

できれば自分たちの「欲望」の温存のために、
性暴力被害なんて「なかった」ことにしたいでしょう。
まさしく「日本の秘められた恥」ゆえに
「秘められた」ままにしておきたいということです。


それでも希望もないわけではないです。
#MeToo運動以降、発言する人(女性)たちが増えて、
一定の世論が作られていくと、日本のマスコミも、
少しずつ取り上げるようになったとあります。

それでも#MeToo以降、日本のメディアも少しずつ
性を語るようになったのは進歩でしょう。

日本のマスコミも一定以上の世論が作られると、
それを意識して報じるようになるということだと思います。
さらに世論が喚起されれば、日本のマスコミも
もっと立ち入ったところまで報じるようになることは、
考えられるということです。

現時点ではBB2第二放送の「日本の秘められた恥」を
日本で放映する予定はまだないようです。
いまのところはまだまだ、というところだと思います。

「BBC2「日本の秘められた恥」」

posted by たんぽぽ at 22:53 | Comment(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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