2018年11月10日

toujyouka016.jpg ネトウヨを野放しにするな

『新潮45』が杉田水脈や小川榮太郎氏の
同性愛差別の記事を載せたことが原因で休刊になりました
それに関して、現在の日本の社会が陥っている
問題について考察した記事があります。
10月6日エントリで少し取り上げています。)

「『新潮45』廃刊の真相と小川榮太郎氏の正体とは(前編)」
「『新潮45』廃刊の真相と小川榮太郎氏の正体とは(後編)」

ここでは後編の最後の部分を見たいと思います。

 
http://best-times.jp/articles/-/9681?page=3
社会が甘く見たり、面白がったりしているうちに、
オウム真理教は拡大していった。

変に物分かりがよくなってしまった人たちが、
オウムの施設を追い出そうとする地元住民に対して、
宗教弾圧だとか、オウムにも権利があると言い出した。
小川が嫌う「人権思想」が、社会のダニを排除できない
状況を生み出している部分もある。

「オウム真理教」なんて「きわもの」を
まじめに支持する人なんてほとんどいないだろう、
だからまともに対策するのはリソースの無駄遣い、
くらいに思った人は多かった、ということなのでしょう。

そうやって社会が軽視しているうちに、
オウム真理教は信者や理解者を増やし、
社会的影響力を持つようになった、ということです。


ネトウヨが力を持った過程と同様だと思います。
ネットの黎明期からネトウヨと呼べる人たちはいました。
そのころは、そんな歪んだ意見はどうせ支持されないから、
対処するだけ時間と労力の無駄であり、
放置すればよいと考えられていました。

また「ネトウヨにも言論の自由がある」などと
言って彼らをかばい立てる「変にものわかりの
よくなった人」が出てきたのも同様です。

(記事では同性愛差別の記事を書いた
小川榮太郎氏を「論外のネトウヨ」としています。
そうした「論外のネトウヨ」が幅を利かせるのと
同様の例としてオウム真理教を挙げています。
それゆえオウム真理教の勢力拡大が
ネトウヨのそれと似ているのは、当然ではあります。)


かくして批判されなくなったネトウヨたちは、
「自分たちはこのようなことを言ってもいいのだ」と、
フリーハンドを得たつもりになったのだと思います。

野放しになった彼らネトウヨの言動は、
しだいにネットに蔓延していきます。
ネットのリテラシーは下がり、彼らの言動を信用する人が
出てくるなど、社会的影響力を持つようになります。
2012年に安倍政権の誕生したことは、
その成果のひとつと言えると思います。

「もはや首相自体が「ネトウヨ」である──安倍“ヘイト”政権が誕生した日」

私が第2次安倍内閣成立時からこれを「ネトウヨ内閣」と
呼んできたのは、ネット右翼がこの15年ほどにわたって
培ってきた思想をこの内閣が実に忠実に体現しているからだ。
「首相それ自体がネトウヨ」という状態なのである。
すなわちそれは、これを同時に「ヘイト内閣」とも呼べるということである。

地道にネットにデマを書き、歴史修正主義にもとづいて
地方の役所に申し入れをし、排外主義にもとづいて議員に
ロビイングをまめに行い、少人数でも決してめげずにデモをつづける。
こうしたことをおよそ15年にわたって
地道に、マメに続けてきた成果が、
第2次安倍内閣にはそのまま結実しているように見える。


オウム真理教の拡大に関して「面白がったりしている」人が
いたことも注意を要するところだと思います。
彼らはオウム真理教を支持しているのではなく、
「おもしろい見世物」があるくらいの感覚で
眺めていたのだろうと、わたしは想像します。

そのように「ねたとして消費する」のであっても、
持ち上げたりすればそれはしだいに勢力が拡大して、
社会的影響力は大きくなるということです。

「見世物」をおもしろがっている人たちは、
自分たちがオウム真理教を利用している
つもりでいたのかもしれないです。
実際にはオウム真理教が「見世物」をおもしろがって
いる人たちを、利用していたのだと思います。


ネトウヨやミソジニーなどひずんだ主張を
展開するブログ書きやら、ツイッターアカウントやらを、
おもしろがって見ている人はときどきいます。
ご自身はその「きわもの」を支持しているか
支持していないかは、ケース・バイ・ケースです。

「eternalwind氏追悼」

氏はネット上でも有名なミソジニスト・人種差別主義者だった。

口汚い罵り合いを野次馬的に楽しんでいただけの
下品な人もいるだろうが、他方で、氏の汚言症には
辟易しながらも彼がしばしば傾聴に値する
指摘をするのを楽しんでいた向きもあると思う。
私自身はこの最後のタイプである。

他人が差別され中傷されるのを「見世物」として
楽しむことの問題もありますが、そうした「きわもの」を
おもしろがって見物することで勢力拡大に寄与することも、
深刻な問題をはらんでいると思います。


「見世物」としておもしろがっている人は、
その「きわもの」の勢力を拡大させたことに
加担したことを批判されても「自分はその『きわもの』を
支持しているのではない」と言うだろうと思います。
それで自分には責任がないと主張するかもしれないです。

この場合、支持していなくても、それで「きわもの」の
勢力拡大に対して免責されることはないです。
支持していなくても、見世物にして楽しむことでも、
勢力拡大に寄与した以上、その責任はあるということです。

posted by たんぽぽ at 21:02 | Comment(4) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
たんぽぽさま、こんにちは。過去の記事を読ませていただいております。
夫婦別姓を認めず、未婚の一人親の寡ふ控除を認めず、女性への差別的扱いを正当化し少子化を推進し続ける理由は、伝統的価値観を守るためだといいます。
そして、少子化が進んだので、経済がまわらないことが明らかになってきて、伝統的価値観ともっとも相容れない存在であろう移民を大量に受け入れる方向に舵をきったわけです。日本以外では夫婦別姓は当たり前ですから、なしくずし的に夫婦別姓は認められる方向にはなるのではないでしょうか。頑迷な自民党議員が反対を唱えるので、遅々とした動きにはなるでしょうが。安倍政権の馬鹿馬鹿しさを痛感しております。
Posted by はな at 2019年04月02日 09:00
はなさま、過去の記事をご覧くださり
ありがとうございます。

>伝統的価値観を守るためだといいます

日本の因習、反動的な家族観、ジェンダー観は、
高度経済成長期に定着した「標準家族」であり、
それを「伝統的家族観」などと称しているのですよね。

「伝統的家族観」の影響力は宗教なみであり、
日本が他国にもまして、家族やジェンダーに
因習・反動的なゆえんとなっています。
http://taraxacum.seesaa.net/article/410975268.html


>少子化が進んだので、経済がまわらないことが明らかになってきて、

もともと因習的だった人たちの中からも、
「伝統的価値観」に拘泥していては、
経済や社会が回らなくなると
感じている人たちはいるようです。

経済や社会が危機的状態なことがわからない人たちも、
あいかわらずいて、彼らは現実を見ようとせず、
「伝統的家族観」の維持に固執しています。

両者のあいだで、バトルが起きることもあります。
シュールと言えば、シュールかもしれないです。
http://pissenlit16.seesaa.net/article/442013433.html


>なしくずし的に夫婦別姓は認められる
>方向にはなるのではないでしょうか

因習的な彼らも、現実から逃避し続けられないでしょうから、
いつかは「現実の壁」に当たって、
「伝統的家族観」に反する家族政策やジェンダー政策を
受け入れざるを得ないと思います。

それでも、選択的夫婦別姓にかぎって言えば、
わたしは残念がなら悲観的に見ています。
「伝統的家族観」の信者たちの
「本丸」にあるからだろうと思います。

いつまでも彼らが反対を続けていると、
いずれどこかで「カタストロフ」が
起きるのかもしれないですが。
Posted by たんぽぽ at 2019年05月01日 22:55
たんぽぽさま、お返事ありがとうございます。
政府は11月から旧姓を住民票に併記できるようにするようですね。夫婦別姓の機運が高まってきたのを見て、先手を打ってきたのでしょう。旧姓の使用ができるなら別姓を認めなくても問題ないといって、夫婦別姓を先延ばしにする作戦です。やはりたんぽぽさまのおっしゃるとおり、伝統的家庭観をふりかざし人権を制限しようとする人々の本丸、夫婦別姓が認められる日は遠いみたいです。
Posted by はな at 2019年05月03日 07:16
またまた、コメントありがとうございます。

>政府は11月から旧姓を住民票に併記できるようにするようですね

住民票に旧姓併記は、
数年前から政府が検討していますね。
予定では昨年度中に実現でしたが、
1年ほど遅れるのですね。
審議に時間がかかっているのでしょうか。
http://pissenlit16.seesaa.net/article/453497086.html


安倍政権は「女性活躍」とか、
まがりなりにもジェンダー平等を掲げているので、
苗字の問題も政策を進めざるをえないと、
考えてのことだと思います。

それでも選択的夫婦別姓に反対する人たちは
手のつけようがないので、「旧姓併記」という
「小手先の対処」になったのでしょう。


こんなまだるっこしいことしないで、
選択的夫婦別姓を認めろ、
という意見があるのは、もちろんです。

選択的夫婦別姓の反対派は、
長年「旧姓使用で解決しろ」と主張していたので、
このような旧姓併記は、もっと早く導入して
しかるべきだったとも言えます。
Posted by たんぽぽ at 2019年05月04日 11:32
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