争点にすることに否定的な人たちの多くは、
選択的夫婦別姓の是非自体は賛成ではないか?ということを、
5月19日エントリで、わたしはお話しました。
5月24日エントリで取り上げた、
あのにせ科学批判のかたは、自分は選択的夫婦別姓に
賛成だとツイートではっきり言っています。
選挙の争点にすることは否定的だが、
是非自体は賛成というかたは、いることがわかりました。
最大の争点は経済政策であるべきだよね。その上でならわかるけれどもね
— kikumaco(5/31ベアーズ・レコ発) (@kikumaco) 2019年5月5日
「選択的夫婦別姓を」 枝野氏、参院選争点に - FNNプライムオンライン https://t.co/TM99R9yy23 #FNN
僕は同性婚にも選択的夫婦別姓にも賛成なので、参院選の公約に掲げてもらう分には歓迎なんですが、でもいちばん重要な政策は経済政策だと思います。反緊縮・脱緊縮を打ち出せないなら野党は役立たずです
— kikumaco(5/31ベアーズ・レコ発) (@kikumaco) 2019年5月5日
この場面で「選択的夫婦別姓自体に賛成」と
あえて明言することの意味はなにか?と思うところです。
ひとつ考えられるのは、選択的夫婦別姓を
選挙争点にすることに否定的なので、
選択的夫婦別姓の是非自体にも反対だと
誤解される可能性があるということです。
だれでも、自分が反対している政策について、
政治の場で議論してほしくないでしょう。
時間と労力を使われるし、議論することで
成立する可能性も出てきます。
とくに選択的夫婦別姓は、議論になると
反対派(非共存派)は、決定的に不利です。
それでなおさら議論したくないことになります。
それゆえ選択的夫婦別姓の議論自体を
させないために「こんなくだらないことで
時間を使うな」と言う反対派もいます。
「夫婦別姓なんてくだらない?」
選択的夫婦別姓の是非には賛成しているのに、
反対派だと誤解されるのは、はなはだ不本意です。
そこで誤解を避けるために賛成だと明言するのは、
いちおうわかることです。
もうひとつ考えられることとして、
選択的夫婦別姓の是非自体は賛成だと
言っておくことで、争点化に否定的なことの
正当化ないしエクスキューズにする
ということがあります。
たしかに選択的夫婦別姓の実現を妨害するのは、
直接的には反対派(非共存派)です。
それでも菊池誠氏をはじめとする、
「オンナコドモのことはくだらない」の人たちによって
反対派が批判されずに活動が黙認され、
反対派がアシストされる部分は大きいです。
「日本会議・ミソジニーの本質」
「日本会議は、とりわけ細川内閣誕生以来、
『壮大なる反対運動団体』になってるんです。
曰く、『男女共同参画反対』『慰安婦報道反対』
『夫婦別姓反対』『性教育反対』と。
40年近くある彼らの歴史は、
ずっと反対運動の歴史なんです」と、具体例を挙げる。
だからもう一度念を押す。
「男女共同参画にしても、慰安婦報道にしても、
夫婦別姓にしても、性教育にしても、全部、『女子供』の話です。
これ、皆さん方、メディアの人々も、
そしてその需要サイドである我々社会も、
最もバカにする分野の話ですよね?」と念を押す。
ここまでくると反応が分かれる
「つまり皆さんと皆さんの報道の消費者である僕たち市民社会が、
『女子供の話だからどうでもいい』と等閑視していた事柄ばかり、
彼らがやってきたから、彼らの運動が報道されないんです。
つまり日本会議と我々は両方とも加害者」という話をする。
「オンナコドモは黙っていろとは、
思っていない」といくら主張しても、
「オンナコドモのことはくだらない」ということの
正当化はできないということです。
それでも「オンナコドモのことはくだらない」の人は、
選択的夫婦別姓の実現阻止に加担したことを
批判されれば、「自分は選択的夫婦別姓には
反対でない」と言うことは、予想されます。
「是非には賛成」というエクスキューズは、
そもそもが争点化反対によって実現阻止を
加担することになることの「正当化」だからです。
付記:
菊池誠氏が、選択的夫婦別姓の是非は賛成と言いながら、
参院選の争点にすることに否定的なのは、
上記ふたつのどちらの理由なのか、
それともこれら以外に理由があるのか、
そこまではわからないです。
はっきり言うのはいまは避けておくことにします。