2020年05月28日

toujyouka016.jpg 伝統は不要でも有害でもなくならない

5月19日エントリの続き。

ツイッターで選択的夫婦別姓の反対論を
主張して注目された百田尚樹氏ですが、
「伝統は不要になったとき自然になくなる」
などとナイーブなことを言っています。

 


伝統は不要どころか有害になっても、
なくならないことはいくらでもあります。
その伝統によって利益を得ている
既得権益層が強い場合、いつまでもしつこく
残り続けることになりやすいです。

百田尚樹氏は「伝統は無理に
なくすものではない」とも言っています。
既得権益層に利益をもたらす伝統は
非効率的だったり差別的なこともあります。
そうした伝統は有害なので、少々の無理を
してもなくす必要があることです。


少し前に百田尚樹氏「夫婦同姓は日本の伝統」
というおかしな主張をしていました。
「伝統は不要になると自然になくなる」も、
夫婦同姓の強制を意識して
言っていることもあるのでしょう。

「百田尚樹・選択的夫婦別姓反対論を展開」


「日本で夫婦同姓の強制が続いているのは、
それが必要だからだ」と、百田尚樹氏は
言いたいのだろうと思います。

「伝統と言われれば無条件で
維持しなければならない」という、
選択的夫婦別姓の反対派(非共存派)にありがちな
思考停止した発想だと思います。


その伝統のせいで、搾取されたり
抑圧や差別を受ける人たちにとっては、
そのような伝統は忌まわしい悪習です。

万人が享受できず、だれかの犠牲の上に
成り立つ「伝統」など不健全ですから
ただちになくす必要のあることであり、
維持させられるいわれのないことです。

posted by たんぽぽ at 22:06 | Comment(0) | 政治・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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