戦争批判は軍人差別になるというお話を、
わたしは6月27日エントリでしました。
そこへ岡村隆史氏の発言を擁護する
あの粘着質な「山田晃嗣」がしゃしゃり出て、
「軍人になりたくない」と「軍人という職業を見下す」は
まったくべつのお話だと言ってきました。
>軍人という職業にほこりを持っている人も
— 山田晃嗣@働き方改革 (@KojiYamada1966) June 28, 2020
>少なからずいると思います。
「少なからず」ではありません。
各国の軍人も日本の自衛官も、多くの人は誇りをもって仕事をしています。
ちなみに下記は7年前の私のFacebook投稿。
私はわが子に自衛官になることを勧めています。 pic.twitter.com/1BhqvBjqo9
わが子は、自分自身が自衛官になることは嫌がりましたが、だからと言って自衛官を不幸な仕事などとは全く考えておりません。むしろ憧れております。
— 山田晃嗣@働き方改革 (@KojiYamada1966) June 28, 2020
「〇〇と言う職業になりたくない」
と
「〇〇と言う職業を見下す」
は全く別の話なのです。
それなら「風俗で働きたくない」と
「風俗という職業を見下す」はまったく
べつのお話になるということですね。
なぜ「大和撫子」さんは、「望まないのに
風俗で働かざるをえない人が出てくること」を、
問題視すると「風俗という職業を見下す」
などと言うのかと思います。
「大和撫子」さんは「風俗で働きたくない」と
「風俗という職業を見下す」を、
同じお話にしているからです。
「〇〇と言う職業になりたくない」と
「〇〇と言う職業を見下す」は
「まったくべつのお話」なのに、
なぜ「〇〇=風俗」のときは「同じお話」になるのか、
その混同を問題にしています。
6月27日エントリは「〇〇=風俗」の
かわりに「〇〇=軍人」にすると
「大和撫子」さんの理屈ではどうなるかを、
わたしなりにお話してみたしだいです。
「〇〇」に入る職業を変えれば、
「大和撫子」さんの理屈はどういったものか
わかりやすくなると思ったからです。
「山田晃嗣」はツイートでは
「〇〇と言う職業」と一般形で書いています。
「〇〇」のところにどんな職業を
代入してもいいということですから、
「軍人」「風俗」のどちらを代入しても
同じことが成り立つはずです。