2021年11月27日

toujyouka016.jpg 不況ですたれた温泉地の歓楽街

そのむかし昭和時代の温泉地は
男性たちの「歓楽街」でした。
「おじさん」たちが、女性を堂々と
性的搾取する「いかがわしい」場所でした。

つぎのツイートに、かつては男性たちの
「歓楽街」だった温泉街の様子に
ついて、簡単に述べられています。

 


昭和のころの温泉地は、企業の団体旅行で
行く人が多かったのでした。

そんな企業の社員たちは
昭和においては多くが男性でした。
そしてかかる男性たちがそろって
羽を伸ばして浸れる娯楽が、
女性の性的搾取だったのでしょう。

当時は、かかる男性たちによる
性的搾取くらい「あたりまえ」であり、
「いかがわしい」という意識は
あまりなかったものと思います。


そんな男性たちの歓楽街である
温泉地がさびれたのは、
バブルがはじけて不況になったからです。
団体旅行を企画するだけの
経済的余裕がなくなったからです。

バブル崩壊以降は、個人やカップル、
家族の旅行客が多くなります。
温泉地もそうした客層をターゲットと
したものへと変貌していきます。



女性を堂々と性的搾取することを
問題視するようになって、温泉地の歓楽街が
すたれたのではないということです。

このような性的搾取を人権問題として
意識できるような水準には、
バブル崩壊前後の日本社会は
達していなかったとも思います。


温泉地の歓楽街がすたれたのは、
人権問題として解決したのではない
ということは、いささかショッキング
かもしれないです。

女性を性的搾取することを
人権問題としてだいぶ意識できるように
なった現在でも、温泉地の歓楽街が
あったとしたら、それを廃止させることは
むずかしいかもしれないです。

性的搾取がいまよりずっと
問題にならない時代においては、
なおさら人権問題として解決なんて、
無理だろうと思います。



付記

日本人の集団買春ツアーが
すたれたのも、温泉地の歓楽街が
すたれたのと同じ理由です。

やはりバブルがはじけて不況となったので、
企業が社員向けの集団買春ツアーに
金を出せなくなったということです。

集団買収ツアーも経済的な理由で
続かなくなったのであって、
人権問題として解決した
というわけではないです。

「日本人集団買春ツアーのメモ」

posted by たんぽぽ at 22:09 | Comment(0) | 家族・ジェンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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