参政党の党員だったけれど、すでにやめたという
「辞め参」と言われる人たちからのお話の続き。
「“辞め参”「目が覚めた」の語り口に思う 安倍政権とコロナ禍が生んだ参政党の危うさ 北原みのり」
参政党はカルト教団と体質や特徴が同じだ
ということを、お話してきました。
参政党の活動や仲間との暮らしについても
「辞め参」の人たちは語っています。
これを見ると参政党は「承認要求」や「自己実現」が
満たされる場所でもあるようです。
参政党は楽しくやりがいのある
場所だったと辞め参の人たちは語る。
高揚感と使命感を感じられる居場所であり、
気が合う仲間たちと一緒に語り合い、学び、やりがいを
感じてどんどんのめり込めていける世界だそうだ。
しかも参政党が販売するオレンジ色の
グッズを身につけることで党に貢献もできる。
……と書きながら思うが、こういう高揚感自体は
基本的には推し活の延長のようなものだろう。
推し活の延長のような気軽さで政治参加でき、
そういう気軽さで社会を変えられるのが参政党だったのだ。
しかも「自分は社会のために貢献している」と
気分にもひたることができます。
社会正義をまっとうしている(というより
社会正義を「消費」している)、という
気持ちになれるのが参政党ということです。
「承認要求」「自己実現」「社会正義の消費」で、
「信者」を惹きつけるというのも、
カルト教団にありがちな特徴だと思います。
(わたしはちょっと引いた。)
毎日の暮らしがたいくつで精彩がなく、
さえない日々が続いていた人、
あるいは自分も社会のために役立ちたいけれど
なにもできない無力感を感じていた人の「受け皿」に、
参政党はなったのだろうと思います。
「社会正義を消費する」人たちは、
自分に直接解決したい政治課題があるわけでは
かならずしもないことが多いです。
「自分は社会のために役立っているんだ」と
思いたいために、活動するということです。
いにしえの1980年代に、落合信彦氏の本を読んで
その気になった人たちは、このような
「社会正義を消費する」人たちだと思います。
「惑星開発大辞典(2)」
「聞く耳を持たないネトウヨ」
「ネトウヨ」も本人は、自分の言動は
世のため人のためだと信じているので、
「社会正義を消費する」人になると思います。
このような社会正義を消費したい人たちが、
まともなリテラシーを持っていないと
(義務教育程度の知識で見抜けることも
見抜けないレベル)、カルト教団やら商業ベースやらに
ていよく乗せられることになるのでしょう。



実際に今はフランスにおいてカルト認定でなく、一部で「カルトのような団体と見られている」と格下げ?されています。
その中に入って活動すると確かに高揚感はあるでしょうね。
暴力団のような組織だと「悪いことをしている」という認識はあると思います。
しかし、ご指摘のように政治や宗教だと「正しいことを伝えている」という認識がありますから、勢いに乗ると短期間で上昇、拡大しますね。
参政党は先々どうなっていくのか。
今はまだ「お試し期間」「様子見期間」なので深い実態の把握は今後ですね。
もう今年はそれほど大きな動きや変化はないでしょう。
来年になると新たに、何か踏み込んだ動向が出てくるかもしれませんね。
場合によっては、この秋にも何らかの大きな動きを計画しているかもしれません。