2008年03月04日

toujyouka016.jpg 防げなかった9.11(2)

そして、これが、いちばん根本的だと思うのですが、
アメリカ社会全体が、「冷戦ぼけ」していて、
テロリストに関心がなかったり、過小評価していたことだと思います。

たとえば、CIAは、冷戦が終わっても、対ロシアに
振り向けられた人員や予算の削減がなされず、温存されました。
局員の思考も冷戦感覚で、テロリストの追跡も同じ調子で臨んでいました。
組織の改革も試みられましたが、官僚機構に阻まれて、
ほとんど失敗に終わるという状態でした。

また、2000年に、テロ対策責任者が、いくつかのFBIの支局を訪れたとき、
捜査官に「アルカイダってなんですか?」と、訊かれたというお話です。
テロリストは、おもにヨーロッパや中東で、活動してきたので、
アメリカの人たちは、彼らの脅威を実感できなかったのでしょう。

 
クリントンは、冷戦の勝利と好景気で浮かれて、
内政のことにしか関心がなく、「問題は経済だ」という大統領でした。
外交や安全保障には興味がなく、優柔不断なところがあったり、
中東和平を実現しようなんて、功名心がはやったりして、
テロリスト対策も消極的で、ことなかれ主義的な対応でした。

ブッシュは、輪をかけて、外交オンチの大統領です。
80年代の冷戦時代的な戦略観にとりつかれていて、
軍関係者の多くが、むだで役に立たないと思っている、
ミサイル防衛システムにばかり、関心がまわるのでした。
当然テロリストには興味がなく、ミサイル防衛の予算の一部を、
テロ対策にまわしてほしいという、CIAの要求を断わっていました。

2001年になって、アルカイダが活発になると、アメリカ政府に
いくつも情報が寄せられ、国内の警告も強くなってきます。
それでさすがに、テロ対策のブリーフィングが、
01年8月に行なわれるのですが、よりによって、このタイトルが、
「ビン・ラディンがアメリカへの攻撃を決定」だったのでした。
「ブッシュはじつは、知っていたのではないか?」という疑惑は、
ここから生じることになったみたいです。

テロがもうじきありそうだというのは、わかっていたのだが、
「いつ、どこで、どうやって」と、はっきり特定できるだけの、
具体的な情報はなかった、というのが政権の釈明ですが。
(このあたり、つぎのエントリも参照。)
http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2006/10/state_of_denial_fab0.html


アメリカ社会のほとんどすべての人に、責任があるせいで、
だれかの責任を追求をすれば、自分に跳ね返ってくるかもしれず、
9.11テロの責任追求は、だれもみな腰が重くなってきます。

01年8月、FBIミネアポリス支局は、移民法違反で逮捕した、
ザカリアス・ムサウイ(「20人目のテロリスト」と言われた)に、
テロに関係があるという情報が入ったので、調査を要求したのでした。
ところが、無理解な本部に、証拠不十分だと言われて、
却下されたのですが、これを告発した局員がいたのでした。
しかし、保身的体質の蔓延するFBIの本部は、否認しようとしました。
http://www.jiia.or.jp/pdf/america_centre/h14_info-system/02_miyasaka.pdf

内部告発したかたは、「Person of the year(その年の人)」に
選ばれたのですが、これは同時テロに関して、
それだけ無責任がまかり通っていることではないかと思います。

参考資料:
『CIA 失敗の研究』(落合浩太郎著、文春新書)

posted by たんぽぽ at 23:28 | Comment(0) | TrackBack(1) | ウェブサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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