水葉さんは、たぶん自覚はしていないのだと思いますが、
「たんぽぽは謝罪要求をした」というデマを、自分で作って信じ込み、
たくさんの人たちにも、そう信じさせたことになります。
となると、なぜこんなことになったのかを考えるには、
水葉さん個人の資質について、見ていく必要がありそうです。
これをご覧のみなさんには、不愉快なお話になるかもしれないですが、
風評被害を作った張本人である以上、言及が必要と思われるので、
どうかご容赦いただきたいと思います。
水葉さんの、個人的なパーソナリティですが、
ものすごくナーバスというのが、わたしの印象です。
精神的に不安定なところがあるという、ご意見もいただいています。
つぎのエントリで、わたしは、むかしの水葉さんのブログを
リンクして、紹介したことがあったのでした。
そうしたら、あとになって、「たんぽぽが、自分を、
ばかにしているように思った」なんて、言われてしまいましたよ。
このとき、なんでそういうふうに受け取るのかな?と思ったものです。
http://taraxacum.seesaa.net/article/22266681.html
加えて水葉さんは、被害妄想じみたところもあるようです。
さきの「ばかにしている」という、受け取りかたもそうですし、
jabberwockさまから、4月12日エントリを、
トラックバックされたときも、「絶交宣言された」
「妻に近付くなと言われたと思った」と、受け取っています。
きのうご紹介した、玄倉川さまの検証エントリで、
「謝罪要求はなかった」という根拠とした部分とおなじところを、
じつは、水葉さまも、引用しているのですが、
これらを見たから、「(たんぽぽに)『謝罪を求めている』と、
私には感じられました」などと言っています。
([2008-04-19 14:13:40]のコメント参照。)
どう読んでも、謝罪の要求とは取れないと、
もちろん反論されるのですが、水葉さまのこの受け止めかたも、
おそらくは、被害妄想チックなところによるのだろうと、思われます。
(ついでながら、水葉さんが、「謝罪の義務を課せられる」と
言ったのは1月11日ですから、1月12日と1月16日の発言である、
引用のところが、誤解の直接の原因ではないようですね。
直前にぶいっちゃんが、「自分に謝れと言っている」と書いているので、
それを信用したのが、直接なように思われます。)
それから、つぎのエントリのコメント欄を見ると、
「自分がどう感じようと、それは自由だ」と、
水葉さまは、考えていることがわかります。
「事実を的確に認識した上で、どう感じるかでないといけない」
という主旨の批判をされているのですが(No.28-No.33)
「自由なはずなのに、なにがいけないのかわからない」です。(No.52)
http://blog.livedoor.jp/gegenga/archives/51375726.html
そういうしだいなので、自分の感じかたについて、
反省や点検を、彼女はあまりしないのではないかと思います。
それで、こんどのことも、「自分はそう感じたのだから」で、
正当化してしまい、「たんぽぽは謝罪要求した」というのが、
わたしへの、言いがかりになることも、気がまわらないのでしょう。
ようするに、もともと、被害妄想的な受け止めかたをするところへ、
「感じかたは自由」で、疑問を持とうともしなかったので、
自分がデマを作り出して、それを信じこみ、増幅もさせていることに、
無自覚になったのでは?というのが、わたしの考えるところです。
(なぜ水葉さまが、被害妄想チックなのかは、わたしには、わからないです。
これは、彼女にもっと近しくて、よく知っているかたたちに、
思い当たるフシがないか、訊いてみるよりないと思います。)
2008年04月21日
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Tracked: 2008-04-23 00:24
コメント欄からブログへ
Excerpt: (いつかはブログを持ちたいとは思っていたけれど、 こんなきっかけだとは夢にも思わなかった・・・ まあ、何かが始まるときというのは案外...
Weblog: 乗りかかった小舟
Tracked: 2008-04-30 22:02
自己相対化出来るなら、自分達の主張の稚拙さ(素朴さ)・現実性の無さ(現実的根拠の無さと実現性の無さ)に耐えられないんじゃないかと思う。
うーむ...それはどうなんでしょうね...
自己正当化の傾向が強いから、自分の書いているものが
客観視できない、というわけでもないと思いますよ。
(自分が書いているものの水準については、
ほとんどのかたが、結構自覚できているような...)
私は、実は水葉さんがブログを閉じてしまう前まで、密かに「ウォッチング」しておりました。
といってもファンだったからではありません。
(水葉さん、どこかで見ていらしたらすみません。)
たいていの場合、全く同意できない彼女の記事に、がっかりしたりいらいらしたりしながら読んでいました。
ただ、コメント欄でいくら反論したところで無駄ということもうすうすわかっていましたので、問い詰めたくなる気持ちをぐっとこらえて(笑)数少ない「同意できる場合」のみコメントを入れるようにしていました。そこから何かが開けないかと…(うまくいったことはありませんでしたが)
なので、今回の騒動が起きたのも、私としてはさもありなん…的に受け止めています。
ただ、そんな私もたんぽぽさんに無条件で賛同するものではありません。
たんぽぽさんに問いかけたいのは、そこに「対話する姿勢」はあったのでしょうか、ということです。
それは、当該らんきーブログ記事の、最初の取り上げ方にも現れている気がします。
「問題あり」と感じたなら、まずはそのブログに直接意見すればいいのではないでしょうか。
自分のブログで「悪い例」として取り上げるにしても、その対応に不満を感じてからでいいはずです。
水葉さんに対しても同じです。「当人の目を見て語りかける」のではなく、(言い方は悪いですが)ただの「分析対象」扱い、あるいはまるで「肴にしている」かのように感じられます。
最初のコメントなのに、少々きついことを書いてしまってすみません。
「中立を気取る信用ならないヤツ」という見方をされてしまうかな?それなら、それでもかまいません。
でも「論」を立てようという場合でも、「対話する姿勢」は大切なのではないでしょうか。そういう感じ方をしている人間もいるということを、少しでも気にとめていただければうれしく思います。
時事問題のほか死刑反対を取り上げることが多かったけど的確な分析と対象を見る目の優しさで、好きなブロガーの一人だった
それが三ヶ月前のアノ騒ぎの時には俺は滅多にやらない、批判的なコメントを彼女のブログに寄せるという行為をした
アレだけの聡明な人が『天下の往来に等しいネットの世界で馬鹿な事を書いて、批判されたら逆切れをした馬鹿と、まっとうな批判をしたたんぽぽさんと、どっちもどっち』みたいなしっちゃかめっちゃかな内容のエントリーをあげたからだ
動機は『たんぽぽさん擁護』ではない(そもそも、たんぽぽさんは俺ごときの擁護がいる人じゃない)
『不幸な事件の後で、精神的に不安定な要素があるにしても、アンタほどの人が馬鹿を書かんでくれよ〜(泣)。痛々しくて見ちゃおれん』という気持ちからだ
結果としてはまったく聞く耳を持っていただけなかったが
今回も俺は批判コメントをつけようとしたらブログ自体が削除されてしまっていた
今回の動機は前回とは違う。今回俺の心象風景(=妄想。ま、『たんぽぽさんの謝罪要求』みたいなもんだ)で『痛々しくて見ちゃおれん』と思ったのはjabberwock氏である
もっとマトモな動機もある。水葉さんは俺も含めて読者が多く影響範囲も広いブロガーだ。その人がした『たんぽぽさんがしつこく謝罪要求をした』などという事実に反する言明をそのままにしとくのは、こりゃマズイだろう
マトモでない動機もも一つ、jabberwockさんの気ぃ使いまくりの諌言に対して『連合赤軍にたとえたのがオヤジの琴線に触れちゃったのかしら』みたいに矮小化したいい加減な『お詫び』に余計腹がたったっつーのもある(連赤事件に関して言えば俺は知り合いがモロに関係者であり、この事件のことは三十六年たっても胃でも腸でも溶けず俺の下腹の辺りに黒い塊として残っている。多分死ぬまでそうだろう。しかし、そんなことはこの際関係ねー)
それにしてもねー、俺も言論の内容においては『知性を重んずる人』でありたくは思っとるが、その動機においては『感情の赴くまま』だな(爆笑)
特に五十を過ぎて涙腺が弱々になり『感情失禁』(谷庵さんの造語だと思う)をちょいちょい起こすようになってからはもう・・・
トラックバック記事を拝見しました。
今度は「容共」対「反共」ですか?
(どなたか反対の構図を描かれていたような・・・)
とりあえず
jabberwockは日本共産党を激しく批判したことがあり、
水葉さんは共産党のポスターを考えるほどに支援してられましたよ。
しかし、どうしてつぎつぎと「そこにない」ものが「見えてくる」人が後を絶たないのか? 玄倉川さんがご自分のブログコメント欄で書いてられたように,甘く見てはケガをする「劇物」だということなのでしょうか?
コメントとTB、ありがとうございます。
さっそく、TBしてくださったエントリ、読ませていただきました。
「反論派」のうち、「けんかをやめて〜♪」の人たちが、
中立のつもりでいて、じつは「批判派」に一方的な譲歩を求めている、
というのは、まさにそうだと思います。
でも「批判派」=「容共」、「反論派」=「反共」のように、
わかれていたかというと、とっても疑問ですねえ...
たとえば、「けんかをやめて〜♪」の代表格である、
お玉おばさんは、共産党寄りのかたですし、
また「批判派」で代表的なkojitakenさまは、「戦略的投票」を
推奨していた(と思った。 ちがったらもうしわけない)から、
エントリのわけかたでいけば、「反共」に入りますよ。
Lightさま、いらっしゃいませ。
あなたがたが、「思いやり」とか、「人にやさしく」とか言うときは、
いつも他人が自分に配慮することが、意識されているようですね。
自分から他人に配慮することは、あまり念頭にない感じです。
だから、「水からの伝言」で、わたしに批判されたときは、
「批判のしかたに問題がある」と、わたしのせいにしたけれど、
「連合赤軍発言」で、jabberwockさまを、怒らせ傷つけたときは、
「批判のしかたに問題ありまくり」だったことに、
なかなか気がつかないのでしょう...
>そこに「対話する姿勢」はあったのでしょうか、ということです。
それなら、ぶいっちゃんの受け止めかたが、まったく失敗だったことを、
じゅうぶん理解して、どうやったらわたしと対話できるのか、
あなた(がた)の対応のしかたを、考えるのがいいと思います。
「対話する姿勢」が必要だと言うなら、わたしに要求するのではなく、
ご自分が実行なさるのが、よろしいでしょう...
>「問題あり」と感じたなら、まずはそのブログに
>直接意見すればいいのではないでしょうか。
もしそうしたら、わたしは、こう言われるんじゃないかな...?
「自分のブログがあるのなら、さきにそこで書けばいいのに、
その前にわざわざ人のブログに、コメントしてくるのは、
人のブログを荒らしたいだけで、対話する姿勢がなく、
批判のしかたに問題があると思います。」
コメントをたくさんくださって、ありがとうございます。
いろいろと、心配してくださってありがとうです。
(って、わたしじゃなくて、水葉さんを心配してるのね...)
わたしも、彼女とは、ジェンダーのことなどで興味は合うからね...
こんどのことは、ひじょうに残念に思っているんだけど...
>ブログ自体が削除されてしまっていた
水葉さんは、自分が無自覚のうちに、デマを作って流していたことを、
はっきり知らないままなのではないかと思います。
>俺も言論の内容においては『知性を重んずる人』でありたくは思っとるが、
>その動機においては『感情の赴くまま』だな(爆笑)
いや、そんなものじゃないかなと思いますよ。
「理性的な動機」というのも、あるんでしょうけれど、
根底には感情的なものが、あるように思います。
すくなくとも、挙げられた動機は、全部まともだと思います。
ことを矮小化して「おわび」するのも、批判されることでしょうし。
jabberwockさま、いらっしゃいませ。
たんぽぽは、はじめは「日共」で、つぎに「解同」と言われたけど、
こんどはまた「容共」で、もとにもどったことになりますね。(笑)
わたしも、上のコメントで、反例を出したけれど、
非国民通信さまのわけかたは、例外が多くてあたってないですね。
(かくいう、わたしも、共産党はぜんぜん支持してないですし...)
>「そこにない」ものが「見えてくる」
自身の政治的信条で、捕らえようとする人が多いのも、
ひとつの原因かもしれないです。
しかし
>あなたがたが、「思いやり」とか、「人にやさしく」とか言うときは、
・・・の「あなたがた」というのは誰のことですか。
私は私自身の意見を言わせていただいているだけです。水葉さんとは一切関係はありませんし、先のコメントで述べたように、どちらかというと「アンチ水葉派」でした。
それに私が話題にしているのは「対話の姿勢」についてだけです。「思いやり」とか「人にやさしく」などは、一切関係ありません。
たんぽぽさんの科学的態度が伝わらなかったことが残念だったからこそ、どうすればうまくいったのだろうか、ということを、私なりに考えてみたのです。
もし私が水葉さん側だとしたら、なんでそんな「どうやったらうまくいくか考えてみた」みたいな「敵に塩を送る」意見を書くでしょうか(笑)
そこをくみ取ってレスをいただければうれしく思います。
>「対話する姿勢」が必要だと言うなら、わたしに要求するのではなく、ご自分が実行なさるのが、よろしいでしょう...
・・・これについても、自分でも実行すべきだと思ったからこそ、直接ここに意見を書くことにしたわけですが・・・何か矛盾していますでしょうか。
>もしそうしたら、わたしは、こう言われるんじゃないかな...?
「自分のブログがあるのなら、・・・批判のしかたに問題があると思います。」
・・・こちらが対話の姿勢を持ちつつ、直接きちんと意見しても、相手が聞く耳を持たなかったなら、そのときこそ批判エントリをあげて第三者の賛同を得てもよいのでは、と私は思います。
こちらにはそうそうたる皆さんがコメントを書き込まれているので、尻込みしつつ、勇気を持って初コメントさせていただきます。
私は最初の頃から「水からの伝言」に関わる敬意をずっと見守ってきたものです。
その中でずっと心にひっかかっている事が一つあるので、質問させていただきます。
もし不愉快に感じられたら、ごめんなさい。
らんきーブログのぶいっちゃんさんの、当該エントリーに対して、危険な似非科学をあたかも信じているように感じられ、それを問題視されたのならば、やはり直接、らんきーブログの当該コメントらんにて指摘されるべきではないでしょうか?
「2年も前の記事で失礼とは存じましたが、取り上げていらっしゃる水からの伝言は危険な似非科学です。ブログ主様が信じていらっしゃるように受け取られる恐れがありますから、ご注意申し上げたくコメントさせていただきました。」
…というような内容で丁寧に指摘されれば、ぶいっちゃんさんもきっと素直に「ありがとう。訂正しておきますね。」と、応じられたのではないかと(日頃のぶいっちゃんさんの対応ぶりを見ていて)そう思います。
そうすれば、危険な似非科学がさらに広まる怖れもなくなり、たんぽぽさんの危惧されていることもなくなったのではないかと…
ただそれだけのことだったのではないかと、思うのですが、終ったことではありますが、なぜ、たんぽぽさんが「水からの伝言を信じている方」と断定的にココで書かれたのかが、甚だ疑問でしたので、そのお気持ちを(できれば)知りたいと思いました。
ぶいっちゃんさんが「水からの伝言」を信じていると断定されたのは、どうしてですか?
また、こちらにコメントされている皆さんも、ぶいっちゃんさんが信じていると思っているのですか?
ぶいっちゃんさんは、一言でも「信じている」と書かれていましたか?
新参者なのに、長々と失礼しました。
>どうすればうまくいったのだろうか、ということを、
>私なりに考えてみたのです。
それでしたら、わたしにどうしろと言うのではなく、
「悪意がある」「謝罪しろ」と迫った、攻撃的な「ニケ」氏や、
わたしのブログで、表面的にものわかりのいい態度をとっておいて、
自分のブログで開き直っていた、偽善的な「ぶいっちゃん」氏は
どうしたらよかったかを考えたほうがよいと思います。
>これについても、自分でも実行すべきだと思ったからこそ
「攻撃的」とか「偽善的」というのは、
「対話の姿勢」としては、非常に問題があると思います。
あなたが、ご自分の対話の姿勢も、考えたいというのでしたら、
なおさら、ニケ氏やぶいっちゃん氏を、
(反面教師として)検討したほうがよいでしょう。
てんとう虫さま、いらっしゃいませ。
さきにコメント欄で、コメントした場合どうなるか、
わたしの見解は、さきのLightさまへのコメントでお話した通りです。
「人のブログに来て、わざわざ批判的コメントをするのは、
批判のやりかたに問題がある」とかなんか言われて、
その場合も、わたしが悪いことにされたと思います。
というか、実際に、そう言われましたよ。
最初のころは、みなさんは、わたしが「らんきーブログ」に
コメントしてから議論が始まったと、思っていたらしく、
それで「たんぽぽの批判のしかたに問題がある」と、言っていたんだし。
「対話の姿勢」ってそんな難しい意味じゃないです。「攻撃的」とか「偽善的」とか以前の話です。
要するに、「頭越しに話をされるのはイヤなものですよね」というだけのことで。
子育てでも「目を見て諭す」は基本ですよね。
>>どうすればうまくいったのだろうか、ということを、
>>私なりに考えてみたのです。
>それでしたら、わたしにどうしろと言うのではなく・・・
いや、だから・・・
>「悪意がある」「謝罪しろ」と迫った、攻撃的な「ニケ」氏や、
わたしのブログで、表面的にものわかりのいい態度をとっておいて、
自分のブログで開き直っていた、偽善的な「ぶいっちゃん」氏
…を生まないですむための、「違う出方」を考えてみたのです。
時系列処理を間違えないでください。
おわかりいただけないようですので、具体例をあげてみますね。
「かめ?」
http://blog.livedoor.jp/gegenga/archives/51375726.html
…ここでのgegengaさんの水葉さんへの語りかけ(特に28〜33)は、とても胸に響くものでした。
なぜ胸に響いたか、を考えてみたとき、それは「水葉さんに直接語りかける」ものだったからではないか、という結論に行き着いたのです。(それが水葉さんの胸にも響いたのかどうか、今はそれを確かめる術はありませんが…)
こんなふうに、ぶいっちゃんにも最初に直接語りかけていたら、少しは違っていたのかもしれない、と思ったわけです。
(現にぶいっちゃんは、その後「ぶいっちゃん、そりゃあかんよ」とおっしゃる「やっしゃん」からの提言を受け入れて、追記を記載していますよね。)
いろいろ書いていますが、私は最初から「論理的な話のできる」たんぽぽさん寄りなんですよ。
たんぽぽさんは、「異論を述べる者は皆敵側」という認識を持たれるほど非論理的な方ではないと信じています。
横から口出ししてすみません。
「う〜ん…どうして分かっていただけないんでしょうか。私の文章力が乏しいせいか?」
こういう物言いに私は違和感を覚えます。
Lightさんの感覚は基本的にはLightさんご自身のものであって、アプリオリに共有されるものではありません。仮にLightさんが「自分の感覚はすべての人に理解してもらえて当然」と思っておられるとしたらそれは勘違いであり、その勘違いこそが「分かっていただけない」原因であろう、と思います。
「ぶいっちゃんにも最初に直接語りかけていたら、少しは違っていたのかもしれない、と思ったわけです。」
Lightさんがそのように思うことをたんぽぽさんは否定していません。単に同意しないだけです。私もぶいっちゃん氏や水葉氏のような人は「身内」(gegengaさん・やっしゃん)の忠告は聞いてもよそ者であるたんぽぽさんの言うことは無視しただろうと思います。
「私は最初から「論理的な話のできる」たんぽぽさん寄りなんですよ。」
たんぽぽさんは「どちら寄り」といったことは気にしていないと思います。
仮にLightさんが熱烈なたんぽぽファンであったとしても、同意できない意見には同意できないとはっきり言うでしょう。
もちろん、私の感覚を共有できるとはゆめゆめ思っておりません。
しかし、そもそもの認識に誤解がある場合には、それを修正すべきだと考えます。
語句の意味がきちんと伝わっていて、なお賛同できないとおっしゃるのであれば、それ以上話を続けようとは思いません。
「サシで話をする」という意味で私が使った「対話の姿勢」について、「あなた“がた”は…」だの「人に優しく」だのといった見当違いなことをおっしゃっているので、これは伝わっていないに違いないと思っただけです。
(…たんぽぽさんが「サシで話をする」というのは「思いやり」とイコールだ、という認識なら、この話はここで終わりにせざるを得ませんけど。)
>仮にLightさんが熱烈なたんぽぽファンであったとしても、同意できない意見には同意できないとはっきり言うでしょう。
…逆に、「同意できない意見を述べたものは私のファンでない」という認識も、されていないことを祈ります。
「私の感覚を共有できるとはゆめゆめ思っておりません。」
それはよかった。
「語句の意味がきちんと伝わっていて、なお賛同できないとおっしゃるのであれば」
たんぽぽさんはLightさんのご意見を充分わかっておられると思います。
わかったうえで「ぶいっちゃんにも最初に直接語りかけていたら、少しは違っていたのかもしれない、と思ったわけです。」というLightさんのご意見に賛成しない。それは別におかしなことではありません。単なる意見の相違です。
「…逆に、「同意できない意見を述べたものは私のファンでない」という認識も、されていないことを祈ります。」
何回読んでも意味がわかりません。
「たんぽぽさん寄り」とか「ファン」とかいったことに何の意味があるのでしょうか。
・・・そうですか。
では、玄倉川さんがそのようにお思いになる根拠は何ですか。
私が「たんぽぽさんにご理解いただけていないのでは」と思った根拠は、前のコメントで述べたとおりです。
どちらにしても、ここで推測を重ねていても不毛ですね。たんぽぽさんご自身の見解をお待ちしたほうがよさそうだと思いますが、いかがでしょうか。
>「同意できない意見を述べたものは私のファンでない」という認識も、されていないことを祈ります。
私のこの懸念の根拠は、
私自身の見解として異論を述べたにもかかわらず、いきなり「あなた“がた”」と、何か(「敵側」と見るのが自然だと思います)の一派にされてしまったことにあります。
この「あなたがた」という表現に別の理由があるのであれば、私の懸念は杞憂だったと納得できます。
ちなみに、私は「たんぽぽさんのファン」でもありません。
まあ、論理的な話にこんなことは関係ないですよね。
>「サシで話をする」という意味で私が使った「対話の姿勢」
「対話の姿勢がある」というのは、「他人の意見を聞く意志がある」とか、
「聞く耳を持つ」とかいう意味なのかと思いましたよ。
(というか、ふつうは、そう取るんじゃないのかな...?)
>を生まないですむための、「違う出方」を考えてみたのです。
どのように「違う出方」をしても、不誠実な態度を取ることに、
変わりはなかっただろう、というのが、わたしの言いたかったことです。
最初の出かたが、「直接語りかける」とか、「目を見て諭す」であっても、
「わたしの批判のしかたが悪い」と、言われていただろう、
という意味で、最初のコメント(2008年04月23日 21:42)の、
最後のところは書いたんです。
>http://blog.livedoor.jp/gegenga/archives/51375726.html
>…ここでのgegengaさんの水葉さんへの語りかけ(特に28〜33)は
それは、玄倉川さまが、ご指摘のように、
「身内」だから、聞く耳があったんだと思いますよ。
(「なにを言ったかではなく、だれが言ったかで判断する」って、
jabberwockさまが、こぼしてたと思ったけど、聞いてなかった...?)
水葉さんとgegengaさんは、ネットだけでなく、
リアルでもおつき合いがあるみたいだし、また水葉さんは、
gegengaさんのことを、かなり慕っているとも聞いています。
信頼の程度が、gegengaさまと、わたしごときとでだいぶちがうし、
同じことを言っても、影響力はぜんぜんちがうでしょう...
>(現にぶいっちゃんは、その後「ぶいっちゃん、そりゃあかんよ」
>とおっしゃる「やっしゃん」からの提言を受け入れて、
>追記を記載していますよね。)
これは、自分への批判がだいぶ強まっていて、
いたたまれなくなったので、やむをえずそうしたんじゃないかな...?
議論の最初のうちでしたら、「身内」のやっしゃんさまの
忠告であっても、聞かなかったと思います。
>「私は最初から「論理的な話のできる」たんぽぽさん寄りなんですよ。」
これについては、わたしは、べつのことも考えてまして...
議論が紛糾したのは、都合が悪い批判を受け入れようとしない、
ぶいっちゃんサイドの対応が、原因でしょうから、
わたしの「対話の姿勢」を問題にするLightさまは、
それだけでじゅうぶん、ぶいっちゃん寄りだと思います。
それで、Lightさまが、「自分はたんぽぽ寄りだ」と自分で言うのは、
議論における、自分の立ち位置がわかっていない
(議論の全体像が把握できていない)ことのように思ったのだ...
「対話」…双方向かい合って話をすること
「姿勢」…物事に対する構え
ですからそこには「他人の意見を聞く意志がある」とか「聞く耳を持つ」などの個人的な価値観が入る余地はないはずなんですけれどね。
言ってもいないことを読み取られても困ってしまいます。
とはいえ、もう修正はなされたようですね。
>どのように「違う出方」をしても、不誠実な態度を取ることに、
変わりはなかっただろう、というのが、わたしの言いたかったことです。
…なぜそういう結論に至ったのでしょうか。教えていただけませんか。
(念のため、「関係がこじれてしまった後」の相手の反応を、証拠として持ち出さないでくださいね。)
いくら「正しい」ことでも、ある場面においては「やり方」を間違えることは、致命的です。
たとえば、おたずねしますが
もしもぶいっちゃんの「身内」(この言葉がお好きなようですね)の誰かが、ぶいっちゃんに何も言わず、自分のブログで批判めいたことを書いていて、それをぶいっちゃんが後で知ることになったなら、やはりぶいっちゃんは怒るのではないでしょうか。
信頼関係の築けている身内であっても、批判めいたことを表明するときには「何をやってもいい」わけではないのです。
いわんや他の人は…ではないのでしょうか。
すみません、ついでに…玄倉川さんのブログに、たんぽぽさん宛に質問を書き込んでいますので、お時間のあるときにでもお返事下さい。
> 信頼関係の築けている身内であっても、批判めいたことを表明するときには「何をやってもいい」わけではないのです。
> いわんや他の人は…ではないのでしょうか。
この論法がまかり通る社会は、大げさに言うと憲法21条で保障されている「表現の自由」を否定する社会です。
「水からの伝言」を取り上げたたんぽぽさんのエントリが、公序良俗に反するものならともかく、そんなものでは全然ありませんでした。
私はあの騒動の起きる前に、ぶいっちゃんと多少の小競り合いをしていた者ですが、彼は擬似科学を広めるようなサイトを宣伝していたりして、もともと「水からの伝言」に親和性がありました。もちろん彼自身はあの話を信じてはいなかったようですが、その後の「追記」の書き換え方(やっしゃんの助言を受け入れる前の1月1日バージョン)を見る限り、「水伝」のような話を、自分の主張に援用しようという姿勢を持っていたのは明らかですから、たんぽぽさんの批判を受けるだけの理由はあったと思います。
「ですからそこには「他人の意見を聞く意志がある」とか「聞く耳を持つ」などの個人的な価値観が入る余地はないはずなんですけれどね。」
「個人的な価値観」ではなくて(Lightさんがおっしゃるところの)「対話の姿勢」の前提ではないのですか。
私にはLightさんが最初から勘違いしているように思えてなりません。
・たんぽぽさんは最初からぶいっちゃん氏と対話したいとは思っていない
・対話(というか馴れ合い)を求めてきたのはぶいっちゃん氏のほう
・それに応えて対話しようとしたたたんぽぽさんを中傷し無礼な扱いをしたのは「らんきー」一派
・「らんきー」一派による中傷が「自称中立派」のあいだに誤解を広め、たんぽぽさんが対応せざるを得なくなった
というのが私の認識です。
「いくら「正しい」ことでも、ある場面においては「やり方」を間違えることは、致命的です。」
まさにLightさんご自身が実例を示してくれてます。
水葉さんも同じようなことを言ってましたが、彼女の「やり方」も不適切なものでした。
お返事ありがとうございます。
下記の質問に対するお答えが無かったのですが・・・
もしお答えいただけるようでしたら、お願いします。
そもそもの「はじまり」ですから。
・ぶいっちゃんさんが「水からの伝言」を信じていると断定されたのは、どうしてですか?
・また、こちらにコメントされている皆さんも、ぶいっちゃんさんが信じていると思っているのですか?
・ぶいっちゃんさんは、一言でも「信じている」と書かれていましたか?
あれれれ・・・上記のようなコメントをされている方が!!!
>kojitakenさま
それなのに「ズバリ、信じていらっしゃる方」と、ぶいっちゃんさんを断定された、
たんぽぽさんの言葉に対しては批判されないのは、なぜですか???
だんだんわからなくなってきた・・・(汗
>> 信頼関係の築けている身内であっても、批判めいたことを表明するときには「何をやってもいい」わけではないのです。
>> いわんや他の人は…ではないのでしょうか。
>この論法がまかり通る社会は、大げさに言うと憲法21条で保障されている「表現の自由」を否定する社会です。
・・・そうですね。
でも私たちが現に生きているのはそういう社会です。
普通、人は、人の中で暮らすうちに
「人にはプライドというものがあるらしい」とか「それを傷つけるとかなり取り返しのつかないことになるらしい」ということを学び、それを法律上の権利とすりあわせ、ときにそれを制限せざるを得ない葛藤の中を生きているのではないでしょうか。
もちろん、「私はそうは思わない」で否定されたら話はそこで終わりますね。しかし日本国憲法のある国でもない国でも、プライドは大切にされているということを考えてみてください。
>たんぽぽさんの批判を受けるだけの理由はあった
・・・私もそれには同意です。
しかし、「プライドを傷つけられるやり方で批判を受ける理由はなかった」と思います。
上に述べたことが、私がそう考える根拠です。
玄倉川さんへ
>>「他人の意見を聞く意志がある」とか「聞く耳を持つ」
これらは、当事者と直接会話をするという「対話」の状態が成立していなければ、そもそも意味をなしません。
私の疑問は、これらを云々する以前に、そもそも「対話」という状態を成立させようとしていたのか、というところにあります。
(ここで気づいたのですが、「姿勢」という言葉が誤解を招いているのかもしれませんね。
「対話」だけのほうが誤解を招かずにすんだかもしれません。回り道させてしまってすみません。)
>・たんぽぽさんは最初からぶいっちゃん氏と対話したいとは思っていない
・・・これこそ私の疑問の核心ですね。
たんぽぽさんご本人から、ぜひお答えをいただきたいと思っています。
それと、もし「対話」したくなかったのなら、一体「何を」なさりたかったのかも、お聞きしてみたいです。
もう一つ
>>「いくら「正しい」ことでも、ある場面においては「やり方」を間違えることは、致命的です。」
>まさにLightさんご自身が実例を示してくれてます。
・・・私がしたいと思っているのは「正しい」ことではなくて、「対話」なので、間違いもあると思います。
それをもとにさらなる対話ができるなら、それこそ私の望むところです。
あー、はいはい、たんぽぽさん「も」悪いんですね、ぐだぐだ言ってそう結論にしたいんですね、最後の言葉を言わないと気が済まないんですね、つーか何で今頃?何でたんぽぽさんにだけ?
何言ってるかさっぱり判らないし、たんぽぽさんの言葉尻捉えて「どっちもどっち」って結論だそうとした水葉さんそっくりです。
邪知すれば水葉さん?とか思っちゃいますよ。
>「対話しようとする姿勢」が全く無いんですが。
よろしければ、なぜそう感じられたのか、教えていただけませんか。
>あー、はいはい、たんぽぽさん「も」悪いんですね、ぐだぐだ言ってそう結論にしたいんですね
・・・とんでもない!
そんな結論を出されることなど望んでも居ません。
そもそも「対話を望んでいない」は「悪い」と同義ではありませんよね。
>つーか何で今頃?
・・・たとえ二年前の記事であっても、引っかかるものがあれば、意見してもよいと思いますが。
>何でたんぽぽさんにだけ?
・・・「たんぽぽさんに」お聞きしてみたいことが出てきたからです。
>邪知すれば水葉さん?とか思っちゃいますよ。
・・・そういえば「解同」がどうのという邪推もありましたが、たんぽぽさんはそういう根拠のない邪推は好まれないと思いますよ。
Lightさん てんとう虫さん
>たんぽぽさんに問いかけたいのは、そこに「対話する姿勢」はあったのでしょうか、ということです。
>ぶいっちゃんさんが「水からの伝言」を信じていると断定されたのは、どうしてですか?
お二人が水伝騒動中に出尽くした論点を蒸し返すのは、騒動の一部始終を見てないからでしょう。
玄倉川さんのブログとかはてなとかに纏っているから一度通読すれば疑問は解けますよ。
それもしないで、どうしてでしょう?疑問ですとやるのは、ちょっと傲慢かも。
>ぶいっちゃんさんが「水からの伝言」を信じていると断定されたのは、どうしてですか?
あの文章で「信じてない」と思う理由の方が知りたいんだけど。
あとから「信じてません」とか言ってるけど「信じてない」のならそもそも「水伝」の例えを出さないでしょ。
ついでにLightさんはこの騒動最初からちゃんと読んでたようなこと言ってたけど、それならたんぽぽさんのぶいっちゃんさんとは別に対話する気なんて無い、「水伝」を信じている人の一例に出しているに過ぎないって初期の言葉、読んでないのは何で?
読んでるなら「何故、始めにぶいっちゃんさんにコメントしなかったんですか?」つー問いは出ないと思うんだけど。
>お二人が水伝騒動中に出尽くした論点を蒸し返すのは、騒動の一部始終を見てないからでしょう。
おおかたは抑えていると思っていたのですが、穴があったかもしれません。すみません。
それでは、ももさんのおっしゃっている
>ぶいっちゃんさんとは別に対話する気なんて無い
というのは、その通りだと受け取ってよろしいわけですね。
よろしいのでしょうか、たんぽぽさん?
ももさん、
>>ぶいっちゃんさんが「水からの伝言」を信じていると断定されたのは、どうしてですか?
・・・これは、私の発言ではないですよ。
読んでるつもりで頭に入っていないことって、ありますよね。
>てんとう虫さん
はじめまして。横から失礼いたします。
ちょちょんまげと申します。
>また、こちらにコメントされている皆さんも、ぶいっちゃんさんが信じていると思っているのですか?
ももさんのコメントとカブリ気味、かつ、私がこちらのコメント欄に一度書き込んだことの繰り返しになりますが、再度書かせていただきます。
もともとの「らんきーブログ」では、「きれいな言葉使いをしましょ」みたいな話を、「水伝」で締めてるわけですよね。(自説をバックアップする話題として肯定的に紹介。)
まず、その時点で、「水伝」に何かしらの値打ちを記述者者が認めている、と読者が受け取って当たり前と考えます。
その段階で、もう、ペケだと思うのですが、その紹介の仕方は、筆者が信じていると考えるしかない内容です。
>汚い言葉をかけつづけた水の結晶はひどいものだった。
上記の文章は「そういう事実(汚い言葉をかけつづけるとひどい結晶になるという事)があった」ということを、「筆者がそっくりそのまま認めている」以外に取りようがありません。
もし、「そっくりそのまま認めている」のでないのならば、「汚い言葉をかけつづけた水の結晶はひどいものになるという説明があり、(その真偽はともかく)自分にもひどいものに見えた」ぐらいの記述になるのではないでしょうか。
そして、さらに凄いのは、
>「ありがとう」等の愛のある言葉はダイヤモンドのようにきれいな結晶になります。
「結晶になります」って、信じてないなら「〜になります」って説明しないで欲しい(笑)
「水素と酸素を反応させると水になります」って言われたら、てんとう虫さんは発言者がそれを信じているとお考えになりませんか?
次も凄いです。
>水でさえそういうことがあるのですから人間では尚更というのは言うまでも無いでしょう。
あの〜、「そういうことがあるのですから」って断言しちゃってるんですけど(爆)
例えば「背後霊が守ってくれている」とか「宇宙人地球人誘拐説」いう記述を読んだ誰かが、「そういうことがあるのですから」と受けて記述し、記述者はそれらを事実であると信じている、と読者がとらえたら、何かおかしいですか?
「文脈による」とおっしゃるかも知れませんが、ぶいっちゃん氏は「水伝」を自説補強のために引用しているということを、お忘れにならないでください。
さらに、元々の記述では
>(科学的には証明はされていないということらしいですが・・私的はそれはどちらでもいいことです)
という情けない注釈が小さなフォントで入れられていますが、例えば、「星占い」を自説補強のために散々引用しておいてから、「星占いは、科学的には証明はされていないということらしいですが・・私的はそれはどちらでもいいことです」って
ちっこい注釈を入れたところで、フツ〜「信じてる」って取られるんじゃないですか。
以上、たんぽぽさんが、らんきーブログの上記記述を読んで、記述者が「水伝」を信じていると判断なさったことは(本当は、彼は信じていなかったとしても)、日本語を普通に読む人間ならば当たり前だと考えます。
また、ぶいっちゃん氏が「信じてたわけじゃない」って言い出したのは、たんぽぽさんの批判を受けてからの話ですから、
>もちろん彼自身はあの話を信じてはいなかったようですが
という認識が今の段階で出るのは、全く不思議じゃありませんし、kojitakenさんが、ぶいっちゃん氏がビリーバーだと断定したたんぽぽさんを批判しなかったことも、当然だと考えます。
反論がございましたら、お聞かせください。
たんぽぽさん、長文ごめんなさい。
「しかし、「プライドを傷つけられるやり方で批判を受ける理由はなかった」と思います。」
ぶいっちゃん氏は水伝を認めた文章に自分のプライドを賭けてたんでしょうか。
後になって「自分にはどうでもいいこと」と言ってますけれど。
どうでもいいことにプライドを賭けるのはくだらないことです。
そんなくだらないプライドに気を使ってご機嫌取りをする必要があるとは私には思えません。
仮にぶいっちゃん氏が水伝を本気で信じていたなら「いきなり全否定するとプライドを傷つける」という意見にもある程度同意できますが、ぶいっちゃん氏の場合はそうではなかったわけです。
戦前の天皇制イデオロギー(皇国史観)にも通じるかもしれない。戦前の日本社会は、天皇を崇拝させる社会でしたが、庶民は天皇を崇拝していたかもしれないけれど、戦前日本の指導者たちは天皇の名を借りていただけで、天皇を崇拝なんかしていなかったと思いますよ。それと同じこと。
天皇制イデオロギーを宣伝し、利用した者を私は憎みますし、「水伝騒動」は天皇制イデオロギーの代わりが擬似科学だったって構図です。
ま、いちおうぶいっちゃん氏をフォローするなら、「水伝」の記事を書いたとき、彼自身には悪気はなかっただろうとは思いますね。
あと、たんぽぽさんの「信じていらっしゃる」というのは、皮肉を込めた表現であって、ぶいっちゃん氏が「水伝」を信じていようがいまいが関係ないという意味合いがあると私は考えていました。だから、「信じていらっしゃる」という表現を私が批判するはずはありません。前述のように、信じてなくて「水伝」を利用することは、本当に信じているよりよほど性質が悪いと私は思うからです。
従って、Lightさんの質問自体が的を外しているとしか言いようがありません。
> 普通、人は、人の中で暮らすうちに
> 「人にはプライドというものがあるらしい」とか「それを傷つけるとかなり取り返しのつかないことになるらしい」ということを学び、それを法律上の権利とすりあわせ、ときにそれを制限せざるを得ない葛藤の中を生きているのではないでしょうか。
今回の「水伝」騒動がそんな状況だったはずがありません。ぶいっちゃん氏がくだらないプライドにこだわって墓穴を掘ってしまったのは事実だと思いますが、騒動の最初のうちは味方のブロガーが多数いるのを良いことに、たんぽぽさんを非難する声が多数を占める状況を作っていました。それには、例のニケとかいうぶいっちゃん氏の取り巻きの影響も大きいですが、ぶいっちゃん氏自身がニケ氏と同じような意見を持っていたから、その流れができるのを黙認したんだろうし、最終的には形勢が逆転した時に引っ込みがつかなくなってしまったのだと思います。
ぶいっちゃん氏は今になって、酔っ払って(ニケ氏に)コメントしてしまったのが失敗だった、みんな酒が悪いんだなんて愚痴を言っているようですが、「覆水盆に返らず」です。
すでにほぼ終わった「騒動」に対して、自分のブログでぶつくさ言うならともかく、他人のブログのコメント欄で意味不であーいえばこーいうコメント長々と書き続けるLightさんって何がしたいの?
たんぽぽさんに何をして欲しいの?
丁寧で詳しいお答えをくださってありがとうございます。
ご説明をきいて、なるほど…と思いました。
人に誤解を与えないように文章を書くのは難しいですね。細心の注意をしなければ。
私も気をつけます。どうもありがとう。
一部ではもはや本質とは関係なくなった「水伝」 :: 事象の地平線::---Event Horizon---
http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=9027
ももさま、はじめまして、ようこそお越しくださりました。
ダンス王国さま、またコメントありがとうです。
ちょちょんまげさま、こんにちは、おひさしぶりです。
Lightさまは、[2008年04月26日 02:17]で、本性を現わしたみたいですね。
やはりこの人は、ぶいっちゃん寄りだったようです。
あとになってから、「あのときああしてくれたら、
こうはならなかったのに」というのは、簡単なことですからね...
(科学哲学で言う、「反証不可能」というものだけど。)
>http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=9027
玄倉川さま、ご紹介ありがとうございます。
「水からの伝言」批判の、先駆けにして大御所のかたに、
ご覧いただいていたというのは、光栄やら恐縮やらです。
(かなりていねいに読んでくださっている感じですし...)
「読替リスト」は、たしかにコーヒーを吹いたりするかも。
当該エントリで、「そういうことがある」と断定していますよ。
(ちょちょんまげさまのコメントと重なるけど。)
http://rankeyblog.blog68.fc2.com/blog-entry-116.html
========
色んな言葉を発せられた水の結晶を見た事がある。
汚い言葉をかけつづけた水の結晶はひどいものだった。
「ありがとう」等の愛のある言葉は
ダイヤモンドのようにきれいな結晶になります。
水でさえそういうことがあるのですから
人間では尚更というのは言うまでも無いでしょう。
========
>丁寧で詳しいお答えをくださってありがとうございます。
>ご説明をきいて、なるほど…と思いました。
ああ、もう、納得されたのかな...?
(それならば、結構なことです。)
>「他人の意見を聞く意志がある」とか「聞く耳を持つ」など
これらは、「意志」や「聞く耳」が存在する/しないという
「状態」を表わしています。
個人のカチカンなんて、どこにも入ってないですよ。
>…なぜそういう結論に至ったのでしょうか。教えていただけませんか。
「水からの伝言」のすこし前に、にせ科学に傾倒したり、
あるいは、かばったりするブログが多いというので、
苦言を呈したかたがいらっしゃりました。
「らんきーブログ」も含めて該当者と思われる人たちは、
これに対してみんな馬耳東風で、これらの人たちのあいだには、
自浄作用がなくなっていると、わたしは思いましたよ。
一般に、「とんでも」を信奉している人に、とんでも批判をしても、
まともに聞いてはもらえないのが相場です。
加えて上述のように、相手は自浄作用がない体質ですから、
「不誠実な態度を取るだろう」と考えるのが妥当だと思いますよ。
>「関係がこじれてしまった後」の相手の反応を、
あそこまで偽善的で、露骨に攻撃的態度を取る人が、
「目を見て諭す」とか、小手先の話術を変えていたくらいで、
「話せばわかる」態度になっていたとは、考えにくいことです。
ぶいっちゃんたちのはじめの対応と、そのあとの言動は、
「どんな出かたをしても、不誠実な対応をした」ということを、
とてもよくしめしていると思います。
>証拠として持ち出さないでくださいね。
あら、どうして...?
なにか都合が悪いことでもあるのかな...?
>批判めいたことを表明するときには「何をやってもいい」わけではないのです。
ぶいっちゃんたちは、わたしに反批判をするとき、
表面的にわかったような態度で言いつくろい、
「ばかが多すぎ」とか、「悪意がある」と、攻撃的態度で応じ、
さらに「たんぽぽから謝罪要求があった」と、デマを流しました。
偽善的だったり、攻撃的だったり、デマを流したりするのは、
もちろんケシカランことでしょうね...
なので、あなたもぜひ、このような態度に出た、ぶいっちゃんや、
ニケ氏や、水葉氏に、「批判めいたことを表明するときには、
なにをやってもいいわけでない」と、おっしゃってあげてくださいね。
>先のコメントで述べたように、どちらかというと「アンチ水葉派」でした。
>私は最初から「論理的な話のできる」たんぽぽさん寄りなんですよ。
あなたの、[2008年04月26日 02:17]よりあとのコメントは、
あきらかに、ぶいっちゃんや、水葉さんたち寄りです。
それなのになぜ、はじめに「自分はたんぽぽ寄り」と言ったのか、
その理由をわたしは知りたいです。
> あなたの、[2008年04月26日 02:17]よりあとのコメントは、
> あきらかに、ぶいっちゃんや、水葉さんたち寄りです。
> それなのになぜ、はじめに「自分はたんぽぽ寄り」と言ったのか、
> その理由をわたしは知りたいです。
これは、思慮の浅いコメンテーターが自分の立場を偽装する、典型的なやり口です。
私も1年前、「博士の独り言」という有名右翼ブログと争った時、「左翼」を自称する人から不思議な不思議なコメントをもらったことがあります。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20070421/1177177560
上記は、「731部隊元隊員が子持ちの慰安婦を生体解剖をしたことがあった」と報じた読売新聞(中部)の記事をめぐって、「博士の独り言」とネットでバトルを展開した時にもらったコメントです。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20070409/1176115827
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20070414/1176503828
読売が報じた「子持ちの慰安婦の生体解剖」を躍起になって否定する「博士」に肩入れするコメントをしておきながら、「左翼」を自称するってどんなやつなんだろうって思いました。大体、リベラル・左派系の人でも「左翼」と呼ばれたり自称するのを嫌がる傾向があるのに、こいつは堂々と「左翼」を自称した上で「博士」を必死に弁護してましたからね。
というのが、今回の件で得た私の結論です。つまらない結論ですね。最初に、ぶいっちゃんさんや二ケさんがたんぽぽさんに悪意があると思ったのも、お玉おばさんや瀬戸さんや水葉さんの認識間違いも言葉の裏を読みすぎたからだと思いました。
というわけで、たんぽぽさんの
>Lightさまは、[2008年04月26日 02:17]で、本性を現わしたみたいですね。
>やはりこの人は、ぶいっちゃん寄りだったようです。
も裏を読みすぎだとおもいますので、これも止めましょうよ。>たんぽぽさん
本人も否定していますし。ディベート状態になっているので、ぶいっちゃんさん寄りと取れる発言も出てくることがあるでしょう。私は、その程度に認識しています。
わかっていただいて、ありがとうございます。
私も少々ケンのある書き方になってしまいました。
(水は醜い結晶になったかも知れませんw)
ご容赦くださいませ。
ちょちょんまげ拝
度々ご丁寧に、ありがとうございます。
私は人様よりも、理解力に乏しいところがあるので
ちょっとしたことも疑問を感じると、すぐ質問してしまう性質でして
基本的なことでお手をわずらわせて申し訳ありませんでした。
(弱視ですので、あまり多くを読むと疲れてしまうものですから、
関連エントリを詳しく見て回ることができず、
事前に読むべきところを読めなかったようです。)
砂漠でオアシスに会ったような気持ちです。ありがとうございます。
昨夜は頭痛で早々に寝込んでしまっていました。失礼しました。
>たんぽぽさん。
はっきりとお答えがないようですが、「最初からぶいっちゃんと対話する気はなかった」という、ももさんのご指摘のとおりということでよろしいのですよね。以下それを前提にお話しさせていただきます。(違っていましたらご指摘下さい。)
やっと納得がいきました。
というのも、私の中ではこういう認識だったので、疑問がわいたのです。
・ぶいっちゃんや彼を擁護する人たちには、確かに時に目に余る言動があった。
→しかし、ここまで彼らをかたくなにしたのには、主張の真偽以外にも何か理由があるのではないだろうか。
→もしも、「そもそもの始まり」が違っていたならどうだっただろうか。
最初から「対話」という形式だったなら、彼も素直に受け入れていたかもしれないし、躍起になって彼を擁護する人たちも現れなかったかもしれない。
→たんぽぽさんはそれに気づいていないかもしれない。確認してみよう。たんぽぽさんには、そこを分けて考える論理性があると信じたいから。
…しかし、たんぽぽさんの理解ではこうだったのですね。
・ぶいっちゃんという、主張も間違っていればまともな対話もできない人がいる。
→だからそれを自分のやり方でとりあげたまで。相手のプライドが傷つくのは自分とは関係ない。
→でも自分は相手の言動で傷ついた被害者だ。
・・・それなら納得です。
うすうすは感じていましたが、これをはっきり確認するのにずいぶん遠回りをしました。
さて、今らんきーブログが閉じられようとしています。
そこには、「ミスもしでかした。迷惑をかけた方、申し訳なかった」「私もやりすぎてしまった」「取り返しはつかないけれど謝りたい」というコメントがたくさんついています。
私から見てもどうしようもないように見えた、あの「ニケ」氏ですら、(ニケさん…見ていらしたらすみません)過去をちゃんと振り返り、後悔の念を表しています。
彼らの後悔を「自業自得」とつっぱねるのは簡単です。
しかし、彼らは確実に何かを学んだと思いませんか。
これからそれを元に変わっていくのか、あるいは変わらないのか、それはわかりません。
それを「どうせ変わらない」と決めつけず「気長に見守る」ことすらできませんか。
なぜいつまでも同じ位置にとどまって、わざわざたきつけるようなこと(すみません、私にはそう見えます)をし続けなければならないのでしょうか。
ブログを休止した人間の名前が、変わり映えのしない主張の中でいつまでも取り上げられ続けること、それ自体が私にとっては異様です。
それに、私に言わせれば
そもそものはじまりから対話の筋を通していない相手に、正面から話しかけたり謝罪したりする義務はないと思いますけどね。
そういう意味では、彼らはリセットすることでたんぽぽさんにも「やり直す」チャンスをくれたのではないですか。(「私はやり直す必要は感じない」と言われそうですが。)
かれらは、たんぽぽさんに対して謝罪したいと言っているのですか?また、何に関して謝罪したいといっているのでしょうか?
それが明確でないと本当の反省かどうかは分かりませんよ。
それから、対話については何を問題にしているのか分かりませんでした。対話を拒否したのは、ぶいっちゃん氏の方でしょ。
「裏を読みすぎ」は、ちょっと「なるほど」でした。絶妙な仲裁(?)ありがとうございます。
「行間を読む」という言葉があるように、私は言葉と同様に、そこに込められた思いを読み取ることを大切にしながらの対話を心がけています。
とはいえ、確かに私自身も「裏を読みすぎる」傾向があるのは確かです。以後気をつけたいと思います。
>かれらは、たんぽぽさんに対して謝罪したいと言っているのですか?また、何に関して謝罪したいといっているのでしょうか?
…彼らは「たんぽぽさんに」謝罪したいとは言っていませんね。
従って、彼らが何をどう悔やんでいるのか、それは誰にも、私にもわかりません。
>そもそものはじまりから対話の筋を通していない相手に、正面から話しかけたり謝罪したりする義務はない
…私のこの発言は、このケースに限らない、ただの私の見解です。(紛らわしくてすみません。)
>対話を拒否したのは、ぶいっちゃん氏の方でしょ。
…「ぶいっちゃんが対話を拒否した」
のは、
そもそものコトの始め方を間違えたせいもあるのでは、
というのが、私の言いたいことです。
もちろん、これを証明することは不可能です。
たんぽぽさんも
>あとになってから、「あのときああしてくれたら、
こうはならなかったのに」というのは、簡単なことですからね...(科学哲学で言う、「反証不可能」というものだけど。)
…とおっしゃっていますしね。
しかしそれなら同様に、
>「あのとき違うやり方をとっていたとしても、同じ展開になった」
というのも、証明することはできないはずです。
(「A」という行動をとったら、相手は怒った。)
からといって
(「B」という行動をとっても相手は怒る。)
を証明したことにはなりませんから。
これ以上修復困難になる前に、
「彼らが何かを学んでいる」ことに賭けて、筆を置いてはどうでしょう?というのが私の言いたいことです。
>私は最初から「論理的な話のできる」たんぽぽさん寄りなんですよ。
・・・すみません。私はカギカッコつきのこの文で、「論理的に話をしましょう」というお願いをしたつもりでした。
(言葉に言外の意味を込めすぎるのはよくないですね。すみません。)
(私の中で)カギカッコがなくなった今、私はどちら寄りでもないということを表明しておきます。
ところで、こちらへの書き込みはこれきりにしたいと思います。
ご質問などがあれば、出来る限りお答えはしたいと思いますが。
長々とおじゃまいたしました。
>そもそものコトの始め方を間違えたせいもあるのでは、
>というのが、私の言いたいことです。
たんぽぽさんの最初のエントリについて言えば、「ずばり」という言葉はちょっと余計だと思います。しかし、これは問題というほどではないし、瑕疵であっても大きなものではなく、その後の対話で修正すればすむだけのものです。それ以外で、たんぽぽさんのエントリに問題は全く無いと思います。どの部分が間違いだったのでしょうか?
具体的に示していただかないとさっぱり分かりません。いままでのLightさんの言葉は抽象的なものに終始し、誤解を生むだけのものに見えます。
なお、gegengaさんの水葉さんへの語りかけを対話の例としてあげておられますが、たんぽぽさんの最初のエントリについての批判とすれば全く的外れです。最初のエントリは、ぶいっちゃんさんへの直接の発話ではなく、たんぽぽさん以外のすべての人への発話ですから。
玄倉川さんが「ぶいっちゃん氏と対話したいとは思っていない」というのも、同じ意味です。ぶいっちゃんさんとの対話を拒否したわけではありません。
それと、Lightさん紹介の「後悔」に関する補足です。
次のエントリを読む限り、少なくともニケさんは反省していませんね。これを後悔と表現するのは全く当たりません>Lightさん
http://nikemild.exblog.jp/7786343/
流し読みしただけですが、なんというか、陰謀論に染まりやすい人であることがよく分かります。
ぶいっちゃんさんの方ですが、次の文はたんぽぽさん等を指しているように見えますが、だとすると、この辺のたんぽぽさんへの誤解が対話を阻害したのかもしれないと思いました。
http://rankeyblog.blog68.fc2.com/blog-entry-818.html
>私は気づいた時点で訂正したり、自分が成長した時点で考えが変わることは「アリ」だと思っている。 ブログ=日記 だと思う部分が強いから。
しかし、そうは思わない方々も多々いらっしゃる。 根底の部分から違うわけである。
私が答えることではありませんがあまりにも不思議なご意見なので。
「うすうすは感じていましたが、これをはっきり確認するのにずいぶん遠回りをしました。」
たんぽぽさんの記事をそのまま読めば10人中9人はすぐわかると思います。
「過去をちゃんと振り返り、後悔の念を表しています。」
えー!?
「彼らは確実に何かを学んだと思いませんか。」
思いません(今のところは)。
ぶいっちゃん氏については、ブログを続けていけば学んだことを示してくれるのかもしれませんけれどブログをやめたら何を学んだのかわかりません。ニケ氏については最近の記事を見ればむしろ悪化してます。
「それを「どうせ変わらない」と決めつけず「気長に見守る」ことすらできませんか。」
別に決め付けてるわけじゃなくて、単に彼らが変わりそうな兆しを見せてくれないだけです。
「なぜいつまでも同じ位置にとどまって、わざわざたきつけるようなこと(すみません、私にはそう見えます)をし続けなければならないのでしょうか。」
とどまってるのはどちらでしょうか。
「そういう意味では、彼らはリセットすることでたんぽぽさんにも「やり直す」チャンスをくれたのではないですか。(「私はやり直す必要は感じない」と言われそうですが。)」
リセットの仕方が間違ってます。「水に流してなかったことにしよう」というのでは逃げてるだけです。
「らんきー一派」の方々と彼らを庇う人たちは「なぜこんなつまらない問題が拡大したのか」「なぜ自分たちが外部からの共感を得られないのか」真面目に考えないとまた同じことを繰り返すでしょう。
>思慮の浅いコメンテーターが自分の立場を偽装する、典型的なやり口です。
なあんだ、言っちゃったのね、それ。(笑)
(せっかく、Lightさまに、いっぱい訊いてあげようと思ったのに。(笑))
コメント、どうもありがとうです。
>裏を読みすぎだとおもいますので、
Lightさまの、[2008年04月26日 02:17]のコメントは、
ぶいっちゃんや、水葉さんの支持者の言っていることと、おんなじですよ。
裏も深読みもなく、おもてがそのまま「ぶいっちゃん寄り」です。
>ぶいっちゃんさんの方ですが、
>次の文はたんぽぽさん等を指しているように見えますが、
えーと、引用されたところは、リンクなさったエントリの
つぎのエントリじゃないかな...?
http://rankeyblog.blog68.fc2.com/blog-entry-819.html
|私は気づいた時点で訂正したり、自分が成長した時点で
|考えが変わることは「アリ」だと思っている。
|ブログ=日記 だと思う部分が強いから。
|しかし、そうは思わない方々も多々いらっしゃる。
|根底の部分から違うわけである。
これが、「水からの伝言」のことだというなら、
ぶいっちゃんは、指摘されたことの全部を訂正していないし、
対応が不誠実だったことは、いまだまったく無視を決め込んでいますね。
それゆえに、批判追求が続くのですが、それを受け入れたくないのでしょう。
それで、「あいつらは、気付いた時点で訂正したり、
成長して考えがかわることを、認めない人たちだから、
批判追求を続けるのだ」と、すりかえているのだと思います。
(ようするに、反省なんてちーっともしていない、ということですね。)
>はっきりとお答えがないようですが、
わたしにお返事してほしいときは、できましたら、
わたし宛てのレスで、はっきりおっしゃってくださいね♪
いまのようにログの流れが早いと、見のがすかもしれないからね...
わたしが、最初に「水からの伝言」を書いたときは、
ぶいっちゃんが読むこと意識せず、第三者に対して、
「こういうことがありますよ」という調子でお話したのは、たしかです。
しかし、批判されたかたが、わたしのエントリに気がついて、
わたしと対話したいのでしたら、対話を受ける準備はありますよ。
自分のことを批判されたのですから、わたしにものもうすのも、
またわたしと、直接コンタクトするのも、当然と考えるからです。
とんでもの信者には、なにを言っても無駄なのが一般的だけど、
特定の個人にかぎっては、あてはまらない可能性もあります。
例外の可能性を、わたしははじめから否定はせず、対話が成り立つことを、
しめしてくださる余地は、つねに開けてあるつもりです。
(実際に、対話となったとき、ぶいっちゃんたちが、
どういう対応をしたかは、ご覧の通りでありまして...
彼らもまた、「例外」でなかったことを、
身を持って証明したことになるんだけど...)
>「どうせ変わらない」と決めつけず「気長に見守る」ことすらできませんか。
決めつけてなんかいないですよ。
「気長に見守っているけど、ちっとも変わらない」、でしょうか。
>なぜいつまでも同じ位置にとどまって、わざわざたきつけるようなこと
んん...?
これは、小学生レベルの悪口を書き散らす、ニケ氏や、
「連合赤軍の総括」とか言った、水葉さんのことかな...?
>ブログを休止した人間の名前が、変わり映えのしない
>主張の中でいつまでも取り上げられ続けること、
ブログ休止すれば、追求が止まって、うやむやのうちに揉み消されるなんて、
無責任なことをさせないためにも、取り上げる必要があると思います。
>正面から話しかけたり謝罪したりする義務はないと思いますけどね。
「義務はない」なんて思うのなら、なさらないで結構ですよ。
わたしは、「そういう事実があった」と、淡々と書くだけですので...
>「裏を読みすぎ」は、ちょっと「なるほど」でした。
>絶妙な仲裁(?)ありがとうございます。
Baruさまのレスにも書いたけれど、[2008年04月26日 02:17]は、
ぶいっちゃんや、水葉さんの支持者の言っていることと、おんなじですよ。
おもてをそのまま読んで「ぶいっちゃん寄り」です。
>しかしそれなら同様に、
>>「あのとき違うやり方をとっていたとしても、同じ展開になった」
>というのも、証明することはできないはずです。
「反証不可能」でも、「立証可能」なことは、いくらでもあるので、
自説を主張したいなら、積極的に立証すればよいことになります。
その根拠を、[2008年04月26日 22:15]で、わたしは、ふたつ挙げています。
ひとつは、以前にも、疑似科学への傾倒が批判されたけれど、
馬耳東風だったこと、もうひとつは、あそこまで攻撃的なら、
小手先の話術ごときで結果が変わるとは思えない、ということです。
もうひとつ加えるなら、つぎのエントリで書いたように、
ぶいっちゃんは、元来が自己愛旺盛で、
イエスマンに囲まれるのが、大好きなようなので、
異論反論なんて聞きたくもないだろう、というのもあるけれど。
http://taraxacum.seesaa.net/article/94908887.html
>>私は最初から「論理的な話のできる」たんぽぽさん寄りなんですよ。
>・・・すみません。私はカギカッコつきのこの文で、
>「論理的に話をしましょう」というお願いをしたつもりでした。
それは、「たんぽぽ寄り」という、自分の立場の表明であり、
「論理的な話のできる」は、なぜそういう立場に立つのかの、
理由を述べていると受け取るのが、ふつうだと思いますよ。
>「彼らが何かを学んでいる」ことに賭けて、
>筆を置いてはどうでしょう?というのが私の言いたいことです。
たんぽぽは、賭け事には興味がないです。
興味があるのは、事実がどうなったかを、書き留めることです。
Baruさんへ
>どの部分が間違いだったのでしょうか?
具体的に書いてきたつもりでしたが、もっと具体的に書くよう努力します。
私の考えたやり方は、たとえば以下のようなものです。
「会話が成立しやすい」
↓
「会話が成立しにくい」
の順に書いてみます。
1.直接らんきーブログで意見を述べる。
2.エントリをあげる前、あるいは後に、「あなたのこの記事でこういうエントリをあげようと思っています。(あげました。)ぜひご意見下さい」とコメント欄で断る。
3.エントリをあげたあとで、トラックバックを打つ。
4.何も断りを入れずエントリをあげ、その後相手の知るところとなり、相手からコメントが入った場合、
そのコメントに対する返答として、まず最初に「断りなく批判的なエントリをあげて、失礼しました。」の一言を入れる。その後相手の言うようにトラックバックを打つ。
1・2は微妙です。人によってどちらがいいかは違うかもしれません。
しかし、人と話す舞台を整えるには、せめて4くらいの対応はあっていいのではないか、そうすれば少しは違っていたのではないか、私はそう思うのです。
あと、ちょっと言い訳・・・
たんぽぽさんへ
>わたしにお返事してほしいときは、できましたら、
>わたし宛てのレスで、はっきりおっしゃってくださいね♪
…最初のコメントで
>たんぽぽさんに問いかけたいのは、そこに「対話する姿勢」はあったのでしょうか、ということです。
…と書いているのですが、「対話する姿勢」の言葉の定義を巡ってうやむやになっていました。
しかし再度、04月26日 15:53のコメント内で、
>ぶいっちゃんさんとは別に対話する気なんて無いというのは、その通りだと受け取ってよろしいわけですね。
よろしいのでしょうか、たんぽぽさん?
…と問いかけております。
わかりにくかったのでしたら申し訳ないです。
以上です。
私に対するハッキリとした形のご質問があればまた来るかもしれませんが、一応こちらはこれで失礼させていただきたいと思います。
他でもない本人が否定しているのに「ぶいっちゃん寄り」と断定し、
(↑これって、謝罪の要求はないと言っても「謝罪の要求があったと感じた」と主張するのと、どこが違うんでしょう??)
本人も顔を出していることがわかっている場で平気で「この人」呼ばわりし、それでも気分を害さないと思っている、
そういう人と普通の感覚で対話ができると信じていた私もバカでしたね。
ありがとうございました。
Lightさんの「批判の流儀」はずいぶん変わってますね。「無断批判禁止」派という言葉が頭に浮かびました。
Lightさんは批判の自由よりも礼儀作法を大事にされる方のようで、それはそれでけっこうなのですが、私には昔の「無断リンク禁止」派と同じくらいアナクロに思えます。
「1.直接らんきーブログで意見を述べる。」
ぶいっちゃん氏に適当にあしらわれ、取り巻きに悪意だ言いがかりだと中傷されるのは目に見えています。
「2.エントリをあげる前、あるいは後に、「あなたのこの記事でこういうエントリをあげようと思っています。(あげました。)ぜひご意見下さい」とコメント欄で断る。」
誰かを・何かを批判するときに「お断り」を入れる必要があるとは思いません。
「3.エントリをあげたあとで、トラックバックを打つ。」
この点は同意です。せっかく長文で批判したのだからトラックバックしたほうがよかった。
「4.何も断りを入れずエントリをあげ、その後相手の知るところとなり、相手からコメントが入った場合、
そのコメントに対する返答として、まず最初に「断りなく批判的なエントリをあげて、失礼しました。」の一言を入れる。その後相手の言うようにトラックバックを打つ。」
「断りなく批判的なエントリをあげ」ることが失礼だとは思いません。むしろ失礼だと感じる人がいるほうが不思議です。
>Lightさんの「批判の流儀」はずいぶん変わってますね。「無断批判禁止」派という言葉が頭に浮かびました。
私が書いたのは「批判相手と対話する際の流儀」です。
従って、無断で批判しても、相手が気づかないなどでそのまま経緯するというのも、ありだと思います。
(この場合は当然対話というシチュエーションは現れないわけですから。)
ですので
「批判相手と対話するするのに流儀はいらない」
とか、
「相手が話したいなら話してやってもいい」
というスタンスの方にとっては、私の上記の流儀は無用です。
>「断りなく批判的なエントリをあげて、失礼しました。」
この「失礼しました」は、相手の不快感に配慮した儀礼的なものです。
(実際には世話になっていなくても、相手の心遣いに感謝して「おかげさまで良くなりました」などと言うのと同じ。)
従って、儀礼は不要と思われている方にとっては、これも無用だと思います。
Lightさんの言う「対話」と私の考える対話とはずいぶん違いますね。
私にはLightさん式の対話は社交術にしか見えません。私の考える対話とは社交術に気を使うのを最低限にしてなるべく本質的な問題を語り合うことですから、Lightさんと意見が合わないのは当然です。
>しかし再度、04月26日 15:53のコメント内で、
>…と問いかけております。
それ、ダンス王国さま宛てのレスでしょ?
ほかのかた宛てのレスで、わたしに呼びかけても、
見過ごしちゃうことが、あるかもしれないよ?ということです。
ついでに言っておくけど、ここのようにログの流れが早いと、
一度に全部に対しては、レスをしないかもしれないです。
(わたしも、ウェブに使える時間がかぎられているし、
レスに考える時間もそれなりに必要だからね。)
したがって、レスがしばらく放置されることも
あるかもしれないので、あらかじめご了承くださいね。
>他でもない本人が否定しているのに「ぶいっちゃん寄り」と断定し、
前にも言ったけれど、あなたの[2008年04月26日 02:17]は、
ぶいっちゃんや、水葉さんの支持者の言っていることと、おんなじですよ。
「ぶいっちゃん寄り」とされているかたと、同じことを言うのですから、
「ぶいっちゃん寄り」と思うしかないと思います。
>謝罪の要求はないと言っても「謝罪の要求があったと感じた」と主張するのと、
ぜんぜん違いますよ。
あなたの場合は、発言内容がそのまま事実を示していて、
「感じた」とかいうレベルじゃないです。
あきらかに、「ぶいっちゃん寄り」の主張をしているのに、
「たんぽぽ寄り」と自分では言うのか、むしろその理由を知りたいです。
「たんぽぽ寄り」と自分では言うのか、むしろその理由を知りたいです。
これは私に対する問いかけと見てよろしいですか?
私がこんな言い方をしたその真意は、04月27日 18:20の私のコメントに書いてあります。
適切な言い方でなかったことについての
「謝罪」
もしております。
>「ぶいっちゃん寄り」と思うしかないと思います。
私の上記のコメントを読んでいて、それでもそう思われるぶんにはどうぞ、ご勝手に。
私は水伝も信じておりませんし、疑似科学にも批判的です。なので、たんぽぽさんの頭の中での「たんぽぽ寄り」「ぶいっちゃん寄り」の(たった二種類と思われる)分類法が、どのようなものになっているのか、非常に疑問ですが。
最後にってご自分で言ったんですよね?
だったら言いたいことあっても黙ってられないのですか?
せめて自分のBLOGで書いてトラバするなりしたら?
「最後に」って言ってから何回レスすれば気が済むの?
やっぱり最後の言葉は自分じゃないと気が済まないの?
そんな自分が言ったことすら三秒後には忘れる人の文章になんの意味があるんですか?
などという妙な言葉を使ったのは、Lightさんですよね。
それに対して、たんぽぽさんはいやいやそうじゃないだろうと言っただけのことでしょう。
(私にもそう見えますが)
おかしな二分法を最初に持ち出したのは、いったい誰なのでしょう。
>自分が言ったことすら三秒後には忘れる人の文章になんの意味があるんですか?
・・・自分の言ったことはちゃんと覚えていますよ。
04月28日 03:07のコメントで
>私に対するハッキリとした形のご質問があればまた来るかもしれませんが
・・・と書いたとおり、たんぽぽさんが疑問を呈されたと思ったので来たまでです。
それともこれは疑問じゃなくて何か別のものだったのかな…?
なるべく裏を読まないようにしていたら、言葉通りにしかとれなくなってしまったようです(笑)
>せめて自分のBLOGで書いてトラバするなりしたら?
・・・言われなくても今準備しています。だんだん書かずにはいられなくなってきました。
かつさん、はじめまして。
私の「たんぽぽさん寄り」発言は、私のひねくれた「お願い」「期待」の表現だったことは、先に書きました。
>おかしな二分法を最初に持ち出したのは、いったい誰なのでしょう。
…これは、お答えを期待する文と見てよろしいのでしょうか?
私の認識ではたんぽぽさんです。
理由は、私の最初のコメントに対する「あなたがた」というくくりから。
「あなたがた」という言葉の意味と、それを使われた理由が未だにはっきりしない今、私の中での認識は変わっていません。
もちろん私の誤解であることが判明したなら、そのときは撤回して謝罪いたします。
私の解釈では、そこでたんぽぽさんが「あなたがた」という言葉を使ったのは、Lightさんの仰っていることが、以前にも別の方らによって何度も繰り返されたものと同じものであり、この問題に限らず、なにかあるたびにつねに出てくる定型的な言い方にすぎないからだと思います。
つまり、Lightさんの言っていることは、これまでにうんざりするほど、何度も言われたことなのです。
たんぽぽさんは、そういう主張や発想をする人たちを全部ひっくるめて、「あなたがた」と言ったのではないかと思いますが。
失礼がありましたことをお詫びします。
>「あなたがた」という言葉の意味と、それを使われた理由
自分は中立のつもりでいて、わたしにばかり「批判のしかた」を
注文してくるのは、あなた以外にも、何人もいましたよ。
同じスタンスのかたが、ほかにもいたから複数形ということです。
ご自分でも、「『中立を気取る信用ならないヤツ』という
見方をされてしまうかな?」と書いていますし、
どういう見方をされるかを予想するのは、
自分以外にもいると、思っているからじゃないのかな...?
>私の認識ではたんぽぽさんです。
>理由は、私の最初のコメントに対する「あなたがた」というくくりから。
んん...?
「あなたがた」を、「くくり」と受け取ったのなら、
そのレス([2008年04月25日 01:14])にある、
「たんぽぽ寄りですよ」は、やっぱり立場の表明になるはずですが?
========
いろいろ書いていますが、私は最初から
「論理的な話のできる」たんぽぽさん寄りなんですよ。
たんぽぽさんは、「異論を述べる者は皆敵側」という認識を
持たれるほど非論理的な方ではないと信じています。
========[2008年04月25日 01:14]
さらに、「『異論を述べる者は皆敵側』という認識を」と
続いているけど、「敵側」なんて出てくるのなら、
やはり「たんぽぽ寄り」は立場の表明になるはずです。
...というわけで、[2008年04月27日 18:20]で釈明されたような、
「『論理的に話をしましょう』というお願い」にはならないと思います。
(にもかかわらず、なんで「お願い」「期待」と言ったのか、知りたいです。)
すみませんが「これで退散」発言は撤回させていただきます。誤解を受けながら黙っていられるほど私も人間ができていませんので。
幸いたんぽぽさんは、ぶいっちゃんのアク禁措置を批判されているように、自分に異を唱える人を出入り禁止にするのをよしとしない方なのが、ありがたいです。あらためて敬意を表します。
>わたしにばかり「批判のしかた」を
注文してくる
なぜそうなるかを、考えてみたことはありませんか。
その裏に、いろいろな可能性を読み取ることはできませんか。
たとえば…
恥を忍んで懺悔話をいたします。
私は「本当に」最初は100%たんぽぽさんに同意していました。
「科学的思考もできない人たちがいるんだなぁ…」と、こちらを始めとする数々の批判記事で自分を代弁してもらったような気分になり、溜飲を下げていました。
だから、自分としてはあらためてぶいっちゃんや水葉さんへの批判を書きませんでした。書いたとしても、たんぽぽさんのコピーのようなこと(たんぽぽさんの尻馬に乗ったようなこと)しか書けなかったでしょうから。
私が彼らへの批判を表明しなかったのはそういう理由です。
しかし、
もう閉じようとしているブログ主の、人格上の話までが、繰り返し繰り返し、あちこちで言及され続けるのを見て、何かがおかしいと思い始めたのです。
なぜこうなってしまったのか。
これは、だれかが望んでいた結末なのか。
私はあらためて最初から考え直し、そしてこちらに意見しました。
私のこの話から、たんぽぽさんはどのような考察をされるでしょうか。
余計な先読みはやめますね。私としては、今はたんぽぽさんともう一度対話してみたいと思っています。
非礼な発言の数々を、あらためてお詫びします。
どうも私にはLightさんのお考えがよくわかりません。
いえ、Lightさんがコメントを重ねれば重ねるほどますますわからなくなります。
どこかでブログを作ってご自分のお考えをまとめてはいかがでしょうか。seesaaでもgooでもライブドアでもエキサイトでもヤフーでも無料で簡単に作れます。
Lightさんは「直接相手のコメント欄で意見を述べる」のが最善の対話法だとお考えのようですが、私は直接対話法の限界が表れたように感じます。
都度ご指摘くださるのは大変ありがたいです。
私が自分の例を持ち出すことで言いたかったことは、
たとえ表面上の主張は似て見えても、
そこへたどり着くまでの思考過程や考え始めたきっかけは、皆それぞれ違うのではないですか?
そこを無視していいのですか?
ということです。
ニケ氏、水葉さん、私、そのほか、たんぽぽさんに意見した方々は、皆それぞれ全く違う思考過程をたどってきたはずです。
中には単なる反感で侮蔑的な言葉を投げかけた人もいたようですが、そういう人が全てではなかったはずです。全部一緒にされるのは困ります。
・・・どこかで何か、共有できるものがあれば…と願ってここまで来ましたが、確かにもう限界かもしれませんね…夜更かしもひどくなってきました。
これで対話にならないようなら、さすがのあきらめの悪い私もあきらめがつくというものです。
ブログは、fc2で立ち上げました。
なにぶん不慣れなので最初の記事だけで疲れてしまって(笑)まだまとまった意見を書いていませんが、そのうちトラックバックでも打たせていただきます。
そうそう、一つ発見しました。
ブログをまとめるのっておもったより大変な作業なんですね。コメントするほうがずっと気楽なんだということがわかりました。
私の「批判相手と対話する流儀」リストは、1と2とが入れ替わりました。ブログにするほうが労力がかかる分、誠意は伝わるかもしれません。
ブログをやっている、やってきた全ての皆さんに、あらためて敬意を表します。
まずはブログ開設おめでとうございます。
「ブログをまとめるのっておもったより大変な作業なんですね。」
「大変」なのはアカウント取得でしょうか、それとも記事を書くことでしょうか。
メールアドレスさえあればアカウントは簡単に取得できますから、デザインに凝らなければブログ開設に大変なことは何もありません。とすれば、自分の考えを整理して記事を書くのが大変だ、ということですね。
「コメントするほうがずっと気楽なんだということがわかりました。」
この言葉にちょっとだけ怒りを覚えました。
単なる馴れ合いならともかく、誰かを批判して考えを変えさせようとするコメントをLightさんは「気楽」に書いていたのですか。たぶん「そんなつもりはない、誤解だ」とおっしゃるでしょうが(これまで何度もそうしてきたように)、私はそれこそ「お気楽だなあ」という印象です。
Lightさんがこれまで相対的に「気楽」なコメントをしていたということは、ちゃんと自分の考えをまとめることなく、感情のおもむくまま言葉を並べて批判をしてきたということだと思います。
あいまいな言葉を投げかけて相手を惑わせ、理解されないと「誤解だ」と嘆いてみせる。Lightさんがこれまで「気楽」にコメントしてきたとすれば、その分の労力を読み手が負担させられていたということです。
トラックバックの仕方がわかりません・・・
情けなくて申し訳ないです。
とりあえず、このコメントにURLをつけましたので、よろしかったらいらしてください。
私が「お気楽」と書いたのは、コメントを入れる側の立場が、ということであって、
私自身はコメントであってもブログ記事であっても、気楽に書いたことなど一度もございません。
(ブログにも関連する記事を書いておりますので、よろしかったらご覧下さい。)
「お気楽」な「立場」で、通りすがりの人が見たら炎上に見えるほどの大量のコメントを繰り返したことに無自覚なあなたに、玄倉川さんは(ちょっとだけ)怒っておられると思うんだけれど。
わかりませんか?
こういう言い方はたいへん失礼ですが、言い訳して墓穴を掘っておられますね。
「私が「お気楽」と書いたのは、コメントを入れる側の立場が、ということであって」
Lightさんは一般論ではなくブログを作った実感として「コメントするほうがずっと気楽」と書いたのではないですか。私にはそうとしか読めませんでした。気楽に批判コメントを書くことを私は「書き捨て」と呼びます。相手によっては(相手に対話する気がない、対話する価値がない)批判コメントを書き捨てることも有りだとは思いますが、Lightさんはたんぽぽさんと真剣に対話することを求めていたはずです。であれば、これまで気付かずにいたご自身の「気楽さ」を反省すべきです。
仮に私がLightさんの真意を誤解したのだとしても、その責任はすべてLightさんの「気楽」(安易)な文章にあると断言します。
(まだたんぽぽさんからの返答がないので何とも言えませんが)確かにここにきて自分の考えた「対話の流儀」の通じなさを実感しています。自分でそれを証明しているようです。
しかし、私がコメントを気楽に入れたことは一度もないことも、私にとって間違いない「事実」なのです。
こんな風にすれ違う「事実」を元に話をするのも面白いかもしれませんね。
(すみません、これも私にとってだけであって、面白く思わない方もいるだろうと思います。また「不真面目」とも違いますので。)
たんぽぽさんが「面白いとは思わないし、不愉快だ」とおっしゃるのであれば、私もあきらめがつきます。
もちろん謝罪の上、退散いたします。
玄倉川さんには、記事のヒントをいただきました。ありがとうございました。
>>わたしにばかり「批判のしかた」を注文してくる
>なぜそうなるかを、考えてみたことはありませんか。
>その裏に、いろいろな可能性を読み取ることはできませんか。
このくだりは、「あなたがた」と、複数形にしている理由を、
あなたが知りたいと言うから、お話したんです。
(「なぜ、わたしにばかり、批判のしかたをするのか?」を、
問題にしたのではありません。)
それでも、直接の反論がなく、「なぜそうなるかを、
考えてみたことはありませんか」と書いているのは、
複数いることは、把握していると思ってよいのですね?
>ニケ氏、水葉さん、私、そのほか、たんぽぽさんに意見した方々は、
>皆それぞれ全く違う思考過程をたどってきたはずです。
>全部一緒にされるのは困ります。
わたしが、「いっしょ」だとしているのは、
「わたしにばかり『批判のしかた』を注文する」ことです。
(途中の思考過程を問題にしているのではないです。)
そういうかたが複数いることが、わかっているのなら、
こんなご意見は出てこないはずですが?
>もう閉じようとしているブログ主の、人格上の話までが
>繰り返し繰り返し、あちこちで言及され続けるのを見て、
「水からの伝言」の騒動は、くだんのブログ主の人格に
原因があることを、多くのかたがわかり出したからでしょう。
このブログ主は、「攻撃的なたんぽぽに対して、
自分が対応を誤まったので、自分の愛読者たちに迷惑をかけた」
という認識を、はじめからずっとお持ちのようです。
このような、「身内」だけかばい、都合の悪いことを
「人のせい」にする姿勢が、根本的に改まらなければ、
だれかによって批判は続けられると思います。
>なぜこうなってしまったのか。
>これは、だれかが望んでいた結末なのか。
この結果は、だれかが望んだ、というわけでもないと思います。
しかし、くだんのブログ主のパーソナリティが、
このようである以上、いずれは起きたことだと思います。
それから、「気楽」発言については、
「どうせそんなことだろうと思った」が、わたしの感想です。
「対話形式の限界」だけは、はっきりと認識しました。
ありがとうございました。
「水伝」の話、まだ続けられるのですね。
もうそろそろ人格上の問題とやらも、追求・分析しつくしたと思っていましたが…まだ足りないのですね。
私もブログを立ち上げましたので、よろしかったらいらしてください。ここはこれきりにいたします。お騒がせいたしました。
ご自分がずっとお尋ねしてきたことなのに、
お答えがあると論点をすりかえ、さらにそれを指摘されると、
「意味がわからない」などと言うかたとは、だれであっても、
「対話」はむずかしいと思われるからです。
>私もブログを立ち上げましたので、
ウェブログ開設は、おめでとうございます。
ご自分で一生懸命考えをまとめて、文章を書くことになれば、
対話の技術の向上にも、おのずとつながるでしょう...
精進してくださいね♪
(でも、4月30日エントリに、「たんぽぽの言う『謝罪』は
どこから来たのか?」なんてなことがあったのを見たときは、
ものすごくあきれたけど。)