2010年04月21日

toujyouka016.jpg サムライ

おおおお、わたしのコメントを取り上げて、
ていねいに解説をしてくださり、どうもありがとうございます。
「カウチポテト」を知らないわたしでも、わかりましたよ。

「『宇宙戦艦ヤマト』の方が問題だと思った」

これは「平沼赳夫にはやはりプレゼントしない」という
エントリで触れられているお話で、沢田研二が歌っていた
『サムライ』(阿久悠作詞)は、右翼っぽいということです。

 
わたしが思ったのは、「日本といえばサムライ」の
イメージができたのは、1980年代になって
日本のことが、外国でも関心を持たれるように
なってからでは?ということでした。

つぎの解説を見ると、わたしの印象は合っているみたいですよ。
1970年代後半に、ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』、
ライシャワー『ザ・ジャパニーズ』などの
米国人による所謂〈日本礼賛本〉が出され、
近代化や経済成長に対する日本文化の役割を
再評価する論調が英語圏で出て来ます。

それと関連して、宮本武蔵の『五輪書』などが英語圏で
ビジネス書として読まれるようになります。

1980年代はバブル経済の時代で、ただでさえ自意識過剰な
日本人が選民意識に酔っていたころでした。
それでも、彼らのナショナリズムには、
排外主義の要素はすくなかったのでした。
勿論、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は
翻訳されることによって、日本人の自画自賛に変わるわけで、
1980年代に中曽根康弘政権の下で梅原猛らを中心に推進された
文化的ナショナリズムはこの延長線上にあると言えます。

ただ、1990年代以降の不況下のナショナリズムと違って、
基本はお国自慢だったので、排外主義的な要素は相対的に少なく、
故に相対的に害は少なかったとはいえます


日本で排外主義が強まったのは、1990年代からです。
「サムライ」のイメージが、ナショナリズムと
むすびついたのも、1990年代以降だろうと思います。
(外国人が作ったイメージに、日本のナショナリストたちが、
乗っかったのでしょうか。)

沢田研二が『サムライ』を歌った、1970年代後半は、
「サムライ」に、日本ナショナリズムや、
右翼的イメージは、たぶんなかったんだろうと思います。


1990年代になって、排外主義が目立つようになったのは、
日本でも、まがりなりにも「異質の存在」を
意識しはじめたからかもしれないです。
(グローバル化と不況が重なったのもあるでしょうが。)
1980年代まで、排外主義が目立たなかったのは、
日本人に「単一民族意識」が、強かったからかもしれないです。

1980年代以前も、在日外国人の問題はありましたし、
露骨に排外的なこと(いまなら産経しか書かないような?)を、
どこのマスコミも書いていたりもしました。
単に表面化しなかった、というだけで、
むかしが健全だったのではないだろうと思いますが。

posted by たんぽぽ at 23:51 | Comment(4) | TrackBack(0) | ウェブサイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
いまの日本の排外主義的風潮は
所詮欧米にはかなわない、アメリカに支配されているという絶望から、
感情のはけ口を近隣アジアに向けているだけだと思いますよ。
明治のころに露骨にアジアを軽蔑し始めたのと似たような構図です。
Posted by pulin at 2010年04月22日 08:10
わたしは、戦後補償や戦争責任に対する
感情的しこりが原因かな、なんて思っているけれど。
これらが日本で議論されはじめたのも、
90年代に入ってからだからね。

いまの日本人の欧米コンプレックスは、
どれだけあるのか、わたしにはなんとも言えないです。
アメリカに対しては、コンプレックスというより、
反感のような気もするけれど。
Posted by たんぽぽ at 2010年04月22日 21:21
大抵の日本人は欧米と一緒にしている時点で、そもそも欧米に興味を持ってないですよね。
Posted by イト at 2025年08月30日 16:39
イトさん

それは、わたしにもわからないです。

アメリカとヨーロッパで興味の程度が
違っているようにも思います。
Posted by たんぽぽ at 2025年09月06日 17:55
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