11月3日エントリのコメント欄で議論をしかけた
「戦うアリ」氏ですが、選択別姓反対の「根拠」として、
「左側通行」のお話をしていたのでした。
検索をかけると、「左側通行」のお話をしている
反対派のブログやサイトは結構出てきます。
これに反論すれば、賛成派は論破したことになるというのが
あたかも了解事項のようになっている感じです。
http://taraxacum.seesaa.net/article/168149296.html#comment
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例えば交通規則でも合理性が特にないまま
運用しているものもあります。
車の左側通行なんかそうです。
特に変える理由もないので、そのまま続けられていますが、
同姓強制もそんなものでしょう。
現実に大多数の人は困っていませんから。
========(戦うアリ at 2010年11月03日 22:21)
ここで言う「交通規則の合理性」というのは、
「はじめに左右のどちら側通行に決めるかは任意だが、
一度決めたらそれを変えることはできない」ですね。
したがって、現行の左側通行を、
簡単に変えてはならない合理性はあることになります。
ところが、戦うアリ氏は、後半の「一度決めたら変えられない」と
前半の「最初の決めかたは任意」をすりかえて、
「合理性はない」などと言っているわけです。
これが選択別姓の是非のアナロジーとして
まったく成り立たないことはあきらかでしょう。
左側通行が定着しているところへ、右側通行する人がいれば、
たしかに正面衝突の危険が出てきます。
ところが、夫婦別姓を選択する人がいても、
他のだれかが夫婦同姓を選択することに、
なんら差し障りはないからです。
かかる「たとえ」で、選択別姓導入の必要性が
否定できると思っているなら、
反対派は「選択制」というそもそものところが
わかっていないと、疑わざるをえなくなってきます。
付記:
この「左側通行」のお話を最初にはじめたのは、
前にご紹介の梶川ゆきこ氏だ、という情報をいただいたのですが、
もしかすると、これのことかもしれないです。
http://togetter.com/li/10688



夫婦別姓問題をどうしても交通とのアナロジーでしたいなら、車が激しく通る道に歩行者を守る歩道を造ろう、とかでしょう。それに対して、車道という「既得権益」が歩道としてわずかでも削られるからダメ、あるいはこの道(社会)は自動車専用道(夫婦同性強制社会)だから歩行者(夫婦別姓者)のことは想定しない、別の所を歩け(別の社会へ行け)、として反対の捉え方をするなら、もう推して知るべしと。
むしろ利き手のためのユニバーサルデザイン推進の喩えが彼らに理解されるといいなぁ。彼らの発言の仕方をこれに喩えると、「左利きは左手を切り落とせ」と言っているような感じですかね。まあ、それくらい暴力的な感じを受けますです。
あ、そうだ、たんぽぽさん、私からもメッセージの件でここに書き込みます。呼応と言いますか、ブログ上で私とたんぽぽさん両方で読者様にお伝えしたいと思います。
私はecruとしてこちらに書きこんでましたが、mmmに名前を変えました。ちょっと色々考えることがあり、人の気持ちや感性に無関心でない社会でありますように、との願いを込めて宗教・社会系ブログを始めました。それに合わせて名前を変更したのがきっかけです。みなさんこれまでと同じく、よろしくおねがいします!
自分のブログはあんまりコメントチェックに来れないかもしれないのでコメント欄を閉じています。何かあれば拍手で書き置き(汗)をお願いします。
>道(社会)そのものが危険にさらされるではないか、
>という意識が底にあるんじゃないでしょうか。
具体的には、「家族解体」「国家解体」
「フェミニズムの陰謀」ってなるんだと思います。
反対のために「ぶつかる」という理屈を
無理矢理作り出しているようにも見えます。
>車が激しく通る道に歩行者を守る歩道を造ろう、
そちらのほうが、ずっと実際に近いでしょうね。
同姓強制の「既得権益」が「削られる度合い」が
妥当にあらわされているか、というのはあるでしょうけど。
ちなみにエントリでリンクした梶川ゆきこ氏の例は、
同姓強制が1車線で、それを別姓も選択できる
2車線に道路を拡張する、というものです。
>むしろ利き手のためのユニバーサルデザイン推進の喩えが
>彼らに理解されるといいなぁ
そうですねえ...
「右利きか、左利きか」の二者択一(!)ではなく、
「右利きでも左利きも」という選択の幅のあるデザインを、
というのが、実際に近いと言えますね。
>私はecruとしてこちらに書きこんでましたが、mmmに名前を変えました
ハンドルのことは了解しました。
ecruさまとmmmさまは、おなじかたということですね。
(それと、わたしのほうでうっかりして、きょうはふたつ
拍手コメントを送っているけど、ごめんなさいね。)
それでは、ecruさまあらため、mmmさま、
これからも、わたしのつたないブログを
よろしくお願いいたしますね。
そもそも殆どの道路は、上り線・下り線の双方向を、基本、同じ車道幅、車線数で整備しています。夫婦同姓も夫婦別姓も、同様の利便性が確保されている、と解釈するのが普通でしょう。
要するにきゃつらは、「全員が同じ方向目指して進んでいる」のが好きなんでしょう。先月だったか、三男坊が跡目を継いだとか言うパレードのような光景みたいなのが、実は憧れだったりするのかも。普段はボロクソに非難していますけどね。
いわゆる「アンビバレンス」ってヤツですかね。
正しく読んでいただけましたが、失礼しました。
「同性同士のカップル」はまた別の話。
ちなみに左側通行は、江戸時代の武士が道を歩くときにいつも左側を歩いていたことに起因しているそうです。
そのほうが刀が人にぶつからず、抜きやすかったんだって。
コメントありがとうございます。
>日本で自動車が左側通行なのは、
それはやはり逆で、左側通行だから右ハンドルにした、
ということだと思いますよ。
理由は、あとのSPIRITさまのコメントにありますが、
サムライが刀を抜くときの都合らしいです。
それと梶川ゆきこ氏の1車線、2車線は、
上下線合わせてではなく、片側だけでなのかなと、
わたしは思ったです。
pulinさま、コメントありがとうございます。
>「夫婦同性強制」は「夫婦同姓強制」のミスでしたね
ああ、いえいえ。
(「別姓」のほうは正しく書いていますね。)
SPIRIT(スピリット)さま、いらっしゃいませ。
コメントありがとうございます。
>そのほうが刀が人にぶつからず、抜きやすかったんだって
そうらしいですね。
それとあと、明治政府がイギリスの左側通行に習った、
というのもあるみたいですが。
イギリスが左側通行なのも、日本とおなじような理由らしいです。
道の左側に寄ると、賊は右側から襲ってくるので、
(左側に隠れていると、見つかってしまう)、
剣を抜いて応戦しやすいからだと聞いています。