こうして見てくると、徳保隆夫氏の言う「足るを知る」は、
おとなしく女の人が、男性に従うことであり、
「クーラー」は、女の人が権利を要求することであり、
「主観的に不幸」とは、差別を不当と言うことになりそうです。
そして、ご自分の母親のように、だれと結婚しても、
夫や家族に尽くす女ばかりなら、よかったけれど、
女どもがなまいきになってきたので、結婚できない男が出てきたし、
その結果、少子化社会になってきた、とでも言いたいのでしょう。
結婚も出産も、女性だけでなく、男性もいないとできないですから、
原因(責任)の半分は、男性にあるはずです。
徳保隆夫氏の少子化論は、女性のことばかり述べていて、
男性のことは、なにも言わないようです。
どうやら、少子化の原因は、すべて女性であって、
男性は、なにも悪くなくて、なにもしなくてよいもののようです。
ご両親から学んだ「当人が幸せだと思えば、幸せなんだ」も、
徳保隆夫氏は、男性ですから、批判対象外であり、
自分でなさることでは、おそらくないのでしょう。
かくもやかましく、女性のことばかり言う、
徳保隆夫氏は、女性への「要求水準」が、とても高いと言えます。
自分をふくめた、男性のことは不問にして、
女が権利を主張するから悪いと、一方的に決めるのですから、
相当に「足るを知らない」人でもありそうです。
モテる努力をしないのに、「希望は無限大、現実は有限」などと、
「きりがない」愚痴をこぼして、被害者ぶっている、
徳保隆夫氏こそ、「主観的に不幸」というものです。
この手の主張をする人は、たいてい出生率を上げたくて、
女性の自由や生きかたを、制限しようとするのが相場です。
このあたりが、徳保隆夫氏は、なぜか逆になったようで、
女のわがままはどうにもならないから、
少子化対策なんてやめようと、なったみたいです。
(そしてじつは、その程度の内容でしかないのだと思います。)
ここからは、わたしの邪推ですが、徳保隆夫氏は、
ママが尽くすタイプだったので、女性は本来そういうもので、
そうでないのがわがままと、なんとなく思っているように思います。
それで女の人を、ひとつの主体として見ることができず、
男性の都合でしか、考えられなくなっているのでしょう。
女が男につくすのは「美談」だと書いて、
わたしに読ませたり、あまつさえ、ブログのコメント欄に、
女性の権利など当然でないなどと、書いてよこすのですから、
自分は差別している加害者だという認識も、じゅうぶんない感じです。
大学で講演を聴いたり、データをいくつも並べたりして、
「少子化対策は必要ない」という、通常と違った結論なので、
徳保隆夫氏は、とても理性的な主張をしているように、
思ったかたもいるかもしれないです。
実態は、ご本人の女性観が、狭くてかたよっていて非現実的だと、
すぐれた本や資料をいくら読んでも、おかしな分析しかできないという、
ひとつの例だろうと、わたしは思います。



私が一言も書いていないことを、邪推して決め付けられては困ります。私の主張は「なぜ貧乏に我慢できないのか」というものです。だから男性がどう、女性がどうとか書いていない。貧乏が嫌だというのは、男女問いませんからね。
2.
共働きの家庭と専業主夫や専業主婦のいる家庭の子供の数に有意な差はないわけで、「尽くす正確」なんて少子化の解消に関係ないでしょう。
3.
そもそも私の母は単に会社勤めが嫌で専業主婦になったのです。母の友人たちも同様に主婦になったけど、彼女らの多くはまた仕事がしたくなったり、夫の稼ぎに不満があったりして再び働き出しました。でも私の母は「お金はいらない。働くのは嫌」といって家にいた。それだけです。
4.
時代が新しくなると「当然の権利」がドンドン増える。生活水準がどこまで向上しても満足しない。でもそれは仕方ない。だから「いわゆる少子化対策」は、みんなが税金を払える範囲内で精一杯やったらいいのではないですか。私はそういってる。私はたんぽぽさんの邪魔をしないのに、何で目の敵みたいにいわれなきゃならないのか、どうもよくわからない。
5.
宮乃さんの主張にも異論はないですよ。どうせ誰も「足るを知る」ことはない。だから私は「いわゆる少子化対策」に反対しない。でも少子化は緩和が限度で解消は無理。だから高齢化への対応こそもっと真剣にやるべきだといってるだけです。
貧乏を我慢できないのは、人間楽な方に流れるように神様(信仰はありませんが)がお造りになったからでは(^^;。特別ストイックな事が好きな人でもない限り「なぜ我慢できないか?」と聞いても「なぜ我慢しなきゃいけないのか?」と聞き返されるだけ・・・理解せず行動出来なければ地球が抱えられる人数を超えてしまい破綻が来るだけです
個人的には少子化より高齢化への対応より、子どもがまともに育てる環境への投資が一番大切かと思います。高齢化も大切ですけれど・・・その後育った子がまともでなく殺人ばかり犯す世が出来ても困ります。子どもを育てる事が一大事業と言われるゆえんかと思います。
>私が一言も書いていないことを、邪推して決め付けられては困ります。
>私の主張は「なぜ貧乏に我慢できないのか」というものです。
ここでは、経済的なことを、お話しているのではないです。
(それは、だいたい議論しちゃったんじゃないかな...?)
ほかにもあると思ったことを、わたしは、述べているのです。
その「ほかにもある」ことは、あなたが、ご自分のブログや、
わたしのコメント欄で、しっかり書いてくださったことを、
もとにして議論しております。
>でも私の母は「お金はいらない。働くのは嫌」
>といって家にいた。それだけです。
あなたや、あなたのご家族、あるいはご友人のかたが、
個人的にどうだったかは、問題にしていないし、するつもりもないです。
「それだけ」でなく、あなたのご主張が、
一般論に拡張されているので、そちらを問題にしています。
「女というのは、夫や家族につくしていても、
本人の気持ちの持ちようで、幸せになれるものなのだ。
多くの女性が、そうやって幸せを感じていたと考えたい。」という、
一般論としてのご考察に、反論させていただいたしだいです。
>時代が新しくなると「当然の権利」がドンドン増える。
「権利」という概念があるのは、自分の利益のために、
他人を搾取したり、犠牲にしたりする、不心得者がいるからですよ。
(「なにを搾取されるのか?」と訊かれて、「権利」と答えるのね。)
そういう不心得者こそ、他人に対して、
いつまでも不当な要求を続けて、きりがない人たちです。
他者を侵害する、不心得者がいなければ、
「当然の権利」なんて概念も、必要ないんですけどねえ...
(残念ながら、かかる不心得者は、時代がいくらくだっても、
きっと出てくるでしょうし、そのたびに、身を守るために、
権利意識を発達させることに、なるんでしょうね...)
>生活水準がどこまで向上しても満足しない。
なにか、勘違いなさっているのかな...?
生活水準の向上と、権利を得ることは、まったくおなじではないですよ。
少子化対策にかぎっても、要求されていることは、
(国家予算がともなうものでも)個人の金銭的、物質的な、
豊かさの向上とは、直接関係ないものもいっぱいあります。
>何で目の敵みたいにいわれなきゃならないのか、どうもよくわからない。
わたしは、ウェブで公開されている言論に対して、
自分なりの意見を述べたまでですよ。
(「目のカタキみたい」にしたのでは、ないんだけどな...)
それはともかく、女は権利を主張してきりがないとか、
女の権利は当然でないとか言っておいて、
どうして、反論(目のカタキに?)されるのか、わからない...?
あなたはやはり、ご自分のおっしゃっていることが、
女性の権利の侵害にあたるという意識が、とぼしいようですね。
とはいえ、下記の発言はいかがなものでしょう。
=======
現代の日本人は、女性が男性と同等の条件で勤労する権利を「当然のこと」と規定しました。その代償が少子化の加速だったりするわけです。60年前、憲法に書かれなかったプライバシー権が、今度の憲法改正では書き加えられる予定だそうですが、「当然の権利」というのはドンドン増え続けています。きりがない。
======
同等の条件を求める権利でしかないものを「きりがない」と言って片付けるのは大いに問題です。
そりゃ同等以上の権利を求めているなら、足るを知る、かもしれませんが。
要はこういった労働政策が、少子化対策の下でなされるから、その全く現れない効果ばかりをとらえて問題視されるのかもしれませんね。
男女共同参画の下、堂々とやればいいわけで。
政策の優先順位とか、人口減少社会の是非については、
このエントリでは、わたしは議論していないです。
(でも、「少子化より高齢者対策を」と考える、
その理由まで、徳保隆夫さまと、うがんざきさまとで、
おなじかどうかは、興味があるかな...)
わたしが、ここで取り上げているのは、「足るを知る」に、
ひそんでいるとおぼしき、差別的側面についてです。
>同等の条件を求める権利でしかないものを
>「きりがない」と言って片付けるのは大いに問題です。
徳保隆夫さまは、ご自分は、労働する権利を、
あたりまえのように行使していることは、どうお考えなんでしょうね?
(「子育てよりも仕事の方が楽しいから、
ゼロ家族化するだけの話。」と、しれっと書いている。)
子育てよりお仕事が楽しくても、労働する権利がないと、
許されないことなのですが、徳保隆夫さまに言わせると、
女性がご自分とおなじことをするのは、
足るを知らない、きりがない、となるのかな...?
また、誰宛なのか、どの文章に対するコメントなのか、明確にしてないので(BBSでもそのようなことに対する説教がよくありますね)、申し訳ない。
>政策の優先順位とか、人口減少社会の是非については、このエントリでは、わたしは議論していないです。
じゅうじゅう存じ上げております。
要は、一見なるほどな、と理性的だな、と思わせる文章の中に、要所要所ひっかかる問題発言が私にはあった、と言いたいのでした。
いえ、そんなにお気になさらないでも、結構ですよ。
>じゅうじゅう存じ上げております。
これは、失礼しました。
>要は、一見なるほどな、と理性的だな、と思わせる文章の中に、
>要所要所ひっかかる問題発言が私にはあった、
データを並べて、一見内容があるようだけど、
意外と底の浅い議論なんだろうと、わたしは思いますよ。
人びとが、子どもを作らなくなったのは、
物欲のせいだなんて、「思い付き」のレベルではないかな...?
(福祉政策も、物欲を満たしてやるためのものだ
くらいに、思っているのかもしれないです。)
自分は、子育てより仕事のほうがおもしろいから、
独身続けているって、書いているのに、
自分とおなじモチベーションは、ほかの人に対しては、
なぜか考えないのね...
「権利とはなんぞや?」ということも、理解がおかしいみたいで、
それがさらに、ややこしくしているのもあるけれど。
また、たんぽぽさんは近代の歴史が女性の権利だけを拡大してきたかのように解釈されているようですが、実際には男性の権利も大幅に拡大されているわけです。私が100年前の世界に移住したら不幸な気分になるでしょう。
ただしそれでも「権利」は価値観の問題です。客観的に「当然」の権利はありません。ある種の価値観を共有する人々の間で「ある」と認識されるから存在する、そういうものです。こうした話は倫理学や哲学の入門書によく出てきます。現状程度の権利保障で満足できるなら、主観的に幸福になれるだろう、と書いたからといって、「現状に満足しない奴は不届きだ」と私が主張しているわけじゃない。ようは、ただの例え話なんですよ。
> あなたはやはり、ご自分のおっしゃっている
> ことが、女性の権利の侵害にあたるという
> 意識が、とぼしいようですね。
「価値観の相対化」をしただけで「権利の侵害」とは参りますね。たんぽぽさんは全然困らないでしょうけれども。
>たんぽぽさんは現実向上派への非難だと捉えていらっしゃる。なぜ?
その「希望」「現実向上」とは、経済的なことだと、
徳保隆夫さまは、おっしゃているのでしたね...?
そして、そういう物欲だけではないと、わたしはもうしております。
もちろん、あなたのお説は、「現実向上派への非難」
であるとは、言っていないはずですが。
(「現実向上派」だけと考えるのは誤り、とは言っているけど。)
子どもを持つと、キャリアが中断したり、
子育てのあとの再就職さえ、むずかしくなることが、
子どもを産まなくなった、いちばんの原因とされています。
そして、お仕事を続けたい大きな理由は、それが楽しいとか、
自分のために自立して生きたい、といったようなことです。
>実際には男性の権利も大幅に拡大されているわけです。
んん...?
これは、女性よりも、男性のほうが、制限されいていた権利が、
現在あるいは過去に、なにかあるということかな...?
(なにか具体例を、出していただきたいと思います。)
男性より女性のほうが、制限されていた権利なら、
過去はなおさらですが、現在でもいくらでもありますよ。
徳保隆夫さまご指摘のように、かつては男性と同等に
就労する権利も、女性にはなかったのでした。
あなたは、子育てよりおもしろいからと言って、
あたりまえのように、お仕事を続けていますが、
女性が同じことをしたら、「足るを知らない、きりがない、
(でもいまはしかたない?)」と、おっしゃるのかな...?
ぜひ、答えてくださいね。
>「価値観の相対化」をしただけで「権利の侵害」とは参りますね。
>たんぽぽさんは全然困らないでしょうけれども。
女性の権利が制限されることと、男女が平等に扱われることが、
ともに「価値観」として、おなじウェイトを持つと、
あきらかに女の人は不利なので、わたしはとっても困りますよ。
(男性が女性の権利を侵害することが、「価値観」として
正当化できれば、男性である、徳保隆夫さまは、
とても都合がいいのでしょうけれどね...)
私は人付き合いが嫌なので、結婚もしないし子どももほしくありません。さて、そういう態度を私がいつ「悪い」といいました? 少子化なんて高齢化対策さえ間違わなければ大した問題じゃないのだから、その解消のために個人が我慢する必要なんてないと私は考えています。
出産・育児後の職場復帰が簡単になっても少子化問題は多少緩和されるだけで解決策にはならないでしょうが、それでも、そういう風に社会を変えていくことには賛成ですよ。権利意識の向上にはきりがない。だから理想と現実の差は埋まらないし、その差から生まれる問題はいつまでも「解決」されない。でも、いいじゃないですか、どんどん権利を獲得していけば。特定の問題の解決とは関係なく、現実の改善は進めればいいんです。
>それは違うと書いているのですよ。
あなたは、女性の権利は、主観にすぎなくて、
当然でないと言って、そうした考えを「価値観」だと言って、
(男女平等と)「相対化」していましたよ。
それでも、女性の抑圧を、肯定していないというのなら、
どういうことなのか、わかるように釈明していただきたいです。
>現代の男性と比較して、過去の男性は不自由でした。
それなら過去に、女性より不自由だった、
男性の権利とはなんなのか、具体例を挙げてみてくださいね。
>結婚もしないし子どももほしくありません。
>さて、そういう態度を私がいつ「悪い」といいました?
自分で自分のことを、「悪い」とは言ってないですね。
それで、わたしがお尋ねしているのは、女性がおなじことをしたら、
あなたは、なんとおっしゃるのかな? です。
「足るを知らない、きりがない」と言わないのでしたら、
女性が勤労する権利は当然でなかったと、
おっしゃっていたのは、どういうことになるんでしょう...?
>だから理想と現実の差は埋まらないし、
その「理想」は、経済的なことだけではないと、
わたしはもうしましたが、それはどうなりました...?
(指摘を受けたこと、検討していただきたいですね。)
>権利意識の向上にはきりがない。
他人の権利を侵害する意識は、いくら「向上」しても、
足るを知らなくて、きりがないと、思わないのですか...?
>ただしそれでも「権利」は価値観の問題です。
>客観的に「当然」の権利はありません。
でもって、他人の権利を侵害することは、特定の価値観の共有に
とらわれない、客観的に「当然」なことだとでも...?